Hello, magical girls.

《こんにちは、魔法少女たち。》




 自己紹介のために、私たちは審判の間の円卓を利用することとした。

 それぞれが適当に席に着く。入り口から一番近い席は、犬耳の少女が取った。その時計回りの隣には、鎧ドレスの子。二つ名持ちの魔法少女二人が固まる形だ。

 彼女らは引き続きこの場の魔法少女を牽引する役を担い、暗い顔をする面々を少しでも励まそうとするかの如く大きな声を張った。




「それじゃまずは、あたしからかな。あたしは玉手たまて 子犬こいぬ。さっきも軽く自己紹介させてもらったけど、魔法少女としては【獣王】って名乗って活動してるよ。大変なことになっちゃったみたいだけど、絶対にみんなを死なせたりしないから。よろしくね、みんな」


 犬の尻尾をパタパタとさせながら、彼女――玉手さんは軽く手を振った。

 幼い見た目に反して、やはりその目には強い信念が宿っている。

 その身から生えた犬耳や犬尻尾も、魔物らしさはない。変身時、通常ではあり得ないようなものが体から生えるような魔法少女もいる。彼女もその手の魔法少女だろう。

 玉手さんは目線で隣の魔法少女に番を譲る。

 鎧ドレスの少女は、それを受けて頷きを返した。




「私は万木ゆるぎ 光花みかだ。スウィーツより、【聖女】の二つ名をもらっている。……なぜこのようなことになったのかはわからないが、絶対に魔王に屈してはいけない。皆で勝利を掴み、生きて帰ろう」


 カチャリと鎧を鳴らしながら、彼女――万木さんは拳を握り、力説した。

 その鎧は、最初に見たときよりも軽装なものになっている。魔法少女には段階変身型の衣装があると聞くけれど、彼女の鎧がそうなのだろうか。

 サラサラとした長い金髪は、シルバーの鎧といい対比となっていた。

 自己紹介はそのままの流れで時計回りとなり、ここからは普通の魔法少女たちが並ぶ。




「こ、小古井こごい 奉子ともこなのです! 急に大変なことに巻き込まれてしまって、すっごくドキドキしてるのですが……トモちゃんは、皆さまのことお助けしますから! 何か困ったことがあったら言ってほしいのです!」


 小学生か、あるいは中学校低学年か。

 かなりの低身長の少女――小古井さんは、メイド服姿で訴えていた。

 しかし混乱と恐怖が隠せていない。先ほどから一番動揺した様子を見せていたのがこの子だ。

 左右でお団子にしてまとめられた水色の髪も、どうにも儚いイメージを先行させる。本当に、ここでの狂気に呑まれずやっていけるのか疑わしくなるくらいだ。

 それでも他人を気遣おうという姿勢は投げ出さない辺り、確かに彼女も魔法少女なのだろうと納得できる。




法条ほうじょう りつ。よろしく」


 次の軍服の少女――法条さんは、それで自己紹介は終わりだとばかりに次の魔法少女へと視線を遣った。

 ともすればこの状況では非協力的な態度とも取れるが、その薄紫の髪が与えるミステリアスでクールという印象も、目に見えて蒼白な顔の隣では説得力を失う。

 彼女とて、何も思うところがないわけではないのだろう。誰もがそう察したからこそ、彼女の態度を咎める者はいなかった。




亜麻音あまね 琴絵ことえ。……どうにもここは、空気が淀んでいる。カナリアも鳴き止む炭鉱のようだ。少しだけ、空気を和らげる曲を、いいだろうか」


 彼女――亜麻音さんは、ハーモニカを取り出して言った。

 玉手さんがやや首を傾げつつも頷くと、亜麻音さんはほんの数十秒ほどハーモニカで音を奏でる。

 緑を基調とした旅装のような恰好で、羽付き帽子を被り、皮グローブを嵌めてハーモニカを演奏する姿は、英雄の時代に生きた吟遊詩人を想起させる。

 そんな彼女の雰囲気は、曲に不思議な魔力を与えるのに十分な役割を果たしていた。短い曲ですら、確かに私たちをリラックスさせる効果を発揮した。

 それを確認して、亜麻音さんは満足そうにハーモニカを仕舞った。玉手さんが拍手し、遅れて皆もそれに加わる。




「素晴らしい演奏、ありがとう。それじゃあ、次はボクの番かな。ボクは霧島きりしま 栗栖くりす。見てわかると思うけれど、推理にはちょっとした自信があるんだ。生半可な事件なら、ボクにかかれば朝飯前にもならないよ。だからまあ――ボクを侮って、愚かな真似はしないことだね」


 見てわかる、というのはその探偵風の格好の事だろうか。

 鹿撃ち帽のような帽子に、チェック柄のコート。どちらも茶色と焦げ茶で構成されている。胸のポケットには、メモとペン、虫眼鏡が突っ込まれている。

 シャーロック・ホームズのリスペクトというよりは、もっと大雑把な探偵のイメージを基盤にしたものだろう。

 ともかくその見た目通り、彼女――霧島さんはミステリーに詳しいようだ。これなら、殺し合いの抑止にも繋がるだろう。

 ただし霧島さんは、余裕ぶった言葉とは裏腹に落ち着きがなかった。状況からすれば当然の態度ではあるのだけれど、その取り繕っている感じも、邪なことを考えている者からすれば付け入る隙に思えたことだろう。

 探偵役は狙われる。この殺し合いにおける常識を、彼女は理解しているのかいないのか……。こちらでも、彼女の安全には気を配ることとしよう。




 私の知らない最後の魔法少女は、視線で促されても無反応で座っていた。

「じゃあ次、そこの着ぐるみの子、お願いできる?」と玉手さんが直接指して、ようやく言葉を発する。


つつみ 結似ゆに……のはずクマ」

「はず?」

 それにクマ? どこから突っ込めばいいのかわからない喋り方に、咄嗟に疑問が口を突いて出てしまう。クマは……彼女が着ている、クマの着ぐるみから来ているのだろうか。

「記憶は、信用できない気がするクマ。それに結似は、自分の判断も信じられないと思うクマ。だからこんな風に喋ってるのかもしれないクマ」

「…………」


 絶対に、何かを断定するようなことを言わない。発言の何もかもが曖昧だ。

 とりあえず、この子――包さんが、なかなかに面倒な性格を抱えているというのは伝わった。

 しかし伝わったのは名前と性格の表層だけで、顔は全くわからない。

 なぜなら彼女は、クマの着ぐるみに全身が覆われていたからだ。それも、パジャマタイプの薄い着ぐるみではない。遊園地や何かのキャラクターイベントで見かけるような、分厚いタイプ。先ほどは魔法少女ではなく、ただの遊園地スタッフだと間違われていたくらいだ。

 まあ……いつか素顔を見る機会も訪れるだろう。その前に脱出の道が開けることを願っているけれども。




 さて……次は私の番か。

 何を言うべきか、それはもう決めている。


「私は色川いろかわ 香狐かこよ。……私は絶対に、ルナティックランドに思い通りさせる気はない。殺し合いなんてまっぴらごめんよ。みんなもそう思ってくれれば、殺し合いなんて、起こらないはずだから。間違いが起こらないよう、祈っているわ」


 私は固有魔法の一つで、既に薄れかけていた記憶からこの言葉を呼び起こす。

[幻想書架]。見聞きした物事の全てを記録し、任意にその記録を閲覧することができる魔法。要するに、疑似的な完全記憶を実現させる魔法だ。

 その魔法によって思い出したこの言葉は……私の殺し合いで、彼方さんが自己紹介の時に放った言葉そのままだ。

 今度の殺し合い、彼方さんはいない。……いや、いてはならない。彼女の心は既に傷だらけだ。もう一度殺し合いに参加するなど、耐えられるはずもない。

 だから、私が代わりを務めなければならない。それが、私に要求された償いなのだから。

 そんな決意を秘めながら、最後に残ったスイートランドに番を渡した。




「私は甘味あまみ 透意すいです。私も、ルナティックランドの思い通りになんてさせません。でも誰も死なせないためには、みんなの強力が必要不可欠です。だから……みんなで助け合って、ここから脱出しましょう。よろしくお願いします」


 スイートランド……いや、透意は、ぺこりと皆に頭を下げた。皆にというか、私以外にと言うべきか。

 透意は微笑んでみせるが、無理をしているのは誰の目にも明らかだった。

 ……私の言葉なんて聞き入れないと思っていたけれど、透意は素直に正体を隠すことにしたらしい。やはりそれだけ、彼女の立場は重いということなのだろう。

 スウィーツの創造主、つまり魔法少女の創造主でもある。

 この世界の魔法少女は、子供向けアニメのような生易しい仕事ではない。特に、凶悪な魔物の相手をする最前線では。命を落とした魔法少女も決して少なくはない。

 そのことにさえ、透意は心を痛めていたというのに。先日、悪趣味な魔王による殺し合いで七人もの魔法少女が命を落としただけでなく、遂には目の前でその悲劇が繰り返されようとしている。その胸中は如何ほどのものか。私では、決して想像の及ばない領域だろう。

 そう考えると、また膨大な罪悪感が湧き上がってくる。

 



 罪悪感と同時に、大きな疑問も再び浮かび上がる。

 ――これで、全員の自己紹介が終わった。

 そう、これで全員だ。誰かが遅刻して入ってくるようなこともない。用意された椅子の数が九であることが、それを証明している。


 少なすぎる。単純にそう思った。

 言うまでもないけれど、この殺し合いの準備には膨大な手間がかかる。最低限の居住環境の確保から始まり、エリア全域の監視方法を用意したり、望まない展開に向かないように必要なルールを整備したり。

 ……あくまでも、論理的な推測のために言わせてもらうけれど。私は前回の殺し合いの参加者、十三人でさえ少ないと感じていた。どう転ぶのかわからないデスゲーム、二十人くらいは参加者がいた方が面白くなるはずだ。ただあの時は、あまりにも人数が多すぎると監視の目も増え、事件を起こそうにも起こせないと思い至り、あの人数で実行した。

 しかし館から遊園地へと舞台を移し、大幅にマップが広くなった今回は、増えるどころか数を減らして九人だ。この数はルナティックランドの本意ではない可能性もあるけれど、それにしたってあまりにも数が少ない。ともすれば、開催そのものを中止してもおかしくないほどに。


 一つの事件につき、参加者は二人以上必ず減っていく。純粋なミステリーとして謎解きが成立するのは、残り参加者が三人以上の時のみ。九人では、二人ずつ減っていったとしても起きる事件は四つが上限。

 用意する手間に加えて、あまりにもあっけなく終わってしまいそうだ。

 少なくとも、ルナティックランドがそれに思い至らないとは思えない。


 複数回殺し合いを起こす前提で、この人数で決行した? いや、それもおかしい。

 今この殺し合いには、二人の魔王が参加している。こんな機会は二度と巡ってこないだろう。それがあっけなく終ってしまうことを認めるなど、殺し合いの主催としておかしな振る舞いだ。


 この人数で殺し合いが決行されたことには、何か隠された意図がある気がする。

 何か、悪趣味な仕掛けがある。それを見落としてはならない。


 そう考えて、ふと一つの想像が浮かぶ。

 ――蘇生魔法。死した者を再び蘇らせ、殺し合いに参加させる。

 これなら、参加者が九人である謎にも答えが出るのではないか。


 けれど、蘇生魔法はただの幻想だ。

 度重なる魔法研究によって、そういう結論が出されている。だから、そんなものには縋れない。

 蘇生魔法が手に入れば、ここで犠牲が出ても救える――それだけでなく、私の罪もなかったことにできる、なんて。そんな安易で愚かな希望に縋ることなど、私には許されてはいないのだから。

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