The string lifts us.
《その糸が私たちを吊り上げる。》
階段を上り、倉庫へと辿り着く。
一見すると、倉庫にそれらしい異常はない。
だけど……。
「夢来ちゃん」
「な、何?」
「ちょっと、探し物手伝ってもらえる?」
「さ、探し物? 何を?」
「タコ糸。たぶん……数が減ってるか、端っこが切れてるやつがあると思うから」
倉庫には、初日の探索時に作成した物品リストがある。
それは倉庫の入り口辺りに張って――ある。うん。
倉庫の物品リストは、初日の探索時、二階の探索班が独自に作成したものだ。共有はされていないから、一階にいた人は、倉庫に何があったのか知らない可能性が高い。
私たちはタコ糸のリスト上の在庫数を確認した後、実際の在庫数を確認する。
「……全部ある、みたいだけど」
「うーん……。それじゃあ、一個一個調べてみるしかないかな……」
タコ糸の在庫数はそこまで多くない。二人ならすぐに調べられる。
タコ糸の切れ端を確認して、新品状態かどうかを見る。ここにあるタコ糸はロール型ではなく、一枚のボール紙にグルグルに巻きつけられたタイプのやつだ。新品でないなら、変な風に留められていたり、巻きが甘かったり、糸の中途半端な場所に折れ目がついているはず。
そうやって一つ一つ確かめていく。
「……あっ」
すると、何分かしたところで、夢来ちゃんが声を上げた。
「彼方ちゃん、これ」
「ん? ……ああ、これ、みたいだね」
夢来ちゃんが手渡してくれたそのタコ糸は、糸の端っこの変なところに折り目がついていた。まるで一度使用して、その後巻きなおしたかのように。
それに他の――新品のタコ糸と比べると、糸の量が少なくなっている気がする。
これが使用済みのもので間違いない。
「これ、どこにあったの?」
「し、下の方に……」
夢来ちゃんが、タコ糸が積まれていた辺りを指す。
……下の方。使用済みのものが、下の方に?
それは――タコ糸が使用済みであることを、知られたくなかったということ?
もしかしたら、誰かが普通にタコ糸を使ったんじゃないか、という可能性も考えていたけど……。そうなると、その線は薄くなる。
わざわざ隠されていたとなると、これを使った人は、何か知られたくない目的があった?
一応、最後までタコ糸を調べてみる。
結局見つかった使用済みのタコ糸は、一つだけだった。
初日にここを調べたのは、確か――。
私と夢来ちゃん、摩由美ちゃん、藍さん、米子ちゃんだ。
逆に一階を調べたグループが、佳奈ちゃん、凛奈ちゃん、忍ちゃん、接理ちゃん、香狐さん。
初さんと空澄ちゃん、狼花さんは治療室にいたはずだ。
倉庫の物品リストは共有されていない。
人づてに倉庫の中身が伝わった可能性はあるけど、わざわざタコ糸の存在に注目して広めるような人はいないはずだ。ハンマーとか、そういう危険物を探すことが目的の探索だったし、話題に上るならそっちだと思う。
となると、この糸の存在を知っていたのは二階を調べていた人だけ?
でも、二階を調べた人の中で、爆発を起こせるような方法を持った人なんて――。
物理的爆発なら、人を選ばず使うことができるだろうけど、そんな爆発物はここにはない。それは既に確認されたことだ。
「…………」
とりあえず、ここで調べることはもうない。タコ糸が見つかっただけで十分な成果だ。
あと、調べるべき場所があるとすれば……。
「……夢来ちゃん、次行こう」
「ど、どこに?」
「衣装室」
「えっ!?」
次の行き先に、夢来ちゃんは顔を赤くする。
まあ確かに、あそこは二度と行きたくなかった場所だけど――。
「ごめん。すぐ済むから」
「だ、大事なことなの?」
「うん、まあ……確認みたいな感じだけど」
そう、確認だ。たぶん衣装室は、アレの出所だから。
私は夢来ちゃんの了承を取り付けて、衣装室へと向かった。
◇◆◇◆◇
衣装室に辿り着くと、そこには既に先客がいた。
「あれ? カナタンとムックだ。また会ったね(*'▽')」
「ああ、うん」
空澄ちゃんだった。
空澄ちゃんは一番左の試着室のカーテンを開いて、こそこそと中を覗くようにしていた。
そんな空澄ちゃんの姿を見て、夢来ちゃんはまた私の後ろに隠れた。
確かに、傍から見ると、変態的行為に及んでいるようにしか見えないけれど――。
「もしかして、二人ともあーしと同じ目的?(。´・ω・)?」
「うん、まあ、たぶん……」
そう。私たち――というより、私がやりに来たのも、空澄ちゃんと同じことだった。決して変態的行為ではない。
「それなら、アタリだよ。ほらこれ、見て($・・)/」
空澄ちゃんに手招きされる。
空澄ちゃんがカーテンを大きく開くと、私が確かめに来たそれが露わになった。
それは、無残に砕かれた鏡。
鏡の固定は全く意味をなさなくなっていて、大中小と様々なサイズの破片が試着室内に散らばっていた。
「ま、カナタンの予想通り、ベルトコンベアの奥にあった破片はここのやつってことで間違いなさそうだね( ;´Д`)」
「……うん」
この鏡の破片をパズルのように組み立てるなんてことは、流石に不可能だけれど――。こんなあからさまに砕かれた鏡があるんだから、まず間違いない。
各自に与えられた個室の洗面台にも鏡はあるけれど、まさかそれをベルトコンベアの奥に放り込んだとは思えない。部屋を見せろと言われて露見すれば、【犯人】として疑われることは必至だ。
だけど……。
「……鏡が【犯人】の仕掛けなら、犯人は鏡の存在を知ってたってことだよね」
それなら犯人は、一階を探索した佳奈ちゃん、凛奈ちゃん、忍ちゃん、接理ちゃん、香狐さんの誰か?
――それじゃあ、倉庫の件と矛盾する。
そう考えたけれど、空澄ちゃんはそれを否定した。
「あー、そうじゃないと思うよ(;'∀')」
「えっ?」
「だってここ、衣装室でしょ? だったら、試着室とか更衣室があるかもって、ちょっと考えたらわかるでしょ。現にあーしもそうだし(*'ω'*)」
「あー……」
確かに、それはあるかもしれない。
空澄ちゃんは館内の探索には参加していない。それなのにこんなに早くここに辿り着けた。多少の発想力があれば、ここを調べていなくとも鏡の存在に思い至ることができるかもしれない。
「ちなみに、今みんなの二日目の行動聞いて回ってるんだけどさー。カナタンとムック、二日目にこの部屋来たよね?(。´・ω・)?」
「えっ? うん、そうだけど……。なんで知ってるの?」
「いや、だって、ムックの服見りゃ一発じゃん。昨日の朝に
「ああ、うん」
そっか。よく見ていればわかることだった。
「それと、試着室も使ったよね?(o・ω・o)」
「そうだけど……」
それは、夢来ちゃんの服装からはわからないんじゃ……。
私が疑問を覚えていると、
「あーいや、簡単な推理だよ。カナタンはさっき、この部屋に鏡がある前提で話してたでしょ? でもカナタンは、初日の探索の割り振りは一階じゃなかった。それなら、ムックの服を取りに来たときに確認したのかなー、って思うでしょ(*´з`)」
そんな風に、何でもないことのように説明した。
「どう、あってた?( ^^) 」
「う、うん。正解」
「やたーっ\(^o^)/」
空澄ちゃんは一頻り跳ねて快哉を叫んだ後に、話を戻した。
「でさ。試着室使ったのって、どれ?(・_・?)」
「え? えっと……」
覚えている。確か、パーカーが置いてあった棚から最も近い試着室――。
「一番左……。ちょうど、鏡が割れてるところだよ。そのときは割れてなかったけど……」
「おっ、よしビンゴ!(*^^*)」
空澄ちゃんが手を打って喜ぶ。
私たちがその試着室を選んだのは、パーカーがあった場所から一番近かったからだけど。犯人がそこを選んだのは、入り口から一番遠かったからだと思う。少しでもバレにくい場所を選ぼうとした結果、裏目に出たわけだ。
「ちなみに、衣装室に来たのはいつ頃?(o゜ー゜o)?」
「えっと、朝ご飯を食べてすぐに」
「なーるほどなるほど。まさかグループ行動の真っ最中に、みんなの目の前で鏡割った馬鹿なんていないと思うしぃ? そうなると、これを割ったのは夜かな。みんなが寝た時間なら、自由に動き回れるし( ̄д ̄)」
空澄ちゃんが、得た情報を次々と繋ぎ合わせていく。
「ちなみに、カナタンたちって、もう倉庫調べた?(。´・ω・)?」
「あ、はい」
タコ糸の件について、情報を共有する。
「ま、だいたい予想はついてたけどね('ω')ノ」
詳細を聞いてから、空澄ちゃんはそんなことを言った。
それに関しては、私も同感だった。なんとなく、調べる前から予想がついていた。
「まあ、これでなんとか戦えるかなー、っと(ノ*´ο)ノ」
空澄ちゃんが大きく伸びをする。
と――そこでちょうど、衣装室の扉が開いた。
「……ここにいたのか」
接理ちゃんだった。衣装室の中を目にして、嫌そうな顔をしている。
「んー? セツリン、どうかした?(*´з`)」
「僕の用じゃない。色川 香狐の用だよ」
「ん? カッコーの? 何?(・。・)」
「全員、食堂に集まってほしいとのことだよ。実際、事件からもう一時間も経っている。混乱もなんとか収まった。君たちは情報を集めてもいたみたいだし、話し合いをするには十分な頃合いということだろうね」
「ふぅん。……いよいよ、推理パート開始、ってことね(。-∀-) 」
空澄ちゃんが舌なめずりする。
「いいよ。じゃあ、行こうか。あーしが【犯人】、暴いてやるから(* ̄ー ̄*)」
空澄ちゃんは自信たっぷりに言って、衣装室から出て行った。
接理ちゃんも、伝えることは伝えたとばかりに、衣装室を出て行く。
後に残された私と夢来ちゃんは、顔を見合わせた。
夢来ちゃんの表情からは、幾分か怯えが取り除かれていた。平常通りとは全く言えないけれど、さっきよりはずっといい。
そうとわかっていながら、私は尋ねる。
「夢来ちゃん、大丈夫?」
「……う、うん。わたしは、大丈夫だから」
夢来ちゃんは頷く。でもその声は、若干震えていた。これから起こることを想像してしまったからか。
――これから起こるのは、魔法少女十二人による糾弾劇。
疑わしきを責め苛み、執念深く追いつめて、破滅させる儀式。
誰が米子ちゃんを殺したのか。
どうやって米子ちゃんを殺したのか。
どうして殺したのか、は追及されない。
徹底的に心を削ぎ落して、【真相】だけを追い求める。
事実に事実を積み上げて、隠された真実に手を伸ばす。
そんな冷たい冷たい儀式が、始まろうとしている。
殺害方法は不明。唯一実行可能に思える人物は、その実行の条件を満たしていない。
あからさまな不可能殺人。
その、誰かが作り上げた不可能に――私たちは挑まなければならない。
「ねぇ……彼方ちゃん」
「なに?」
「お、お願いばっかりで、申し訳ないんだけど、その……。わたしの手、ずっと握ってて?」
「……うん、わかった」
夢来ちゃんの手を、強く握る。
私たちは儀式に臨む。
【真相】を暴くための、押し付けられたゲームの舞台上へ。
――その先に何が待つのか。それに関して、目を逸らしながら。
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