【解決編】You broke that taboo, but...

《あなたたちは禁忌を犯した。なのに……》




「話を元に戻すけど。魔法関連で何かおかしい点がないかって考えたら、私は香狐さんの[精霊使役]を真っ先に思い浮かべたの」

「彼方さん、それは――」


 話を戻してすぐに、今度は香狐さんが遮ろうとする。


「……ちゃんと、覚えてます」


 私はそれを、逆に制した。

 香狐さんが語ったこと、ちゃんと覚えている。


「でもそれは、私しか知らないことですから……ここでみんなにも、話してもらえませんか?」

「…………」


 香狐さんは、あからさまに渋った様子を見せる。今まで打ち明けたのは私だけのはず。魔王以外に、その中身を把握している人はいない。


「お願いします。……推理に、どうしても必要なことなので」

「……わかったわ」


 香狐さんは不承不承とばかりに頷いて、私に話してくれたことを簡潔に、みんなにも語った。

[精霊使役]なんて固有魔法は存在しないこと。そもそも香狐さんは魔法少女ではないこと。その正体は魔王と敵対するスウィーツの創造主で、代替わりをして役目を引き継ぎ、今の香狐さんがその役を背負っている。しかし魔王に攫われて、この狂った館に閉じ込められた――。


「……信じられん」

「でも、事実よ。彼方さんが私に[外傷治癒]を使ったとき、人間とは体の構造が違うっていうのも確かめてくれたはず。だから、私が持っているということになっていた[精霊使役]なんて魔法が、その実何の効果がなくてもおかしいことじゃない……って、納得してもらえたかしら?」

「となると、残るは――」


 接理ちゃんが、藍ちゃんと佳凛ちゃんを交互に見る。

 それを受けて、二人もまるで敵同士のような空気を醸し出す。


「ち、ちがう、よ? 佳凛、まおーじゃ、ないよ?」

「我が魔王であるならば、彼の狂犬を滅する助力などしなかっただろう。ならば残るは――」


 片や、常識で理解できないたった一人の姉妹。

 片や、強大な二つ名持ちの魔法少女。


 佳奈ちゃんと凛奈ちゃん、そして佳凛ちゃんは、最初から最後に至るまでほとんどみんなと関りがなかった。その目的は自分の正体――すなわち魔王であることを隠し、暗躍するためのものだったら? この子の魔法は、魔法少女一人が持つには些か強力すぎる。それが、魔王であるが故だったとしたら?

 藍ちゃんは、執拗に夢来ちゃんを殺したがっていた。そこで起こった今回の事件。この事件は藍ちゃんが起こしたもの? 例えば、藍ちゃんが二つ名持ちの有名な魔法少女であるというのが、嘘だったら? 【無限回帰の黒き盾】を調査して、その名を騙っているだけだとしたら? ワンダーや夢来ちゃんと何らかの理由で対立したが故に、殺し合いの中で処分した。第四、第五の事件は、そんな理由で起こされたものだったのだとしたら?


 ――なんて。

 今更くだらない妄想を並べ立てても、真実は変わらない。


「二人とも待って。消去法じゃ、魔王には辿り着けないよ。魔王は私たちが知らない能力を持っているかもしれない。……いや、ただの魔法少女と同レベルなんてありえないし、確実に持っているはず。だから、魔王の正体を突き止めるには、徹底的に魔王のミスを探すしかない」


 魔王が持つ能力は、私たちにはほとんど何もわかっていない。ただ、魔物への絶対命令権を持っていると知っているだけだ。例えば魔王が幻覚の魔法でも使えるのなら、もう何でもアリだ。証拠の全てを捻じ曲げられるのなら、正しい推理なんて組み立てようがない。

 だから、魔王の正体を突き止めるには、を探すしかない。魔王が意図しない部分で晒した、致命的な矛盾点を。

 そして、それは……。


「……二人とも、確認させて」

「なに?」

「何だ、一体」


 これから確かめること次第で、【犯人】が確定する。

 佳凛ちゃんと藍ちゃん、この二人が一番しっかり覚えているはずだ。


「まず、佳凛ちゃん。佳凛ちゃんは、間違いなく、摩由美ちゃんを……殺しちゃったんだよね?」

「……だって、襲ってきたから」

「うん。それは、わかってる。でも、殺しちゃったのは事実だよね?」

「……うん」

「その後、凛奈ちゃんが佳奈ちゃんを包丁で刺したのも」

「……? うん。だから、佳凛が生まれたの」

「そう、だよね」


 私が知っていることと、何も違っていない。

 ……もう一押し、証拠を追加しよう。


「ありがと、佳凛ちゃん。それじゃあ、藍ちゃん……」

「何だ? 貴様は、何を確かめようとしている?」

「えっと……二つだけ、ちゃんと答えて。これで、魔王がわかるから」


 藍ちゃんとは、第四の事件以降、激しく対立し合った。そのわだかまりが、藍ちゃんの中でどう燻っているのかはわからない。ここで嘘をつかれると厄介だ。


 夢来ちゃんが、昨日の夜に言っていた。藍ちゃんは、疑心暗鬼に陥っている。そして今日、激しく対立し合うことになるだろうって。

 普通の言葉のように思えるけれど、その言葉にさっきの妄想を当てはめると……。藍ちゃんは部下であるはずの魔物に裏切られて疑心暗鬼に陥り、夢来ちゃんを殺した。そしてその罪を私に擦り付けるため、激しい対立姿勢を取ってくる――。

 悪意的に解釈するなら、夢来ちゃんの言葉はそういう意味だったと受け取れないこともない。実際、藍ちゃんに関することについて話している最中に、夢来ちゃんは黙らされた。


 ――でも。


「第四の事件で、藍ちゃんは空澄ちゃんを刺した。……魔王を倒すための計画だったっていうのは、わかってるけど。それは、事実だよね?」

「……ああ。既に認めたはずだぞ」

「…………」


 。しっかり聞いていたはずなのに。

 行動を起こさない。それは絶対のルールであるはずなのに。

 その絶対のルールが、破られているとしたら。

 それが示すのは、たった一つ。――彼女が、魔王だ。


 緊張に言葉が詰まる。散々考えて考えて考えて、これしかないと結論付けて、それでもなお躊躇いを覚える。

 だけど――もう、彼女を覆っていた闇の衣は剥がれ落ちた。


 トドメを、刺そう。それが、私に与えられた役目なんだから。








「……それと、もう一つ。いつか、お風呂で会ったときに、聞いたよね。この館で、正体が露見した【犯人】は殺されるってわかっていながら、私は【犯人】を死に追いやった。それは、スウィーツに罰せられることだと思う? もう一度、答えて」

「それが、どうした。今は関係のない話だろう」

「いいから、答えて。あの時と同じように」

「……何度でも言うが、否だ。スウィーツは有情機関。あくまでも規則に従う存在であるが故、貴様が……」


 藍ちゃんの言葉が萎んでいって、その目は驚愕に見開かれる。

 決定的な矛盾を前にして、藍ちゃんは茫然とする。


「私が、なに?」


 言葉の先を促す。

 立っていられなくなるほどの緊張の中、覚悟だけで、この場に立ち続ける。

 藍ちゃんが、口をパクパクさせて、信じられないとばかりに固まっている。しばらくして、ようやく藍ちゃんは立ち直り、そして――。

 遂に、決定的な矛盾は、白日の下に晒された。


「直接的に、手を下したのならば、別だが――。そうでないのならば、処罰はされない。……そう、そうだ。我が知る限りではそのはずだ」

「……そう、言ってたよね」


 私に空澄ちゃんのような図抜けた記憶能力はないけれど、私にとっては大事な質問だったから、ちゃんと覚えている。

 何一つ、記憶違いはしていない。


「じゃあ――逆に言えば、直接的に手を下したなら処罰されるってことだよね。ならどうして、空澄ちゃんを刺した藍ちゃんと、摩由美ちゃんを殺した佳奈ちゃんと、佳奈ちゃんを刺した凛奈ちゃん……その二人が合わさった佳凛ちゃんは、まだ魔法少女でいるの? どの事件の解決も、スウィーツが見守ってたのに」


 私は、そのスウィーツ――香狐さんの肩に乗っている、クリームちゃんに視線を向ける。その主人、香狐さんは、何の感情もない透明な瞳でこちらを見ていた。


「魔法少女が人の道を外れた行為に走れば、魔法少女の資格は剥奪される。正当防衛は、まだいいかもしれないけど。お姉ちゃんと融合するために包丁で刺すことは、人の道から外れた行為じゃないの? ワンダーが作ったルール上は、【犯人】を殺すことは容認されてるけど、スウィーツはそんなこと絶対に認めたりしない。佳凛ちゃんがまだ魔法少女でいるのはどう考えてもおかしい。それに……藍ちゃんも。魔王を倒すって言う空澄ちゃんの計画は、処刑のときまでは明かされなかった。藍ちゃんが【犯人】っていう【真相】が確定した時点で、どうして魔法少女の資格を取り上げなかったの? そもそも――どうしてワンダーは、いつも処刑のとき、別のスウィーツを連れてきてたの? どの事件も、スウィーツは議論の場面に最初から立ち会ってたはずなのに」


 ……私には、その理由が、一つしか思い浮かばなかった。


「香狐さん。クリームちゃんは本当に、スウィーツですか? 香狐さんは、本当に……スウィーツの創造主なんですか?」


 私の問いに、香狐さんは小さく笑みを浮かべた。

 その笑みは、この場で糾弾される存在にはまるで似合わないもので、それが不気味だった。








―――――――――――――――


・凛奈が佳奈を刺した場面

『【解決編】She is sisters.』

https://kakuyomu.jp/works/16816452218692358344/episodes/16816452219893105610


・藍が空澄を刺したと認めたシーン

『【解決編】A ruler of the timeline』

https://kakuyomu.jp/works/16816452218692358344/episodes/16816452220422250985


・魔法少女の資格剥奪に関するルール

『それが魔法少女』

https://kakuyomu.jp/works/16816452218692358344/episodes/16816452218779773527


・スウィーツは魔法少女の悪行を絶対に見過ごさない

『【解決編】How much probability the soul exist?』

https://kakuyomu.jp/works/16816452218692358344/episodes/16816452219451006014


・藍との浴場での会話

『The black shield』

https://kakuyomu.jp/works/16816452218692358344/episodes/16816452220095860065


・クリームは第三、第四の事件の解決を見ていた

『After the third tragedy ③』

https://kakuyomu.jp/works/16816452218692358344/episodes/16816452219950444356

『【解決編】After the execution』

https://kakuyomu.jp/works/16816452218692358344/episodes/16816452220532952759


・偽のスウィーツ

『The day my fate changed』

https://kakuyomu.jp/works/16816452218692358344/episodes/16816452219295206664

『【解決編】Yuzuriha in the casket』

https://kakuyomu.jp/works/16816452218692358344/episodes/16816452220458938617

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