I recall these 13 days.

《この13日間を思い出す。》




 ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない、ない。

 何もない、何もない、何もない、何もない、何もない、何もない、何もない、何もない、何もない、何もない。

 証拠が、証拠が、証拠が、証拠が、証拠が。


 証拠を求めて、私は館内の全ての部屋を走り回る。


 藍ちゃんの部屋、初さんの部屋、空澄ちゃんの部屋、接理ちゃんの部屋、私の部屋、佳凛ちゃんの部屋、夢来ちゃんの部屋、米子ちゃんの部屋、狼花さんの部屋、摩由美ちゃんの部屋、忍くんの部屋。

 何も、特筆すべきものなんてなかった。


 香狐さんの個室。ついさっき事件が起こり、未だ事件の影響が色濃く残る場所。

 香狐さんが眠っていた布団には、包丁を刺した二回分の痕跡。ベッドからドア前にかけては、這いずった形跡のような血。

 ……だけどそれだけ。肝心な証拠は何も残されていない。


・香狐の個室 図解

https://kakuyomu.jp/users/aisu1415/news/16816700429312694315


 遊戯室。第四の事件が起こる前に、ゲームをプレイさせられた場所。第四の事件のために意図的に仕組まれたあのゲームも、ここで作られた。

 ……ゲームという言葉で、あの魔王のことを自然に思い出す。

 殺し合いを、ただのゲームのように楽しんでいた魔王。主犯である魔王も、その遺志を強制的に継がされた夢来ちゃんも、この世を去った。

 なのに、この狂った殺し合いは終わらない。

 ――どうして、という思いが渦を巻く。

 どうして私たちは、こんな殺し合いをさせられなくちゃならないんだろう。

 その理由は、香狐さんが教えてくれたけれど。でもやっぱり、納得できる理由なんかじゃまるでなかった。


 二階右側の女子トイレ。かつては謎の触手の魔物に占拠されていた場所。その触手の魔物も、第二の事件の後は撤去されて、二度と見ることはなかった。あれも、実は館スライムの擬態だったのだろうか。

 忍くんはここで、触手の魔物に占拠されているはずのトイレに、空澄ちゃんが入っていくのを見たと言っていた。空澄ちゃんが実際にここで何をしていたのかは、今となってはわからない。だけど忍くんはその現場を目撃した結果、空澄ちゃんもまた魔王であるという妄想に取り憑かれ、それが結果的に第二の事件を引き起こした。


 シアタールーム。香狐さんと一緒に、悪趣味な映画を見た場所。ワンダーに、飛び切り悪趣味な映画を見せられた場所。全員で交代して、檻に閉じ込められたワンダーを監視した場所。あの時は、そんな何の意味もない行為で魔王に立ち向かっていると思い込んで、自分たちを慰めていた。

 思えば、あれも空澄ちゃんの仕業だった。そしてその様子に、第一の事件での振る舞いも併せて、私は空澄ちゃんのことを怪しみ始めた。空澄ちゃんは、私たちの中に紛れ込んだ裏切り者なんじゃないかって。

 その答えは、正解とは言えなかった……のだろうか。

 わからない。私はここに来て、もしかしたら夢来ちゃんを殺したのは、どうにかして生き残っていた空澄ちゃんなんじゃないかって、馬鹿なことを考えている。そんなことあり得るはずないのに、でも、空澄ちゃんはそう思わせるだけの存在感を持っていた。

 ここで、第二の事件の【犯人】が死んだ。その動機は、空澄ちゃんが発端となったものだった。……空澄ちゃんが、死を引き寄せた。そうとも思えるような、虚しい事件だった。


 書庫。この館に来てから二日目の日、狼花さんと少しだけ仲よくなった場所。

 あれがなかったら、私は最初の事件の【犯人】に辿り着けていなかった。その場合、どうなっていただろう。私は、狂気に取り憑かれずに済んだのだろうか。人を死に追いやった罪を背負わずに、私は――少し傷ついて、少し取り乱すような、ただの少女でいられたのだろうか。今となっては、わからない。

 第一の事件の後、この場所には夢来ちゃんが入り浸っていた。孤独の道を選んだ夢来ちゃんは、ここで推理小説を読み漁って、この殺し合いに適応しようとしていた。


 倉庫。この場所からは、殺人に使われる道具が何度も持ち出された。

 出入り禁止にしたかったけれど、それは結局ワンダーに阻まれてできなかった。

 この場所の道具がなかったら……ほとんどの事件は、絶対に成り立たなかったというのに。こんな犯罪道具の温床がなかったら……もしかしたらまだ、この館にはたくさんの人がいて、絆を育んでいたかもしれないのに。


 二階左側の女子トイレ。この場所に、死のトラップが仕掛けられた。魔王を追い詰めるための、忍くんが仕掛けたとっておきのトラップ。

 それは全く見当はずれの場所で発動して……。


 旧個室。ワンダーが言うには、殺し合いのテストプレイで凄惨な事件が起こった場所で、記念として保存されていた場所。

 この場所に足を踏み入れた狼花さんは、全くの事故としか言いようがない偶然で、命を奪われた。

 そして私はこの場所で、『死者の剣』という概念――いや、信条を空澄ちゃんに教えられた。私はそれを都合よく解釈して、自らの罪悪感から逃れるための道具として利用した。


 儀式の間。第四の殺人の起こった場所。今はもう、事件が起きる前の状態に巻き戻されている。石像本体だけが欠けた状態で、石像の台座だけが鎮座し、周りを篝火が囲む。石造りの部屋は妙な圧迫感を与えて、床に描かれた魔法陣が儀式的な雰囲気を更に高める。不気味で、何かが起こりそうな場所。

 実際、ここで一番大きなことが起こった。

 空澄ちゃんが、道を踏み外した赤毛の女の子の魔法を引き継ぎ、狂気的な計略の果てに魔王を追い詰めた。これで殺し合いは終わりだという希望をみんなに植え付け――そしてそれはすぐに、最低の絶望へと貶められた。

 私の、一番の友達。夢来ちゃん。彼女が魔物であり、そして魔王を倒した程度で殺し合いが終わらないことを、私たちは突きつけられた。


 浴場。第三の事件で、残酷極まりない被害者の末路を見せられた場所。

 体を落ち着けるための安息の施設すら、この殺し合いにかかれば事件現場に早変わりだ。上から降ってきた石像で、被害者はぐしゃぐしゃに潰された。

 この場所で私は、夢来ちゃんに探偵役を――死刑執行人の役目を押し付け、そうしてようやく自らの狂気を自覚するに至った。

【犯人】もまた、狂気的な愛でその存在を混ぜ合い、『何か』として完成した。

 この館が、本格的な狂気の花園として機能し始めた場所。この場に安息の地なんてないと、私たちは思い知らされた。


 洗濯室。第二の事件の時、狼花さんが苦しんでいる間、私は呑気に洗濯に勤しんでいた。

 あのとき、私が狼花さんについて行っていれば……。私なら、狼花さんの傷を治せた。そうしたら、狼花さんは今も私の隣にいてくれて……。忍くんも、接理ちゃんの傍を離れることはなく。誰も望まなかった事件なんて、起こらなかったんじゃないか。

 そんな後悔が、とめどなく溢れてくる。


 治療室。この部屋に、私に関する思い出はない。

 だけど、初日に狼花さんを騙すような真似をした空澄ちゃんは、確かここで治療を受けていた。佳奈ちゃんと凛奈ちゃんも、第三の事件の前はここのベッドでよく寝ていたと聞いている。

 ……この部屋がほとんど使われなかったというのは、逆に言えば。

 死ぬか、無傷か。そんな二択しかここでは生まれなかったということだ。

 本当に、本当に――狂ったルールだ。


 衣装室。夢来ちゃんと一緒に、肌を隠す服を選んだ場所。

 今なら、夢来ちゃんがあんな格好をしていた理由がよくわかる。彼女の服装は、魔法少女の衣装なんかじゃなかったからだ。彼女の服装は、魔物としての特性を反映した結果のものだった。

 もっと早くに私が疑問を持っていれば、何か変わっただろうか。彼女の服装、羽、尻尾――その意味に予め気づいて、夢来ちゃんを問い詰めていれば。

 こんな――こんな最悪の別れを経ずに済んだのだろうか。


 屋内庭園。……今は、入りたくない。


 厨房。最初の事件が起こった場所。

 暗号の存在に誘われた米子ちゃんは、自分がみんなに貢献できるという希望を抱きながら死んでいった。あまりに残酷な死に様を、私たちは見せつけられた。

 それを皮切りに、二度、三度、四度――。終わらない殺人劇は、既に五幕目へと突入した。

 ここが全ての発端だった。あの事件さえなければ、私たちは――もしかしたら、団結の道を歩めていたのかもしれない。でも、それももう遅い。

 私がここを一人で探索しているのが何よりの証拠だ。団結などというものは、全てを疑わなければならない殺人ゲームでは何の役にも立たなかった。


 食堂。最初の処刑を見届けた場所。

 吐き気を催す、凄惨な【犯人】の末路。生と死の境目がすぐ近くにあることを、私たちはまざまざと見せつけられた。

 そして私は、ここで最初の殺人を犯した。殺人が露見した【犯人】にもたらされる結末を知っていながら、米子ちゃんを殺した【犯人】は殺されても仕方ないだなんて狂った考えに取り憑かれて、【犯人】を死に追いやった。


 玄関ホール。ここに集められた十三人が、最初に顔を合わせた場所。

 ここで、魔王は悪夢のゲームの開幕を宣言した。秘密裏に仲間を殺し、その殺人を全力で隠し通す推理デスゲーム。【犯人】は何かを得るか、全て失うか。犠牲者は何も得ず、ただ奪われる。傍観者は何も得ず、さりとて何も失わず。

 歪んだ三役のどれかに、強制的に配役される狂ったルール。

 醜悪極まりない地獄の始まりの日が、まだたった十二日前だなんて信じられない。ここに来て、まだ二週間も経っていないなんて。


 全て、覚えている。この館で起きた殺人劇の全てを。

 空澄ちゃんのように、一度見たものは忘れない、なんて異次元の技能は持っていない。それでも、ここで起きたことを忘れるなんて無理だ。

 もう、八人も……死んでしまったのだから。


「……なんで」


 虚しさに、膝をつく。


「なんで、なんで、なんで、なんで、なんで――っ!」


 館を全部調べ尽くしても、何も出てこない。

 証拠が必要なのに。夢来ちゃんを殺した【犯人】を突き止めて、香狐さんが教えてくれた破滅を回避して、この殺し合いを終焉に導いて――。

 そのために、私はこの事件の謎を解かなければならないのに。

 この絡まった気持ちに区切りをつけて、新しい私に――香狐さんに求められる理想の魔法少女にならなくちゃいけないのに。


「……ぁ」


 私が頽れた先の床――玄関ホールのソファーの下に、ふと、何かの物体を見つける。赤い何かに濡れているような、金属光沢を放つ三十センチ程度の――。

 慌てて、それを確認する。

 それは、包丁だった。血濡れた包丁。今までの事件に用いられた包丁は、ワンダーがどこかへやってしまった。私たちにそれを取り返す術はない。

 であるならば、これは――間違いない。香狐さんを刺した包丁だ。

 やっと見つかった証拠に、一瞬歓喜のような感情が湧いて、そしてすぐに萎む。


 ……こんな証拠に、何の意味がある?

 ここは、一階に来る人なら誰でも通る場所だ。事件の後で、香狐さん以外の全員が一階に下りてきている。あの三人の中にいる【犯人】が、他の人に気づかれないように凶器である包丁をここに投げ捨てる。不可能性なんてまるでない。

 あの三人が固まって来たにせよ、チャンスはあったと考えるべきだ。もしチャンスがなかったなら、【犯人】はまだ包丁を隠し持っていたか、別の場所――それこそ、屋内庭園の花畑の中にでも放り投げていただろうから。

 三人がバラバラに下りてきたなら、包丁をこの場所に隠すのなんてもっと容易だっただろう。どちらにせよ、ここに包丁がある以上、【犯人】にはチャンスがあったと解釈する他ない。

 こんなものを見つけても、何も――。


 悔しさに、スカートを握る。

 ――そして、硬い感触を覚える。


「――これ」


 どうして、忘れていたのか。

 それどころじゃなかったから? こんなものに意識を裂いている暇はなかったから? その程度の理由で、私はを忘れていたの?


 ポケットから、紫色の大きな宝石を取り出す。

 占いに用いられる水晶玉くらいの大きさがある、美しい宝石。その透明度はかなりのもので、握った手のひらがこちらから透けて見えている。

 こんなもの、見間違えるはずがない。

 あの、忌々しい魔王が持っていたもの。

 魔物に命令するための――これを使って処刑を行った、見たくもない宝石。

 夢来ちゃんに渡されたものでなければ、今すぐに投げ捨ててしまいたかった。

 でも握っていたおかげで、一つだけ、使い道を思いついた。


 玄関ホールの壁に掛けられた、この館の見取り図を見る。多くの部屋が私たちに開放されている中で、唯一私たちを拒んでいた場所があった。

 玄関ホールから直接繋がる、扉のない部屋。

『???』としか表示されていない、用途不明のエリア。

 だけど、最初にここからワンダーが出てきたことを考えても――絶対に、何かある。そう思わせるには十分な場所だった。

 ……この宝石を使って、ワンダーはこの部屋に出入りしているようだった。

 この宝石は、私にも使えるのだろうか。


 宝石を握って、逡巡する。

 魔物に命令する。それはもう、魔王の所業そのものだ。殺人の罪を犯した私が、更に魔王に近づく。それは途方もなく怖いことだ。

 自分の存在が、この狂気の館を作り上げた魔王に近づいているだなんて――ゾッとする。だけど……。

 壁を見る。表示された数字は、『0:38:40』。多くの時間を館内全域の探索に費やして、今や残り時間は四十分程度。それで見つかった証拠は――香狐さんを刺したと思しき包丁一本だけ。

 これで【犯人】を追い詰めるに足る証拠は揃ったか? 否だ。こんな情報じゃ、【犯人】に至るための糸口すら掴むことができない。もう、時間がないのに。

 だから、ここまで来たら……一か八かの可能性に賭けるしかないんだ。


「……すぅ」


 覚悟を決めて、息を吸い込み、そして宝石を握りしめる。


「……開けて」


 ポツリと呟くと、まるでそれが自然の摂理であるかのように、壁が裂けた。

 チャックを下ろすようにして、玄関ホールと『???』の部屋を隔てる壁に隙間ができる。あの時はワンダーが通れる程度にしか開いていないけれど、今度は人間が通れるようなサイズまで穴は拡大されていた。

 まるで、私の意図を汲んだかのような動きに戦慄する。これじゃあ本当に……私が、魔王になってしまったみたいだった。

 そんな想像に苦い顔をしながら、私は壁に生まれた隙間に身体を滑り込ませた。


『???』の部屋。そこにあったのは――。

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