Welcome to the hell made by us.

《私たちお手製の地獄へようこそ。》




「おい、彼方! 呆けてんじゃねぇ! お前の魔法なら、まだ治せるかもしれないだろ!」

「え、え……?」

「治せるだろ! お前なら!」

「え、あ……」


 そうだ。[外傷治癒]。

 それで治せる。治る? 治らせる?


 私はよろよろとした足取りで、横倒しになったに歩み寄る。

 途端に気分が悪くなる。

 とても、正視に耐えるものじゃない。


 肌は焼け焦げ、煤で黒ずんでいる。

 ところどころは肉が抉れ、血が流れている。

 唯一まともなのは、着ている服だけ。魔法少女でなくなり、変身が解けた今、が纏う衣服は普通のパジャマとなっていた。

 おそらく、彼女が変身する前、最後に着ていた服なのだと思う。

 パジャマを着て、眠りに就く。何もおかしくはない。

 でも、こんな眠りは間違っている。早く覚ましてあげないと。


「な、治って……」


 私はに手を差し伸べて、魔法を行使する。


「治ってよ……」


 の傷が、徐々に塞がっていく。

 血に濡れた服はもとに戻らずとも、傷が再生されていく。

 治せる? 治るの?


「米子ちゃんを、生き返らせて……っ」


 必死で魔力を送り込む。

 そして、傷が塞がった感触。これ以上、傷は治せない。

 もう、治せないのに。


「なんで、どうして……っ!」


 米子ちゃんは目を覚まさない。

 パジャマは割烹着には戻らない。

 ――米子ちゃんは、生き返らない。


『あははははははは! 無駄だよ、無駄! あははあははははは!』


 不快な声が、どこからか響く。


『頭ピンクちゃんの魔法は、ただの回復魔法なの! 回復魔法で仲間が蘇生できるわけないじゃん! 頭ピンクちゃん、ゲームやったことないの!? つっまらない人生送ってるなー。そんなキミのために、遊戯室にはテレビゲームも用意してあるのだ! 不勉強なキミには是非、プレイすることをおすすめするよ! あははははははは!』


 笑う。笑う。魔王は笑う。


『はい、というわけで! 最初の犠牲者が発生しました! 死んじゃったのは、釜瀬米子さん! いやー、釜瀬カマセっていうだけあって、噛ませ犬っぽさ満載の死に様だよね! 何せ最初の犠牲者! あはは! 人狼ゲームだと、NPCの役割だよそんなの! そんな役割に命まで懸けちゃって! あははははは!』


 嘲る。貶める。彼女の死に様を。


『いやー、でも、これでこそ殺し合いだよ! 最初の死体がもたらすインパクトっていうのは、とにかく大事だからね! それが爆死! 爆死って! キミはなんて最高の噛ませ犬だったんだ、食いしん坊ちゃん!』


 称賛する。喝采する。誰かに押し付けられた死を。

 ――そして、宣言する。


『――ではでは、みなみなさま! これより、【真相】究明のお時間です! こんなにも美しい死体をお作りくださった素晴らしい【犯人】を、みなみなさまは探してください! 【犯人】がどうやってこの芸術的殺人を作り上げたのか、その追及もお忘れなく! 正解報酬はなんと、【犯人】の命! それからボクの好感度だー!』


 歓喜する。悦に入る。手製の地獄が機能し始めたのを。


『ああちなみに、不参加とかいうつまんない真似は認めません! 誰かがやってくれるー、なんてアホアホなこと言っちゃうやつは、【犯人】より先にぶっ殺しちゃうんだからなーっ! あははははははは!』


 ――開幕宣言。


『制限時間は今より三時間! 九時二十八分までにみなみなさまは【真相】を突き止めてください! 制限時間が終わると同時に、みなみなさまが突き止めた【真相】を答えていだたきます! それでは――レディー、ゴーッッッ!! イエエエエエエエ!!』


 ――イエエエエエエエ!!

 ――イエエエエエエエ!!

 ――イエエエエエエエ!!

 ――イエエエエエエエ!!

 ――イエエエエエエエ!!


 館内に仕掛けられた無数のスピーカーが奏でる歓声の重奏。


『あはははははは! あはははははははははは! あーっはっはっはっはっは!』


 そして、哄笑の余韻を残して、魔王からのメッセージは終了した。


「え、あ……」


 目の前の、米子ちゃんに――否。

 目の前の、死体に、目を向ける。

 動く気配すらないその様子は、どこからどう見ても――命の灯火を失っていた。

 何度確認しても、それは同じだった。


 涙が滲む。頭が痛い。

 どうして、米子ちゃんが。

 みんなの役に立ちたいと言っていた米子ちゃんが、どうして死ななくちゃならなかったのか。


 誰がこんなことをしたのか。

 どうやってこんな恐ろしいことをしでかしたのか。

 どうしてこれは起こってしまったのか。

 死体は黙して語らない。


 ――認めなければならない。

 私たちの中には、魔物がいた。

 噂話や都市伝説と同列――遠い存在だとばかり思っていた殺人鬼が、この中に。


「どうせロウカスだよね、こんなの( `ー´)」


 ふと、誰かが呟く。

 空澄ちゃんだった。


「爆発なんて使えるの、ロウカスだけだもんね。【犯人】はロウカスで決まりでしょ(`A´)mp」

「は? お、オレじゃねぇよ!」

「あーはいはい、【犯人】なんてどうせみんなそう言うから。お前もう黙ってようね?( ´−ω−` )」


 ……狼花さんが、犯人?


「あーしを殺し損ねたから、今度はお米ちゃんを狙ったんでしょ? ねぇ、バレないとでも思ったの?( ꒪⌓꒪)」

「ち、違……っ。違う! オレじゃねぇ!」

「なら、証拠でもあるの? ロウカスが犯人じゃないって? あるわけないじゃんそんなの┐('~`;)┌」


 空澄ちゃんが、狼花さんを追い詰める。

 狼花さんはそれに、震えた声で反論した。


「あ……ある! 証拠なら、あ、ある!」

「は?(#´O`)」

「お、オレの魔法は、目の届く場所じゃなきゃ使えないんだよ! オレは食堂にいたんだから、厨房で爆発なんて起こせるわけないだろ!」

「……へぇ。そういえば、あの固有魔法のメモにそんなこと書いてあったけど。そういう筋書き?( ´_ゝ`)」


 狼花さんの反論を、空澄ちゃんは鼻で笑った。


「その程度で、不可能殺人を作り上げたつもり?( ꒪⌓꒪) 何かトリックを使ったに決まってんじゃん。推理小説とか読んだことないの? ないか。馬鹿そうだもんね、ロウカス(。-∀-) 」

「お前、いい加減に……っ」

「あー、そういうのいいから。……しょうがない。付き合ってあげる、お前のしょーもないトリックに。すぐに証拠持ってきてあげるから。それじゃあね (_´Д`)ノ 」


 激しい剣幕を見せる狼花さんには取り合わず、空澄ちゃんはさっさと厨房を出て行った。

 シンと静まり返る室内。

 食堂ではパニックが起こっているのか、その怒声だけがこちらまで響いていた。


「ち、違う……。オレじゃ……。オレじゃないんだよ……」


 現実を前に、狼花さんが崩れ落ちる。

 譫言のように呟かれるのは、自分は犯人じゃないというただ一点。


 私は、グッと唇を噛み、室内を見渡す。


・厨房 図解

https://kakuyomu.jp/users/aisu1415/news/16816452221409780180


 私の足元――部屋の中央には、派手な焦げ跡が残っている。

 水道の前には、崩れ落ちて項垂れている摩由美ちゃん。

 摩由美ちゃんの隣には、悔しそうに天を仰ぐ藍さん。その足元にはボウルが転がっている。

 初さんは認めがたいものを目にしたせいか、気絶して倒れていた。

 その初さんを介抱しようとする香狐さん。

 夢来ちゃんはすっかり怯えきって、私に縋りついてくる。


 ……滅茶苦茶だった。何もかも。

 狂ったような現実。あるいは誰かが作った手製の地獄。

 これを仕組んだのは誰か。

 もちろんワンダーだ。そして――それに乗せられた【犯人】。


 魔物同然に堕ちた魔法少女を、私たちは見つけなければならない。

 それができなければ――私たちは、今より深い絶望に落とされる。




――First Case

被害者:釜瀬 米子

死因:爆死

死亡時刻:午前6時25分


――捜査、開始。

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