【解決編】After the Execution

《処刑の後に》




「お、終わったの……?」


 夢来ちゃんが、不安げに呟く。

 無限の死に夢来ちゃんはすっかり怯えきって、床にへたり込んでいる。

 私は、それに……少し躊躇いながら、寄り添った。

 夢来ちゃんの肩に触れる。

 ……奇妙な感覚だった。友達と感じていた時も、避けていた時とも違う。

 本当に、同族がここにいるかのような気分。


 私の罪は二つ、夢来ちゃんの罪は一つ。

 今回の事件に隠された真実のおかげで、私は三つ目の罪を背負うことなく、事件を終えた。

 ……そして。魔王を倒したことで、なんというか、少しは贖罪ができたような気分になっていた。重く重くのしかかっていた罪の重圧が、少しだけ軽くなったような。――これなら、私自身の罪を受け入れられるような、そんな感覚。

 そのおかげで、今や夢来ちゃんのことは、同族のように思えている。


 ……卑怯な話だ。私を助けようとしてくれる女の子を、私の都合で遠ざけて、そのくせまた歩み寄るなんて。

 だけど、彼女もそれを望んでくれている。私もそれを望んでいる。

 だったら――いいのではないだろうか。


 葛藤の最中に、香狐さんがワンダーの死体に近づくのが見えた。

 ずっと香狐さんの肩にいたクリームちゃんが、地面に降り立つ。

 ツンツンと前足でワンダーの死体をつついて、本当に動かないか確認している。

 ……その動作は、少しだけ可愛かった。

 魔王が死んだことで、微笑む余裕すら生まれてきた。


 そうだ。魔王は死んだ。――これで、この館での生活は終わりだ。

 私たちは、日常に帰ることができる。

 一度は諦めたあの世界に、また戻ることができる。

 ……もちろん、私は私自身の罪を忘れてはいけない。何か、償いができるなら、したい。

 そうだ。初さんの妹。もしかしたら、まだ……。生きててくれているかもしれない。彼女を探して、助ける。それは、初さんへの償いにならないだろうか。

 忍くんは……。私には何をすればいいのかさっぱりわからない。でも、彼と親しかった接理ちゃんに訊けば……。償いの方法を、提示してもらえたりはしないだろうか。


「……彼方ちゃん?」


 肩に手を置かれた夢来ちゃんが、振り返る。

 少し驚いたような表情をして、その後――。彼女は微笑んだ。


「もう、終わりだよ。……帰ろう、夢来ちゃん」

「う、うん……っ」


 夢来ちゃんが頷く。それに、心が温かくなった。

 ……そうだ。また、夢来ちゃんと一緒の日常生活を送れる。

 学校で、普通に、高校生として過ごすことができる。

 ――魔法少女は、普通とは呼ばないかもしれないけれど。でも私にとっては、それがいつもの生活だ。


 視界の端で、香狐さんがワンダーの死体の傍でしゃがんでいた。どうやら、ワンダーが落とした、あの紫の宝石を拾おうとしているらしい。

 それはきっと、何気ない動作だった。ただ、魔王がずっと持っていたものだからこそ、それが何なのか確認したくて手を伸ばした。そんなところだろう。

 ――そこへ、突風が吹く。


「ひゃっ!?」


 夢来ちゃんに代わって、今度は私が尻もちをつく番だった。

 ――代わって? 夢来ちゃんに?

 そうだ、いない。夢来ちゃんが。彼女の肩に手を置いていたはずなのに、一瞬でこの場所から消失している。床に座りっぱなしだった彼女が、ここにいない。

 私は、夢来ちゃんが急激に立ち上がった勢いで転ばされた。

 それじゃあ――夢来ちゃんはどこに?


 顔を上げる。そして、あり得ない現象を見る。

 夢来ちゃんは、地を蹴って、飛んでいた。とんでもない踏み込みが、夢来ちゃんの姿が消えたと錯覚するほどのスピードを生み出す。

 そして――夢来ちゃんの背中の羽が肥大して、パーカーを突き破る。広がった二枚羽は、まるで悪魔のそれだった。

 床スレスレで滑空する。飛んでいったその先は――。香狐さんのところ。


「――っ。痛っ」


 夢来ちゃんが、香狐さんが拾おうとしていた宝石を掠め取る。

 広げられた羽に腕を打たれて、香狐さんはよろける。


「はっ?」

「何事だ!?」

「んー、なになにー?」


 接理ちゃん、藍ちゃん、佳凛ちゃんも異常事態に気づく。

 その頃には、夢来ちゃんは空中で一回転して体を縦に起こし、地面に足をつけていた。

 まさに一瞬の出来事。けれど、誰もが認める異常事態。


 儀式の間の奥で、ワンダーの死体を踏みしめる夢来ちゃんの姿は――。

 まるで、悪魔だった。

 大きな二枚羽。パーカーから伸びる尻尾。悪魔のような紫の髪。肉感的な体つき。手にした宝石を舐める妖艶な仕草。

 ――サキュバス。紛うことなき、魔物。


「あはははははははははははははは!」


 そのサキュバスは、笑う。まるで、魔王の遺志を引き継いだかのように。


「ねぇ、ボクを殺せば終わりだと思った? ねぇ、思っちゃったの? ざーんねーんでしたー! ボクを殺したくらいじゃ、殺し合いは終わらないのです!」


 夢来ちゃんの顔で、夢来ちゃんの声で、ワンダーの台詞を喋るサキュバス。

 世界が捻じれたかと思えるほどに違和感のあるその光景が、私を打ちのめす。

 サキュバスは狂った笑みを浮かべて、言葉を紡ぐ。


「というわけで、殺し合いは続行です! ボクが死んだところで、殺し合いは終わらないよ! みんなで殺して殺して殺して殺して殺し合って! 最後の二人になるまで死んで死んで死んで死んで! そうしたら、殺し合いは終わりにしてあげるよ!」


 悪魔が告げるのは、この世で最も忌むべき事実。


「さぁ、さぁ、さぁ、さぁ、さぁ! 武器を取って! 魔法を構えて! 知恵を絞って! 願いを見定めて! 欲を露わにして! 死を、死を、死を! 命を絞る、極限のゲームを続けよう!! それがこの、物語の国ワンダーランドのルールなんだから!!」


 魔王は謳う。この世界の摂理を。


不思議ワンダーを、驚嘆ワンダーを、奇跡ワンダーを! 最高の事件を、もっと、もっと、もっと! だからこそのトリック、だからこその殺人事件、だからこその魔法少女! 何もかもを、物語の国ワンダーランドに捧げよう!」


 そして世界は、楽園から一転――地獄へ再度反転する。


「楽しみにしてるよ、次の殺人者ちゃん。――以上。ボクの可愛い配下、サキュバスちゃんより」




     ◇◆◇◆◇




「え……。わ、わたし……」


 夢来ちゃんが、茫然として口を押さえる。

 自分の羽を見る。尻尾を見る。胸を見る。手を見る。

 ――化け物のそれを、確認する。


「ち、ちが……。わたしは、魔法少女で――」


 夢来ちゃんは、自分の頭を押さえる。


「違う、違う、違う、違う、違う、なんで、なんで、なんで……」


 夢来ちゃんは必死に頭を振る。その場にうずくまる。

 ショックを受けたように、表情を歪めて、涙を流して――。


「――っ!」


 夢来ちゃんは、儀式の間から飛び出していく。

 怪物の脚力で地を蹴り、誰も止められないまま、どこかへ去っていく。

 誰もが現実を認識できない。誰もが事実を直視できない。

 魔王が処刑されても殺し合いが終わらず、更に私たちの中に魔物がいた。たったそれだけの事実を、呑み込むことができない。

 代わりに私の口から漏れたのは、どうしようもない絶望の言葉だった。


「……なんで」


 私の疑問に、誰も答えを返してはくれなかった。


 ――それが、この事件の終わり。

 正義と、偽りと、狂気と、革命と、処刑と、終わらない絶望に彩られた、第四の事件の幕引きだった。




――Fourth Case

【犯人】:唯宵 藍

被害者:棺無月 空澄

死因:なし

外傷:包丁による背中への刺突

犯行時刻:午後7時32分

解決時刻:午後10時16分


――Extra Case

【犯人】:ワンダー

被害者:棺無月 空澄

死因:Fourth Caseにて用意されたトラップによる焼死

死亡時刻:午後10時20分

解決時刻:午後10時37分

生存数:ERROR《生存魔法少女数が判定できません》

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