Chapter1:彼方の背中に何を見る 【解決編】
【解決編】Let's start a judgment!!
《審判を始めよう!》
審判の間に全員が揃った。
……もちろん、今生きている全員が、だ。透意と万木さんの間の席は、それが自然であるかの如く空席となっている。
皆、表情は暗い。特に捜査に携わっていた面々はその暗さが顕著だ。
『さてさてさて、みんなちゃんと集まってくれたことだし――! さぁ、【審判】を始めようか!』
空中を飛び回るビタースイートが高らかに宣言する。
ルナティックランドの姿はない。どうせ手段を講じてこちらを覗いているのだろうけれど、いないならいない方がいい。
……ルナティックランド、つまり魔王が姿を表せば、おそらく議論はロクに進まなくなる。彼もそう思ったからこそ、裏に徹するつもりなのだろう。
『何から話す? 何から話す? 死体について? 死因について? 凶器について?』
「その前に一つ。聞いておきたい」
『ん、僕に? 何かな法条さん』
「殺されたのは魔物ではない。そうだな?」
『そうだけど。――あっもしかして、これで殺し合いは終わりになるんじゃないかって期待しちゃった!? 残念でした、ぷーくすくす! そんな甘い考えじゃそのうちぶっ殺されちゃうよ! 大事な命なんだから気をつけてよね!』
「……そうか」
法条さんがため息を吐く。他にも何人か、落胆した様子を見せた。
確かに、これで終わりならまだいくらかマシな結末にはなっただろう。
けれどそうではないと、私も透意も知っている。
「みんな、聞いてくれ」
万木さんが手を挙げ、皆の注目を集めた。
「わかっていると思うが、これには私たちの命がかかっている。許された時間も少ない。……これから、辛いことが起こると思う。それでも、協力してくれ。でなければ、誰も……誰も救われない」
「わ、わかったのです! トモちゃん、先ほどはお休みをいただいてしまいましたが、ここからは精一杯お力添えさせていただくのです!」
「た、探偵として謎を解くのは当然のことだからね!」
「結似も頑張るかもしれないワニ」
万木さんの言葉に、魔法少女たちは賛同した。
けれどおそらく、賛同者たちはこの辛さを理解してはいないのだろう。
正解か不正解かもわからず、他者を糾弾する身勝手さを思い知らされる【審判】の辛さは、きっと体験した者にしかわからない。
……ただし、やらなければいけないというのはその通りだ。その点においては、私も否定するつもりはない。
だから……。
「なら、まずは状況を確認しましょう。小古井さんなんかは、知らないことも多いでしょうし。――玉手さんの死因は今のところ不明。外傷はなかったけれど、これはおそらく万木さんの[聖光加護]によるもの。凶器の候補は二種類あって、玉手さんの背中に挟まっていた小刀、あるいは乗り場に打ち捨てられていたナイフのどちらか。これがみんなの認識で間違いない?」
「ボクに異論はないね。ただし付け加えるなら、非常に疑わしい人物が一人いるということかな」
「……透意のことね」
「そうだとも」
霧島さんは当然のことのように、軽率に肯定する。
これが誰かを死に至らしめるものであると実感していないのか、それともミステリー小説を読んで慣れた気になっているのか。おそらく両方だ。
「透意は事件が起きたとされるとき、ずっと玉手さんと二人でゴンドラの中にいた。だから【犯人】は透意以外にいない。そう言いたいの?」
「いや、可能性を限定しているわけではないよ。事実ミステリーでは、犯行不可能とされていた人物が【犯人】だったなどということは日常茶飯事だ。けれどそれは、正しく容疑者たるべき存在を疑わない理由にはならないだろう?」
「まあ、そうね。なら透意、あなたが見たものを証言してもらえるかしら?」
「は、はい、わかりました」
透意は座席から立ち上がり、ゴンドラ内部での出来事を述べる。
とはいっても、中身は単純極まりないものだった。曇りガラスを不審に思ったこと、互いに会話をしていたこと、終盤は会話が途切れてしばらく無言だったこと、ゴンドラを降りてみたら玉手さんがついてこなかったこと。それくらいだ。
当たり障りのない――言ってしまえば、皆が望む証言とは違うもの。それを語れば、当然こうなる。
「何を喋ってたのか聞きたいかもしれないワニ」
「何を……」
透意が一瞬、言葉に迷うそぶりを見せる。
そしてそれは、バレてはいけないことを詮索された【犯人】のように映ったことだろう。
「今言い淀んだな。なぜだ?」
「え? いや、そんなこと……」
法条さんの追及に、透意は目を逸らす。
実際、玉手さんとの会話の内容は明かしてはならないものだ。それは透意の正体に繋がるもので、それを語るとこの先よくないことを齎すのは目に見えている。
皆の視線は今や、透意が【犯人】なのではないかと探るようになっていた。
……これ以上は、よくない流れだ。透意が疑われる流れの到来は予想していたけれど、想定より幾分か早い。
けれど仕方ない。本当は場を整えてからにしたかったけれど……まずは透意への疑いの視線を散らすことを優先しよう。
「ちょっと待ってもらえるかしら。そうやって疑いを一方向に向けすぎるのは危険よ」
「で、でも……」
小古井さんはチラチラと透意に目を向ける。
話の流れを聞けば、確かに透意が怪しいのは否定できない。私もそう思うし、小古井さんもそう思っているようだ。
けれど、小古井さんはどこか迷っている様子を見せている。
それは彼女の優しさ故か、それとも状況への無知故か。
どちらでもいい。大事なのは、小古井さんはこちらに取り込みやすいということだ。
「みんなは、ここに集まっているのがどういうメンバーなのか忘れているようね」
「どういう意味だ?」
私は敢えて全員の興味を引くような言葉を用いる。思った通り、法条さんが釣れた。こんな意味深なことを言われたら、誰だって気になるものだろう。
だから、その興味をさらに強い印象で上書きして、耳を傾けざるを得なくする。
「ここに集まっているのは魔法少女よ。身体能力強化が封じられているからといって、残された能力――固有魔法を無視していいわけじゃないわ」
「固有魔法? 誰かがそれを使って、透意に罪を擦り付けようとしたというのか?」
「誰か、じゃないわ。――霧島さんか、亜麻音さん。そのどちらかしかあり得ないわ」
「……。ん、ボクかい!?」「…………」
私が容疑者の名前を挙げると、霧島さんは顔を青くし、亜麻音さんは無言でただ瞑目する。
――ここからだ。ここから考えられる可能性を削って、【犯人】を指摘する。
今の私にできることは、もうそれしか残されていないのだから。
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