Let's start!!!

《さあ始めよう!!》




「殺し合いだと?」

「殺し合いって……」


 誰かの不安げな声が響く。

 それとは対照的に、強い否定を伴った声もまた同時に響いた。


「ふざけるな! 何のつもりだ!」

「……魔王、ルナティックランド」


 鎧ドレスに身を包んだ子と、先ほどの犬耳犬尻尾の子。

 二人は私たち全員の前に出て、背後を庇うようにしてルナティックランドと向き合う。魔王と名乗ったルナティックランドに対してこの態度。間違いなく、二つ名持ちの魔法少女だろう。

 その彼女は、チラリとこちらにも視線を向けてくる。

 ……私も、庇われているだけというわけにはいかないだろう。私は絶対に、この事態を止めなければならないのだから。


「ル――」


 私は彼の名前を呼びながら、飛び出そうとした。

 しかし――なぜだろう。体が動かない。目の前の二人は、それに他の魔法少女たちは、問題なく動けているようなのに。私と……それから、スイートランドだけは、拘束魔法でもかけられたかのように不自然に動きを止められている。

 ルナティックランドはこちらに視線を向けると、ニヤリと口の端を歪めた。その仕草で、私はこれがルナティックランドの仕業だと完全に理解する。


「くははっ! 生憎とねぇ、あなたたちに拒否する選択肢はぁ、残されていないのですよぉ。既に、脱出の手段は失われましたぁ。――そこの、逃げたがっている方々ぁ。確認して来てもよろしいですよぉ? くははははっ!」


 ルナティックランドに立ち向かう二人以外は、動き出せないでいた。

 明確に怯えを見せて、逃げたがっている者。怯えこそ表に出ていないものの、恐れがあるのか飛び出していけない者。すぐに飛び出せる覚悟をしていると思しき者も、最前列に飛び出るには至っていない。

 確かに、この場にいるのは紛れもなく魔王だと、ルナティックランドの振る舞いは実感させる。


「――さて。そこの今にも殴りかかってきそうな方々ぁ、一応忠告ですよぉ。このでは、ゲーム管理者への攻撃は、禁止されていますのでねぇ。違反者は処刑です。お忘れなく」

「ふざけるな! ゲームだと!? 私たちを何だと――」

「……光花みか。やめといたほうがいいよ、今は。勝てない」

「しかし!」


 鎧ドレスの少女が叫び、それを犬耳の少女が制する。


「武器も身体能力強化も抜きに、固有魔法だけで魔王に挑むのは無謀すぎる。……それくらいわかるでしょ?」

「くっ……」


 犬耳の少女は、課せられた制約を既に完璧に把握したらしい。

 正論で諭され、鎧ドレスの少女は悔しげに呟きながらも怒りを内側に留めた。

 それを見て、ルナティックランドはいつものように「くはっ」と笑う。


「ふむ。流石、二つ名持ち魔法少女なだけはありますねぇ。呑み込みが早いようで」

「魔王なんかに褒められても嬉しくないよ。それで? あたしたちはどうすれば、お前を殺せるわけ?」

「くははっ。いえ、いえ、いえ。勘違いも甚だしい。あなたたちが殺す相手は、あなたたち同士だぁ。ワタシは外野。ゆっくり見物させてもらうとしますよぉ」

「そっか。……ほんっと、魔王のやることは陰湿だね」

「くはっ、負け惜しみとは無様ですねぇ」


 犬耳の少女とルナティックランドは互いに睨み合う。


「多少、話は聞いてるよ。ついこの前、悪趣味な魔王が魔法少女に殺し合いを強要したとか何とか。それと同じことを、今度はあたしたちにやらせようってこと?」

「まあ、多少ルールとフィールドを変更しましたがねぇ。概ねその通りですともぉ」

「……そんなこと、させないから」

「くはっ、その強がりがいつまで持つか」


 魔王と魔法少女、互いに一歩も譲らない。

 しかしこの場は魔王に主導権があると、傍から見て明らかだった。


「……な、何が起きてるのです?」

「いや、ボクに聞かれても……」


 一方で、過去の……いや、私が引き起こした殺し合いについて知らない面々は、事態から置いてけぼりを喰らっていた。


『じゃあ僕の方から説明するよ! おバカさんたち、ちゃんと聞いてね!』


 すると、ここまで静かにしていたビタースイートが再び口を開く。


『とりあえず大前提として、基本的にここからもう生きては出られないよ!』

「……え」


 誰かの掠れた声が聞こえた。無理もない。

 こんなの、突然「死ね」と言われたも同然だ。どうしてショックを受けずにいられよう。

 ……それがわかっていたから、私たちはこの殺し合いを仕組んだのだけれど。とんでもなく悪趣味で、だからこそドラマチックなデスゲーム。その昏い輝きが、私を魅了した。

 そして私は、罪を犯した。


 あとの説明は任せたとばかりに、ルナティックランドはビタースイートを前に出し、一歩引いた位置へと戻った。

 そしてビタースイートは、この殺し合いの基本ルールを解説せんと声を張り上げる。


『だけど、ただ閉じ込めただけじゃつまらないでしょ? だから、みんながここから出られるルールを用意してあげました!』

『それが、ルナティックランド様主催の殺し合いだよ!』

『ルールは簡単、バレないように誰かを殺せば勝ち!』

『殺し方はなんでもいいよ! 包丁でぐちゃぐちゃの肉塊に変えてあげてもいいし、魔法でパパっと死なせちゃってもオッケー!』

『面白い感じに殺し合うことを期待するよ!』

『あ、でも魔法少女の武器は出せないようにしてあるし、身体能力強化も使えないからね。使える能力は固有魔法だけ。そこは気をつけて!』

『ちなみに固有魔法のキラキラしたエフェクトは大体出ないようにしてあるよ。暗殺には不向きになっちゃうからね!』


『それで、殺人が発生した場合、【審判】が行われるよ!』

『【審判】でみんなは、殺人の【真相】を当てないといけないんだ! 要するに推理ゲーム! 面白そうだよね?』

『ちなみに【真相】っていうのは、誰が【犯人】かフーダニットどうやって殺したかハウダニットの二点ね。どうして殺したかホワイダニットまでは流石に要求しないよ。基本的に当てられないからね』

『【審判】において【真相】を隠し通せば【犯人】の勝ち! 【犯人】はここから安全に脱出する権利と――更に更に! 太っ腹な魔王様は、何でも一つ願いを叶える権利をくださるそうです! 豪勢だね!』

『【審判】の制限時間は事件発覚から三時間! それまでに、【犯人】以外のみんなは【真相】を突き止めよう!』

『ただ、気をつけて! 【真相】がバレた場合、【犯人】はあの世行きだから! 綿密な計画を立ててから実行しようね!』


 ……以前の殺し合いを知っていた者以外の誰もが、そのルールを聞いて戦慄していた。あまりにも人の命を軽んじた、最低のルール。これから、この世界ではこれが法となり、常識となる。

 そんな最悪の想像をすれば、誰でもこんな反応をするだろう。


 なんて、知ったルールだからと傍観者のように私はそれを聞いていた。

 しかし、そのどこか余裕のあった気持ちは次の言葉で吹き飛んだ。


『ああちなみに、どうせみんなはここから出たがるよね? だから特別ルール! 脱出の条件は、殺人以外にも二つあるよ! 一つは、残りの参加者が二人になる事! これじゃあもう推理ゲームが成り立たないからね!』

『それと、もう一つ! ――実はね。ここに集まったみんなの中には、魔物が紛れ込んでいるんだ! 誰かは教えてあげないけど――僕らが選んだその魔物をみんなのうちの誰かの手で殺せたら、ご褒美に解放してあげるよ!』


 それは……。

 魔王だから、私にはわかる。ここにいる魔物に類する存在は、私とスイートランドとルナティックランドだけ。もちろんルナティックランドの死をルールに組み込んだりはしないだろうから、残りは私とスイートランドだけだ。

 解放条件とされた、いわば標的――これはルナティックランドたちが『選んだ魔物』らしい。なら、両方とは限らない。……私か、スイートランドか。私がルナティックランドの立場なら、絶対に私をその枠に入れる。物語の魔王としての勘が、それ以外にないと叫んでいる。

 殺し合いを止めに来て、むしろ参加者に狙われることになる。デスゲームの主催者が考えそうな、悪辣で、だからこそ昏い輝きを放つ展開だ。


『あ、みんなの泊まる場所はケーキキャッスルに用意しておいてあげたからね! それと【審判】に使うためのお部屋もあるんだけど……そこにプレゼントも置いておいたから! 後で確認してね!』

「――ご苦労、ビタースイート」


 説明を終えたビタースイートを下がらせ、再びルナティックランドが前に出る。

 彼の顔には、溢れんばかりの歓喜があった。

 これから始まる狂気の宴を、心待ちにする魔王の顔。


 サッと、空が暗くなる。晴天の水色は夜闇の藍に染められ、天頂には月が妖しく輝いている。

 ――月。西洋において古来より、人を狂わすと信じられた魔の天体。

 キラリと、ルナティックランドのモノクルに光が反射した。


「さぁさ皆様! 美しく輝く狂気を存分に解き放ち、騙し、裏切り、殺しなさい! 狂気こそ、我々が抱く本性なのだから! くはっ、くははっ、くははははははははは!」


 月に狂わされた狂気の魔王は、高らかに哄笑を上げる。

 ――それが、この殺し合い開始の合図となった。

 私は止めることも許されず……ただ、黙って見ていることしかできなかった。


 そんな私に、ルナティックランドは追い打ちをかけた。


「ああ、そうそう。言い忘れていましたがねぇ。【審判】において、【犯人】が【真相】を隠し通した場合はぁ――【犯人】以外を、全員処刑します。お忘れなく」


 その言葉で私たち全員を打ちのめし、ルナティックランドとビタースイートは悠然とどこかへ転移していった。

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