After the Fourth Tragedy ②
《第四の悲劇の後で②》
◇◆◇【空鞠 彼方】◇◆◇
夢来ちゃんが、魔物……?
そんなこと、あるはずない。あるはずないのに。
目の前の残酷な現実は、私の願いをこうも容易く裏切る。
仲良くなった人たちが死んでいき、私は人殺しの罪を重ね、ようやく与えられたと思った救済すら儚く踏み躙られて、その上、大事な友達は私の敵だった。
こんなひどい現実は、間違っている。そう否定したいのに。
記憶に焼き付いたついさっきの光景が、これこそが現実であると突きつけてくる。
夢来ちゃんの顔で笑う悪魔。夢来ちゃんの声で悪意を謳う悪魔。夢来ちゃんの体で飛び回る悪魔。
――違う。夢来ちゃんと悪魔は等しい存在だ。あれは、悪魔が悪魔らしく振舞っていただけに過ぎない。私が目にしたのは、ただそれだけの……。
「なんでよ……」
涙が溢れてくる。悲しくて泣いたのは、いつ以来だろう。私がここで今まで流した涙は、恐怖に根差したものだった。
私はずっと、怖かった。ずっと。殺し合いなんて狂ったことの開催を宣言されてから、ずっと。こうも人が簡単に死んでいって、ずっと怖かった。
でも悲しみだけは、背負えなかった。狼花さんが死んでしまったときも、都合のいい考えに逃げて、悲しみから目を背けた。
こうして、取り繕うものもなくなって……それで今ようやく、私は打ちのめされている。
それでも、悲しみと一緒に出てくるのは、憎悪ではなく疑問でしかなかった。
どうして。なんで。理由が知りたい。
どうして夢来ちゃんは、魔物であることを隠していたのか。私と一緒に日常を過ごした夢来ちゃんは、一体何だったのか。ここで私を守ると言ってくれていたのは、全部演技だったのか。
そんな問いが反復する。
私は――彼女のことを友達と呼んで、わかった気になっていた私は、なんだったのか。私は何もわかっていなかった。
今となっては、疑問しか浮かばない。桃井 夢来ちゃんという存在は、一体何だったのか。彼女はどういう存在で、何を思ってここにいたのか。
魔物。魔法少女の倒すべき敵。
しかも――あの悪魔は、殺し合いの続行を宣言した。
空澄ちゃんが命を懸けてまで成し遂げた魔王討伐を、最後の最後で台無しにした。
その悪魔に、どんな感情を抱けばいいのかわからない。
私は、夢来ちゃんを憎めばいいのだろうか。私は、夢来ちゃんを恐れればいいのだろうか。私は、夢来ちゃんを嫌悪すればいいのだろうか。
それとも――私は夢来ちゃんを、受け入れてあげるべきなのだろうか。
わからない。わからないから、別のことを考えてしまう。
殺し合いの続行。この狂った悲劇の継続。まだ、この殺し合いは続くの?
どうして? 魔王は死んだはずだ。現に、私の視界には、大量のワンダーの死体が転がっている。人形の生死確認なんてできないけれど、多くは死んでいるはずだ。なのに、殺し合いが終わらない? ワンダーは、自分の処刑を最後まで実行しなかった? ルールを破って、しつこく生き続けている?
――黒い感情が湧き上がる。ワンダーへの、隠すことのできない憎悪。
もしこの中で、ワンダーが自分の死を偽っているだとしたら。それは全部、焼き尽くさないと。
全部、全部、全部、全部、全部燃やして、こんな殺し合いなんて――っ!
「――っ!」
そこから先は、無我夢中だった。
一人で儀式の間を飛び出して、倉庫からガソリンを運んでは、ワンダーの死体に執拗に浴びせる。
そのうちに、引き留められる。火事を起こして全員殺す気か、と。藍ちゃんたちの計画はあくまで、ワンダーに消火されること前提の計画だ。ワンダーが死を偽っている今、それに縋ることはできない。
でも、ワンダーは生きているはずだ。そうじゃないと――。そうじゃないと……。
夢来ちゃんが、この狂った殺し合いの主に成り代わったということになる。
夢来ちゃんが、あの魔王と同じ存在にまで堕ちたことになる。
「――おい、貴様、空鞠 彼方。何をしている?」
それを、藍ちゃんに止められる。
「……ワンダーは、死を偽ってる。だから、これで、ちゃんと倒さないと」
「何? 確かか?」
「…………」
私は黙り込む。そんなはずはない。
ワンダーが生きているか死んでいるかなんて、わからない。
「確かに、この死体は見ていて気分のいいものではない。しかし、貴様は――。我と棺無月 空澄が行ったことは、無駄だとでも言うのか?」
「だって――だって! ワンダーは、殺し合いは続行だって言ってた! なら、確実にワンダーは生きてる!」
「違うな。その宣告は桃井 夢来――いや、あの悪魔によるものだ。魔王の命令であれど、それは変わらん。あれは、魔王の最後の負け惜しみだ。魔王は死んだ。最後に、あの薄汚い悪魔に役を譲り渡してな。それが事実だ」
「違う! 夢来ちゃんは、夢来ちゃんは……」
私の、大切な友達で――。
「奴は、貴様すら欺いていた。それだけのことだ。絆を重んじることは美徳だが、裏切りを認めぬことは愚かさの証明でしかあるまい」
「――――っ! 藍ちゃんこそ、ワンダーが本当に死んだかどうかなんて、わからないでしょ!? むしろあの魔王なら、ルールなんて平然と破って、生き残るに決まってる!」
「それならば――ッ。棺無月 空澄は何のために死んだ!? 奴は命を支払い、魔王討伐を実行した。それがただの無駄死にだったと!? 奴の覚悟を貶めるに足る理由が、貴様にはあるのか!?」
互いに怒鳴る。
私は、大切な友達のために。藍ちゃんはおそらく、命懸けの正義を貶められるのが気に入らなくて。
終わりを迎えたはずの殺し合い。その延長戦に突入するや否や、今までよりも遥かに険悪な雰囲気が醸成される。
たぶん、どちらも、大きなストレスを抱えているから。
私は、信じたものが悉く破壊し尽くされて。藍ちゃんは、正義の執行に水を差されて。
思い出す。この館に閉じ込められた最初の日を。
空澄ちゃんも、こんな風に怒鳴っていた。こんな風に、殺し合いの引き金を引きそうになっていた。
今思えば、空澄ちゃんのあの行動は、止められる前提で実行したものだったんだろう。あれだけ頭が働く空澄ちゃんなら、私の魔法の効果により、狼花さんの無実が証明できることくらい最初からわかっていたはず。わかっていて、それを実行した。
けれど今、私たちを止めるための論理など何もない。
「桃井 夢来を殺す。それを以て、魔王討伐に終止符を打つ。それ以外に道はあるか?」
「夢来ちゃんは、殺し合いなんて望んでない! あれはただ、魔王の命令で言わされてただけで――。魔王を倒せば、命令は無効になる! 殺し合いは終わる!」
「いいや、違うな。魔王は死んだ。その死後に、桃井 夢来はあの宣言をした。ならば、魔王の命令は死後にも有効だ。貴様の言うように、魔王の死体を処理し、その後で桃井 夢来を殺す。それで終わりだ」
「そんなの――っ」
信じるものが違うだけで、論理はこうも食い違う。
それに歯止めをかける人なんて、誰も――。
「……彼方さん、落ち着いて?」
私の肩に、誰かが手を置いた。
後ろから、抱きしめられる。
振り向かなくてもわかる。それは、いつだって私に優しくしてくれる人の温もり。
香狐さんが、助けに来てくれた。
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