Because you count on me.

《あなたが頼ってくれるから。》




 そうして――ワンダーに押し付けられたルールが、現実のものとして発動した今。


「か、彼方ちゃん……っ」


 私にしがみついている夢来ちゃんは、助けを求めるように私の名前を呼んだ。


「夢来ちゃん……」


 私だって怖い。悲しい。辛い。泣き叫びたくなる。

 そう主張したい。思い切り泣き崩れたい。

 だけど、夢来ちゃんにもそれを伝える意味はない。

 ……夢来ちゃんは、安心させてあげたい。

 この館に連れてこられた当初、先に崩れてしまったのは私だった。

 そのせいで、夢来ちゃんに不安を溜め込ませた。

 ――今度は、そうさせちゃいけない。

 今の夢来ちゃんを支えてあげるのは、私の義務だ。


 だから私は、精一杯の虚勢を張る。

 流れようとする涙を押しとどめ、恐怖を怒りに変換し、心の向きを変える。

 逃げ出したくなる方向から、立ち向かう方へ。


「……大丈夫。私が、なんとかするよ」


 それは、できもしない約束だった。

 そもそも、その約束は致命的なまでに具体性に欠ける。

 私は何をどう『なんとか』すればいいのか。

 夢来ちゃんの恐怖を和らげる? 【犯人】を、【真相】を突き止める? それとも、こんな非道なことを仕組んだワンダーを打ち倒す?

 それらはまるっきり不可能に思えて、私は何も言えなかった。

 しかし――そんな約束に、


「……うん」


 夢来ちゃんは、全幅の信頼を置いて頷いてくれた。

 そうだ――。私は、この子のために、何かしてあげないといけない。

 今の私に何ができるか。

 この約束で、夢来ちゃんは安心してくれた? ――そう信じる他ない。

【犯人】を、【真相】を突き止めることができるか? ――推理小説みたいに、一つ一つ証拠を集めていけば、不可能じゃないかもしれない。

 魔王を倒す? ――無理だ。不可能だ。それだけは現実味がない。

 だったら、今の私にできることは――。


「――私が、【真相】を探すから。夢来ちゃんは、私についてきて」

「……うんっ」


 夢来ちゃんは大切なものを掻き抱くように、柔らかく、しかし確かな強さを持って私の背を包んだ。

 勇気――ほど力強いものではないけれど、辛うじて立ち上がれるだけの力が湧いてくる。

 依然として、悲しみも怒りも恐怖も胸の内にある。だけど――。

 やらなきゃ。やるんだ。私が。




     ◇◆◇◆◇




「はぁぁ……ふぅぅ……」


 深呼吸して、鼓動を落ち着かせようとする。

 無駄でもなんでも、そうしないとやってられなかった。

 悲しみと苛立ちと緊張感と恐怖とが入り混じった感情を抱えたまま、私は【真相】の究明に移る。

 私たちの中に潜んだを――魔に堕ちた魔法少女を、見つけ出すために。


 まずは……この部屋の状況から見ていかないと。


・厨房 図解

https://kakuyomu.jp/users/aisu1415/news/16816452221409780180


 私は目の前の、米子ちゃんの遺体に目を遣る。

 遺体は、綺麗とは言い難い状態だった。

 煤で汚れているし、服には血が染みている。

 だけど――私が[外傷治癒]をかける前よりかは、幾分かマシな状態だった。現在の遺体は、傷もなければ、肌の爛れもなくなっている。


 それで――先ほどから気になっていたことがある。

 米子ちゃんの遺体は、どうしてか濡れていた。ただその濡れ方はどうも、奇妙な風だった。服の下――つまりは身体だけが最初から濡れていたような感じだ。服が肌に張り付いているのに、上から水をかけられたようには見えない。

 これは……。


 辺りを見ると、水に濡れたボウルが藍さんの足元に転がっている。


「あの……藍さん」

「……どうした、桃の乙女よ」


 桃の乙女。どうやら私のことらしい。 


「いえ。あの。米子ちゃん、水が掛けられているみたいなんですけど……何か知りませんか?」

「ああ、それをやったのは我だ。暴食の姫は、爆炎によって火炎の責め苦を味わっていた故、水流の力で解放してやっただけのこと」

「…………。えっと。米子ちゃんの服に火がついてたから、消火した……ってことですか?」

「然り。その痕跡も、今はないがな」

「…………」


 たぶん、燃えていたのは魔法少女のコスチュームの方だ。変身が解けたから、それはこの世からなくなった。

 燃えたことによる傷跡もまた、私の魔法によって消え去った。


「貴様の魔法でも、暴食の姫を冥府から舞い戻らせるには至らなかったか」

「……はい」

「我も力を行使したのだがな。間に合わなかった」


 藍さんの魔法。[刹那回帰]。対象の時を巻き戻す力。

 ただし――その効力は十秒だけ。

 十秒以前に負った傷は、どうあってもなかったことにはできない。


「……そう、ですか」


 思えば藍さんは、真っ先に食堂を飛び出していったメンバーの一人だった。

 もしかしたらずっと、こういう事態に備えていたのかもしれない。

 いざ事件が発生した時、自分の魔法が間に合えば、助けられる人がいるかもしれないから。

 ――誰かを救う力を持っていたのは、私も同じはずなのに。

 私はそんなこと、全然考えていなかった。

 ただ、殺人なんて起きないでほしいと、ずっと願っていただけで――。

 もし、私がちゃんと覚悟を持って過ごしていれば、間に合ったのだろうか。米子ちゃんはこんなところで死なずに済んだのだろうか。

 そんなことを考えてしまう。


「……すみません。ありがとうございました」


 私は情報をくれたお礼を言って、藍さんから離れた。

 とりあえず、米子ちゃんが水を被っているのは不自然なことではないらしい。

 他に調べたいところは……。床の焦げ跡。こちらも水を被っている。おそらくは、これも藍さんが消火してくれたんだと思う。

 焦げ跡を見るに、爆心地は部屋の中央で間違いない。


「…………」


 焦げ跡に何かが落ちている、なんてことはない。

 爆発物が仕掛けてあったなら、何かしらの細工の跡があってもおかしくはないけれど――素人目には、そんなものはないように見える。

 そもそもこの館に、爆発物はない。それは一日目の探索で確認済みだ。マッチやライターなど、手頃に火を発生させるような道具も存在しない。

 ここは厨房だし、ガスに引火して爆発なんてこともあり得るけれど、それにしてはこの被害状況がおかしい。そもそもそんな仕掛けを施すには、初さんと香狐さん、二人の料理係の目をかいくぐらないといけない。

 この場所で共犯者が現れることはあり得ないだろうから、二人が共謀して厨房にガスを充満させたなんてこともないはず。


 そして、それ以外の方法で、意図的に爆発を引き起こせるとしたら、それは――。


 悄然とした様子の狼花さんに目を遣る。

 そこに常の力強さは見えない。

 その普段通りじゃない様子を見て、もしかしたら、と思ってしまう。

 もしかしたら、罪の意識に潰されて――なんて。

 咄嗟に首を振る。まさか。そんなわけない。

 正義の魔法少女を自称して。誰かの不調に真っ先に気が付ける気遣い屋で。

 そんな人が、こんな残虐なやり方で米子ちゃんを殺すなんて。


 そんなことを思うも、沈んだ様子の狼花さんに、私は声を掛けられなかった。

 もしかしたらと、ほんの少しでも疑ってしまった自分が許せなくて。

 しかも――許せない気持ちを抱いたうえで、やっぱり狼花さんが犯人という可能性を捨てきれない。

 そんな自己嫌悪塗れの私が、狼花さんを慰めるなんてできるわけがない。


「……。夢来ちゃん、別のとこ行こう」

「えっ? あ、うん……」


 結局私は、この場の空気に耐えかねて、夢来ちゃんを連れて厨房を出た。

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