【解決編】There is the ????? among us.
《私たちの中に■■がいる。》
「……そもそも、自殺が不可能というのは、君が言ったことじゃなかったのかな」
「そうだよ、不可能だったはず。――前提条件が私たちと同じなら」
[外傷治癒]で治せたこと、死後に魔法は使えないこと。どちらも、自殺の線を消すには十分すぎる根拠だ。
――それを覆す、最低の証拠がなければの話だけれど。
「……ああ」
香狐さんが納得したように頷く。
「そうね。彼女は、死後に魔法が使えていたとしてもおかしくないわ」
「……どういうことだ?」
「だって、彼女は魔物でしょう。魔法少女と同列に考えることが間違ってるのよ」
その言い方は、納得しかねるけれど。でも、魔物であるが故に――そもそも前提条件が違うが故に、私たちは思い違いをしていた。
ずっと前に、その違いを説明されていたはずなのに。
「ここで、さっきの話に戻るけど。接理ちゃんだけが知らなかったことっていうのは、それのことだよ。接理ちゃんだけは、その前提条件を共有していなかった」
「……どうして、僕だけが?」
「だってその時、接理ちゃんは――狼花さんを刺しに行っている最中だったはずだから」
「…………はぁ?」
接理ちゃんが、本気で困惑した様子を見せる。既に遠い過去となった、全く関係なさそうなことを突然話されたからだろう。
しかし、私の言葉を受けてようやく、他の人が思い出した。
「あー、スライムのー」
「……まさか」
佳凛ちゃんはきっと、正しく思い出している。藍ちゃんはたぶん、その情報が直接的に【犯人】の正体を決定づけるものだったが故に、ショックを受けている。
――これが、私が失念していた最低最悪の前提条件だ。
「確かあの時は、接理ちゃんが[確率操作]で推理をした後……だったよね。あれで接理ちゃんがいなくなった後、ワンダーは命令でスライムを呼び寄せたの」
「……それがどうかしたのかな」
「あの時、檻に閉じ込めたワンダーを警備するために、忍くんが罠を設置してたよね。でもワンダーに命令を受けたスライムは、その罠に不用意に近づいて、核を砕かれた」
そして――ここからが大事なところだ。
「それで死んだはずのスライムは、どうしてか死後に動き出して、ワンダーの命令を遂行したの。そのとき、ワンダーが言ってたんだけど、確か……魔王の力で命令すれば、命を落とした後でも、魔物は命令を完遂する……だっけ。そんなことを」
「……っ!?」
魔物だけが持つ、常識外の理。それを聞いて、接理ちゃんが目を見開く。
「な、なら、つまり……」
「そう。可能なの。……夢来ちゃんに、干からびるまで[活力吸収]で生命力を廃棄し続けて自殺しろって、魔王が命令したなら。そうだとしたら、【犯人】は――」
これしか考えられない。
「魔王、っていうことになる」
私の言葉を受けて、皆一様に黙り込む。
「……しかし、[外傷治癒]のことはどう説明する。仮に自殺を強要されたのだとしたら、悪意など湧くはずがなかろう」
「うん。私も、一度はそう考えたんだけど……」
最初の事件において、初さんによって悪意ある魔法をかけられた米子ちゃんは、自ら発動した魔法による傷でも[外傷治癒]で治療可能な状態になっていた。だから、今回もそれと同じことかとも思ったけど……。
果たして[魔法増幅]と魔王の命令を同列に扱ってもいいものか、判断に困った。自殺を命じている時点で、悪意がある命令なのは疑いようがない。状況は極めて似ているけれど……魔王の命令は、魔法ではない。だから、直接の加害とはカウントされない可能性もあった。
魔王の命令を直接見る機会なんてなかったし、初さんのいない今、キュリオシティを使っての再現実験なんてこともできない。
しかしここを誤ってしまったら、推理の基盤が崩れてしまう。確証がなく、このまま推理を進めてもいいのか……。
迷った末に、私は答えを見出した。
「これ、見て」
私はキュリオシティの仕様書の、とある部分を指さす。
――仮にその思慕が偽物であるならば、命令は途中で消滅してしまうことでしょう。魔王には関係のないことでしょうがね。
「この、魔王には関係ないことっていうのが、どういう意味かわからなかった。魔王は基本的に魔物に慕われてるって意味かと思ってたけど……そうじゃなかった。これも思い出したの」
これも、ワンダー自身が言っていた。
「第三の事件の……議論が始まった辺りだっけ。ワンダーが、魔王は魔物の感情も操れるって言ってた。だから、魔王は強制的に、魔物を自分に心酔させることができる。それがこの文章の意味で……。だったら、私の魔法の条件に合うように感情を操る事だってできるよね」
ただ、【犯人】からしたら、私が魔法を使う保証なんてなかったはずだ。念のための準備だったならまだ納得できるけれど、もし……私の行動が全て予測できていたのだとしたら。
私が今、ここでこうして【真相】を暴いているのも、予定調和なのだろうか。そんなことを考えてしまう。
ただの杞憂であればいいけれど。今回の【犯人】はそれくらい用意周到で、絶対的な存在だった。
「ではつまり、貴様が言いたいのは……彼の狂犬が【犯人】、ということだな」
「…………」
藍ちゃんが、唸るように重苦しく言う。
出会ってすぐに魔王を名乗り、私たちにこんな殺し合いを強要し、その果てに処刑に追い込まれたはずの魔物。
幾度となく、ワンダーの出鱈目なところを見せつけられた。
幾度となく、絶望を植え付けられた。
幾度となく、この存在に歯向かうことなんて不可能かもしれないと思わされた。
でも――。
「……ううん」
私は、藍ちゃんの確認に、首を振った。
私だって、そんなこと認めたくない。
「なっ……何を言っている? 正気か、貴様」
正気かどうかなんて、もうわからない。それでも、これだけは言える。
「ワンダーが生き残ってるかもしれないなんて、そんなことを考えるのは無意味なの。だって……」
魔王は、魔物に対する絶対的な命令能力を持つ。どんな魔物もそれに抗うことができず、全ての魔物は魔王の意のままに操られる。それが、私たちが知っている魔王の能力だ。
そして……ワンダーが持っていない能力だ。
私はポケットからキュリオシティを取り出して、みんなに見せつける。
「ワンダーは、これがなければ魔物に命令できない。だって、ワンダーは――魔王じゃないんだから」
「ふざけているのかな、空鞠 彼方」
接理ちゃんが苛立った様子で突っかかってくる。
私だって、ふざけた発想だとしか思えなかった。今まで絶対的な存在として振る舞ってきたワンダーが、魔王じゃないだなんて。
「ふざけてなんてないよ。その仕様書は読んだよね? よく考えてみて。本当にワンダーが魔王なら、どうしてこのキュリオシティを、ルナティックランドに作らせたの? 魔王がもともと命令能力を持っているのは、あの手紙からして本当のはず。なのに、こんな劣化版の能力しか使えない宝石を欲しがる理由は、どこにあるの?」
「……くそっ。そうか、そういうことか……」
藍ちゃんが、腕を組んで吐き捨てる。
「理由なんて、一つしかないよね。命令能力を使えない魔物に、それを付与するため。それなら、この宝石を持っていたワンダーは……魔王じゃない。そういうことになる」
最低最悪の真実だ。
魔王は魔物への絶対的な命令権を持つ。であるならば、絶対的な命令権を持つ存在は魔王。――そう、思い込んでいた。
魔法少女に伝えられている魔王に関する情報は極端に少なくて、知っていることはそれだけ。だから、勘違いさせられていた。これ見よがしに行使される命令能力によって、私たちはすっかり騙されていた。
魔王は魔物への命令権を持つけれど、命令権を持つ存在が魔王であるとは限らないというのに。
「事件の前に、私は夢来ちゃんからこの宝石を受け取った。その時点でワンダーから時間指定で自殺を命令されていたとか、あるいは夢来ちゃんが自分で自分に命令をしたって可能性もあるけど……。それと、私がこれを受け取った後で夢来ちゃんに自殺を命令したっていうのも、可能性だけの話なら。だけどそんな可能性を探すより前に、この館に、命令能力を持っている存在がもう一人いる」
ルナティックランドの手紙には、『同じ魔王として』という言葉があった。そしてこの手紙は、この館の……ルナティックランド曰く、『管理室』に遺棄されていた。だったら……。
「ルナティックランドから手紙を受け取った魔王が、この館にいるはず。でも、館の中を全部調べても、誰かが隠れてるなんてことはなかった。だったら……」
有名な言葉。ミステリー小説だったら当たり前すぎるほどの帰結。
だけど現実では、最低の事実。
あの有名な言葉の重みを噛みしめながらも、私はそれを口にする。
「……
―――――――――――――――
今回回収した伏線
・魔物は死後も命令を完遂しようとする
『My magic is the divine force, but...』
https://kakuyomu.jp/works/16816452218692358344/episodes/16816452219392003769
・魔王は魔物の感情も操ることができる
『【解決編】Switching the detective role』
https://kakuyomu.jp/works/16816452218692358344/episodes/16816452219756328572
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