過去短編 謎が謎を呼ぶ迷宮【問題編】

(諸々あって書きました、空澄の過去短編です)




 魔法少女の任務は多岐に渡る。といっても大抵は力づくの討伐がそのほとんどを占めている。基本的な魔物は魔法少女の武器で痛めつけてやれば消滅するのだから。

 しかし稀に、それだけでは済まない厄介な特性を持つ魔物が存在する。

 今回、棺無月 空澄に回された任務も、その手合いのようだった。


「異次元ポータル?」

「プ。なんでも、魔物の世界に繋がってるって話で」

「それを壊して来ればいいわけ?」


 私の部屋で、私はユズリハと共に今日の任務の説明を受けていた。

 説明役はユズリハと契約したスウィーツ、プリン。


「プ。それがどうも、ポータルそのものが魔物の領域らしくて」

「領域?」

「プ。変な謎かけみたいなものと、正体の掴めない魔物が潜んでるって……」

「ふぅん。正体の掴めない、ねぇ……」

「プ。謎かけを解くと次の部屋に進めるって」


 プリンの様子から察するに、なかなかに重要なミッションなのだろうとは想像がつく。問題はどれだけの脅威を想定すればいいか、だ。


「ねぇ、プリン」

「プ? ユズリハ、なに?」

「魔物の世界に繋がってるってことは、そこにも魔物がうじゃうじゃいるってこと?」

「プ。いや、領域……というより、遺跡の中には魔物は確認できないって話で」

「なるほど。だから私も空澄と一緒に行っていいってことになってるの?」

「プ。ま、まあ……」


 どことなくプリンの返事の歯切れが悪いのは、それを認めるということはユズリハが私より劣っていると肯定すると同義だからか。

 ……すごくモヤモヤした感情が発生した気がするけど、今は無視しておく。


「とりあえず話をまとめると、相手は遺跡を形成して潜伏するダンジョン系の魔物。おそらく戦闘はなくて、謎解きがメイン。ただ奥に進むと敵が現れて戦闘になる可能性があるから、万が一のことを考えてユズリハも同行。――って感じ?」

「プ。空澄、その通り」


 まあ確かに、大抵の魔物は私が戦えばなんとかなる。ただし二体一緒に出てきて、同時に倒さなければならないとかいう状況に陥った場合、私一人では対処法を失う恐れがある。

 普段なら想定しなくてもいい可能性だけれど、ダンジョン系の魔物はそういう特殊条件戦闘を強要してくることが多いし、用心は必要だ。


「ま、なんとかなるでしょ。サクッと行ってサクッと帰ってこようか、ユズリハ」


 そんなこんなで、更にプリンから詳細を聞き出した後に、私たちはそのダンジョン型の魔物に挑むことになった。



◇◆◇




「さて、ここかな」


 目的地の近くまで、一部のスウィーツが持つ転送能力で送ってもらい、その後しばらく歩いてそこに辿り着いた。

 草木が茂った極めて自然に満ちた場所だけれど、不自然に地面の一部が崩落して、地下へと続くおどろおどろしい階段が存在している。ヨーロッパの古代遺跡ならともかく、ここが現代日本だと思うと些か似つかわしくない。


「うう……お化けとか出そう」

「何言ってんだか。魔物もお化けの一種でしょ」

「あ、そっか。――って、そうじゃなくて! なんかこう、ザ・お化けって感じのやつ!」

「倒せば問題ないから。ほらほら、早く行こうか」


 言いながら、若干不安そうなユズリハの手を握って先導した。ユズリハは可愛らしくおろおろしながらも、大人しく私についてきた。あまりの微笑ましさに、大事な任務だというのに頬が緩んでしまいそうだった。

 まあ、わざわざ遠出してきたんだし、これくらいの役得があってもいいだろう。


「ひゃっ!」


 階段を下っている途中で、ユズリハが声を上げた。

 私は即座に警戒を最大限に引き上げる。


「敵?」

「あ、ごめん、そうじゃなくて……」


 ユズリハが彼女自身の武器、短剣の先を壁に向けた。

 どうやら、壁に文字が書いてあるようだった。階段は薄暗く僅かな灯りしかないため、魔物への警戒に注力していた私はそれを見落としたようだ。

 そこには、掠れた黒い何かでこう書かれていた。


『出口に近い石板ほど意味を持つ』


 石板? それに、意味。

 確かプリンの話では、石板に書かれた謎を解くごとに次の部屋に進めるようになるということだった。意味を持つというのは、重要度の話だろうか。

 つまり、奥の石板ほど重要ということ?


「これ、血?」


 この文字列の意味を考えていると、怯えた様子のユズリハが呟いた。

 確かに、この黒い文字は血に見えなくもないけれど。


「どうせ魔物の嫌がらせでしょ。たぶん偽物だよ、それ」

「そ、そっか」


 第一、魔物がどこから人間の血を用意してくるというのか。プリンの話によると、ここに先行調査に来たらしい魔法少女たちも何一つケガはしていないらしいし、少なくとも人間の血を手に入れる機会もなかっただろう。

 だからこれは、魔物が作り出した偽物か、魔物の血か、あるいはそもそも血ですらない何かでしかない。怯えるだけ無駄だ。

 と、そうこうしているうちに階段の一番下までやって来た。色あせた石レンガの壁に囲まれた、一見行き止まりに思えるような場所だったけれど、どうやら岩でできたドアがあるようだった。岩でできたドア。横開きの、まさにダンジョンにあるようなやつ。普通じゃない。どう見ても魔物の仕業だろう。

 念のために警戒しながらドアを開けると、ほとんど空っぽの部屋が目に入った。特に魔物の気配はない。灯りもあるようで、こちらの暗闇にも光が舞い込んでくる。

 状況が落ち着いたからもう大丈夫だと思って、私はユズリハの手を離して部屋の中へ入った。特にトラップが仕掛けられているなんてこともなく、普通に部屋の中ほどまで進む。

 殺風景な、これまた色あせた石レンガの壁に囲まれた地下空間だった。先にも岩のドアがあるけれど、開かなくなっている。それと、壁には石板があり、こう書かれている。


『答えは常に隣にある』


 殺風景な部屋には、特に他には何もない。となると、この石板がこの先へ進むためのヒントのはず……。

 隣。私の隣? いや、部屋の内部の人間は自由に部屋内部を動き回れるんだから、人の隣では常にという条件が満たせなくなる。なら、この部屋で動かないもの……扉か、石板か。

 試しに扉の付近をコンコンとノックの要領で叩いてみる。すると――。


 ――ガゴゴゴゴゴゴゴ。

「わっ」


 扉がひとりでに動き、次の部屋への道を開けた。もう一方、入ってきた方の扉も自動で動き、こちらは閉じてしまった。

 閉じ込められた……。ユズリハはそっちの扉には気づいていないようで、開いたばかりの扉に驚いて固まっている。

 まあ、どうせ調査はしなくてはならない。閉じ込められたところで、いざという時の退路がなくなったというだけだ。魔物が出てきたとしても、私の魔法で殲滅してユズリハを守ればいい。大丈夫。私にはそれができる。

 というかプリン、こんなことになるなら先に教えてくれればいいのに。まったく……。

 そんな悪態を隠しながら、私はユズリハに閉じ込められたことを気取らせないよう、努めて普段通りの声音で呟いた。


「なるほど。これでクリアか。ホントに脱出ゲームの仕掛けみたいだね」

「えっと、私にはさっぱりなんだけど……空澄、何やったの?」

「ま、解説は後かな。ほら、さっさと次行こうか」


 私はユズリハを引き連れて、次の部屋へと足を踏み入れた。

 ……それからも、与えられる課題は簡単なモノばかりだった。というより、一度も失敗することなく開けることができた。


『出口に向かえ』

 入り口に一度戻ったら、次の扉が開いた。


『全てを拾い上げろ』

 床に一度剣を置いて、それを拾ったら扉が開いた。


『知り得る者、知り得ない者』

 適当にユズリハが知らなそうな雑学を披露したら、扉が開いた。


「……ねぇ」


 いい加減我慢の限界で、私は流石に苛立ちを隠せなかった。


「なんかここおかしくない? 全体的に雑というか。本気で謎解きするつもりだった私がバカみたいなんだけど」

「う、うーん……ま、まあ、そういうこともあるんじゃない?」

「んー、そうなのかねぇ……」


 どうもおかしい。謎解き系の魔物は、自身が出題する謎に対しては真摯なはずだ。そして真剣に、解かせる気のないような謎を掲げてくる。例えば、砂漠で人間の知恵を試すスフィンクスのように。

 朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足だっけ? あんなの、普通は解けっこない。私でも答えを予め知らなかったら一発クリアは無理だ。

 もちろんスフィンクスは伝説の魔物だし、それと比べたらその辺の謎解き魔物はまだ容易い部類にはなるだろう。それでも、ダンジョンまで作って引き籠もる魔物が、この程度の謎しか用意できていないなんて考えづらい。


「あ。ねぇ空澄、あれが最後じゃない?」

「ん。確かに、いかにもって感じだけど」


 部屋を抜けた先、第五の部屋の扉だけは、他の岩の扉とは違っていた。

 職人芸のようなレリーフが彫られた、黒い金属扉。ダンジョンの最奥にこんなものがあるなんて、この先ボス部屋ですと主張しているに等しい。


『ここに謎はない。魔物を探せ』


 壁には石板ではなく、血文字で書かれていた。どうして文字を記す方法が変化したのかはわからないけど……。

 ここに謎はない。つまり、扉は普通に開けることができる?

 そんな考察をしていると、不意に知らない声が響いた。


『来るがいい魔法少女……』


 扉の奥から、禍々しい声が響く。それは老人のように嗄れた声で、しかして老人にはあり得ないほど腹の底から絞り出された声のようにも聞こえる。威厳のありそうな、いかにもボスでございという声。

 探すまでもなく、魔物はそこにいるらしい。本当に、何のための壁のヒントだったのやら。

 おそらく――油断は禁物だけれど、これまでの謎解きの傾向から考えるに、この魔物の性質は虚仮威し。壮大な何かがあるように見えて、実は容易い。そういう手合いだなのだろう。これなら、謎解きの異様なほどに簡単な難易度にも説明がつく。

 だったら、恐れる理由はない。

 私は剣を握りなおしつつ、念のために警戒しながらその扉に近付き――


「……?」


 ふと、違和感を覚えて歩みを止めた。

 本能的に真実の匂いを嗅ぎ取って、私はこの扉を開けるのは危険だと判断した。しかし自分がそう推理した過程が今となっては確認できない。

 何だ。私は、何に対して決定的な違和を発見した?

 自惚れでも何でもなく、私の能力は高い。その私の本能が警鐘を発したのだから、私は考えなくてはならない。

 ――私がしくじれば、ユズリハも私も死ぬかもしれないんだから。

 深く思考の海に潜っていくと、自分の思考の過程すらも認識できなくなる。ただ私は起きたことを全て推理の材料にして、結果だけを求めて潜行する。深い深い海の底へ。


「空澄? 行くんでしょ? 早く行こ?」

「…………」

「ね、ねぇ空澄? 行かないの?」

「…………」

「ちょ、ちょっと――」

「解けた」


 自分の思考に没頭するあまり置き去りにした、現実世界に対する知覚を再起動する。そうしてようやく、置き去りにした思考の過程が脳裏に蘇る。

 没頭していたのはどれくらいの時間だっただろうか。あっさり解けたような気もするし、長い時間悩んでいた気もする。


「え? と、解けたって……何が?」

「ま、決まってるよね」


 今までの謎解きモドキとは違う、本当に隠されていた謎。

 その答えが今、私の中にあった。

 だから、その答えを得た私がすることは一つ。


 私は剣を持ち上げ、ようやく見つけた魔物にその切っ先を向けた。




―――――――――――――――


読者様へのプチ挑戦状

オマケ短編なので礼儀無視の簡潔な挑戦状とさせていただきます。

空澄が解き明かした全てを、この話の中から読み解いてください。

最終的に読み取れることは以下の5つです。

①空澄が暴いた魔物の隠れ方

②このダンジョンが隠していた本当の謎と解法

③魔物が仕掛けていた罠

④この件の 逵溽官莠コ

⑤更にそれを 謫阪▲縺ヲ繧、縺溘Ζ縺、


④と⑤の後半部分は純粋に推理で導き出せる部分なので、推理後にご確認ください。

なお前提事項として、

・冒頭で描写したプリンと空澄との会話の中には嘘はなかった

・このダンジョンはミステリーというより脱出ゲーム風に構成されている。それゆえ②に関して確たる証拠はない

・謎解き型の魔物は謎に誠実

の三つを挙げておきます。

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