Kill me if you consider me dangerous.
《危険だと思うなら、私を殺しなさい。》
魔王が去った後の行動は極めて迅速だった。
二つ名持ち魔法少女たちは早々に自分の立場を明かし、混乱する魔法少女に指示を出せる立場を得ると、脱出経路がないか遊園地全域を速やかに探索するよう号令を出した。
基本的には散り散りになる形となったが、ビタースイートたちの言葉を無視するわけにもいかないだろうということになり、私とスイートランドは城の中に何があるのか探す役割を任された。
皆が行動を開始し、二人取り残される。
スイートランドは無言で歩き出した。ついてこいという意味だと察して、私もそれを追った。
スイートランドが迷いのない足取りで向かったのは、会議室のような場所だった。
大きな円卓を囲うように、椅子が九つ用意されている。
ここがビタースイートが言っていた、【審判】に使うための部屋というやつだろう。部屋の入り口に『審判の間』というプレートがあった。
ここまでお菓子の城に似つかわしい内装のお城だったというのに、この部屋だけは武骨かつ殺風景に改造されている。きっとルナティックランドの仕業だろう。
各椅子の前には、見慣れない腕時計型の機械が置かれていた。迷いなく歩いていたスイートランドも、これには少し驚いたようで足を止めた。
それを調べるべきか、それともスイートランドとの対話を試みるべきか。
迷っているうちに、先に行動を起こしたのはスイートランドの方だった。
「あなたは……っ! 最初から、これが狙いだったんですか!? 私の注意を引いている間に、ルナティックランドを――」
「いえ、違うわ。それは誤解よ。あなたも、私の……あの殺し合いの結末は知っているはずでしょう」
「……それを言えば、信じてもらえるとでも思っているんですか?」
「そんなつもりは……」
なかったと言えば嘘になる、かもしれない。
私の罪は、その程度で薄れるものではないというのに。
けれど私が償いから逃げられないというのは本当だ。彼方さんが発した命令は、私の魂の深い部分に刻み込まれている。
「それに――さっき、私のことを邪魔したのは、どういうつもりですか」
「あれは、あなたを守るためよ」
さっき、というのはルナティックランドたちが去った後のことだ。
真っ先に正体を明かそうとした様子のスイートランドの口を、私は咄嗟に塞いだ。
「ビタースイートが言っていたでしょう。参加者の中に紛れた特定の魔物を倒せば殺し合いは終了。十中八九、ターゲットは私でしょうけど……スウィーツの創造主なんて立場を突然振りかざす人がいたら、どう考えても怪しいじゃない」
これに関しては、私が言えたことじゃないけれど。
「あの中の誰かは、こう考えるはずよ。殺されたくない魔物が、大層な身分を偽って安全を確保しようとしている、と」
「……あなたがやったように、ですか」
「否定はしないわ。ともかく、あなたはここで正体を明かすべきじゃない。仮にあなたが死ねば、魔法少女はこの先やっていけなくなる。そうでしょう?」
「…………」
スイートランドは苦いものを口に含んだような表情で、私のことを睨みつけた。
「……あの子たちが、殺人でここから出ようとするって言いたいんですか?」
「あくまでも、可能性は排除すべきではないわ」
実際に前回の殺し合いでは、惨劇は連鎖し、多くの犠牲を生み出した。
……最初に行動を起こすはずの誰かを予め用意しておいた、というのも大きい。それはルナティックランドもわかっているはずだ。私がやったことを、ルナティックランドがやっていない道理はない。
誰か、場を動かす役目を持った人物を忍ばせているはずだ。
……魔法少女たちは必死に出口を探しているはずだが、普通に脱出できる可能性は存在しないと言ってもいい。あのルナティックランドが、そんな杜撰な計画を立てるはずがない。
だからこそ私が打てる唯一の手は、スイートランドを説得して魔法少女たちを強制退去させることだったのに……。
既に機会は逸した。おそらく、ルナティックランドが私たちを逃がさない仕掛けを起動させたのは、世界が震えたような感覚の前後だろう。
こんな展開は回避できたはずだ。私が信用に足る人物だったのなら。そうではなく、むしろ最も信用に値しない魔王だからこそ、私は失敗した。
「可能性を排除すべきじゃないと言うなら……あなたが、ルナティックランドとまだ協力している可能性は?」
「…………」
スイートランドが、なおも苦々しい表情のままで言った。
……確かにスイートランドの立場からしたら、想定しておくべき可能性だろう。
その可能性を完全に否定することは可能か。
私の魂には今もなお、彼方さんの命令が刻み込まれているはずだ。私の魂を確認してくれさえすれば、それは証明できる。
しかし、私がここにいること自体、ルナティックランドが望んだことだ。仮に私を呼んだこと自体が彼の策略なら、一つだけ納得いくことがある。
この殺し合いにおいて一番つまらないのは、殺人を起こす可能性が存在しない参加者だ。……スイートランドには信用されずとも、ルナティックランドは今の私が決して殺人などしないと知っている。ゲームマスターとしては興ざめだろう。
だからもしかしたら、私が贖罪命令を無視し、殺人でも何でもできるようになる仕込みをしているのではないか。むしろ償いを忘れて誰かを殺すようになってしまう罠があるのではないか……。
……結局、私の潔白は証明できない、か。
なら、仕方ない。
「その可能性がないと、私は証明できない。だから……スイートランド。あなたが私を危険と判断するなら、私を殺しなさい」
「なっ……!?」
「それで殺し合いが終わる可能性は高い。けれど……ターゲットの魔物はあなたに設定されている可能性もある。そうだった場合は最悪よ。さっきビタースイートは、解放の条件は参加者の手で魔物が討伐されることと言っていたわ。あなたがルナティックランドの手により処刑されれば、殺し合いは終了条件を失って、最後の二人になるまでは止まらない。だからこれは、最後の手段だと思っておいて」
「……本気で、言ってるんですか?」
「ええ。本当は、前の殺し合いで死ぬはずだった命だもの。今更執着するほど強欲ではないわ」
「…………」
未だ、スイートランドは猜疑のこもった目でこちらを見ている。
しかし先ほどより、刺すような視線が和らいだ気がする。
「……これでいいでしょう? そろそろ、仕事をしましょう。集合が遅いとかで、怪しまれるわけにもいかないでしょう」
「…………」
スイートランドは返事をせず、無言で円卓上の腕時計型機械を手に取った。
私もそれに倣って、別の一つを手に取ってみる。
まずは構造を確認する。見た限り、一度付けたら外せなくなるというような仕掛けはない。普通にベルトで腕に装着するタイプだ。
時計の針も、普通に動いている。ただし物理式の針ではなく、デジタル式のようだ。いわゆるウェアラブル端末、スマートウォッチとかいうやつだろう。
この機械には手紙のようなものが添えられていた。
『皆様へのささやかな贈り物として、
この文体、たぶんルナティックランドが書いたものだろう。
それにしても、
機械の側面部分にボタンを発見する。警戒しつつ、まさかこれで死人を出すような馬鹿な真似はないだろうと思いながらボタンを押した。
すると、結構な大きさの画面が空中に投影される。ホログラム……? これは流石に現代の技術では説明がつかないレベルだ。魔法装置と言っていたし、きっと魔法を利用した技術なのだろう。
投影された画面は操作可能になっているようで、指をかざしてみると自由に動かすことができた。
軽く機能を確認すると、どうやら写真撮影とマップ確認、ルール確認、アトラクションカウントの管理、人物プロフィール、この五つが機能として備えられていた。
写真撮影はその名の通り。【審判】で提示する証拠を、写真として提出できるようにということだろう。ただし動画の撮影はできず、あくまでも写真限定の機能だった。この点は、偽装のしやすさで【犯人】が有利な仕様となっている。
マップ確認は、この遊園地の全体マップを確認できる。それ以外に特筆すべき点はない。
ルール確認は、この殺し合い……いや、今だけは敢えてデスゲームと表現するけれど、そのゲームのルールが確認できるようになっていた。ここには、先ほどビタースイートが説明しなかった細かい事項やらが大量に記されている。後で全員で確認した方がいいだろう。
アトラクションカウントの管理というのは単純に、その日のアトラクション体験回数が表示されるだけの機能だ。ルールにおいて、アトラクションには毎日五回以上入場しなければならないとあった。そのカウントを正確にするための機能らしい。
人物プロフィールは、私たち全員の名前と固有魔法を確認できる機能だった。これはどうせ後で詳しく確認するだろうと思って、今は流し読みするだけに留めておいた。
……とにかく、あって損になるようなものではなかった。だからプレゼントと言ったのだろう。
私は一応、他にも何かないのかとムーンライトを弄りながら、ふと湧いた疑問を口にした。
「そういえばあなた、結局なんて名乗るつもり? この後は絶対に自己紹介になるでしょうし、名前を言うのに詰まっていたら怪しまれるわよ」
「……わかってます」
スイートランドは明確な拒絶を態度で表現しつつも、返事はしてくれた。
「
「まあ、そうね。なら、甘味さんって呼べばいいかしら?」
「……今更、さん付けされても気持ち悪いです」
「それじゃあ、透意って呼ぶわよ。その方が私も間違えずに済みそうだし」
スイートランド……いや、透意は好きにしろとばかりにそっぽを向いた。
その後はまた互いに無言で、たまに必要な情報だけを共有しながら、私たちは城の内部を巡った。
とりあえずわかったことは、乗っ取られたのがつい先ほどとは思えないくらい至る所に改造が加えられているということだった。
まあ、内装の変更に関しては館スライムを使えばどうとでもできることだ。大して驚くようなことでもない。ただし館スライムは厄介な魔物だ。警戒はしておかなければならない。
一通りの探索を終え、私たちは城を出る。
既に二名ほど、暗い顔色で皆の帰りを待っている魔法少女がいた。その二人は何か見つけたかと詰め寄ってくるけれど、私は脱出に役に立ちそうな物も、魔王を倒す役に立ちそうな物もなかったと説明した。
ただし差し迫った危険はなさそうだ、ということも言い添えておいた。……どちらも、それで安心するようなことはなかったけれど。
そうしているうちに、一人、また一人とこの場に戻ってくる。
誰も、出口が見つかったという報告は運んでこない。
やがて全員が揃い、誰も脱出口を見つけられなかったことが知らされると、わずかな希望に縋っていた面々がパニックに陥った。
二つ名持ち魔法少女たちはそれを宥めながら、非常事態に協力し合うためと、自己紹介を提案した。
……何もかも、予想通りの流れだった。
私は……これから、どうするべきなのかしら。
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