【解決編】Didn't you doubt my magic?

《あなたは私の魔法を疑わなかったのか?》




【犯人】は、この中にいる。

 魔王が――私たちをここに閉じ込め、殺し合いを強要した張本人が、この中に。


 私の言葉に重苦しい雰囲気が漂うけれど、誰も否定の声を上げない。納得できるだけの理屈は積み上げたつもりだけれど、でも、私の方が困惑させられる。この中にいる魔王からしたら、この理屈の成立は阻止したいはずだ。だから、魔法少女に扮している魔王は、どうにかして私の説を叩き潰したいはず。上手く紛れ込んでいるのだから、自分の正体を隠匿するためにも、堂々と何か反論すればいいのに……何も言ってこない。

 それがまるで、私の推理が間違っているように感じられて、自信が揺らぐ。

 いや、でも……これしかないはずだ。


「……そういえば。彼の狂犬は、巷では単なる都市伝説として扱われていた。それも、貴様の説を裏付ける根拠だと?」

「え? ワンダーが、都市伝説……?」

「……知らなかったのか。都市伝説、『102匹わんちゃん』。我が知っている中で、ただ一つ、彼の狂犬に合致する説話だ。高位の魔物が低級の噂として伝えられることも多々あるのは、貴様とて知っているだろう。故に我は、魔王の存在が都市伝説として流布されているものとばかり思っていたが――」


 ……私は、その都市伝説を知らない。だけどきっと、ワンダーはどれだけ強力な能力を持っていたとしても、空想級止まりだ。キュリオシティなんてものをわざわざ与えられている以上、魔王というのはあり得ない。


「……ああ、そうだ。ワンダーが魔王じゃない根拠なら、もう一つあるんだけど……誰か、ここに閉じ込められた最初の日に見たネズミのこと、覚えてる?」

「ああ。確か……あのクソ魔王――君によると魔王じゃないらしいけれど。アレの、監視用の魔物だろう?」

「うん。でも、おかしいよね? 後で、ワンダーは大量にいるってわかったし、その大量のワンダーは監視に使われてるっていうのもわかった。どうして、他に監視役の魔物を用意する必要があったの?」

「……この中に隠れている、魔王のためだと?」

「うん。私はそう思ってる」


 私たちの中に潜んでいては、情報収集もままならない。しかしワンダーと直接情報交換なんてしたら、自分の正体が露見するリスクは格段に高まる。だから、小型の魔物を放って、その魔物から情報を得られるようにした。

 ワンダーがネズミの存在に疑問を覚えなかったのも、たぶん、魔王によって認識を歪められていたとかそんなところだろう。


「それで? 魔王がこの中にいるというのはわかったわ。けれど、どうやって見つけるつもりなの? まさか、一人一人ナイフで刺して、死ななければ魔王――なんて、適当な方法で見つけるつもりじゃないでしょう?」

「……はい」


 そんなやり方じゃ意味がない。

 でも、そのためのヒントは、ルナティックランドから与えられた。


「さっき、話しそびれちゃったんだけど……。私、一階の玄関ホールの謎の部屋――『管理室』で、ルナティックランドと話したの」

「なっ……!? 奴が、ここにいたのか!? しかし貴様は、この館には誰も隠れていなかったと――」

「あ、ううん。そうじゃなくて。話したのは、通信越しだから」

「……貴様は、奴の正体を理解しているのか? あれは――」

「魔王、だよね。本人から聞いたよ。でもあの魔王は、この事件の【犯人】とは違う。第四の事件でワンダーが処刑された後、この館との連絡が取れなくなって、それ以降の情報を何も知らなかったみたいだから」

「それが、嘘という可能性は」

「……一旦、考えないでおいて」


 話を進めれば、ルナティックランドがこの館の魔王でないことは明らかになる。

 この館の魔王は、消去法ではなく、絶対的にたった一人に限定される。私が今まで見聞きしてきた全てを総合すると、が魔王だと確定する。


「ルナティックランドは、私にいくつかヒントをくれたの。空澄ちゃんをキュリオシティ――魔物に命令できる宝石で連れてこさせろとか」

「それは、どうなったのかな」

「……やっぱり、空澄ちゃんは死んじゃってたよ。第三の事件の時みたいに、どうにかして誤魔化してるって可能性もない。今も、呼び出せるはずだけど――試してみる?」

「……ああ」


 藍ちゃんが頷く。それで私は、キュリオシティで空澄ちゃんの死体を再び呼び出す。悲惨な状態の死体に、誰もが顔をしかめる。しかしよくよくその身を検めて、様々な入れ替わりの可能性を検討して、絶対に入れ替わっていないとの結論に至った。

 それを確認してから、私は空澄ちゃんの死体を引っ込めさせる。

 これで、【犯人】は魔王だと完全に確定したし、このキュリオシティの能力も実証された。


「これで、空澄ちゃんは実は生きていたって線も完全に潰れた。それと、ルナティックランドはもう一つ、ヒントを出してたの」


 ルナティックランド曰く、一番重要な情報。


「確か……私が捜し求めてる存在は、その人にしか偽れないことを偽ってる。それについて具体的に言うのは、答えを言うのと同じ。ただ、魔法関連の事柄について思い出せば、何かがあるかも、って」

「……貴様が捜し求めている存在というのは、魔王のことか?」

「魔王、というより、あの会話の流れなら【犯人】のことだと思うけど。でもルナティックランドは、事件の話を聞いただけで【犯人】がわかった様子だった。ルナティックランド自身魔王なんだから、死後も命令が有効なルールは知ってただろうし、たぶん、この館にいる本当の魔王のことも知ってたんだと思う。それで、【犯人】も殺し方もすぐにわかったような顔をして、私にヒントを出してきたの」


 ヒントを出してきた理由については、一旦伏せる。

 まして、私があの魔王の言葉を信用した理由なんて、話せるわけがない。今、余計な混乱を与えるのはよくない。


「魔法関連の事柄について思い出せば、何かおかしな点がある――。そう聞いたとき、私が真っ先に思い浮かべたのは、香狐さんの[精霊使役]のことだった」

「……僕の[確率操作]じゃないのかい?」

「え?」


 思わぬところから質問が飛んできて、私は少し驚いた。


「僕の魔法は、できることならばなんだってできる魔法だ。あのイカレた魔王からの話を聞く限り、【犯人】、つまり魔王は魔法関連の事柄について偽っている。それがおかしな点として成立するとしたら、固有魔法を除いて他にないだろう。この場所で、僕らは固有魔法しか行使することができないはずなのだから。それぞれの明かされた固有魔法で起こし得ないことを起こしている、あるいは起こし得ることを起こせていない。そのどちらかしかない。そして僕の魔法は、その隠れ蓑にするにはあまりにも都合がいい。そうは思わなかったのかい?」

「……一度だけ、考えたよ」


 例えば、藍ちゃんが[存在分離]を使っていたならあからさまに怪しい。佳凛ちゃんが[存在融合]を使うべき場面で使っていなかったのだとしたら、これも怪しい。魔王が固有魔法を偽っているのだとしたら、そういう特化型の魔法に偽るのは避けたいところだろう。

 そういう意味で、接理ちゃんの[確率操作]はうってつけだ。なにせ万能魔法。本来魔王が持つ力――それが何なのか私たちには確かめようがないけれど――でどんな現象を起こしたとしても、『確率的にあり得る』と言ってしまえばそれまでだ。私たちには追及のしようがない。


「でもその可能性は――その可能性だけは、夢来ちゃんが潰してくれたの」

「……桃井 夢来が?」

「うん。昨日の夜、会ったときに言われたの。接理ちゃんは魔王を恨んでる。でもそれは、魔王の思う壺だって。その後すぐに、夢来ちゃんは魔王の命令で黙らされちゃったけど……それだけは、夢来ちゃんが伝えてくれた。接理ちゃん自身が魔王なら、自分を恨んでることになっちゃうし、それが思う壺っていうのも意味がわからない。だから、夢来ちゃんの言葉を信じるなら、接理ちゃんは魔王じゃない」


 思い返せば、別れ際の夢来ちゃんの様子はどこかおかしかった。

 あれはきっと、既に死の宣告――自殺の命令を受けていたが故のものだったのだと思う。死体をミイラにするには一晩かかる。私と別れてすぐに魔法を使い始めなければ、朝にあの状態にはなっていなかっただろうから。

 夢来ちゃんは何かを悟っていたような様子だった。その時点で魔王の正体を知っていた可能性が高い。

 ……全部、夢来ちゃんの言動を都合のいいように解釈した結果だけれど。もしかしたら夢来ちゃんは魔王を知らなかったのかもしれないし、夢来ちゃんが語った内容が実は魔王に言わされたもので、黙らされたというのは演技だったのかもしれない。

 それでも私は、夢来ちゃんの言葉を信じたい。


「それにほら、接理ちゃんの魔法は、空澄ちゃんが一度コピーしてたはずでしょ? もし説明された効果に嘘が混じってたなら空澄ちゃんが気づいてるはずだし、そうしたら空澄ちゃんはそれを告発してるはずだよ。何かの理由でそれを伏せていたとしても、それならワンダーを倒すための味方には引き入れなかったはず」

「……まあ、そうだね」


 夢来ちゃんの言葉では信用できない、という顔をしていた接理ちゃんもこれなら納得できたようで、それ以上の追及はなかった。

 ひとまず接理ちゃんの言葉を退けられたことに安堵して、ふと、ちょっとした疑問が口を衝いて出た。


「……そういえば、接理ちゃん。さっきルナティックランドのことを、イカレた魔王って呼んでたけど……接理ちゃんも、あの魔王に会ったことあるの?」

「いや、ないよ。それは唯宵 藍も同様のはずだ」

「そういえば、藍ちゃんもルナティックランドのことを知ってるみたいに言ってたけど……」


 藍ちゃんは二つ名持ちの魔王少女なんだから魔王の名前を知っていてもおかしくないと思ったけれど、接理ちゃんは最前線に行かない普通の魔法少女だったはずだ。ルナティックランドのことを知っているのは、違和感があった。


「僕らはただ、棺無月 空澄の計画について説明されたときに、棺無月 空澄の過去としてその魔王の名前を聞かされただけだよ。棺無月 空澄――そして彼女の友人は、ルナティックランドに地獄を味わわされた。ちょうど、この殺し合いみたいな地獄をね」

「…………」


 ルナティックランドは、空澄ちゃんと関わりがあるようなことを言っていた。きっとロクな関わりじゃないだろうとは思っていたけれど、案の定のようだった。

 ……いや、今は関係のない話はするべきじゃない。


 あと少しだ。あと少しで、【犯人】の証明に入っていける。








―――――――――――――――


今回回収した伏線


・102匹わんちゃん

『After the third tragedy ②』

https://kakuyomu.jp/works/16816452218692358344/episodes/16816452219932832136


・ワンダー「空想級の魔物として世間を騒がせていた」

『After the third tragedy ④』

https://kakuyomu.jp/works/16816452218692358344/episodes/16816452220890581914


・監視用のネズミ

『Nice to meet you, magical girls.』

https://kakuyomu.jp/works/16816452218692358344/episodes/16816452218736556533


・空澄が接理の魔法をコピーした

『Black Theater』

https://kakuyomu.jp/works/16816452218692358344/episodes/16816452219181915305


・空澄は[確率操作]を実際に行使し、効果を確かめた

『【解決編】This murder is my justice.』

https://kakuyomu.jp/works/16816452218692358344/episodes/16816452219445864324

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