I can't prove that I'm not a murderer.
《私は私が殺人鬼でないと証明できない。》
「貴様か、あるいは雪村 佳凛しかいないだろう。無傷の死体などという状況を作り出せる者は。しかし雪村 佳凛がそれを行うとなれば、一度切断した肉体を再び融合させる形となる。祈る姿勢に固定するなどという芸当はできないだろう。ならば考えられる可能性は、貴様がこの悪魔にこの姿勢を取らせて、殺害。死を確認した後に[外傷治癒]を用いて傷口を消し、やがて死後硬直で死体はこの姿勢で固定された……そんなところか?」
「……え?」
私は、藍ちゃんが語った推理に呆然とした。
何を言っているのかわからない。それじゃあ、死体が干からびていた謎は解けない。しかもあの乾燥状態は、私の魔法で治すことができるものだった。私の魔法は、自傷には発動しない。つまり夢来ちゃんの死は間違いなく、誰かにもたらされたものだ。私に、死体を即座に乾燥させるような術はない。そもそも[活力吸収]の説明でによればミイラ化するのは対象が死亡した後だ。自殺では、ミイラ化まで絶対に行かない。死後に魔法を発動し続けるなど不可能なのだから。
明らかな他殺。だけど、それを可能にする術を持つ魔法少女がいるとしたら、死という形で既にこの館から去った、空澄ちゃんだけだ。空澄ちゃんだけが、他人の魔法を利用した殺人ができた。
――と、そこまで思考を進めたところで、私は自分自身の過ちに気が付いた。
私は死体を発見してすぐに、魔法を行使した。他の誰も、死体を目撃していないタイミングで。だから私以外は……噴水の上で祈るミイラなんて、見ていない。
この三人はただ、噴水の上で祈る悪魔の死体を目にしただけ。だから、私にしてみれば頓珍漢としか言いようがない結論に至った。
「あの、ちがっ……」
https://kakuyomu.jp/users/aisu1415/news/16816700429218975677
私は、私が気絶する前に目撃したこの場の状況について話した。
水に浸かりながら干からびた死体という、わけのわからないものを目撃したこと。
そもそも私がここに来たのは、昨夜夢来ちゃんに呼び出されたからだということ。
……昨日の夢来ちゃんの話は、きっと何も役に立たないから伏せたけれど。
とにかく、事情を説明するために私は口を動かした。しかし、反応は芳しくなかった。
「……なんとでも言えるだろう。君が嘘をついている可能性と、それが真実である可能性は、僕らにとってはイーブンだ」
「で、でも――」
私は必死に反論を探した。私が【犯人】であった場合、この状況に生じる違和感は?
私が夢来ちゃんを殺すなんてあり得ない? それはそうだ。それは、私の中での絶対事項だ。でも、他のみんなにとってはそうじゃない。この人が殺人をするなんて信じられないという思いを、私たちは何度も味わった。その経験がある以上、感情論でねじ伏せることはできない。
あくまでも、客観的な事実に基づく違和感は――。
「わ、私が【犯人】なら……どうやって、どうして死体を噴水の上に運んだの?」
「んー?」
「あんなポーズのまま、人の体を運ぶことなんてできないよ」
「ふん。あれは悪魔だ」
「……人の体は、そんなに軽くない。私じゃたぶん、持ち上げられない。仮に持ち上げられたとしても、死体のポーズを保ったまま持ち上げるなんて絶対にできない。そもそも……私が仮に殺したとしても、どうして噴水の上に持ち上げる必要があるの? 持ち上げたとして、ポーズをこんな形に整える意味は? 藍ちゃんの推理なら、私は夢来ちゃんを刺して、魔法をかけるだけで済むんだよね?」
「ならば、この悪魔が自ら――」
「噴水に登ったところを刺された、なんて言うつもりじゃないよね? そんなことをする状況なんてわけがわからないし、第一、そんなところで刺されたら、バランスを崩してそこから落ちるだけだだよ」
西洋風の、皿状の段が何層も備えられた噴水。その最上部は、かなり狭い。人が一人ギリギリ乗れる程度。そこに何か刺激を加えたら、絶対に落下する。今だって、ふとした拍子に死体が落下しないか、気を揉んでいるところだというのに。
……自分自身で話していて、だんだん疑問に思えてきた。
どうして、夢来ちゃんの死体は……こんなところにあるの?
ベンチに座った、あるいは倒れた状態。床に投げ出された状態。それなら、納得はしたくないけれど、理解はできる。でも、噴水の上というのは……おかしい。
何か物理的なトラップが仕掛けられている? でも、そんなものの形跡はどこにも見当たらない。痕跡を含め完全に撤去されてしまったなら説明はつくけれど――仮に仕掛けられていたとしても、どうやってこの場所に誘導する? どう頑張っても噴水によじ登る理屈なんて付けられそうにない。そもそも、水に浸かった死体を干からびさせるなんて不可能だ。だから、魔法を使ったとしか思えない。物理トラップを仕掛けて殺害したのだとしたら、死体を干からびさせる意味なんてない。殺害を終えた時点で目的は達成されているはずなのだから。
……あるいは、これに合理的な理由なんてない? 今までそういった事件はなかったけれど、今回ばかりは、ただの宗教的・儀式的要素という可能性も推したくなるほどに理解ができない。だって本当に、そんなところで殺害する理由なんてない。
祈る悪魔という、芸術品と見紛うようなおぞましいオブジェ。これは、それを作り出すための殺人だったんじゃないかと、馬鹿な想像がどうしても消えない。
「……そもそも藍ちゃんにだって、死体の傷は消せるよね?」
思考が行き詰まり、私は違う点に話を移す。
問いかけて、すぐに気が付いた。そんな問いは無意味だ。
傷の再生という点で言えば藍ちゃんにも可能かもしれないけれど、死体を干からびさせるなんてことはどうやってもできない。私だけが知っている死体の状態という前提を忘れて、藍ちゃんに食ってかかった。
それだけ気が立っていた。そしてそれは、この場における最悪手だった。
「ふん、先ほどの貴様の話はどうした? 貴様が語るところによれば、死体は干からびていたのであろう。我にそのような能力が備わっていないことは明白。――襤褸を出したな。貴様の今の発言は、己の虚偽を認めたようなものだ」
「あ、ちがっ……。い、今のは――誰かが夢来ちゃんを傷つけて……殺した後に傷を消して、違う人が干からびさせたんじゃないかって、思って――」
「第三者がそのような真似をしたと? 何のために? どこの誰にそのようなことができる? 第一我の魔法は、魂すらも対象として回帰させるものだ。魔力すら回帰させるのがその証拠。魂は魔力の器だ。魂の時が回帰すれば魔力は元に戻る。――つまり我の魔法は、仮に死していようと、十秒の間であれば蘇生をも可能にする。そして十秒を越せば、つけた傷は戻らない。我に、傷の隠蔽など不可能だ」
「…………」
これは、ダメだ。下手を打った。
私が持ち出した、私が【犯人】であるという可能性を否定する反論。それを完全に台無しにする一手だった。
全員の中で、私への心証は既に最重要容疑者に対するものに変わっていた。
思わず、視線を下に落とす。大量のカウントダウンと目が合った。気づかなかったけれど、屋内庭園は道の部分もカウントダウンに浸食されているらしい。
そのカウントダウンが指し示す時間は、『2:11:50』。
この状況で、捜査に協力してくれるような人なんていないだろう。きっともう、みんなの中で、【犯人】は私に決まりつつある。
残り、二時間。たったそれだけで、私は一人で謎を解かなくちゃいけない?
――事件の未解決はそのまま、私たちの絶望と、人類の破滅を意味するのに?
そんなの、私には……あまりにも、荷が重い。耐えきれない。また、狂気に縋ってしまいそうになる。
おかしくなれば、楽になれるから。
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