Chapter5:夢見た未来は遥か彼方 【解決編】

【解決編】Only you didn't see or hear it.

《あなただけがそれを見ても聞いてもいない。》




 全てわかった。私のその宣言に、皆が硬直する。

 その動揺の隙を狙うように、私は自分の意図を通すためだけの言葉を紡ぐ。


「解答役は、私は引き受ける。それでいい?」

「いや、しかし――」

「もう、議論してる時間はないよ。接理ちゃんの[確率操作]で、私が【犯人】っていう結論はあり得なくなったはず。少なくとも、藍ちゃんが言った方法では。なら――私でもいいでしょ?」

「ぐ……」


 言い返せないはずだ。確率論を超越する接理ちゃんの魔法は、当てずっぽうに言った考察がそのまま真実と合致する、飛び切りの出鱈目。仕組まれた偶然によって、思考の方を答えに迎合させるイカサマだ。

 だから、私が夢来ちゃんを殺害した後に[外傷治癒]で治し、みんなに嘘をついたなんてしょうもない可能性は、それが真であるなら容易く暴かれていた。そうでないなら、私は接理ちゃんには思いつく可能性の芽もないような方法で夢来ちゃんを殺害したか、【犯人】じゃないかの二択だ。そしてその二択は、現状のところ後者が真実である可能性が高い。誰にも思いつかない手段での殺害方法なんて、私は持っていないのだから。私の魔法は癒しの魔法。どうやったって、人を害するのには使えない。


 藍ちゃんからの許可は出ない。でもそんなものは必要ない。香狐さんは私に任せてくれる姿勢だし、佳凛ちゃんは賛成もしないけど反対もしない。接理ちゃんは、私のことを忌々しげに睨んでいるけれど、反対意見は出さない。無言を同意と捉えていいなら、三人が私を解答役にしていいと考えていることになる。

 結局藍ちゃんも、みんなが反対しようとしないのを見て、あからさまな苛立ちを見せつつも矛を収めた。


「それじゃあ……話すね。私が考えたことを」


 私は、既に正体を知っている【犯人】のことを観察しながら、辿り着いた【真相】の暴露を始めた。


「まずそもそも、さっき接理ちゃんが魔法を使ったけど……私は最初から、あれは失敗するはずだって思ってた」

「何? ど――」


 藍ちゃんが反論しかけて、口を噤む。

 たぶん、この館のルールを気にしているんだと思う。【真相】解答中の私語は禁止だとか、そんなことをワンダーは言っていた。だけど、大丈夫のはずだ。


「たぶん、反論して大丈夫だよ。【犯人】もそれを望んでるはずだし、その方が、こっちも【犯人】を追い詰めやすいから」

「し、しかし……」

「実際今、私は【真相】以外の無駄なことを話してるけど、何ともないでしょ? だから、大丈夫だよ。議論形式にしても、魔王は何も言ってこない」

「……なら、言わせてもらうぞ。神園 接理の魔法が失敗することを予見していたとは、どういうことだ」


 藍ちゃんは、恐る恐るといった体で言葉を放つ。予想通り、魔王からの処罰は何もない。


「簡単なことだよ。接理ちゃんは、この事件を解くための重要な証言も聞いていなければ、重要な光景も見逃したんだから」

「……僕が? どういうことかな。君はさっき、一人で捜査していたようだけれど。そこで何かを見つけて、それを僕に隠したと?」


 藍ちゃんが反論しても平気だったのを見てか、接理ちゃんも話に入ってくる。その様子は明らかに、お前が推理を語るのを見るのは不愉快だと主張していた。どうしても、第二の事件のことを思い出すからだと思う。だけど、この役は私にしかできないのだから……我慢してもらう他ない。


「違うよ。それを知ったのはさっきじゃないし、そもそもその場にいなかったのは、接理ちゃんだけだから。接理ちゃん以外は、ここにいる全員が知ってるの」

「――は?」


 接理ちゃんが、私の発言を訝しむ。だけど本当のことだ。その場から勝手にいなくなったのは接理ちゃんだけだし、それ以外の全員――私、藍ちゃん、香狐さん、佳凛ちゃん、全員が見て聞いているはずだ。

 だけど、それを急に明かしても話が飛躍しすぎだ。一手ずつ進めていかなければならない。


「私がそれに気が付いたのは、夢来ちゃんの死因を考えたとき。……みんなにとっては、最初からこの状態だったんだろうけど。私からすれば本当に、最初に見つけたとき、夢来ちゃんの……死体は、ミイラみたいな状態でここにあったの。[活力吸収]で、生命力を全部吸い取られたみたいに」


 たぶん私のその言葉は、信じられていなかったのだろうと思う。だけど今では、接理ちゃんの魔法によって、私の話は多少信憑性を増した。


「その後で私は、[外傷治癒]でそれを治した。……もしかしたら、まだ助かるかもと思って。でも、ダメだった。手遅れだった。夢来ちゃんは……死んじゃってた」


 噴水の上の死体に目を遣る。……今は、感傷に浸っている場合じゃない。

 そうとわかっていても、やっぱり、感情は押さえられない。


「だけど、私の[外傷治癒]が発動したってことは、間違いなく誰かから攻撃を受けたってことになる。私の魔法は、自傷は治せないから……」


 それは、自分の身をもって知っている。


「だから、夢来ちゃんは誰かに殺されたんだって考えた。そもそも死後に魔法が使えるわけないんだから、殺した後に干からびさせる[活力吸収]で自殺――奪い取った生命力はそのまま廃棄することもできるってあるから、自殺に使うことも可能だと思うけど――自殺で自分のミイラを作る事はできない」


 私は、そう考えた。


「でも、[活力吸収]を使って他殺できそうな空澄ちゃんはもう、死んじゃってる。他に可能性があるとしたら、誰かが固有魔法を偽ってるとしか思えない。だけどみんなの魔法は、どれも説明通りだった。藍ちゃんの魔法が時間を戻すのだって見たし、佳凛ちゃんの魔法の分離も、融合もこの目で見た。接理ちゃんの魔法だけは、できることの幅が広すぎるけど……それにしたって、噴水の上で死体が干からびるなんてことあるはずない」


 この三人に、噴水の上で干からびた死体を生み出すなんてことは不可能だ。第一、固有魔法を偽るなんてそんなの、最初から魔王と結託でもしていなければ不可能なことだ。


「残ったのは香狐さんだけ。でも、香狐さんだけはちょっと事情が特殊だから……」

「特殊?」


 接理ちゃんが首を傾げる。

 香狐さんが語った、彼女の魔法に関すること、そして彼女の来歴。どちらも、まだみんなには明かしていない。


「それは、後で話すから。とりあえず、香狐さんが魔法を偽ってるって可能性もないと思って。――それで私は、もうどうしようもないと思った。死体を誰かと入れ替えた……第三の事件みたいなケースかとも、ほんの少し思ったけど」


 行き詰まって、夢来ちゃんが誰かを殺して入れ替わったのかもなんて、最低なことを考えてしまったけれど。


「羽も尻尾も体つきも、夢来ちゃんは誤魔化しようがない。だから入れ替わるなんてあり得ない。他には、誰か――佳凛ちゃんみたいに魔法を二つ持っている人がいるんじゃないかとか、そんなことを考えたけど……」


 けど。そんな可能性を追ったらキリがない。それを言ったらもう何でもありだ。

 それにそもそも――。


「そう考えた時点で、私は自分で掘った穴に埋まってる状態だった」

「……どういうことだ?」

「つまり、私の[外傷治癒]が発動したから、夢来ちゃんは誰かに殺されたんだって私は思い込んでたけど。その時点で、本当に自殺の線はないのかっていう疑いを、完全に意識の外に置いちゃってたの」

「では、それはつまり――」

「……うん」


 私は、認めたくないながらも頷く。

 それは、可能だった。


「夢来ちゃんは……夢来ちゃんの死因は、自殺」


 それが、私が導き出した結論。

 ――だけど、それだけでは終わらない結論。

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