【解決編】Why don't you know about the war?

《なぜあなたがその戦いについて知らないの?》




「そういえば。私、ずっと黙っていたことがあるのよ、唯宵さん」

「……何をだ」


 香狐さんは薄く笑んで、矛盾を指摘した。


「一昨日の事件で、あなた、棺無月さんと一緒に炎の中に入ったでしょう? それなのに、あなたは無傷で帰ってきた。おかしくないかしら?」

「……そのことか」


 藍さんは、それを予期していたかのように受け止める。

 マフラーを引き上げ、口元が隠される。話す気はない、という意思表示だろうか。

 でも、そのことに関しては、私が結論を出している。


「それは違います! 藍ちゃんのそれは、ただの[刹那回帰]の効果です」

「いいえ。おかしいはずよ。唯宵さんが言うには、[刹那回帰]は人相手に使うと魔力消費が激しくて、一回しか使えないのでしょう? 自分に使うなら、魔法は無限に使うことができる。それはわかったわ。でも――起点になる魔力がなければ意味がないでしょう? そしてその魔力は、棺無月さんに使ってしまったはず。だけど事実だけを見るなら、唯宵さんは二人に魔法を使えるだけの魔力を持っていたことになるわ。おかしいでしょう?」


 確かに、それはおかしい。

 魔力を増やす魔法なら、初さんや、空澄ちゃんが一時期持っていた[魔法増幅]があった。だけどあれは、すぐに失われてしまったはずだ。空澄ちゃんは即時的に、[爆炎花火]で上書きしてしまった。初さんは、最初の事件で命を落とした。仮にどこかのタイミングでどちらかが藍ちゃんに[魔法増幅]で魔力を渡したのだとしても、第二の事件のときに藍ちゃんは魔法を使っていた。そのとき、[魔法増幅]で与えられた分は消えてしまうはずだ。

 だから、藍ちゃんが外的要因で魔力を増やしていたとは考えられない。

 ――だけど。


「ねぇ、藍ちゃん。どうして黙っているのかわからないけど……[刹那回帰]のその使い方って、負担が大きかったりするの?」

「……っ!?」


 藍ちゃんが驚愕に目を見開いて、こちらを見る。

 もしかしたら、バラされたくないことかもしれない。【犯人】でも何でもないのに嘘を吐いたのは、それなりの理由があるんだと思う。だけど先に進むためには……推理で導き出した結論を語らなければならない。


「だって、流石に……おかしいよね。自分の魂だけ巻き戻せば、魔力も返ってくるだなんて」

「な、き――貴様、どうしてそれを!」

「……魔王の命令の打ち消し方を考えてみたときに、キュリオシティの仕様書にあったことを思い出したんだけど。魂は物質的な存在だから、何らかの魔法干渉を受ける可能性がある――って書いてあったの。だから、藍ちゃんの魔法なら、魂を巻き戻して命令をなかったことにできるかなって」


 発想の源はそれだったけれど……。


「で、そのとき思い出したんだけど……確か魂って、魔力の器なんだよね? さっき藍ちゃんが言ってたことを信じるなら。だったら、魂だけを巻き戻したら、一緒に魔力も戻るんじゃないかって思って。人の体全部を対象にしなくても、魂だけ対象にできれば、魔力の消費はほとんどないよね?」

「……はぁ」


 藍ちゃんは、口元を覆っていたマフラーを下ろした。

 その顔には諦念と、僅かばかりの安堵が広がっていた。


「……すまないな。スウィーツから口止めされていたのだ。この方法は禁忌、通常は使用及び口外することを避けよと」

「それじゃあ……」

「ここまで暴露されれば、我が否定したところでどうにもならないだろう。そも、本来ならば我の潔白を証明しなければならない場面だ。――ああ、貴様の言う通りだ。魂は極小の物質という性質を持つが故に、我の魔法で回帰させ得る。我はどのような状態でも、魔力を万全な状態に保つことができるのだ。この方法を使えばな。……無論、代償は相当に重いが」

「…………」


 本当に、【無限回帰の黒き盾】はとんでもない実力者だ。

 ともすれば、全魔法少女中で最強かもしれないと思えるほどに、出鱈目な能力を有している。……ただしその本領が発揮できるのは、魔法少女の身体能力強化が使えてこそだろう。魔力を消費すればするほど、身体能力を向上させる魔法少女の基本魔法。無限の魔力は、それと組み合わせてこそだ。……いや、禁忌の用法を解放すれば、周囲の魔法少女の魔力も無限に回復させることだってできるかもしれない。これは明らかに異常すぎる。

 そんな魔法の持ち主、二つ名が与えられて当たり前――。


「…………ぁ」


 ……あれ? そういえば、そう、そうだ。

 最強の魔法少女。【無限回帰の黒き盾】。それはここにいる。

 なのに……。


「ねぇ、藍ちゃん。藍ちゃんは、魔王と戦ったことはある?」

「……なんだ、藪から棒に。貴様には話しただろう。二年前に、魔王の軍勢と戦った。魔王と直接相対することはなかったがな」

「それだけ? 他には?」

「魔王率いる魔物と直接対峙したのは、それが最初で最後だ。我が知っている限り、この二年間、魔王の軍勢が姿を現したことはない」

「…………」


 ――見つけた。これが明確な矛盾点だ。

 興奮に、思わず震える。鋭い緊張感は頭の痛みとなって現れるけれど、今はそんなものに頓着していられない。

 穴がないか検討する。――反論される可能性はある。でも。


「何か月か前に、魔王が攻めてきたとか、聞いてないの?」

「……いや、聞いていないな。そういえば、色川 香狐の話では……」

「うん。――香狐さん。香狐さんの話では、ちょっと前に、魔王が攻めてきたんですよね? どうしてそれを、藍ちゃんが知らないんですか?」


 もう一度攻勢に出る。

 香狐さんは笑みを崩して、数秒答えを返さない。


「それは、そうね。――当然よ。一般の魔法少女に、私の存在は知らせていないもの。だからワンダーの軍が攻めてきたことも、一般の魔法少女には極秘にされているのよ。知らなくても不思議はないでしょう? 実際、彼方さんだって知らなかったはずよ。ついこの前の戦いも、それ以前の争いも」

「……そう、ですね。知りませんでした」


 反論自体は予期していた。だから、それを打ち崩す何かを探しながら言葉を紡ぐ。

 私はスウィーツの創造主がどうこうという情報も、魔王に攻め込まれたという情報も聞いていなかった。それは本当だ。そして私がそれを知らなかったことに関して、筋は通ってしまっている。これでは、香狐さんがスウィーツの創造主であるという嘘を打ち砕く武器にはならない。

 ……そう、そうだ。

 ――ただし、知らないのが、私一人であったならば。その条件付きだ。


「だけど、藍ちゃんが知らないというのはあり得ないです。香狐さんの存在には、人類の未来が懸かってるんですよね? それだけじゃなく、もちろん、香狐さん自身の未来も。それなのに、【無限回帰の黒き盾】を――最強と呼んでいいかもしれない魔法少女を、その戦いに呼ばなかったんですか? いくらなんでも、それは滅茶苦茶です。存亡の危機にあったなら、どんな事情があろうと可能な限り戦力を集めたはずですし……一般に秘密にしておくなんてこと、気にしてられません。最前線にすら行けない魔法少女にも、支援役として手当たり次第に声を掛けるとか、とにかく戦力をかき集めなくちゃならない。なのに、最強の魔法少女を呼ばなかったなんて、そんなの――あり得ないです」

「……さぁ。末端で何があったかなんて知らないわ。何かの伝達ミスじゃないかしら?」


 今のは決定的だ。そんな言い訳が通るわけがない。

 だけどまだ香狐さんは、自分が嘘をついていたと――魔王であると認めない。

 ――あと一押し、何か欲しい。何か、何か、何か――。








―――――――――――――――


今回回収した伏線


・藍による説明との矛盾(ミスリード)

『【解決編】We are on the front line of the world.』

https://kakuyomu.jp/works/16816452218692358344/episodes/16816452220474059972


・魂は魔力の器

『「魔法について」』

https://kakuyomu.jp/works/16816452218692358344/episodes/16816452219329484341


・藍の参加した魔王戦

『The black shield』

https://kakuyomu.jp/works/16816452218692358344/episodes/16816452220095860065

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