I solved all the mysteries.
《謎は全て解けた。》
私たちは空澄ちゃんに、石像の下の様子を教えられた。
被害者はやっぱり、佳奈ちゃんか凛奈ちゃんだったようだ。
でもそうなると、ますますこの事件がわからなくなってくる。
あのよく似た双子は、入れ替わっているのかどうか。入れ替わっているのだとしたら、何の目的で入れ替わりなんて行っているのか。
この事件における摩由美ちゃんの立場は、どういったものなのか。どうして摩由美ちゃんは、捜査に出てこなくてもよいことになっているのか。
どうやって石像は落とされたのか。佳奈ちゃんが【犯人】でないのなら、他の人にそれは可能だったのか。
幾多の謎が、謎のままで残されている。
それを紐解くための取っ掛かりが、私には掴めない。
誰のために戦えばいいのか、私にはわからない。
この事件で非業の死を遂げた誰かは、私に力を与えてはくれない。
――迎え入れる準備ならできているのに。新しい死者の剣のために、新しい腕を伸ばしているのに。
それでも、五本目の死者の剣は、私の仲間入りをしてくれない。
石像の下に押し隠されて、その想いは私の内に入ってこない。
「カナタン、一応情報を整理しておきたいんだけどさ。治せた傷って、切断された手足と首だけ?(。´・ω・)?」
「……ううん。他に、細い何かで刺されたみたいな傷がたくさん……」
「ああ、それ、たぶん長釘のせいだね。そっちは治せたんだ。――で、他には何も治せなかったの?(〟-_・)?」
「うん……」
本当に、他の傷は私の魔法の対象外であるかのように、全く治療ができなかった。
死体をぺしゃんこにするような行為に、悪意がないはずがないのに。
「変だね……。石像に潰された傷は別に考えるとしても、気絶させたような傷とかはないわけ? 全く抵抗されずに首と四肢を切断するなんて、できるはず……。ああいや、できる方法はあるか。魔法を使えば抵抗されずに済むし、筋は通る( ̄д ̄)」
空澄ちゃんが呟く。
空澄ちゃんの中では、何か答えが出来上がりつつあるらしい。
「あとは、どうしてカナタンの魔法が効力を発揮しなかったのか、考えないとね。ワンワン、カモーン!(*'▽')」
『へーい、アイムヒアー!』
浴場に集まったワンダーのうちの一体を、空澄ちゃんは呼び寄せる。
「ねぇ。確か最初の事件でも、カナタンの魔法ってあーしらのこと治してくれなかったよね? これもそれと同じパターンってこと? 『はい』か『イエス』で答えてくれる?(o゜ー゜o)?」
『確信があるなら、最初っから訊いてくるんじゃなーい! 答えはヤーだけど!』
「……ヤー? なんだっけ? ドイツ語でイエスだっけ( ꒪⌓꒪)」
『そうだね。今回のケースは、最初の事件とまるっきり一緒だよ。いいねいいね、こういう展開! まさか最初の事件が、後の事件の伏線になっているなんて!』
ワンダーが楽しそうに跳ね回る。
「確か……無差別攻撃とか二次被害とかでも発動するんだったよね? その上で、二次被害って推測は割と近いって話だったような(-ω-)」
『そうだね。いやぁ、また話す手間が省けて楽でいいね! ――楽させてくれたご褒美に、耳寄りな情報を教えて差し上げましょう!』
「ん、何?(。´・ω・)?」
『推理の材料だよ。食いしん坊ちゃんは魔法で治せたけど、あれは例外だよ。悪意的な魔法を直接ぶつけられたが故の例外。本来ならあの爆発の傷に、頭ピンクちゃんはなす術もなかったんだよ! ――だって、そういう爆発だったからね。やーい、ザーコ、ザーコ!』
どうしてか、煽りがこちらに飛んできた。
私はそれを無視して、考える。
二次被害という推測は外れているけれど、近くもある。
あの爆発で生じた傷は本来、癒すことができなかった。
あの爆発、と限定したことには何か理由がある?
――あの爆発と、今回の石像の落下には、何か共通項がある?
……ダメだ。わからない。考えようとしても、どうしても思考の一部分が被害者のことに引っ張られる。
集中状態になろうとしても、すぐにその集中は裂かれてしまう。
――もっと、直接的な答えを得ないとダメだ。
死者の剣を持たず、生者のために戦う理由もなくした私には、もうそれしかできない。そうでないと、探偵役も満足に務められない。
「ちなみに、悪意っていうのはどういうのを指すの? 殺意とか……あとは、害意とか?(。´・ω・)?」
『そうだね。他にも、敵意とか破壊意思とかも含まれるかな』
「ふぅん……( ̄д ̄)」
私は、ワンダーから話を聞く空澄ちゃんから離れた。
ワンダーは既に話をどうでもいい方向にシフトさせている。
これ以上役に立つ情報は出なさそうだし、もし出たとしても、あとで空澄ちゃんに教えてもらえばいい。
それより、もっと直接的アプローチをかけないと。
それができるとしたら、その相手は――。
「ねぇ……佳奈ちゃん」
私は、佳奈ちゃん――と名乗っている――彼女の前に立った。
香狐さんによって軽い拘束状態に置かれた彼女は、手足をタオルで縛られている。拘束役である香狐さんは、佳奈ちゃんが暴れだした場合にそれを抑えるため、すぐ傍に控えていた。クリームちゃんも、佳奈ちゃんの頭の上に乗って、何やら押さえるような動作をしている。
佳奈ちゃんは、悲愴のような感情が混じった顔をしながら、力が抜けてしまったかのように床にへたり込んでいる。
……石像の下の死体。そのことを考えているのだと思う。
佳奈ちゃんと凛奈ちゃんは、お互いをすごく大切に思っていたようだから。ここにいるこの子がどちらだろうと、互いに向ける想いは変わらない。
――私にとっては、死んでしまったのが双子のどちらであるかは、すごく大事な問題なのだけれど。
その双子の片割れに、私は頼む。
「佳奈ちゃん。石像が落ちたとき、何があったのか、話してもらえない?」
「……やだ」
佳奈ちゃんは、小さく呟いて首を振った。
「なんでわざわざ、あんたに教えてやらなきゃいけないわけ?」
「なんで、って……。だって、このまま【真相】がわからなかったら、佳奈ちゃんも……ワンダーが言ってた、絶望に――」
「で、だから? ――凛奈が死んで、佳奈が絶望してないとでも思ってるの!? ねぇ!?」
突然、佳奈ちゃんが感情を爆発させた。
悲哀は、憤怒に取って代わられる。
激した様子の佳奈ちゃんは、瞬間的な怒りによって、手を拘束していたタオルをほどく。
そのとき、左手の甲に黒い何かが見えた。あれは……マジックペンの線?
「あんたはわかんないでしょ!? ここには家族なんていなくて、替えの利く友達如きしかいないあんたには! それとも、今ここで
「…………」
佳奈ちゃんに掴みかかられる。
私は、何も答えられなかった。
佳奈ちゃんの怒号を聞きつけて、他の人もこちらへ寄ってくる。
私は、夢来ちゃんの顔を見る。
夢来ちゃんが、死んでしまったら。
絶対に悲しく思う。――でも、それ以外には、よくわからない。
大切な人を失う絶望なんて、私は知らない。
狼花さんのときでさえ、多大なショックを受けたのに。夢来ちゃんを失ったら、それよりも大きなショックが襲い来るのだろうか。
浴場の隅で、ぼんやりした瞳で石像を見つめる接理ちゃんを盗み見る。
大切な人を失って、心を砕かれた接理ちゃん。
私も……ああなってしまうのだろうか。
――いや。それを防ぐための死者の剣だ。
誰かを失った悲しみを抱かないための、死者の剣だ。
でも、何故だろう。本当に夢来ちゃんが死んでしまったら、死者の剣なんて作っても、全く無意味な気がするのは。
まるで――弔い方を間違えているような。大切な人の死に対してすることは、そんなことじゃないような。
そんな、違和感があった。
夢来ちゃんが、私の視線に気づく。
すぐに、目を逸らされると思った。今の私と夢来ちゃんは、すごく不安定な関係の上に立たされているから。
だけど――夢来ちゃんは、目を逸らさなかった。
私が考える全てを見通そうとするように、じっと私の目を見つめ続ける。
……夢来ちゃんは、何を思っているのだろう。
なんでもわかった友達の感情が、今は遠いように感じる。
――その逡巡を切り裂いたのは、夢来ちゃんではなかった。
肩に、手が置かれる。空澄ちゃんの手だ。
「カナタン。そこのお姉ちゃんに、わざわざ話かける意味なんてないよ(^O^)」
「……えっ?」
「もう、証拠は全部揃ってる。――ここからは、名探偵の時間だよ( ̄ー ̄)」
空澄ちゃんの唇が、三日月の形を描く。
余裕に満ちたその態度には、名探偵としての風格が宿っている。
「ここには全員いるね。じゃあ、様式美として言わせてもらおうか。――謎は全て解けました。【犯人】はこの中にいます、ってね」
空澄ちゃんは、笑った。
「ははっ。お楽しみタイムの始まりだよ! ――楽しんでいってね!(*'▽')」
空澄ちゃんが、ワンダーに流し目を送る。
ワンダーのようなことを言いながら。
――無理解に沈んだ私を他所に、議論が始まる。
証拠は、全部揃っている。本当に? それすら、私にはわからない。
戦う理由もなく、多くの証拠だけを抱えた私は、どうすればいいのだろう。
こんな状態の私は、【真相】に辿り着けるのだろうか。
傍観者として、席に名を連ねていればそれでいいのだろうか。
もう、名探偵なんて役割は、降板していいのだろうか。
――覚悟を、決めなければならない。
見届けるならば、何もできなかった無力と、誰かに責任を押し付けた後悔を抱える覚悟を。
解き明かすならば、墓の下に埋まった【真相】を、自他を傷つけてでも引きずり出す覚悟を。
死者は、その責を負ってくれない。誰かもわからない犠牲者は、【犯人】を殺してくれなんて、言ってくれない。
今回の事件は――探偵が、その責を負わなければならない。
【真相】を暴き、【犯人】を死に追いやる責を。
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