Can "curiosity" be a salvation force?

《『好奇心』は救済の力たり得るか?》




 ――魔王。

 幾度となく私たちを苦しめた、諸悪の根源。

 ルナティックランドは、それと同類?

 ……魔王は全部で十二体いると言われている。あり得ない話じゃない。

 さらに言えば、ルナティックランドはワンダーと――魔王と直接連絡を取り合うことができるような立場。であるならば、その正体が魔王であったとしても何も不思議はない。魔王同士、頂点存在同士で交流していたというだけなのだから。


 だが、それ以上に聞き逃せない言葉があった。

 いつの日か、新たな殺し合いを、至上なる狂気の坩堝をと望む者。ゲームマスター志望。ルナティックランドは、自らをそう紹介した。

 たとえ、この殺し合いが終わったとしても。

 ――また、新しい殺し合いが始まるだけ? この戦いは、永遠に終わらない?

 それは、吐き気を催すほどに最悪な事実だった。


 でも――だけど。そのおかげで、ルナティックランドの言葉には一定の信用が生まれた。

 思えばワンダーは、私たちに誤った情報を寄越したことは、私の知る限りでは一度もなかった。どれだけふざけていたとしても、推理に必要な情報は提供されたし、悪辣な誤誘導を仕掛けてくることもなかった。強いて言うならば、香狐さんの固有魔法に関してだけ嘘をついていたようだけれど、あれは少し落ち着いて考えればすぐに嘘とわかるものだった。その薄っぺらい嘘以外、ワンダーはゲームマスターという役職を全うしていた。

 それと同じ立場を望むというのなら、本当に最低なことだけれど――ルナティックランドの言葉だけは、真と仮定することができる。


「…………」


 もう、この部屋には何もない。

 私は端末を放り出して、二枚の紙だけを持って、この『管理室』を出た。

 玄関ホールに設えられたソファーに座って、私は二枚の紙を読み込む。



―――――――――――――――


魔物を操るアイテムの作成――発注通りに研究を進めましたが、とりあえずこれだけ言わせてもらいたい。

魔王まで操る魔法なんて、仮に研究が成功したとして譲渡するわけないじゃないですか! ワタシだって死にたくはありませんよ!

というわけで、注文の品で操れるのはいつも通り、魔法少女が言うところの空想級までです。しかも能力は限定的で、魔王に心酔している魔物にしか命令は発動しません。普段のように、どんな魔物でも条件さえ揃えれば支配できるわけではないのでね。そこら辺はご了承願いますよ。

しかしアナタも突飛なことを考えますねぇ。魔王にのみ許された魔物への命令権を、アイテム化してしまおうだなんて。なにぶん前例がないことなので研究は難航しましたが、そこはこの天才にかかればご覧の通り! 見事な仕上がりでしょう? ああちなみに、プロトタイプでは命令を遠隔で届かせることはできなかったのですが、それでは何かと不便でしょう? なので多少の改良を施して、半径百メートル程度の距離にいるのなら、命令が届くように改良しておきましたよ。


おっと。話が長くなるとアナタは怒りますからね。それで報酬を撤回されてはこちらとしても遺憾なので、締めに移らせていただきましょう。

注文の「魔物への命令アイテム」一つ。魔王を含め全ての魔物を操れるようにとのことでしたが、そもそものコンセプトに無理があったため、「魔物への命令術式を備えた宝石」を送ります。詳細は添付した資料を参照してください。


報酬の件、忘れてはいないでしょうね? 魔法少女を閉じ込めたデスゲームの開催、楽しみにしていますよ。もし魔物が必要なら、ワタシに言ってください。ある程度は貸し出せるでしょう。

同じ魔王として、協力は惜しみませんよ。


それでは。アナタの狂気がいっそう輝くことを祈って。

狂気の国の主 ルナティックランドより


―――――――――――――――



 ……ルナティックランドが望んだ報酬。魔法少女を閉じ込めたデスゲームの開催。

 なら、このゲームの仕掛け人は、あの魔王ルナティックランド? いや、あの魔王は共犯? 主犯はあくまでも、この殺し合いを仕掛けたワンダーの方?

 ……今は、考えないようにしよう。


 表示されたタイムリミットは、残り『0:23:59』。もう幾許の猶予もない。

 この手紙によると、ワンダーはルナティックランドにこの宝石――魔物を操ることができるアイテムを発注したらしい。その実物が、今私の手の中にあるものだろう。

 この手紙は、事件と関係あるの?

 正直、魔物を操る宝石と今回の事件が繋がっているとは思えない。これで夢来ちゃんを操ったにしても死因の不可解さは残り続けるし、第一、事件が発生した時これは私が持っていた。寝ずに持っていたのだから、香狐さんに取られたなんてこともない。この宝石を事件に利用することは不可能だ。


 ……手を止めちゃいけない。考えが行き詰ったなら、次だ。

 私は、ルナティックランドが仕様書と呼んでいたものを確認する。



―――――――――――――――


MCJ - Monster Control Jewel 「キュリオシティ」 仕様書


【操る条件】

・半径百メートル以内にいる魔物

・魔物の持つ力が、魔法少女たちが言うところの空想級以下

・対象の魔物がアナタに心酔していること


備考:心酔とは、愛情や敬意など、相手に惹かれている感情を指します。簡単なことでは覆らない思慕を媒介として、この宝石は命令を伝達します。仮にその思慕が偽物であるならば、命令は途中で消滅してしまうことでしょう。魔王には関係のないことでしょうがね。


【命令伝達の詳細】

(ほとんどは既に知っていることでしょうが、仕様書の体裁を取る以上は記載しておきます)

魔王本来の命令は膨大な力の根源そのものを媒介にして、この宝石は思慕を媒介にして命令を伝達します。

命令が届けば、それは対象の魂に刻まれ、二度と消えることはありません。魂に刻まれた命令は絶対に違えられず、忠実に遂行されます。ただし魂は物質的な側面を持つ存在ですので、何らかの魔法干渉を受ける可能性があります。命令を掻き消される場合がありますので、ご注意ください。

魔王同士で命令が効かないのは、その圧倒的な力故に命令伝達のパス接続が拒絶され、途中で命令が失われるからです。

この宝石で命令を届かせるためには、予めアナタに心酔する魔物を選んでパスを繋いでおいてください。以降は誰が握ろうと、登録した相手に限ってこの宝石は力を発揮するはずです。

命令の効力に関しては、魔王の持つ命令能力と遜色ないものと考えていただいて構いません。ただし魔王の命令と矛盾したものが下された場合、キュリオシティで下した命令よりも魔王の命令が優先されます。キュリオシティで下した命令同士が矛盾した場合は、後に下した命令が優先されます。


―――――――――――――――



 とりあえず、この魔物操作の宝石の名前は、キュリオシティというらしい。

 確かキュリオシティcuriosityとは、好奇心という意味だったはずだ。このアイテムの特性と、何も合致しない。……もしや、ワンダーの性格を揶揄して付けられた名前なのだろうか。あの、最低最悪の興味と好奇心で動く、忌まわしいぬいぐるみ。ワンダーに対してキュリオシティの名を与えるなら、なんとなく納得できる。


 とりあえず、この手紙と仕様書で、キュリオシティのことに関しては一通り知ることができた。だけど……これを知って何になるというのだろう。

 夢来ちゃんの枯死、そこに魔王の力の介在する余地はない。あれは間違いなく、夢来ちゃんの魔法、そうでなければ空澄ちゃんの魔法にしか生み出せない状況だった。


 ……空澄ちゃん。彼女が生きていたのだとしたら、今回の状況で殺人をすることも可能だろう。動機だって簡単に思いつく。魔王を殺しても私たちが解放されなかったから、魔王から役割を継いだ悪魔を殺した。

 死してなお、最重要容疑者として扱われる空澄ちゃん。それくらい彼女は、不可解で出鱈目な人物だった。

 だから私は、キュリオシティを持って呟く。


「……空澄ちゃんを、連れてきて」


 ルナティックランドが勧めた行為の意味をようやく理解する。

 要するに、彼女の生死をしっかり確かめろということなのだろう。魔物に絶対的な命令を植え付けるこのキュリオシティがあれば、私でもそれが可能になる。

 ――果たして。館スライムからの返答は、床から現れた焼死体だった。


「……っ!?」


 その凄惨さに絶句して、直視できずに後ずさる。

 水に沈んでいたものが浮上するようにして現れた死体。彼女の死によって出現した制服も大部分が燃え、黒セーラーの襟と思しき部分が唯一認識できる形で残るばかりだった。焼けた襤褸布に包まれた死体の肌は、見るも無残な激しい火傷跡に覆われている。

 それは、一昨日見た空澄ちゃんの死体の様子と、完全に一致していた。

 髪も煤が付いているけれど、残っている。ただしそれは水色一色で、ピンクとのストライプ模様ではなくなっていた。これは……変身が解除されたからだろうか。変身時に髪色が変わる魔法少女というのも一定数いるし、そこまでおかしなことではない。

 ……佳凛ちゃんの魔法で、別の死体と入れ替えられている可能性は? 第三の事件で用いられたのと似た手法を用いればできるかもしれない。どうにかして過去の事件の死体を手に入れられることが大前提だけれど。

 ――少し、検討してみよう。

 似たような傷を受けて絶命した米子ちゃんは、私が死体から傷を消し去った。そもそも空澄ちゃんと米子ちゃんは、体型が大きく違う。ふくよかな体型の米子ちゃんと、細身の空澄ちゃんでは入れ替えられない。初さんと狼花さんは空澄ちゃんより身長も高いし、胸も大きい。そもそも初さんの死体は……残っていない。偽装できない。忍くんは一番体型が近いかもしれないけれど、まず性別が違う。……一応確認したけれども、やっぱりこの焼死体は女の子のものだ。摩由美ちゃんと佳奈ちゃんでは、空澄ちゃんより数段身長が低い。そもそも摩由美ちゃんの死体は……あの状態のはずだし、小学生と高校生では身長に差がありすぎる。摩由美ちゃんと佳奈ちゃんの両方とも、空澄ちゃんの死体に偽装できない。

 ……全員、ダメだ。入れ替えることなんてできない。


 それじゃあやっぱり、この死体は、空澄ちゃんのもので間違いない。

 空澄ちゃんは、間違いなく死んでいる。第五の事件に干渉なんてできっこない存在だ。


「……もう、いいよ」


 言うとすぐに、焼死体は床に沈んでいった。

 ……行き詰まった。これでもう、【犯人】の候補として挙げられる名前はない。

 苦悩に、眉を寄せる。


 ふと、玄関の扉を見て思った。

 ――このキュリオシティがあれば、もしかして、脱出することができる?

 こくりと喉が動いて、無意識に唾を呑む。


「わ、私たちを……ここから出して」


 玄関扉を見据えながら命令する。

 しかし、玄関は何の反応も示さなかった。どうして、と狂乱しかけて気づく。

 キュリオシティの仕様書の最後に、しっかり記載されていた。魔王の命令と矛盾する命令が下された場合、キュリオシティで下した命令よりも魔王の命令が優先されると。だから、つまり……魔王の命令によって閉じられているこの館から、このキュリオシティを使って脱出することはできないということ。


 薄々わかってはいた。そんなうまく行くはずがないと。

 だけど。予期していたとしても、落胆と絶望が抑えきれないのは、どうしてなのだろうか。

 ……それはまだ、希望を失っていない証、なのだろうか。

 私にはもう、何が希望かわからなかった。

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