After the Fourth Tragedy ①

《第四の悲劇の後で①》




◇◆◇【唯宵 藍】◇◆◇


「どういうことだッ!!」


 叫べど、答えはない。

 ――棺無月 空澄から、聞いていないわけではなかった。我らの中に、魔物が紛れている可能性があると。

 しかし我も、そして棺無月 空澄も、桃井 夢来が魔物である可能性はまずないものと見ていた。

 奴は何も隠していない。異形の翼も、尾も。

 確かに魔法少女としては異端の格好ではあるが、あり得ないものでもない。事実【獣王】など、獣の耳と尾を持ちながらも、幾度となく戦場を共にした仲間だ。だからこそ、桃井夢来もその手合いだとばかり思っていた。

 しかし、なんたることか。魔王は、隠すつもりすらなかった。

 奴は隠すこともなく、堂々と魔物を我らの中に置き、それを魔法少女として呼ばわっていた。

 ――だがそれすら、今は些事だ。


「殺し合いが終わらないだと!? それならば――奴が命を落としたのは何だったというのだ!!」


 吠える。答えなど返って来はしない。

 魔王は討った。にもかかわらず、この地獄は終わらない。

 まさか、桃井 夢来、あれもまた魔王だとでも言うのか?


【十二魔王】が二体も蔓延る館。一体は死んだ。大きな賭けに出て、勇者が命と引き換えに討った。

 では、もう一体はどう倒す? 同じ手は使えない。我らは既に手の内を全て晒した。

 ――いや。我がこの館において行動を起こせなかった最大の理由は、魔を統べる狂犬と我は徹底的に相性が悪かったからだ。

 武器のない状況に加え、どちらも無限の耐久を可能とする。討伐することなど不可能。だからこそ我は棺無月 空澄の計画に乗り、彼女を生贄として差し出すことでしか魔王を討つことができなかった。

 だが桃井 夢来が、単純な武力で制圧できる手合いならば。そのときこそ我は、武を以て魔王に立ち向かうことができるだろう。


 ……いや、しかし。待て。冷静になれ。桃井 夢来は本当に魔王であるのか?

 奴が去り際に残した言葉。可愛い配下。

 配下――その言葉を単純に解釈するのなら、あれは魔を統べる狂犬に仕える、単なる魔物ではないのか。それならば、我の敵ではない。いとも容易く殺してやることができる。


 だとしたら、問題は一つ。魔王不在の状態で館のルールは働くのか?

 痴女――いや、悪魔の命を奪うことで、我は今度こそ【犯人】となるのか?

 館のルールが発動しているときは、そうなったはずだ。

 では、今は? 魔王は不在だ。いくら殺し合いが継続だ何だと喚こうと、それを継いだ悪魔を殺してしまえばどうということはあるまい。

 であれば我は――あれを殺してしまえばいいのではないか。


 桃井 夢来は、空鞠 彼方の友人として振る舞っていた。しかし奴の正体が魔物であるならば、あれは全て演技だった可能性が高い。魔物は悪質な存在だ。搦め手も遠慮容赦なく用いる、油断のならない化け物だ。

 奴は裏切り者だ。奴は醜き者だ。奴は罪を自覚せぬ魔だ。

 ならば――粛清だ。粛清だ、粛清だ!


【無限回帰の黒き盾】は、汚い魔を全て滅ぼす。

 我らを欺いた報いを――!

 勇者が命を賭して創ろうと願った平和を壊す者に、断罪を!

 正義に則った、粛清を!


 汚い悪魔の血を以て、この殺し合いを終わらせる。

 それが、【蒼穹の水鏡】に託された最後の仕事と理解した。






◇◆◇【神園 接理】◇◆◇


 最高の気分に水を差された。クソが。

 あの魔王は死んだ。ざまあみろ。忍の仇だ、忍の仇だ、忍の仇だ!

 奴の最期は醜いものだった。自分同士の果てのない殺し合い。まさに因果応報。皮肉としか言いようがない結末。

 僕はそれを、胸がすくような気持ちで見ていた。

 ――本当はすぐにも飛び出して、あの魔王を僕の手で出来るだけ多くぶっ殺してやりたかったけれど。

 しかし、なんとか留めた。イレギュラーな動作などされてはたまらない。奴は確実に殺す。それが、棺無月 空澄や唯宵 藍と立てた計画だ。

 その後で、死体を思い切り滅茶苦茶にしてやろうと思っていた。

 徹底的に踏みつけて、汚して、引き裂いて。思う様に弄ぶ。

 唯宵 藍はいい顔をしなかったけれど――それが僕の復讐だ。僕を動かす炎の正体だ。

 だからあのクソ魔王の思惑を悉く踏み躙って、嘲笑ってやろうと思っていた。


 ――それなのに。なんだこれは。

 魔王の呪いは、死後も僕たちを苛む。死んでも僕をイラつかせる。

 あいつか。あいつはずっと、魔王に協力していたのか。

 だとしたら、許せない。


 ……許せないのに。


「……はぁ」


 もう、なにもかも、どうでもいい気分だった。

 魔王は殺した。忍の仇は討った。ついでに、忍を死に追いやった棺無月 空澄は死んだ。空鞠 彼方は……。

 ……ああ。もう、本当にどうでもいい。


 虚無が心を再び支配する。

 忍の仇は討った。だからこれで終わりだ。

 殺し合いが継続だろうが、もう関係ない。この館での能力の強弱はハッキリした。

[刹那回帰]が最強の能力、次点で僕の[確率操作]だろう。生き残りは、この二人で確定だ。あとは、こんな場面で意味もなく正体を晒した悪魔と、雪村 佳凛、空鞠 彼方、色川 香狐が死ぬだけ。それで殺し合いは終わりだ。

 その四人――いや、三人と一体は、そのうち焦れて勝手に殺し合いを始めるだろう。今までのように。……僕から積極的に殺す理由もない。勝手に殺し合って、四人で共倒れしてくれればいい。


 ……愚かな誰かが、僕を狙ってきたらどうしようか。

 返り討ちにして殺す? ……そんな気も起きない。

 そのまま殺されてしまおうか。……ああ。そうなれば、天国とやらで忍に会えるかもしれない。

 自殺願望なんてないけれど、誰かが僕を殺しに来るのなら、それもまた運命だ。僕に授けられた運命を覆す力なんて、所詮は大切な相手一人守れないようなゴミみたいな能力だ。だったら、運命に身を委ねて、僕も……。


 ――頭の中で、どこかがヒリついている感覚。

 何かが、囁いている。言葉を、思い出させようとしている。

 その言葉は、人の形をしていた。実体のない人が、僕に呼び掛けている。

 gomennne ikite という、知らない言葉。けれどどこかで聞いた覚えのある言葉。


 ……なんだっけ。

 そんな疑問すらも、今はどうでもよかった。


 もう、どうにでもなればいい。こんな殺し合い。






◇◆◇【雪村 佳凛】◇◆◇


「んー」


 あの魔物を見てると、こう……佳凛の中で、何かが疼く。

 残酷に弄びたい。守ってあげたい。そんな二つの感情が同時に湧き出る。


「……ふぁ」


 頭がぼーっとしている。ここ最近、ずっと。

 おねぇちゃんと混ざり合った快楽で、もうずっとまともにものを考えられない。

 自分がどうしてこんな気持ちを抱いたのかさえ、詳しい理由がわからない。


 何か、××にはやらなくちゃいけないことがあった気がする。

 でも、××と××が融け合って佳凛になった今では、それが何なのかわからない。

 確か――××は××のために――。


「んー……」


 ××は××として××を××らなくちゃいけないのに××は××と一緒に××してしまったせいで××できない。

 ××は××で××で××で××で××で。

 ××、××、××、××、××、××、××。


 あたまのなか、バッテンだらけ。

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