From now on I'm alone.

《これからは私一人。》




「そーいえば、さっきのアレ、なんだったのー?」


 場が薄暗い雰囲気に包まれる中で、佳凛ちゃんが呑気とも言えるトーンで私に尋ねてきた。


「さっきの、って……?」

「んー? ほら、彼方と黒い人が倒れてたやつー」

「……あっ」


 言われて、佳凛ちゃんが何を尋ねたいのか理解した。

 香狐さんを治療して、魔力切れで気絶した時。目覚めた後に、私たちはどうしてか部屋を移動していた。まさか気絶している中、自力で移動したなんてことはないだろうから……誰かが運んでくれたんだろうとは思っていた。


「もしかして、佳凛ちゃんが運んでくれたの?」

「んー、違うよ? 三人で運んだの」

「…………」


 その返答に、接理ちゃんと――藍ちゃんの顔を確認する。そこに否定の色はない。

 でも確かに、佳凛ちゃんだけで私と香狐さんを運ぶことなんてできるわけがない。三人がかりでようやく、といったところだろう。

 でも、それは……少し納得できなかった。この三人の中に間違いなく、香狐さんを襲った【犯人】がいる。それに助けられるというのは……あまり、気持ちのいい話じゃなかった。

 そもそも、ベッドに運ぶだけ運んで放置するのが救助行為なのかどうかも定かではないけれど。

 だけどこれは、ありがたい話題転換だった。ギリギリのところで、まだみんなと会話をすることができる。


「……実は」


 私は事件に関する、私が香狐さんから聞いた限りのことを話した。

 ……香狐さんの正体については、そんなことを話している時間はないと思って、伏せた。香狐さんを襲った相手に、香狐さんの秘密なんて教えたくない。


「……それは真か?」


 話し終えて、藍ちゃんは懐疑的な眼差しを私に注いだ。接理ちゃんは無感動、佳凛ちゃんは僅かばかりの興味を持っている様子だった。


「貴様がやったということは――」

「部屋にあった血は見たでしょ? それに、香狐さんの傷がなくなっているのも。私が刺して、私が治して……何の意味があるの?」

「…………」


 香狐さんが言っていた引っ掻き傷の件にだけ着目すれば、【犯人】は私か藍ちゃんの二択だ。そして、私は自分が【犯人】でないことを知っている。であるならば、【犯人】は藍ちゃん以外にあり得ない。

 ……あくまでもそれは、私たちが想定していない方法で真の【犯人】が傷を消したのでなければ、という条件付きの場合ではあるけれど。

 香狐さんが襲われた件について、私と藍ちゃんは明確な対立関係にある。藍ちゃんが引っ掻き傷を魔法でなかったことにしたのだとしたら、回復魔法の使い手である私に是が非でも罪を擦り付けたいはずなのだから。――万が一の可能性で【犯人】が藍ちゃんじゃなかったとしても、[外傷治癒]を持つ私を疑うのは当然の流れで、やはり対立関係が成立してしまう。


 でも、私はこの事件で藍ちゃんを強く糾弾できない。香狐さんの話を全て真実と仮定して進めるのならば、藍ちゃんに不可能なことが多すぎる。密室の作成、クリームちゃんの連れ出し。そのどちらも、藍ちゃんは特別な方法を有さない。

 香狐さんとクリームちゃんに姿を見られていないというのは偶然という可能性もあるけれど、これは[確率操作]や[存在分離]なら必然的に起こすことができる。[確率操作]なら、「僕は偶然に自分の姿を認識されない」とでも言えばいいし、[存在分離]なら自分の存在感を一時的に切り離すことで認識されなくなることだろう。……いつか、夢来ちゃんが言っていたように。


 でも接理ちゃんが【犯人】だとしたら、他の行為に一切魔法を使えなくなる。密室の作成には、[確率操作]を壁抜けに用いる必要がある。姿を見られることを回避するためには使えない。クリームちゃんの連れ出しも……いや、クリームちゃんの連れ出しは、壁抜けを応用すれば可能のはずだ。この館に閉じ込められた最初の日、接理ちゃんは一回の魔法で忍くんも一緒に壁抜けさせた。クリームちゃんは部屋の角で寝ていたのだから、外から壁抜けで引っ張り込むというやり方が可能かもしれない。でもその場合、やっぱり密室の作成に魔法を使えなくなる。――そもそもクリームちゃんを部屋から引っ張り出した時点で顔を視認されてしまう。これではもう、犯行は不可能だ。


 佳凛ちゃんが【犯人】の場合は……[存在分離]によって鍵を閉めたままのドアを破壊し、外に出た後に[存在融合]でドアを修復すれば、密室の作成は可能だ。さっき言った通り、存在感を消すことも可能だと思われる。だけど、クリームちゃんの連れ出しはきっとできないだろう。クリームちゃんを運ぶとき、存在感を切り離していればそれが佳凛ちゃんの仕業だと知覚されないかもしれない。だけど、そんなことがあればクリームちゃんはその場を離れたりしないだろう。ドアで閉め出されたとしても、部屋の前で待機するはずだ。そしていくら存在感を消していようとも、さっき考えた方法で密室を作れば、その様子はクリームちゃんに見られてしまう。そんな方法を取れるのは一人しかいないんだから、結果的に【犯人】も露見する。クリームちゃんは私のところに助けを呼びに来ていたから、その間に佳凛ちゃんが出て行って密室を作ったと考えることもできるけど……普通に出て行けば佳凛ちゃんは知覚されないんだから、密室を作る理由がない。そもそもこれじゃあ、引っ掻き傷の件は解決しない。さっきの藍ちゃんの態度から察するに、佳凛ちゃんが何でもない風を装って藍ちゃんに治療を頼んだ、なんてこともなさそうだし……。


 そもそも、【犯人】が密室を作り出したのは何のため?

 接理ちゃんにせよ佳凛ちゃんにせよ、存在感を消せるならシンプルに香狐さんを刺して退却すればそれでよかったはずだ。佳凛ちゃんのことを考えたときにも思ったけれど、密室の作成なんて無駄なことをする必要はない。

 だけど、密室の作成によって唯一、恩恵を受けている人がいる。藍ちゃんだけは、どうやっても密室を作る事ができないとして、犯行が不可能であると決めつける要素になっている。これが、藍ちゃんの狙いだったとしたら?

 でもあの鍵に細工できる要素なんてない。すぐに気絶してしまったせいであの部屋を詳しく見られたわけじゃないけれど、少なくともドア周りに怪しいものはなかった。どうにかして鍵が施錠されるような物理的仕掛けを作成したとしても、ドアの周りには何か残るはず。私が気絶するまさにそのタイミングで現れたのが藍ちゃんだけだった以上、藍ちゃんには証拠隠滅のタイミングがあったということになる。だったら……何か、ドア周りに証拠が残らないような方法を使って、なおかつその証拠は私たちが気絶した後で隠蔽した? これなら筋が……いや、ダメだ。

 私たちが気絶したのなら、どうしてトドメを刺さなかったのか。クリームちゃんがいたから? だけど【犯人】は、一度クリームちゃんのことをどうにかして排除したはずだ。今度もそうした後で、香狐さんと私を……藍ちゃんが【犯人】なら、殺してしまえたはずだ。


 三人とも、方法論的に犯行を成し得ない。

 対する私は――。私だけは、特異な立場にいる。

 香狐さんと同室で、事件のあらましを語ったのは全て私で、傷を治すことができる存在。話に嘘を盛り込めばいくらでも自分が【犯人】でないとすることができる。そういう意味で、私は自分が【犯人】ではないという確証を他人に植え付けることができない。

 そしてそれは、夢来ちゃんの事件に関しても同様だった。

 私は、この第五の事件において――どうやら、最重要容疑者として扱われているようだった。

 私の、大切な人を……一人は酷く傷つけられて、一人は命すら奪われたというのに。


「貴様が色川 香狐を治療する意味、か……。こういうのはどうだ。貴様は桃井 夢来と色川 香狐を同時に死に至らしめる計画を練った。桃井 夢来は直接、色川 香狐は何かトラップを用いて。そして貴様は桃井 夢来を殺し、同タイミングで色川 香狐も死んでいるはずだった。貴様は桃井 夢来の死体を前に、自らが死体の発見者だと偽る。――棺無月 空澄と計画を練っていた際に、確認したぞ。【犯人】が望むなら、【犯人】は自らがただの発見者であると偽ることができる。今回の事件では、事件発生のアナウンスがなかったな。貴様の狙いは、我々が眠っている間に制限時間のカウントを進めてしまうことか? それがうまくいったと、貴様は思っていたのだろう。しかし部屋に戻って、色川 香狐が死んでいないことに気が付いた。この館では確か、【真相】を追及している最中の殺人が禁止だったな。故に、死を免れた色川 香狐にトドメを刺すことができなかった。慌てた貴様は色川 香狐に治療を施し、また自らも気絶することで時間を稼いだ。そして目覚めた貴様は我らの前に現れ、破綻した殺人計画を隠蔽するために出鱈目を並べ立てている――」

「なっ……」


 違う。全く違う。

 だけど最悪なことに――現時点での三人の視点では、筋が通ってしまっている。


「ち、違う……待ってよ! 香狐さんに確認してもらえば、私が言ってることは本当だってわかるから――」

「貴様の話では、色川 香狐は桃井 夢来が殺された件については何も知らないのであろう」

「そ、そうだけど――で、でも!」

「……我に、魔物の討伐を咎める気はない。しかしこの館のルールで焦点が当てられるのは、殺しだ。……先ほど確認したが、この館の扉は開いていなかった。そしてこのカウントダウン。降りかかる惨禍を回避するには――貴様を差し出す他にないというのは、貴様とて百も承知だろう。今まで、そうしてきたのだから」

「……っ!」


 藍ちゃんは既に、私を完全に【犯人】だと決めつけている。

 夢来ちゃんを殺そうとして、そしていざ夢来ちゃんが殺されてみれば、私に何もかも押し付けて――。

 挙句の果てに。憐れむように。辛そうに私に向ける目は何だ――。

 我慢ならなかった。そんなの、あまりにも――。


「もういい! そっちは、三人で勝手に、議論でもなんでもしててよ! 私が……この事件は全部、私が解くから!」


 衝動的にそう発して、私は屋内庭園を飛び出した。

 三人の様子から察するに、屋内庭園の内部には証拠になりそうなものは何もなかったんだろう。なら、それでいい。もうこの場所に、用なんて……。用なんて、ない。

 一瞬夢来ちゃんの死体が、鮮明な映像として脳裏をよぎるも、努めて無視した。


 ……私、一人になっちゃた。

 こんなとき、夢来ちゃんが生きていてくれたなら。香狐さんが無事でいてくれたなら、私は一人になんてなることはなかったのに。

 そうだ。私はこの館に来てからずっと、誰かに傍にいてもらっていた。

 他の人は今まで、こうやって一人でいたというのに。

 でも、だからって……。


 どうして、私の大切な人が奪われなきゃいけないのか。

 どうして、夢来ちゃんが……。殺されなくちゃいけなかったのか。

 私には、それがわからなかった。

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