【解決編】I noticed my insanity.
《私は私の狂気に気づいた。》
◇◆◇【空鞠 彼方】◇◆◇
佳奈ちゃんと凛奈ちゃんが、目の前で融け合う。
恍惚の表情で、凛奈ちゃんは火照った体を抱きしめながら、笑っている。
佳奈ちゃんの死体は、既に力なく床に投げ出されていた。
何? 何が起こってるの?
凛奈ちゃんが包丁を受け取ったと思ったら、それを佳奈ちゃんに刺して、そうしたら佳奈ちゃんから『佳奈ちゃんとしか認識できないナニカ』が生まれて、それが凛奈ちゃんと融合して――。
異常事態だと、見ただけでわかる。だけど何をしているのかわからない。
凛奈ちゃんが、佳奈ちゃんを殺した。それなのに、凛奈ちゃんは幸せそうな表情をしている。
これは……何?
『お、おおぅ……』
ワンダーですら、引き攣った表情をしている――ように思う。ぬいぐるみだから、相変わらず表情はわからないけれど。
『いや、妹ちゃん……? ボク、そういう予定聞いてないんですけど……?』
「そういえば、さっき何か言われてたね? 何言ってたの?(。´・ω・)?」
『え? いや、お姉ちゃんを殺すところを見せてあげるから、代わりにスウィーツを近づけるな、って……。まあぶっちゃけ、【犯人】から魔法少女の権利取り上げるのなんてオマケだし、【犯人】を殺しても【犯人】にならないってルールがあるから後腐れもないし、全然いいやと思ってオーケーしたんだけど……』
「それで、こうなっちゃったわけ? いや、こうなっちゃったっていうか、あーしも何が起きてんのかイマイチよくわからないんだけど( ̄д ̄)」
『えっと……。お姉ちゃんが、自分自身という概念を自分から分離させて――。だからさっきのあれは、お姉ちゃんの記憶とか感情とか魂とかそういう、お姉ちゃんの存在を構成する基盤そのものを引っこ抜いた……って感じかな』
「……で、妹ちゃんの方は何を?(;´・ω・)」
『こっちは……うん。つまり、[存在融合]でお姉ちゃんと融合召喚しちゃったってことだよ! あはははは!』
しばらく無理解に沈んでいたようなワンダーは、そこで突然、声に喜色を取り戻した。
『あははははははは! 最高! もう最高だよ! 姉殺しなんて背徳的な光景を見せてくれると思ったら、もっとスゴイもの見せてくれたね! あははははははは!』
「あはっ。あっ、んんっ。あはっ、あははっ、あははははっ」
凛奈ちゃんが喘ぎ声を交えながら、ワンダーに負けず劣らずの笑い声を上げる。
二つの重なった笑い声は、ただの不協和音として耳に残った。
『お姉ちゃんと融合しちゃうなんて! 愛する者同士のキメラとか、もうボクの性癖ど真ん中だよ! しかもその上、姉妹百合で双子百合! どれだけ属性を盛ってくれれば気が済むのかな!? あはははははははははは!』
ワンダーが、歓喜を叫ぶ。
――そんなに、この光景がお気に召したのだろうか。
……でも。これまでの処刑に比べたら、格段に穏やかな光景でもあった、ような気がする。
だって、凄惨さは一切なかった。妹が姉を刺し殺すという残酷な事態こそ起こったけれど、ワンダーのように、命を蹂躙するような真似はしなかった。
佳奈ちゃんは、幸福を笑みに変えて、その命を絶った。
凛奈ちゃんは今もなお、幸福の絶頂にいる。
愛。その理由を、あの双子はそんな風に語っていた。
――私にはそれが、理解できない。
私に理解できるのは、佳奈ちゃんが死んでしまったということ。
だから、その死に手を伸ばす。
死者の剣を、この手に。心の中の怪物が、新しい腕を佳奈ちゃんに伸ばす。
死者の剣がきっと、佳奈ちゃんの死ぬ前の想いを語ってくれると思って。
――でも。佳奈ちゃんの死者の剣は、握ることができなかった。
それに、恐怖を覚えた。
死者の剣が持てない。それは、その死を見捨てたことと同義だ。
ダメなのに。私は、みんなの死者の剣を集めないといけないのに。
みんなの死者の剣で、ワンダーを追い詰めるんだ。誰も見捨てちゃいけない。
死者の剣を握って初めて、死者を『死』から救済することができる。
死者の剣になれば、死者の『死』はなかったことになる。
だってその遺志は、生き続けるんだから。
死者の剣を拾えなかったら――ここで初めての、犠牲者が出てしまう。
せっかく、米子ちゃんも初さんも狼花さんも忍くんも、私が拾ってあげたのに。
摩由美ちゃんも、今、拾った。
それなのに。佳奈ちゃんの死者の剣は、私には拾えない。
佳奈ちゃんの死者の剣は、愛でできていた。
存在ごと相手に融けてしまうような、愛。
そんなものを、私は知らない。
――どうして? 知らないから、拾えないの?
死者の剣は、そういうものだっけ? 死者の剣は、死者そのものなんだから――私が知っている必要なんて、本当にあるの?
それが本当に死者そのものなら、その想いは死者が教えてくれるんじゃないの?
理性の声が聞こえる。
死者の剣なんて、本当はないんじゃないか、って。
死者の剣は、私はが空澄ちゃんの教えを受けて作り出した妄想で。
死者は、救われてなんてなく。
死者は――私に殺された二人は、今も私を、恨んでるんじゃないか、って。
違う。違う違う違う。
死者は黙って、死者の剣として、私に握られていればいいんだ。
――空澄ちゃんは、なんて言ってたっけ? 死者の剣の作り方。
死者の想いを、考える。それが、死者の剣の作り方だ。
そうだ。死者の剣は、私が考えて、作るものだ。
そこに死者は、介在しない。そこにあるのは、ただ――。
ただ……? そこにあるのは……。
死者を想う、私の心だけ?
「……ぁ」
欺瞞が、暴かれる。
違う。死者の剣は、死者を救済するための剣なんかじゃない。
死者の剣は、ただ、私が死者のために何をしてあげたいか。そんな気持ちで作られた、ただの願いの結晶だ。ただの、自分の気持ちだ。
だから――死者の剣なんて、拾っても。『死』は、なかったことには、決してならない。
私は。
【犯人】を――初さんと忍くんを処刑台に送った私は。
二人を殺した人間として、これからも、生きていかなくちゃいけない。
「ぁ、ぁ……」
立っていられなくて、崩れ落ちる。
初さんを死に追いやったときの絶望。その何十倍もの絶望が、私の肩にのしかかる。
私はただ、自分可愛さで、罪の意識から逃れたがっていただけだった。
そこに都合よく現れた、死者の剣という概念。それを利用した。
死者の剣の概念を、『死者を生かし続けるためのもの』であると、捻じ曲げた。
空澄ちゃんが語る死者の剣は、死者を想い行動する意思でしかなかったのに。
私が心の中に生み出した化け物は、死者の剣を拾い続ける怪物じゃない。
人の死を欺瞞で誤魔化す、心根の腐った魔物だった。
死を冒涜して、死者の意思を都合よく解釈し、責任逃れに利用する。
なんて醜悪な在り方だろう。吐き気すら覚える。
「ぁっ、んっ――」
――快楽に喘ぐ凛奈ちゃん。
死者の想いと、正しい形で融合した凛奈ちゃん。
――対して、絶望に沈む私。
死者の想いを偽って、一方的に利用した私。
どちらが醜悪な姿かなんて、決まり切っていた。
片や、愛し合う姉妹。
片や、虚ろな死者の意思を抱く、言葉で人を破滅させる殺人鬼。
――どうやら、私はもう、狂っちゃったみたいだった。
『んー? なーんか知らないけど、頭ピンクちゃんが絶望しちゃったみたいだね? まさか、頭ピンクちゃんも一緒に融合したかったとか!? 嫉妬!? 衝撃の三角関係発覚ですか!?』
「……おいこら、ワンワン。昼ドラの見過ぎ( ꒪⌓꒪)」
『いや、昼ドラで小学生が融合する話なんて見たことないけど……』
ワンダーと空澄ちゃんが、何かどうでもいい話をしているように感じる。
でももう、その言葉は、私には届いていなかった。
真っ黒な絶望が、私を覆っている。厚く、何も見えないほどに。
『まあいいや。自分で処刑できなくて欲求不満気味だけど――この衝動は次の事件まで取っておくよ! 次は派手な処刑にしてあげるからね! お楽しみに!』
「あれ、【犯人】負ける前提? それだと誰も殺したがらなくなっちゃうんじゃない?(〟-_・)?」
『あっ!? ち、違うよ? 言葉の綾だよ? や、やさーしく処刑してあげるから! この世の天国を見せてあげるから! なんならあの世の地獄もサービスで見せてあげるから!』
「要約:死ね(^O^)」
『ああもう、うるさーい! ――キミたちが何を言おうと、もう六人も死んじゃってるんだよ! そろそろ、次はキミの番かもしれないよ? キミは被害者として死にたい? それとも、【犯人】として定めを受け入れて死にたい? それとも――誰かを殺して、生きたい? 選ぶのは、キミたち自身だよ! あは、あはは、あははははははははははははは!』
ワンダーは哄笑を上げて、浴場を去っていった。
後に残ったのは――。
殺人の咎を背負った夢来ちゃんと。
愛の快楽に溺れる凛奈ちゃんと。
絶望に侵される私と。
石像の下の、無残な遺体。
あとは、多数の傍観者だけが残った。
――それが、この事件の終わり。
狂気と、無理解と、無力と、覚悟と、絶望と、愛に彩られた、第三の事件の幕引きだった。
――Third Case
【犯人】:雪村 佳奈
被害者:萌 摩由美
死因:[存在分離]による四肢及び首の切断
死亡時刻:午前3時07分
解決時刻:午前8時48分
生存数:7人
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます