What happened in the kitchen then?

《そのとき厨房で何が起きた?》




◇ 事件直前:午前六時二十分 ◇


 米子、空澄、摩由美が厨房にやって来る。


「えっと……メモって、水道にあるんですよね?」


 早速自分の使命を果たそうと、米子は水道に近づいた。

 メモには穴があけられ、タコ糸が通されている。そのタコ糸は蛇口の細長い部分に幾重にも巻かれ、結び付けられ、簡単にはほどけなくなっている。

 少し不気味な文章に、米子は息を呑んだ。一方で、傍らの空澄は面白そうにメモを眺めている。


「へー、これかー('ω')」

「そ、そうみたいですね。それじゃあ……」


 厳重に巻かれすぎて、糸を外してメモを取るのはかなり手間がかかる。

 それに、魔法の発動に必要なのは、暗号を舐めることだけ。紙だけ外せば十分だった。――いくら大喰らいの米子でも、紙を舐めるのはどうなのか、という神経は備わっているが。魔法の発動のためには致し方ない。

 米子がメモを引っ張ると、ビリ、という音と共にメモが取れた。

 しかし米子はここで一つ失敗した。


「あっ……」


 緊張のあまり、手に持ったメモを落としてしまった。

 普通に床に落ちたため、メモがダメになることは考慮しなくて済んだけれど――代わりにメモは、空澄の手に渡った。

 空澄は拾い上げたメモを、しげしげと眺める。


「ふーん。なんか、おっそろしげなこと書いてあるねー( ̄д ̄)」


 そして空澄は、そのメモを――さっと、米子から隠すようにして背中に回した。


「あ、あの……?」


 戸惑う米子に対し、空澄はニヤリと笑った。


「ねー、返してほしい?( *´艸`)」

「えっ? あ、はい。か、返してください……」

「ふぅん。それじゃ――あーしから取り返してみろーっ!(#^.^#)」


 空澄は米子からサッと距離を取った。

 部屋から出て行くような様子はないものの、返す気がないのは明白だった。


「マユミン、ちょっと邪魔だから隅っこ行っててくれる?(*'▽')」

「にゃ? まー、わかったにゃー」


 摩由美は空澄に言われた通り、邪魔にならなそうな部屋の角に位置取った。

 そして――大して広くもない、というより普通にすれ違うだけでも一苦労なこの狭い厨房で、鬼ごっこが始まる。


「ほーら、ここまでおいでーヾ(@⌒ー⌒@)ノ」

「か、返してください!」


 相手からロクに距離を取れないこの場所で、どうやって逃げ続けるか。

 答えは簡単。空澄は伸ばされる手を見て、そこからサッと逃れることで鬼ごっこを継続させていた。

 ひらりひらりと身を躱す。魔法少女としての戦闘で培った動体視力のおかげで実行可能な荒業だった。

 対する米子は、明らかな疲弊を見せ始めている。魔法少女としての超身体能力は発揮できないし、そもそも米子は――言ってしまえば割と太っちょで、動きが鈍く、体力もない。

 急な運動のせいで、一分もする頃にはバテてしまった。


「はぁ、はぁ……」

「おろろ、もう終わり? 全く、しょうがないなー。ほら(´・ω・)つ」


 空澄は意味のない鬼ごっこに満足したのか、部屋の中央でバテた米子におとなしくメモを返した。


「ほら、さっさとやってくれる? みんな待ってるよ?(。´・ω・)?」

「誰のせいかにゃー。……おみゃー、大丈夫かにゃ?」

「は、はい、なんとか……」


 摩由美が、肩で息をする米子の背をさする。

 十秒くらいして落ち着いたら、米子から離れ、摩由美は水道近くの壁に寄りかかった。摩由美が米子から距離を取ったのに倣って、空澄も何歩か下がる。


「そ、それじゃ――行きます。最初は様子見で、ちょっとの魔力から」

「ほーん。そんなことするんだ(・ 。・)」

「は、はい。こうしないと、暴発する危険とか色々あるので」


 米子はそう言って、暗号のメモを口に近づけた。

 舌を出し、メモの表面をなぞる。

 ――その次に起こることなんて、想像すらせずに。


 米子の舌がメモに触れた途端に、は起こった。

 とんでもない光と、熱と、衝撃の発生。――爆発。

 空澄の目にはまるで、米子の口から爆発したようにそれは映った――。

 視界が、爆炎で真っ赤に染まる。


 そうして、地獄が顕現する。

 爆発の後に残されたのは、大量の煙と、焼け焦げた厨房。油等に引火しなかったのは奇跡に近い。もし油のボトルなんかが外に出されていたら、もっと大惨事になっていた。

 また、空澄と摩由美の位置取りも奇跡的だった。偶然にも米子から少し離れたところにいたおかげで、直接的に爆発に巻き込まれることを免れた。

 しかし――奇跡は、全てを救ってはくれなかった。

 直接、爆発の只中に放り込まれた人間が一人だけ。

 その人だけは、爆発の衝撃で壁に叩きつけられ、肌を焼かれ肉は抉られ、見るも無残な遺体となって厨房に横たえられた。

 それが誰かは――言うまでもない。




     ◇◆◇◆◇




「っていうのが、あーしが見た全部だよ。うう、お米ちゃん……(´;ω;`)」


 厨房に移り、摩由美ちゃんの治療――私の魔法も試してみたけれど、空澄ちゃんと同様に効果はなかった。それで結局、ワンダーに寄越された薬を頼った――を終えて語られたところによると、そんな流れだったらしい。

 傍で聞いていた摩由美ちゃんもその話に頷いていたので、おそらく今の話に嘘はない。

 聞いた限りだと、話の中に爆発しそうなものなんて一個も登場しなかった。

 米子ちゃんの口が爆発したなんて――信じ難い。まさか、メモの正体が爆弾だった、なんてことはないだろうし。いくらなんでも、紙に偽装できる爆弾なんて存在するとは思えない。


「ちなみに、メモの中身も覚えてるけど、聞く?(。´・ω・)?」

「えっ?」


 空澄ちゃんから、驚くべき申告が為される。


「あの……今の話を聞いた限りだと、空澄ちゃんがメモを見てた時間なんてそうないんじゃ……」

「まあそうだけど。あーし、記憶力はいいんだよね。映像記憶っていうの? なんかこう、一度見たものはなかなか忘れないんだよね。(#^ ^#) ……まあ、今日の記憶は消せるんなら消したいんだけど"(-""-)"」

「…………」


 その軽口にどう反応していいか戸惑っている間に、空澄ちゃんはメモに書かれた暗号を諳んじた。



――――――――――――――――――――


鍵のレシピ


幽霊:既に忘れられた

流浪:懊悩する迷子はもういない

死刑:破られた約定

鉄柵:向こう側へ超越する

首切り:下僕は剣を握った

駄作:過ぎ去る者の末路

昨夜:鳥籠の中

遺骸:白鳥の餌


鍵を握るのは誰?


――――――――――――――――――――



 やっぱり、不気味な暗号だった。いや、暗号というより、詩のようにも感じられる。不吉を詰め込んだ詩。

 この詩は一体、何を意味しているんだろう。


「ま、ちゃんと知りたかったら後で言ってよ。紙とペン持ってきてね。書き写してあげるから(*^^*)」

「う、うん……」


 私は頷く。ペンや紙の類も倉庫にあったし、後で持ってこよう。この暗号も、何かの手がかりになっているかもしれない。


「……ん?」


 倉庫のことを考えると、ふと引っ掛かりを覚えた。

 私は水道に寄って、巻き付けられた紐――タコ糸を調べる。こちらは爆発に巻き込まれたわけでもないので、煤で黒くなりつつも普通に残っていた。

 そのタコ糸には、見覚えがある。

 これ……もしかして、倉庫にあったやつ?

 ……次は、倉庫を調べてみるのもいいかもしれない。


「どした?(・ 。・)」

「いや、あの。このタコ糸が気になったんだけど。これ、倉庫にあったものみたいで」

「ふーん。なるほど?(=_=)」


 空澄ちゃんが、それに僅かに興味を示す。しかし、それ以上は追及してこなかった。

 ……もう、話題は終わりのようだ。


「とりあえず、ありがと。私たちは、他のところも調べてくるから」

「んー。了解('◇')ゞ ……にしてもこれは、考え直しかなぁ( ;´Д`)」


 考え直し? 何が?

 気になったけれど、空澄ちゃんは既に会話の姿勢ではなかったため、私は彼女に背を向けた。

 夢来ちゃんと一緒に厨房を後にする前に、ふと振り返る。

 厨房には、もう人はあまりいなかった。

 私たちがこっちに戻ってきたときにいたのは、藍さんと摩由美ちゃんだけ。二人によると、気絶してしまった初さんを治療室に運ぶために、狼花さんと香狐さんは出て行ったらしい。

 爆発でケガを負った摩由美ちゃんも運ぼうとしたらしいけれど、すっかり怯えた様子の摩由美ちゃんは、厨房の床に座り込んで頑なに動かなかったらしい。そうして留まっている間に、空澄ちゃんによって治療薬が届けられた。


 そうやって、いるメンバー、いないメンバーを数えている最中に、ふと気づく。

 死体は依然として、この部屋に転がっている。それなのに私は、既にその死体を意識から追い出しつつある。

 命を散らした彼女のことを、無視しつつある。

 もう調べ終えたから? それを調べることに意味がないから?

 そんなことは言い訳にならない。

 たかが【真相】を追求するよりもよっぽど大事なことを、私は既に見落としつつあった。

 それがまるで――ワンダーの作ったゲームに、自分の魂を侵食されているようで。

 嫌で嫌で、仕方がなかった。

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