【解放編】Dreams come true.
《願いは叶う。》
いつか、本で読んだワンダーランドの物語。
だけど、この世界は――。
このワンダーランドから抜け出したとしても、起きた事件は夢では終わらない。少なくとも、今ここにいる私にとって、あれら全ては本当のことだ。
物語を綺麗な形で終わらせる。それは確かに、求められることかもしれない。けれど、この世界に生きる私たちは、物語のその先だって考えないといけない。
――ここで、香狐さんを死なせたとして。それで私たちには何が残る? 何も残りやしない。魔法少女同士で殺し合った記憶だけを抱いて、何も報われることなく幕を閉じる。そんなこと、あっていいはずがない。
もし、物語の後も世界が続くなら。【犯人】は犯した罪を償わなければならない。普通のミステリー小説では、事件の推移と解決を描いて終わりだけれど。現実の罪は、事件だけでは決して完結しない。罪と罰、両方が揃うことで初めて、罪の記録は完結する。
だからそのために、私の願いを現実に変える。どれだけ魔法を――理外の技を尽くしても、不可能など作れやしないのだから。
――できるはずだ。そのための方法は、他ならぬ魔王自身が提示した。
「……香狐さん。やっぱり、あなたは間違っています」
「ええ、知っているわ。だから私は憎むべき敵として、死ななければならない。そうでしょう?」
「いいえ。私はそうは思いません」
罪によって死ななければならない存在がいるとすれば、それはどうやっても救いようがない存在だけだ。償う気持ちすらなく、それどころか罪を罪とも思わず、無限に罪を重ね続ける。そんなどうしようもない存在は、滅ぼされたとしても仕方ないのかもしれない。――あのワンダーのことを、私はそう思っていた。
だけど香狐さんは、自分の歪みを認識している。だったら、まだ……戻って来られる余地がある。
私たちは間違い続ける。
どれだけ正解の道を選んだつもりでも、振り返ってみれば間違いだったなんて、たくさん。私も、それで罪を重ねた。正しさを見失って、罪に堕ちていった。
――だから。誰もが間違えるなら、誰にだって贖罪の機会は与えられるべきだ。
「……魔王は移動してない」
香狐さんはただ玉座から立ち上がって一歩前に出て、触手を指揮している。
私は向かってくる触手を見極める。絡みつくのではなく、吹き飛ばすように向かってくる触手たちの扱いは容易い。――背後から触手が来る。触手、私、魔王が一直線に並ぶ。このまま私が触手を避ければ、触手は魔王の方に突っ込んでいくだろう。
だけど――もっといい使い方がある。
勢いづいた触手は――。
「ふっ!」
いい踏み台になる。
迫ってくる触手を蹴り、急加速。魔法少女の身体能力により、私は宙を引き裂く弾丸となって魔王に急接近する。
「……今!」
魔王に剣を向け、矢のように飛ぶ。香狐さんは想定していなかったように驚いた顔をして――。
「……ふふっ」
儚い笑みを浮かべて、剣先を胸に受け入れるように、飛来する私に両手を伸ばす。
「っ!?」
絶対に、防がれると思っていた。それを前提とした攻撃だった。だから……。
私は剣の角度を変え、香狐さんに当たらないように放り投げるしかなかった。
そのまま香狐さんに突っ込む。激突しそうになった玉座を、キュリオシティで命令して引っ込ませる。それでなんとか大ケガを避けて、私は香狐さんを床に押し倒したような恰好になった。
「……殺さないのね」
「殺したら、意味ないですから……」
「殺さなきゃ、何も終わらないわよ」
「私は、そうは思いません」
きっぱりと、香狐さんの言葉を否定する。
命を奪った者は全て処刑される定めにあるのだとしたら、その果てはどこにあるのだろう。殺人者を処刑して、処刑人は殺人者となり、そして処刑される。果てなき螺旋に終わりが訪れるとしたら、それは誰もかもがいなくなって最後の一人になったときだけだ。
そんな連鎖を肯定するなんて、私にはできない。
「私のことが憎いでしょう? 私はあなたの親友を死に追いやった。穢れのない存在にしてほしいという彼女の願いを、噴水の頂上で祈る悪魔という冒涜的なオブジェとして完結させた。ただの遊び心よ、あれは。私は桃井さんをオモチャにして弄んで、殺してしまったの。――ね? 私のことを、憎いと思うでしょう?」
「……当たり前です、そんなの」
激情が、私の中で渦巻いている。私の大切な親友を……私が傷つけてしまって、それでもなお献身的に尽くしてくれるような友達を、この魔王は何の意味もなく殺した。それに飽き足らず、私を最後まで利用し尽くした。
自分の中にこんな感情があるだなんて知らなかった。憎悪はこんなにも黒々と胸を焦がして、絶えず痛みを発する。
「なら、私を殺したいと思うでしょう? 私は死んで当然だって――」
「そんなこと、思いません! ――思いません、絶対に。憎いからって、嫌いだからって、殺したら……。殺してしまったら、意味がないんです……」
頬を涙が伝う。痛くて苦くて辛くて、どうしようもなく狂おしい感情に囚われて、それでもなお、と私は絶叫する。
「私のことが憎いから、もっと生き地獄を味わわせたいの?」
「違います! 私は、ただ……。ただ……」
言葉を選んで迷いながらも、ふと思う。
私が唱える贖罪は、それを望まない罪人にとってはただの生き地獄でしかないのかもしれない。死という最大の罰はしかし、それ以上の苦痛を絶つという側面も持っている。生きて償おうとするならば、どれだけの苦痛を味わうことになるかもわからない。
……それに気づいても、それでも、私は。
「私は香狐さんを許せません。……でも、こんな思いをし続けるのも嫌なんです。香狐さんがここで死んだとしても、きっと、この憎しみは収まらない。だから……私にあなたを許させてほしいんです」
「……っ!? 意味が、わからないわ」
「わからなくても――。それが私の本心です。だから……」
高鳴る胸を押さえて、私は最後の要求を突きつける。
この魔王が作った流れを汲むのは癪だけれど、第五の事件の再現だ。
第五の事件。夢来ちゃんは魔王に操られ、自殺に追い込まれた。でも、そんな死を再現したりはしない。私が再現するのは――。
命令するところまでだ。
「さぁ、香狐さん――。生きて、ちゃんと、正しい形で罪を償ってください」
―――――――――――――――
「ぐっ、くそっ。流石にダメージが酷い……が、堪えたぞ! 好機だ、神園接理! [確率操作]を!」
「わかってる! ――[確率操作]。雪村佳凛が作戦を完遂することで戦闘は終了する。……これで、僕のシナリオライターとしての役は終了だ」
「……最後の仕上げ。――[存在融合]。これで、いいんだよね?」
―――――――――――――――
「これは――あっ、くっ……」
香狐さんが苦しげに呻く。だけど私は香狐さんを床に押さえつけて、逃がさない。
きっと今、香狐さんは存在ごと変質している。
その変化は、外見からもハッキリと理解できるものだった。
香狐さんに、狐の耳が生える。体勢のせいで見えないけれど、足に覚える感触から察するに、たぶん尻尾も生えている。
それを見て私は、作戦の成功を理解した。
……そもそも、最後の事件において一つだけ、残っている謎があった。
魔法少女の進化がどうのという話。あれだけは、語られた意味がわからなかった。正体を偽装するのに、あんな話は必要ない。
じゃああの話は――私とクリームちゃんを融合させるなんて話は、何のために作られたのか。タイムリミットが迫る中で、香狐さんは[存在融合]による強制的な融合を案として出していた。それを元に考えると、真実が見えてくる。
――キュリオシティの仕様書に、こんなことが書いてあった。
『命令が届けば、それは対象の魂に刻まれ、二度と消えることはありません。魂に刻まれた命令は絶対に違えられず、忠実に遂行されます』
キュリオシティや魔王の力で操ることができるのは、魔物だけ。でも――それは魔物にしか命令を刻むことができないというだけ。魂に何らかの方法で命令を刻みこむことができれば、対象を操ることができる。私はそういう意味だと解釈した。
じゃあ、例えば。魂ごと存在を混合する禁忌の魔法、[存在融合]で、命令を受けた魔物と人間を混ぜてしまったら? 答えは簡単。命令を受けた状態の、半分魔物の奴隷の出来上がりだ。
だからきっと、あの話で香狐さんが狙っていたのは――私の支配、ということなのだろう。
『私の言葉に従順になれ』とでも命令されたクリームちゃんを、私に融合させる。それで私は、香狐さんに逆らえなくなる。元人間の魔物の完成だ。
……なら、逆に。
命令を受けた魔物を、『生きて罪を償って』という命令を受けたクリームちゃんを、魔王に融合してしまったら?
魔王と魔法少女、命令を受け付けない存在としては同質だ。それを融合させてしまえば――本来は魔王に効かないはずの命令を、通すことができる。
それが私の考えた全て。そしてきっと――さっき、魔王が私の剣を受けて死のうとした理由。
元々は香狐さんが使おうとしていた手だ。この状況で逆に利用されることくらい、想定していただろう。だからその前に、私の剣に貫かれることで強引に終わらせようとした。
物語を、魔王が望む形での完結に近づけるために。
その最後の足掻きも、私たちは乗り越えた。
「……私たちの勝ちですよ、香狐さん」
「――――」
魔王は口を閉ざす。全てが終わった後の静寂の中で、最初に音を発したのは、諦念に身を委ねた魔王だった。
「どうやら、そのようね……」
香狐さんは、無様に後頭部を床と擦り合わせ、手足を無気力に投げ出した。
もう攻撃してくる様子はない。……というより、できないのだろう。これから罪を償うというのに、罪を増やしては仕方ない。
魔王の表情は何かに疲れたようでいて、それなのに悲しさと、毒々しさが混在している。影が差したその顔には、当人すら捉えきれないほど入り組んだ感情が渦巻いているのだろうと察せられた。
「はぁ……。最悪よ。最低、最悪のシナリオ。意味がわからないわ。命を懸けてでもラスボスを生かそうとする主人公なんて」
「……誰かが死んで終わりなんて、そんなのもう嫌ですから。それで納得できませんか?」
「よく言うわ。本当は、自分が殺した相手の数を、これ以上増やしたくなかっただけでしょう?」
「……そうかもしれません」
私も、負い目を感じる側の人間だ。自分の卑怯さだって、今では自覚できている。この作戦も本当は、自分の傷をこれ以上増やさないための行動だったのかもしれない。
だけど、死を嫌っていることだけは紛れもない事実だ。誰かが死ぬところなんて、もうたくさんだ。これだけは、心からそう思う。
「……どうしようかしら、これから」
香狐さんがポツリと呟く。魔王の表情に悪意的な色はなく、むしろ今は諦念と不安に彩られている。
私はそれに、何も返せない。償いというのは難しい。特に、死者への償いなんて。何をすればいいのかなんてちっともわからない。
けれど自分なりに考えて、やるしかないのだろう。
死者とはそうやって、向き合っていくしかないのだから。どんなに嘆いても、悲しんでも、私は……。
私は……。…………。
「……っ」
もう、夢来ちゃんには会えないのだから……。
そう思うと、今まで抑えていた悲しみが全て、一度に押し寄せてきた。
私の心はあっという間に崩れて、大粒の涙が瞳から零れ落ちた。
私は、最初の事件のときよりいっそう、激しく泣いた。
「彼方さん……」
香狐さんは組み敷かれた状態のまま、私の顔に手を伸ばそうとする。けれどその手は途中で躊躇うように揺れ、結局は何もせずに下ろされた。
香狐さんはもう慰めてくれない。当たり前だ。夢来ちゃんを殺したのは、香狐さんなのだから。そんな人に慰められたって……嬉しくない。
そう思う自分が、変わってしまったものをより明確に浮き彫りにするようで、辛かった。
その辛さを上乗せして、溢れる涙はなおも激しさを増していった。
――それが、この悲劇の終わり。
――Fifth Case
【犯人】:色川 香狐
被害者:桃井 夢来
死因:魔王の命令により自殺
死亡時刻:午前1時04分
解決時刻:午前8時41分
生存数:魔法少女4 魔王1
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