Pitiful Determination

《哀れな決意》




 仕込みナイフを忍ばせようとしていた霧島さん。その彼女を見つめる透意と、制止の声をかける私。


 ……この状況、非常にマズい。直感的にそう理解した。

 霧島さんはこの状況で、一二を争うほどに怯えていた。だから護身用の武器を調達したかったのかもしれない。それはわかる。でもこんなの、すぐにバレる。玉手さんはかなり用心しているし、店を出たら身体検査くらいするつもりだっただろう。そこでみんなに黙って武器を確保していたなどと知られたら、どんな空気になるか。

 前回の殺し合い初日において、棺無月さんは猪鹿倉さんに怒鳴って最悪の空気を作っていたけれど、あれは誤解が解ける前提の下で行われた演技だった。棺無月さん本人の奔放な振る舞いも相まって、結局あれは有耶無耶にされたけれど……。

 今回は違う。誤解でも何でもなく、霧島さんは武器の持ち出しをしようとした。

 それはすなわち、疑心暗鬼の生活の始まりを意味する。


 ここで何とかしなければ、脱出の目が見つかる前に殺人が起こる。予想ではない、これはもはや既定路線だ。

 せっかくの玉手さんの頑張りも無駄になる。透意は失意に沈むだろうし、私も償いを十全に果たせなくなる。だからその前に……。


「く、来るな――んぐっ」


 私は霧島さんの元に駆けて、まずその口をふさいだ。

 ここでナイフを強引に奪うのは逆効果だろう。そんなことをしたら余計に怯えさせるだけだ。なら……。


「霧島さん、落ち着いて。私はあなたの行動を言いふらす気もないし、無理にナイフを取り上げる気もない。だけどこういう場での空気の悪化が何を招くのか――そんな恰好をしてるんだもの、あなたならわかるでしょう?」

「…………」


 クラシックな探偵風の少女は、口を塞がれたまま俯いた。

 一般的なミステリーなら、閉じ込められた後の疑心暗鬼などロクな結果にならないと相場が決まっている。

 山奥の洋館か何かに集まったもののそこで帰り道が閉ざされ、誰かの仕業だということになって疑心暗鬼になり、遂には殺人事件が起こる。そんな筋書きの作品は例を挙げるまでもなく大量にある。ミステリー好きならもはや常識と言ってもいいレベルだ。もっとも古典的すぎて最近は見なくなってもいるけれど、クローズドサークル系の本を読んでいれば、絶対に一回はこういう展開に行きあたっているはず。

 想像がついたようで、霧島さんの抵抗がやんだ。そう、それでいい。


「玉手さんはとても警戒してるみたいだし、この後、たぶん身体検査でもするはずよ。そのときにそのナイフが見つかったら、あなたは言い逃れられる自信がある?」


 口を押さえていた手を離す。

 霧島さんは悔しげな顔をしてから、首を横に振った。


「なら、それを戻して。……ああ、私たちが言いふらす心配はしなくていいわ。決定的場面を押さえられない限りは、戯言として処理されるでしょうし。むしろ私たち同士での対立を煽るような行為、魔王の手先だと思われてもおかしくないわね。そうしたら、私たちの中に潜む魔物を探す人に、私は殺される。そんなリスク呑むわけないもの。ね?」


 クスリと微笑みながら、予見したその流れを語る。

 霧島さんはしばし迷う様子を見せていたけれど、やがて懐に手を入れ、仕込みナイフを元の位置に戻した。

 ……ふぅ。なんとかなったようだ。


「あっ、みんな。何か見つかった?」


 安堵していると、ふらりと玉手さんが現れる。亜麻音さんも一緒のようだった。

 危なかった。もう少し遅かったら、怪しい動きを見咎められていたところだった。


「いえ。むしろ、何も見つからなかったって報告し合ってたところよ」

「そっか。まあ、こんなお店だしね。それより、そろそろ次のお店に行こうかってことでみんなに声かけててね。店内だと合流しづらいから、お店の外に出て待っててもらえる?」

「ええ、わかったわ」

「それじゃ、あたしは残りの子にも声かけてくるから。琴絵ちゃん、行こっか」

「それが導きであるのなら」


 亜麻音さんは玉手さんに続いて、店の奥へと去っていった。

 ……バレてはいないようだ。よかった。

 改めて安堵の息を漏らしながら、私たちは玉手さんの言葉に従って店の外へと退出した。




     ◇◆◇




 その後も立ち並ぶショップを一つ一つ覗いては、何か役立つ物がないかと探し歩いた。

 結論から言えば、いくらかあれば便利だろうというものは見つかった。


 透意曰く元々は土産屋通りでしかなかったはずの場所は、一部はそのまま残されていたけれど、だいたいはホームセンターか何かと見紛うようなラインナップに作り替えられていた。

 工具箱、板材、金属板などの工作用セット。

 ヘルメット、ロープなどの作業道具。

 他にも、犯行に使ってくださいと言わんばかりの品が所狭しと並んでいた。


 凶器ショップ以外の商品は独占も特に禁止されてはいないはずだったけれど、どれかを独占しようにも大量にありすぎて、想定される犯行への使い方を全て潰すのは不可能だろうという有り様だった。

 逆に言えば、それだけ数もあれば共同生活に役立ちそうなものも多々見つかるというもので、皆は早速それらの品を自分の部屋に持ち帰っていた。

 私も、監視カメラの類でもあれば犯行の抑止に繋がると思って探したのだけれど、残念ながらそういった品は見当たらなかった。


 ……脱出に役立つ物が見つかったか? そんな問いは愚問以外の何物でもない。

 そんなに簡単に脱出できるなら、ショップ巡りなんて早々に切り上げて全員で脱出しているというものだ。


 今日、脱出に関する試みは何一つ行われなかった。

 きっと玉手さんは、恐れているのだと思う。どうあがいても出ることはできない、と皆に明確に突きつけてしまうのを。

 それはいよいよ、殺し合うしか手段がないことを認めることと同義であるから。

 だからおそらく、彼女は秘密裏に脱出の試みを練っているのだろう。……もちろん、脱出しようという気を失っていなければ、だけれど。 


「…………」


 寝る前に、城のバルコニーから空を見上げる。

 昏い夜空は星を映さず、ただ貼り付けたような暗闇でもって世界に蓋をする。

 今この場所を照らす明かりは、地上の遊園地――この世界スイートランドが灯す光。それ以外に頼るべき光を見出せない世界は、まるで残る希望は魔王スイートランドしかいないと暗示しているかのようだった。


 魔王スイートランド。透意。

 彼女とこの場で言葉を交わしている最中に、この殺し合いは始まった。

 私があの時、もっとうまく透意を説得できていたら。魔法少女たちはこんなところに閉じ込められず、殺し合いなどに触れることなく、本来いるべき場所に身を置いていたことだろう。


 ……いや、まだ殺し合いは始まってなんていない。

 まだ何も起こってない。今なら、まだ後悔の必要はない。


「透意」

「……なんですか」


 城内の影になっている部分から、透意が顔を覗かせる。

 先ほどから、声をかけるでもなくこっそりこちらを窺っているのは気が付いていた。


「私が言ったこと、覚えているわよね?」

「……どれのことですか」

「私が危険だと思ったら、ってやつよ」

「……覚えてないですよ、そんなこと」


 透意は、殊更固い声で言った。

 まだ昨日の出来事だというのに、忘れるにしては早すぎる。それに、忘れるような内容でもなかっただろうに。

 まあ、などと指示語で語っている時点で、嘘をついているのは明白だ。殺したくないとでも思っているのか、あるいはそれ以外の理由で躊躇しているのか。理由はわからないけれど、少なくとも今の透意に私を殺そうとする考えはない、と。


「まあ、いいわ」


 それならそれで、私が覚悟を決めればいいだけだ。

 後は、それを彼方さんの命令が許してくれるかどうか。自分の命を放り出して皆を救うことは、償いとなり得るか否か。

 それだけだ。


「もう寝るわ。おやすみ、透意」

「……おやすみなさい」


 自分の個室へと歩き出す。

 私を見送る透意の目は、何故だか哀れなものを見るようであった。

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