過去短編 謎が謎を呼ぶ迷宮【解決編】

 私は剣の切っ先を、その魔物に突きつけた。


「え? く、空澄? あの……」

「動くな。お前、ユズリハをどこへやった」

「えっ? きゅ、急にどうしちゃったの?」

「気が急いたね。まぁ、まんまと騙されてる馬鹿を見るのはさぞ気分がよかっただろうけど」


 私が迂闊だった。魔物はなんでもありだ。

 経験の浅さなんて言い訳にならない。手遅れになる前に気づかなければ、取り返しのつかないことにだってなりかねない。

 今回は、私もユズリハも死んでいても不思議じゃなかった。

 いや、ユズリハの安全はまだ保障されていない。一刻も早く、見つけ出さないと。おそらくこの手合いの特徴からして、殺されているなんてことはないはず。……そう信じたい。


「……私、何かおかしなこと言ったかな?」

「言ったよ、最後の最後にね」


 ユズリハに化けた魔物の演技が崩れて、ユズリハらしからぬ声音にすり替わる。

 ここで自棄を起こされてはたまらない。死を恐れない魔物どもに脅しは効かないのだから、ここは相手の流儀に則るべきだ。魔物の行動を否定すれば、普通魔物は暴れる。おそらく返り討ちにはできると思うけれど、それではユズリハが帰ってこないかもしれない。

 大丈夫。普通こういう謎解き魔物は、謎を解いたご褒美に何かを寄越すという流れが一般的。閉じ込められているならなおさら、謎の解決が脱出とイコールである可能性が高い。それに則りさえすれば、ユズリハは帰ってくるはずだ。

 だから私は、こいつに真相に至る道筋を懇切丁寧に――推理小説の探偵役の如く、明かしてやることにした。


「さっき、早く行こうっていってたけどさ。ユズリハがあんなこと言うはずないんだよ。人一倍怖がりな癖に、大事な時には勇気を振り絞って戦える――あのカッコいい子が、自分から魔物のところに急かすなんてするわけないんだ」

「……なるほど。それが理由?」

「いいや。それはただの疑念の始まりだよ。いくら私でも、その程度の違和感で大事な子に剣突き付けるわけがないでしょ?」


 あの繊細な子のことだ。私からそんなことをされたら、ショックで寝込んでもおかしくない。……って思うのは、ちょっと自惚れも混じってる気がするけど。


「へぇ? じゃあ、それも聞かせてよ。空澄がどうして私を疑ったのか」

「ずっと、疑問に思ってたんだよ。石板の謎が簡単すぎるって。まるで、どんな適当な行動でも石板の内容に掠っているならクリア扱いにされてるみたいにさ」

「それが何?」

「私にはそれが、本命の謎を隠すためのフェイクに思えた。この石板は別の謎を解き明かすためのヒントで、部屋の解放は石板のヒントは使い終えたと思わせるための仕掛けなんじゃないかって」

「発想が飛躍しすぎじゃない? 本当に魔物が難易度調整を間違えた可能性だってあるでしょ?」

「ないよ、そんなの。――ここに来て、ようやく思い出したんだ」


 こんなことも忘れて探索をしてたなんて、迂闊にもほどがある。


「私はここが、魔物の世界に通じる異次元ポータルになってるって聞いてやってきた。雰囲気からして、ここの次が最後の部屋なんだと思う。それなら――その異次元ポータルってどこにあるのかな?」


 もちろん次の部屋だ。今まで見かけなかった以上は、それ以外にはあり得ない。


「でもこのダンジョンは、異次元ポータルの存在なんて全く仄めかしてなかった。わざわざ魔物に声まで出させて、単独でいるって思わせてるくらいだし。魔物の世界に繋がってるって言うんなら、そこに魔物の大群がいるってことでしょ? こんな閉鎖空間で魔物の大群に囲まれたら、普通は全滅するでしょ」

「…………」

「相手を油断させて、最後は逃れられない死地に放り出す。どんだけ殺意高いんだって話だよ。人を殺す魔物は、都市伝説級か空想級。お前がどっちかは知らないけど――そんな高位の魔物が、難易度調整を間違える? それこそあり得ないでしょ」

「それじゃあ、石板にもちゃんと大事な意味があったってこと?」

「それも魔物が隠しておきたい、致命的な意味がね」


 これはこの魔物との頭脳戦だった。魔物の本能として、自身にとって致命的な情報すら提供してしまう謎解き魔物。だからこそ、その情報を隠そうとこいつは奮闘していた。


「『出口に近い石板ほど意味を持つ』。入り口辺りに書いてあった言葉だけど……退屈な謎解きに付き合わされてるうちに、こんなヒントすっかり意識の外だったよ」


 普通の人間であれば、朧げにしか覚えていない、あるいはもう忘れてしまっていてもおかしくなかっただろう。私だから、何があろうと一字一句正確に記憶しておける。


「もちろん私たちは、ここから脱出するために先に進んでる。つまり出口は奥にある――それが勘違いだったんだね」


 ここでようやく、石板の持つ意味に気づくことができた。


「二つ目の石板、『出口に向かえ』。私は部屋の入り口――つまりあの部屋からの唯一の出口に向かった。ここだけは、他の解釈のしようがなかった。つまり誰が挑んでも解答は固定される。――出口は、私たちが入り口だと思っていた方角にあるって」

「ふぅん。つまり?」

「最初の血文字の意味が逆転する。重要度は、ここが最も低く、最初の部屋が最も高くなる。これをもとに謎を解けばいい」


 ようやく、これで謎の全貌が見えてくる。


「『ここに謎はない。魔物を探せ』――これは血文字だから石板とは違う。魔物を探せっていう、単なる問題文」

「『知り得る者、知り得ない者』――この件を仕組んだのは誰か。どうやっても知り得ない情報を、あり得ないはずの出来事を、どうしてそいつは喋ったのか」


 これは解けているけれど、ここからの脱出とは一切関係ない。思考のヒントにはなるけれど、現状は無価値なヒント。だから一番奥に設置されたのだろう。


「『全てを拾い上げろ』――石板も血文字も、全てのヒントを拾え」

「『出口に向かえ』――出口とは何にとっての出口か。私か、それとも……ここに閉じ込められている魔物どもか。もう言うまでもないだろうね」

「そして最初の『答えは常に隣にある』――何の答えか? もちろん、問題文に対しての答えだ。解答者は私。そして、私は部屋を何度も移動したのに、常に隣にあるものなんて――これ以上語る必要はあるかな?」


 私についてきていたユズリハ。彼女だけが、その条件を満たすことができる。


「あはっ。あーあ、バレちゃった。あと少しだったのに」

「……っ!」

「あ、心配しなくていいよ。バレてしまっては仕方ない! とか言って殺しにかかるつもりはないから。まぁ、信用はしてもらえないと思うけど」


 魔物がパンパンと手を叩く。

 するとユズリハとしての姿が崩れていき、ただの揺らめく人型の影がそこに立っていた。いつしか足元には、意識を失っているらしいユズリハが倒れている。


「出口はもう開いてるからね。その子、連れて帰ってあげて」

「……随分あっさり帰してくれるんだね?」

「あっさりなんて! そんなことないよ。解かれない謎に価値はない。謎を解いてくれたあなたは、私に価値を与えてくれたの。だからこれは私からのお礼。なんなら、何かご褒美が欲しければあげるよ? フェイクスウィーツの噂とかどう?」

「間に合ってる。そもそも聞いたところで信用できない情報なら、聞かない方がマシ」

「むぅ、辛辣だなぁ。じゃあ聞き流してもいいけど、一つだけ忠告。矛盾した感情は早めに整理しないと、魔物がつけ入る隙になるから気をつけてね」

「……何のこと?」

「さぁ? 心当たりがないならそれでいいの」


 ふと、ユズリハの方を見る。

 矛盾した感情――ユズリハを守りたいけれど、守る必要がないほど強くなっても欲しい。そんな私の願いは……いや、魔物の戯言だ。気にする方がどうかしている。


「それじゃ、またね」


 魔物は手を振って、私たちを見送る。

 私はその姿をずっと警戒しながら、ユズリハを背負ってこのダンジョンを脱出した。




     ◇◆◇




「ん、ん……」

「ほらユズリハ、起きて」

「あれ……あっ、魔物は!?」


 ユズリハが跳ね起きる。

 既にあのダンジョンからは脱出した後で、私たちの姿は出口からすぐの草原にあった。


「あれ、私……」

「ごめん、私が迂闊だった」


 私は今までに起きたことをユズリハに話した。

 そういえばダンジョンから脱出する途中、階段の中腹に隠し扉を発見した。入ってくるときには薄暗がりの死角になるように作られていて、帰りにようやく発見できるかどうかというくらいに巧妙に偽装されていた。

 そういえば階段を降りる際中、ユズリハが悲鳴を上げていた。もしかしたらあのとき、一瞬の早業でユズリハと入れ替わられたのかもしれない。


「うぅ、また空澄の足引っ張っちゃった……」

「そんなこと、別に気にしなくていいからさ」


 魔物からの忠告が脳裏をよぎる。私の中の矛盾した感情。ユズリハには強くなってほしい。

 気にしなくていいなんて嘘だ。本当は、どんな事態になってもユズリハ一人で対処できるようになってほしい。でも、そんなことを言っても仕方ないし、何よりユズリハを傷つけたくないから。だから私は口を閉ざす。


「帰ろっか、ユズリハ」

「う、うん」


 ユズリハの手を引いて、私はすぐにこの場所から離れた。

 心に刺さった棘が、ここを離れれば抜けると信じて。


 ……一つ、ユズリハには語っていないことがある。今回の事件を仕組んだ真犯人について。

 そもそもおかしいんだ。私たちはどうしてここに派遣された? ここが魔物の世界に通じる異次元ポータルになっていて、そこから魔物が溢れてくるような事態に対処するためだ。

 その事実を突き止めたのは、私たちより先にここに訪れたらしい先行調査の魔法少女たち。


 でも、本当にそんなものがいたのだろうか。

 仮にいたとして、どうやってここが異次元ポータルであると突き止めたのか。内部を見ても、それを示すものなんて一切なかったのに。一番奥の部屋だけは調べていないけれど、そこに異次元ポータルの本体があったのなら、私たちに依頼するまでもなく既に破壊されているはず。

 では、一番奥の部屋にポータルはあったが、魔物に阻まれて破壊できなかったという可能性はどうか。残念ながら、それもあり得ない。なぜならあそこは侵入後に密室となる。異次元ポータルを破壊できなかったのなら、その魔法少女は撤退したのではなく死んだのだとしか考えられない。

 だとしたら、プリンはなぜそれを警告しなかった? むしろプリンは、あまり危険はないように言いながらユズリハを同行させてはいなかったか?


 つまりは、そういうことなのだろう。

 プリンは嘘をついて、私たちを死地に誘導した。

 先行調査の魔法少女が実在したのかどうか、それはわからない。でもそれが帰還していたのなら、謎解きの方法だとか、もっと情報があってもおかしくなかったんだ。もっと早くに気づくべきだった。

『知り得る者、知り得ない者』――最も重要度が低いとされた石板のヒント。これこそが、あの嘘つきスウィーツと魔物の関係性を明示していた。


 偽スウィーツ。無垢な少女を騙し、地獄に送り込む者。確かにそういう魔物の存在は確認されている。

 だけど、あれは魔法少女契約を偽って、まだ契約もしていない普通の女の子に近付く魔物だ。本物のスウィーツになりすまして魔法少女を騙すような、狡猾な手口を用いる知性は持っていなかったはず。

 ……一体、何が起きているのか。

 まったく未知の体験に、私は何か脅威が迫っているという予感を振り払うことができなかった。




     ◇◆◇




 暗い部屋で、不気味に独り言にふける影が一つ。


「ふむ。フェイクスウィーツは失敗ぃ……まあ、いいでしょう。今回のはあくまでもぉ、小手調べのようなものですからねぇ。くはっ」


 握りつぶしたプリン型の偽スウィーツ――開発名称フェイクスウィーツをゴミ箱に投げ捨て、狂気の魔王は嗤う。


「棺無月 空澄ぃ。あなたは至上の狂気を以て、ワタシの領域までやって来なくてはならないぃ。その日を心待ちにしていますよぉ。くはっ、くははっ、くははははははは!」


 いつの日か最高の輝きを見せるであろう狂気を、己の手で呼び覚ますために。

 狂気の魔王は、暗躍を続ける。

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