【解決編】How about this scenario, not yours?

《あなたのではなく、こんなシナリオはどう?》




「つまり彼方さんは、こう言いたいのかしら? 私が、魔王だって」


 香狐さんは、薄笑いのまま。

 まるで私がただ冗談を言ったかのように、糾弾される立場とは思えない落ち着き払った態度を保っている。


「ああ、悲しいわ。彼方さんだけは、他の愚かな魔法少女とは違うと思っていたのだけれど。それとも追い詰められて、突飛な結論に飛びつきたくなってしまった? 物語的には、ありがちな展開だものね。ずっと一緒に行動していた仲間が、実は裏切り者だったなんて」


 言いながら香狐さんは、首からクリームちゃんを雑に払った。

 手で叩かれ、地面に落下するクリームちゃん。

 それを冷めた目で見降ろして、香狐さんは言い放つ。


「なるほど。クリームがスウィーツじゃない……それは気づかなかったわ。いつの間にか、魔物とすり替えられていたというわけね」

「……え?」


 その言葉に、茫然とする。


「だけどね、彼方さん。それは私が魔王だなんて結論とイコールじゃないわ。クリームを魔物とすり替える機会なんて、魔王にはいくらでもあったはずだもの。考えてみれば、私の味方を傍につけておくというのもおかしな話だったわね。最初から、魔王は罠を仕掛けていたというわけね」

「え、あれ……」


 違う。そんなはずない。

 でも、香狐さんは余裕ある態度で、私の推理を受け止めている。


 クリームちゃんだけが、魔物と入れ替えられた可能性。それは、全く想定していなかった。

 何かに化ける魔物というのは、実際にいる。私も戦ったことがある。実際に館スライムは、完璧なまでの擬態能力と、忍くんの魔法にすら感知されない究極の隠密能力を有していた。だから……スウィーツの創造主すら騙すような擬態能力の持ち主がいても、不思議はない。

 それで筋は通ってしまう。香狐さんがスウィーツの創造主であるということは、何も否定されない。


「そもそも、よく考えて。この事件は、私も襲われているのよ? まさか、桃井さんの事件と私の事件、二つが偶然同時に起こっただなんて考えているの? 普通に考えるなら、同一犯の犯行ってことになるんじゃないかしら」

「そ、それだと……魔王が香狐さんを狙ったことになります! 魔王は、香狐さんを利用したいんですよね? だったら、殺してしまったら意味がないはずです」

「さぁ。魔王の考えなんて、私にはわからないわ。案外、用済みになったとか、業を煮やしたとか、そんなところじゃないかしら。実際誰も、第二の事件の動機なんてわかっていなかったでしょう? 三分の一不正解だって、ワンダーに言われていたじゃない。動機で【犯人】を考えるのは、あまりにも危険よ」


 悠々と、香狐さんは私の言葉を受け流す。

 妙な迫力に私はたじろいで、主導権を向こうに渡してしまう。


「そもそも、彼方さんの推理は私と同じだと思っていたから、口を挟まなかったけれど。私は、この中に魔王がいるとしたら、唯宵さん以外にはいないと思っていたわ」

「……え?」


 突然指名された藍ちゃんも、私も、硬直する。


「ワンダーが魔王じゃないなんてことは、今まで気づいていなかったけれど。ワンダーがいなくなってもこの殺し合いが続いている時点で、もしかしたら別の魔王がこの殺し合いに関わっているんじゃないかと考えたの。その魔王は、魔法少女の中に隠れていたんじゃないかって。彼方さんも、ワンダーを倒したのに私たちが解放されないのは不自然に思っていたでしょう?」

「そ、それは、そうですけど……香狐さんは魔法少女と魔物を見分けられるんですよね? だから、夢来ちゃんの正体を最初から知っていたって……。推理で魔法少女の中から魔法を探そうとするのはどう考えてもおかしいです」

「だからこそ、よ。私の感知能力を誤魔化す魔法でも使って魔法少女の中に混ざれば、そうそう疑われることはない。正体を隠したい存在にとっては、格好のポジションでしょう?」

「…………」


 確かに、正体不明の魔王がどんな能力を持つかはわからない以上、筋は通ってしまっている。


「それで――実際に事件が起きて、彼方さんのおかげで命を拾った後で、私はこの中に魔王が隠れている場合を想定して推理してみたの。私を襲った方法だけれど、不可解な点はいくつかあったわ。クリームが気づいたら外にいたこと、引っ掻き傷がなくなったこと、密室状態になっていたこと、侵入を全く気取られなかったこと」


 まるで推理者が交代したかのように、香狐さんは弁舌を振るう。

【真相】解答における解答役は一人じゃなきゃいけないはずなのに、魔王からの処罰はない。


「言うまでもないけれど、傷をなくすことは彼方さんか唯宵さんしかできないわ。加えて、クリームが気づいたら外にいたなんて芸当は、唯宵さんにしかできない」

「……我に、そんな真似は」

「できるはずよ。スウィーツ――ああ、これは魔物なんだったわね。まあどちらにせよ、スウィーツも魔物も根本的には生物ではなく、魔法そのもののようなものよ。なら、あなたの[刹那回帰]で――記憶を消せるでしょう?」


[刹那回帰]。対象を十秒前の状態に戻す魔法。対象の大きさにより、指数関数的に消費魔力が増大する。人間相手には一度しか使えないと藍ちゃんは言っていたけれど、体の小さいクリームちゃんだったなら、何回も魔法をかけることができただろう。そして、この魔法の説明の最後に書いてあった。生物を対象とした場合、記憶は巻き戻されない。逆に言えば、生物を対象にしなければ記憶は撒き戻る。

 確かにさっき香狐さんは、スウィーツは生物でもないと言っていた。でも……。


「それで記憶を巻き戻しても、魔法を使った瞬間に、自分の顔を見られるはずです。だったらクリームちゃんは、どうして藍ちゃんが【犯人】だって言わないんですか?」

「そう。私もそれが疑問だったわ。だけど、それはあなたが答えをくれたじゃない」

「え……?」

「【犯人】は魔王。そしてクリームは魔物。だったら、命令で嘘をつかせれば簡単じゃない。……ああ、それならそもそも、記憶を巻き戻す意味すらないわね。それじゃあ、こういうシナリオはどうかしら? 唯宵さんは私の部屋に侵入した。魔王なんだから、館スライムに命令してしまえば、密室もないようなものよ。鍵なんて気にする必要はない。私を包丁で刺して、その時に思わぬ反撃を喰らって傷を負う。その傷は[刹那回帰]で治して、クリームを連れて撤収。最後に館スライムに命令して、鍵を閉めさせる。――完璧でしょう?」

「…………」


 確かにその筋書きならば、証拠の上での矛盾はない。

 でもこれは、仮定の上に立っている仮説にすぎない。できる/できないの話は、その人が【犯人】だということとイコールにはならない。


「そもそも、これじゃないのなら、彼方さんはどんな筋書きを想定したのかしら?」

「……香狐さんが、魔王なら。そもそも【犯人】なら、嘘もつき放題です。クリームちゃんが私を連れてきたタイミングで、館スライムに命令して自分を刺させればいい。そうすれば、自分では刺せない背中に傷があったことにも説明が付きます。密室だって、自分で鍵をかけてしまえば何の問題もないです」

「頭のおかしいやり方ね。そもそも、一つ忘れているわよ。私を刺した包丁は、玄関ホールにあったのでしょう? 私はそこには行けないわ。カウントダウンが始まってからは、ずっと個室にいたんだもの。歩き回っていたのなら、館内を探していた彼方さんに見つかっていてもおかしくないでしょう?」

「……香狐さんが玄関ホールに行く必要は、ないはずです。館スライムは、好き勝手に物を運べますから」


 第三の事件のときには、ワンダーを便利に移動させていた。

 それに昨日だって、夢来ちゃんのメモを届けたのは館スライムだった。

 それと同じ仕組みで、包丁だってどこにでも運べる。


「……はぁ。まあ、筋は通るわね。だけど、どうして私がそんな頭のおかしい真似をしなくてはならないのかしら? 自分を刺させて死にかけて、一体何になるというわけ?」

「二つ、意味があるはずです。一つは、第三の事件のときと同じ。被害者のことを【犯人】とは普通思わないですから、香狐さんが【犯人】という考えを遠ざけることができます。そして二つ目……たぶんこっちが主目的だったんだと思います。私に[外傷治癒]を使わせることで人間じゃないことを証明して、香狐さんがスウィーツの創造主だって話に信憑性を持たせようとした」


 それと、これは傲慢すぎて口にはしないけれど……。

 もしかしたら、私を揺さぶるという目的もあったのかもしれない。夢来ちゃんが殺された以上、私は間違いなく、この事件を解こうとする。でも、精神的なダメージは、私から思考力を奪う。香狐さんは、自分が【犯人】だと露見しないために、それも狙っていたのかもしれない。


「違いますか?」

「全然違うわ。そもそも私は【犯人】でもなければ魔王でもないもの」


 当たり前だけれど、香狐さんは頑として自分が【犯人】であると、魔王であると認めない。

 もう、追い詰められると思っていた。クリームちゃんがスウィーツではないということを見抜いた時点で。でもどうやら、まだまだ全然足りないらしい。

 私の推理は間違っていた? 本当は、別の人が魔王?


 まだ何か、あるのだろうか。魔王を指し示す、重要な証拠が。








―――――――――――――――


今回回収した伏線


・館スライムを使った館内移動

『Where have the victim gone?』

https://kakuyomu.jp/works/16816452218692358344/episodes/16816452219654635193

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