【解決編】Do you still not admit it?

《まだあなたは認めない?》




「ねー、ちょっといい?」

「え……? か、佳凛ちゃん?」


 不意に、全員の意識の外に追いやられていた佳凛ちゃんが手を挙げた。

 全員の視線が、佳凛ちゃんに集まる。


「えっと、そこの……黒い人、刺されてたんだよね?」

「香狐さんのこと?」

「んー、たぶん」


 この場で黒い人と言えば、香狐さんと藍ちゃんがいる。

 だけど刺された人なんていうのは、香狐さんしかいない。


「香狐さんがどうかしたの?」

「えっとね? 佳凛、気になったんだけど、なんでその人まだ生きてるのー? あと、なんで【犯人】が刺せたのかなって」


 佳凛ちゃんがコテンと首を傾げる。だけどみんなは、なんだそんなことかと肩を落とす。香狐さんがまだ生きているのは、私が[外傷治癒]で治療したからだ。今更そこに関して議論する余地はないし、そこを疑う意味もない。治療された側と治療した側の証言は一致しているし、客観的にも事実として受け止めていいはずのことだ。

 どうして【犯人】が香狐さんを刺せたか? そんなこと問題にもならない。

 みんなも、話を聞いていなかったのかとばかりに佳凛ちゃんを見る。


「私が、魔法で傷を治したからだけど。それに、部屋に入れれば後は普通に刺して……」


 簡単に答えを返す。

 ――しかし、佳凛ちゃんはその返答に首を振った。


「そーじゃなくて。んー、えっと……」

「何が言いたいのかな?」


 怒りを制している様子の接理ちゃんが問いかける。

 ……その怒りはたぶん、佳凛ちゃんではなく魔王に向けられたものだと思う。接理ちゃんにとって魔王は、決して許すことのできない存在。すぐにでも殺してやりたいと、そう思っても不思議ではない相手だ。

 だけど今は、香狐さんがほとんど怪しいとはいえ、確定しきれていないから辛うじて憤怒を抑え込んでいる――そんなところだろうか。

 隠しきれない怒気が言葉に滲み出ていたけれど、佳凛ちゃんはそんなものを気にせず、あくまでも佳凛ちゃんらしくそれを指摘した。


「えっとね? 佳凛なら、逃がさないかなって」


 佳凛ちゃんはふわふわした調子で、誰よりも【犯人】に寄せた思考を展開する。

 それは、【犯人】役を経た佳凛ちゃんだからこそ出せる発想だった。


「それは、確実に殺したと思い込んで、【犯人】が去ったという可能性もあるだろう。仮に、色川 香狐が魔王ではないとした話だけれども」

「えー。佳凛だったら、ほらー、あの、スライムの壁みたいなの使って、絶対逃がさないけど」

「…………」


 スライムの壁というのはたぶん、さっき香狐さんの部屋にあったやつだろう。藍ちゃん、接理ちゃん、佳凛ちゃんから香狐さんを守るようにして展開されたスライムの壁。確かにあれは、使い方によっては被害者を閉じ込める檻にもなる。

 だけど、【犯人】が油断していたという可能性は依然として――。


「それとね。やっぱり変だよ?」

「変って、何が?」

「彼方が、そこの死んじゃった魔物見つけてから、そこの黒い人の部屋に行くまで、五分くらいかかったんだよね?」

「う、うん……」

「なんで刺せるの?」

「なんでって……どういうこと?」


 何が言いたいのか、イマイチ要領を得ない。だけど佳凛ちゃんは拙いながらも、説明する術を考えて言葉を尽くす。


「んー、あのルール……えっと、ほら。【真相】がこう……アレのときは、殺しちゃダメっていうやつ」

「――ぁ」


 そう、そうだ。失念していた。

 あのルールがある限り、刺せているはずがない。動けているはずがない。生きているはずがない。

 だって――。

 私はキュリオシティを手にして、床に手を突きしゃがみ込み、館スライムに問う。


「私の質問に答えて。【真相】究明が始まってから致命傷を与えようとしたら、館スライムは止める?」

『原則止めるように命令されている』


 床に、そのような文字が表示されている。


「原則っていうのは……死なないってわかっている状況なら例外ってこと? それとも、魔王だけはそのルールを破れるってこと?」

『前者については是とする』

『後者について否である』


 ……つまり。魔王であれど、【真相】究明中の殺人禁止のルールに縛られる。しかし、死なないとわかっている状況であれば、【真相】究明中であろうと止められない。

 魔王であればルールを破れるはず、という疑問もあるけれど、キュリオシティで聞き出した以上この返答は絶対に正確だ。この殺し合いには二人の魔王が関わっているから、互いに矛盾する命令を出した場合無効化されてしまうとか、そんなところだろうか。


「……香狐さん」


 私は立ち上がって、改めて香狐さんを見据える。


「【犯人】が本当に香狐さんを殺すつもりで刺したなら、香狐さんは私が部屋を出てから、この屋内庭園に着くまでに刺されたということになるはずです。そうでなければ、館のルールで攻撃は止められる。【犯人】が魔物に自由に命令できる魔王でも、それは同じらしいです」

「…………」

「……私が夢来ちゃんを見つけてから、香狐さんの部屋に駆け付けるまで、五分くらいありました。胸と背中を刺されてから五分も経って、動けるものですか?」

「……っ。不可能だ、そんなことはっ!」


 香狐さんではなく、接理ちゃんの方が叫んだ。


「腕や脚ならまだ可能かもしれない。けれど、あの出血量で、五分経った後にドアまで辿り着き、鍵を開ける!? 無理に決まっている!」

「それは……ああ、何か勘違いしていないかしら? 私は刺されてからすぐにドアに向かったの。だけど直前で気絶してしまって、ノックの音で目を覚まして、どうにかして鍵だけ開けたのよ」

「香狐さん。それは、最初の説明と違います。香狐さんは私に事件のことを話してくれた時、ノックの音で目を覚ましてからドアに這って行ったって言ってました」

「死にかけていたから、意識が朦朧としていたのよ。実際よく覚えていないわ。もしかしたら、逆に語ってしまったかもしれないわね」

「……っ!」


 白々しい香狐さんの言い訳に、接理ちゃんが激昂する。


「ああ――クソッ、どうして気が付かなかった! お前の話は、穴だらけだ!」

「……そうかしら?」

「ああ! ――空鞠 彼方! 君が出会ったルナティックランドは、角を生やした人型で、モノクルをかけた魔王――それで合っているのか?」

「え? う、うん……」

「ここの魔王はルナティックランドと通じていた。なら――仮に、お前がスウィーツの創造主とやらだったとしても、捕らえる意味だってないはずだ!」

「……どういうことかしら?」


 香狐さんが首を傾げる。私も、接理ちゃんが何を言おうとしているのか意味がわからない。

 この館にいる魔王がルナティックランドと通じているなら、スウィーツの創造主を捕らえる必要がない?


「っ! そうか、そういうことか……」


 藍ちゃんも、納得したように吠えてから、地面に目を落とす。

 ……わからないのは、私だけ?


「この場では僕と唯宵 藍しか知らない話だけれど」


 接理ちゃんは、そう前置きしてから言う。


あのクズワンダーを殺す作戦の前に、棺無月 空澄が話してくれたよ。彼女の過去を。彼女の親友は、魔王ルナティックランドに捕らえられ、魔物に改造された。挙句、魔王ルナティックランドはその対戦相手として棺無月 空澄を選び、彼女は親友だったソレを殺すしかなかった」

「……っ」


 それを聞いて、愕然とした。空澄ちゃんの言っていた、『死者の剣』の概念。それを提唱するからには、彼女も過去に、大切な誰かを失っているのだろうとは察しがついていた。だけど、そこまで壮絶な過去を背負っているとは思わなった。

 そして、魔王ルナティックランド――あれがそこまで悪辣な存在だとは、思わなかった。違う、思わないようにしていた。ルナティックランドの証言を疑ってしまったら、私にはもう真実に向かうしるべが存在しなかったから。

 わかっていたはずなのに。次回の殺し合いの開催を望む魔王が、マトモじゃないことくらい。


「わからないかい? 空鞠 彼方」


 不意に、私に話を振られる。

 今のが、香狐さんを追い詰めるためのヒント? 香狐さんの言葉の穴を突くための情報?

 一体、どこが――。


「……あっ!? 待って。今の言い方って、まさか……ルナティックランドは、人間を魔物に改造したの?」

「ああ、そう言っていたよ」

「そっ、か……。それができるなら、スウィーツをどうこうする意味なんてない」


 本当だ。香狐さんの言葉は、何から何まで穴だらけだ。

 まるで、後から適当に付け加えた物語であったかのように。


「ここの魔王がルナティックランドと通じていたなら、スウィーツの改造なんかしなくても、ルナティックランドに魔物化の方法を教えてもらえばいい。香狐さんが言っていた、この殺し合いの意味にすら……矛盾します」


 私が、佳凛ちゃんが、藍ちゃんが、接理ちゃんが。

 それぞれが、信頼するに足る根拠を香狐さんに突きつける。


 誰もが違う感情を抱えながらも、私たちはようやく判明した敵に向き合う。

 私は、悲愴と後悔と、小さな決意を。

 佳凛ちゃんは、疑念と不愉快を。

 藍ちゃんは、義勇と畏怖を。

 接理ちゃんは、怨恨と憤怒を。


「――香狐さん。これでもまだ、自分が魔王じゃないって言い張りますか?」


 香狐さんは、手で口を押さえて立ち尽くしている。

 沈黙の中で、誰も言葉を発せない。


「……ふ」


 やがて、空気の抜ける音がした。

 香狐さんは強く口を押さえ、小刻みに震え、そして――。


「ふっ、あはっ、あははははははは!」


 笑った。誰よりも美しく。何よりも綺麗に。

 魔性の魅力を伴って、香狐さんは笑った。

 ワンダーの下品な笑いと比較するのも烏滸がましいような、世界で最も美しい声。

 笑いをこらえるのをやめ、口を覆っていた手が剥がされる。その顔は、魔王と判明してもなお――少しも褪せることのない魅力に彩られていた。


 香狐さんは、先ほど振り落としたクリームを拾い上げ、定位置に戻す。

 そして、――パンパン、と。

 彼女が手を打ち鳴らすのに合わせて、景色が一変する。


 周囲の植物も、噴水も、ドロドロに溶けていく。常の透明なスライムとは違う、光を通さない黒いスライムになって、景色を形作っていく。

 ……夢来ちゃんの死体も、スライムの奔流に呑み込まれて消えていく。

 スライムはどんどん集まって、壁に、天井に纏わりつき、景色を変貌させる。


 私たちは気づけば、どことも知れない大広間に立っていた。

 石造りの暗い部屋で、重苦しい雰囲気が漂う広い空間。周囲は不気味な装飾によって飾られ、それがまた嫌な空気を醸し出している。

 いつの間にか香狐さんと私たちの間には距離ができていて、香狐さんは私たちよりも数段高い場所で、豪華な椅子の前に立っていた。

 ――魔王の間。あるいは玉座の間。そんな言葉が思い浮かぶ。


 そんな部屋で、ドレス姿の魔王は、恭しくお辞儀をしながら告げた。


「直接歓待もせず、配下に任せきりだったことを謝罪するわ。私の世界へようこそ、魔法少女の皆様方。私は魔王ワンダーランド。刺激的な体験、楽しんでもらえたかしら? ――もっとも、もうだいぶ数が減ってしまったようけれどね。ふふふっ」








―――――――――――――――


今回回収した伏線


・【真相】究明中の殺人は禁止

『The rules are very simple.』

https://kakuyomu.jp/works/16816452218692358344/episodes/16816452218726281802


・ルナティックランドは人間を魔物に変える術を持っている

『【解決編】Yuzuriha in the casket』

https://kakuyomu.jp/works/16816452218692358344/episodes/16816452220458938617

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