【解決編】I've been manipulated by fragile lies.

《私は儚い嘘に踊らされていた。》




 突然景色が変わったことに藍ちゃんは驚き、周囲を警戒している。佳凛ちゃんもまた、この場の様子を観察しているようだった。

 接理ちゃんは目を逸らさずに、ただ魔王を睨み続けている。

 私もまた、諦念に似た気持ちを抱えて魔王を見ていた。


 魔王、ワンダーランド。

 私たちを閉じ込めて殺し合わせた、真の元凶。


「さて。まずは一度、区切りを付けましょうか、彼方さん」

「……え?」

「あなたの最後の出番よ。さっきまでのは、【真相】解答なんかじゃまるでないもの。ルナティックランドに義理立てして、難易度調整――単なるオマケとして議論の時間を与えてあげただけ。だからこれが、探偵役の最後の仕事。この事件の【真相】をしっかりと整理して、終わりにしましょう?」

「…………」


 香狐さんは、あの優しい声と表情で、提案めかして言う。だけどそれは提案なんかじゃなくて、命令であると魂の底から理解した。

 魔物でない私ですら魂が揺さぶられるような、尋常でない何かを感じる。

 ……だけど。終わらせなければならないのは、その通りだ。たとえその先に、何が待っていたとしても。


「……っ」


 私は息を整えてから、ようやく明るみに出た全てを言葉に変えて、吐き出した。

 この狂った殺し合いに、終止符を打つために。




     ◇◆◇◆◇




 そもそも【犯人】は魔法少女ではなく、魔王だった。まずそれが、私たちが知らなくちゃならない大前提。

 魔王は、ワンダーを――ただの魔物を魔王として配置して、自分は堂々と魔法少女の中に紛れ込んでいた。ワンダーは散々自分のことを魔王だって言ってたけど、たぶんあれは、夢来ちゃんが魔法少女だと思い込まされていたのと同じ。魔王がワンダーに命令して、『自分が魔王だ』って信じ込ませた。だからワンダーはあんなに自信満々に、自分が魔王だって言ってたんだと思う。


 魔王は私たちの中に紛れ込むにあたって、魔法少女が必ず持っていなければならない、固有魔法を偽った。たぶん魔王の魔法は、魔法少女の固有魔法と偽るにはあまりにも強力すぎたから。だから魔王は、どこからどう見ても無害で、その実全く中身がないという固有魔法を自分に設定した。

[精霊使役]――スウィーツと一緒に行動するという、ただそれだけの魔法。何もできない魔法なら、何かおかしい行動をして怪しまれることもない。

 だけどその嘘は、スウィーツの特性によって崩れてしまった。


 佳凛ちゃんがワンダーにしたお願いで、処刑にスウィーツが呼ばれなかった。

 空澄ちゃんが刺された事件で、【犯人】が処刑されなかった。

 魔王自身にも予測できなかったイレギュラーで、魔王は自分の魔法を破綻させてしまった。だけどもともと、何の働きもしない固有魔法とスウィーツだったから、私たちはそれを思考の外に追いやって、致命的な矛盾に気がつかずにここまで来てしまった。

 ……先に気づけていれば、こんな事件起きなかったかもしれないのに。


 だけど魔王は、別の理由で追い詰められていた。

 ワンダーが空澄ちゃんに追い詰められて処刑されて、みんなが魔王だと思い込んでいる存在がいなくなってしまった。

 本当の魔王が生きている以上、私たちは解放されない。だけど殺し合いが続いている以上、ワンダーが本当にルールに則って処刑されているとわかってしまえば、魔王の炙り出しが始まる。

 そうしたら既に致命的な矛盾を晒してしまった魔王は、遠くないうちにその正体を露見させる。

 ……それで何が困るのかは、私にはわからない。でも魔王は自分が追い詰められて、行動を起こすことにした。


 まず魔王が真っ先にやったのは、【犯人】が魔王だってバレることを予め見越して、自分の固有魔法が疑われないようにすること。

 ……それが、私にスウィーツの創造主だなんて話した真意だと思う。事件を起こす前にそれっぽく明かすことで、自分の立場をより安泰なものにした。

[精霊使役]が本当は何の効果も持っていない魔法だと明かしてしまえば、それ以上追求する意味はないと思わせられるから。実際には、連れているのはスウィーツどころか、魔物だっていうのに。

 だけど、その矛盾を一つ埋めるために、魔王は更に矛盾を増やしてしまった。魔王自身はそんなことに気が付かずに。


 そうして、魔王は事件を起こした。

 夢来ちゃんに――サキュバスに命令して、今日の朝、私を屋内庭園に呼び出させた。もしかしたら昨日の夜に私を呼び出したのも、魔王の命令だったのかも。

 魔王の目的は、私に夢来ちゃんの……死体を発見させること。それと、私を一度遠ざけること。その二つが目的だったんだと思う。

 私は屋内庭園で、どう見ても[活力吸収]で殺されたとしか思えない夢来ちゃんを発見した。私はそこで[外傷治癒]を使っちゃったけど、魔王にしてみれば、私が[外傷治癒]を使っても使わなくてもよかったんだと思う。[活力吸収]で死体をミイラにするには、相手が死んだ後も魔法を使い続けなくちゃいけないんだから、普通はそれで自殺の線は消える。魔王はそれを目論んで、魔王の命令は死後も有効という特性を利用して、夢来ちゃんを自殺させた。

 ……そうだ。夢来ちゃんの死体が噴水の上にあったのは、近くに寄って生死を確かめられないようにするためかも。そうすれば私が[外傷治癒]を使う確率も上がるから。


 その後でもう一つ、魔王は細工をした。

 クリームちゃんに死体を発見した私を呼びに行かせて、帰ってきたらドアに体当たりさせて、私が近くにいることを知らせた。たぶんそれと同時に、館スライムにでも命令して自分を刺させた。【真相】究明中――死体発見後の殺人は禁止だけど、死なないって予めわかっていたから、それはルール違反にはならなかった。自分を刺したナイフは館スライムに命令して、どうやっても自分じゃ捨てられないはずの場所に捨ててこさせたんだと思う。それで、自傷の可能性はないものと思い込ませた。

 魔王がそんなことをした理由はたぶん二つ。一つは、自分は【犯人】じゃないという印象を周りに植え付けるため。もう一つは、私に[外傷治癒]を使わせて、明らかに人とは違う身体構造を理解させるため。そうすることで魔王は更に、自分がスウィーツの創造主だなんて出鱈目に真実味を持たせた。


 これで、魔王の【犯人】としての行動は全部。

 だけど魔王は、致命的な矛盾点をいくつも置き去りにしてしまった上に、誤算もいくつかあった。


 そもそも、私がルナティックランドと連絡を取るのも想定外だったんだと思う。あれがなければ、私は思考の糸口すら掴めなかっただろうから。

 ……今思えば、管理室にあった空き瓶は、魔王が用意した最低限のヒントだったのかも。いるはずのスウィーツが消えたっていう状況を、クリームちゃんの存在に重ねて暗喩に使ったとか。ルナティックランドも、暗喩がどうのって言ってたような気がするし。

 それに事件が起こったのなら――この事件が魔法少女の犯行なら、スウィーツは処刑に必要な存在だったはず。もしあのスウィーツを処分してしまったなら……それも、【犯人】が魔王だっていうヒントにしていたのかも。魔王相手に、魔法少女の権利剥奪なんてできないから。


 それから、夢来ちゃんが昨日の夜、色々喋ってしまったのもたぶん誤算だった。

 普通なら――接理ちゃんが言った通り、仮に魔法を偽っている人を探すとしたら、偽装しやすい魔法を持ってる接理ちゃんを怪しんだと思うし……。魔王が持つに相応しい魔法を持っている人を探すなら、強力すぎる魔法を持ってる藍ちゃんを疑うと思うから。

 夢来ちゃんがそれを潰してくれたおかげで、私は残り少ない時間で、【真相】に辿り着くことができた。




     ◇◆◇◆◇




「スウィーツの規則の無視、【真相】究明中の傷害、そしてスウィーツの創造主としての話の矛盾。全部が、明るみに出た」


 特にスウィーツの創造主としての話の矛盾は、私や、そして魔王自身も気づきようがないものだった。矛盾に気づくための情報を詳しく持っていたのは、藍ちゃんと接理ちゃんだけだったのだから。


「それに、この【犯人】がワンダーと同じくただの身代わりということはまずない。私はここに来る前、香狐さんを守っていたスライムの壁にキュリオシティを使ったけど、命令は無効になった。仕様書によると、それが起こり得るのは魔王本人の命令が先に下されていた時だけ」


 ……ため息を吐く。

 最低だ。本当に、最低だ。


 何もかも穴だらけの嘘の上で、私は踊らされていた。

 人類の危機なんて全くの嘘だった。スウィーツの創造主なんてただの偽り。どころか、私たちの味方ですらなかった。

 きっと私は、ただ……いいように使われていた。


 香狐さんは私に接近して、この殺し合いにおける自分の立ち位置を固めた。

 私に甘い言葉を囁いて、私に都合のいいように振る舞って、自分への心証を操った。

 殺し合いが進んで人数が減り、遂に魔王代行として配置された身代わりすら殺されれば、今度は大胆かつ壮大な嘘までついて――そのあまりに荒唐無稽な嘘を、極限状態に置かれた私は、ここまで来ればなんでもあり得るとさえ思って信じてしまった。

 香狐さんに大切にされてきた意味を、私はようやく悟る。


 ああ――私はきっと、夢来ちゃんと同じ、魔王のオモチャだったんだ。

 だけど私は……夢来ちゃんと一緒ではあれなかった。私たちの間には、元からあったものとは比べ物にならないくらい、大きな隔たりが生まれてしまった。

 魔法少女と魔物という種族の差以上に、生者と死者という隔たりは大きい。

 もう私は、あの子の手を握ってあげることもできない。

 あの子を安心させてあげることも、もうできない。


 ――それでも、何かしたいと思うのなら。

 私は私の意思で、剣を握って戦わなければならないのだろう。

 さしあたり、今私がすべきことは、たった一つ。


 夢来ちゃんも望まなかったこんな殺し合いを、終わりにすることだ。


「――香狐さん。あなたの負けです。夢来ちゃんを殺した【犯人】は、私たちを閉じ込めて殺し合わせた元凶は、最低最悪の魔王は――あなた以外にあり得ません」


 私は鋭い言葉の切っ先を、魔王の首元に突きつけた。

 破滅。その言葉が相応しい状況の中で、魔王はなおも余裕を貫いていた。


「ふふっ。正解よ。正解だけれど――やっぱり動機は間違えてしまうのね?」


 魔王は、今こそ至福の絶頂にいるとばかりに、笑みを深めた。

 凄絶なまでに美しい笑みは、まさしく物語の女魔王そのものだった。

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