After the Fourth Tragedy ③
《第四の悲劇の後で③》
◇◆◇【色川 香狐】◇◆◇
「……彼方さん、落ち着いて?」
そろそろ介入のタイミングかと思い、二人の口論を遮る。
「唯宵さんも、それ以上は不毛よ。一旦、矛を収めた方がいいわ」
「……どういうつもりだ? 貴様は、空鞠 彼方の味方をすると?」
「ええ、もちろん。私は彼方さんの味方よ。だけど今回は、半分はあなたの味方でもある」
もちろん、心情的に肩入れするのではなく、あくまで論理的に肩入れするだけだけれど。私が心から支えるのは、彼方さんだけだ。
この子はとても純粋で、可愛い子だから。一番、魔法少女らしい女の子だから。
「二人とも、ワンダーの死体を焼くという意見は共通しているでしょう。だったら、桃井さんの処遇は一旦棚上げにして、それを済ませてしまった方がいいわ。本当にこの中に、ワンダーの生き残りが隠れているのなら……。隙をつかれて、逃げられないとも限らないもの」
「……そう、だな」
唯宵さんは、私の提案を簡単に呑む。どうせ、考えていることなんて手に取るようにわかるけれど。
ワンダーの焼却を済ませてしまった後は、自分一人で桃井さんを処理しよう、という腹積もりでしょうね。正義なんて名乗っていても、所詮はそんなもの。自分が思う正しさを実現するためなら、何をしてもいいと思っている。
そんなだから、私は彼方さん以外の全ての魔法少女に、落第の判を押したというのに。――いえ。棺無月さんや雪村さん辺りは、ある意味では評価に値すると思っているけれど。それは完全に別ベクトルの話。
――ともかく。
唯宵さんを納得させた私は、彼方さんの耳元で囁く。
「……大丈夫。私に任せて」
「……はい」
抱きしめた彼方さんが、私に体重を預けてくれる。
これが、私が今までに培ってきた関係だ。その成果に、多少の満足を感じる。
そうして話は決定し、ワンダーの死骸を処分する運びとなる。
まずは雪村さんに協力を頼んだ。儀式の間の床の隅に、ぬいぐるみを落とせるだけの大きさの穴をあけてもらう。そうして、その穴にワンダーの死骸を放り込んだ。もちろんワンダーは、重力に従って浴場へと落下していく。
浴場へ送り込んだ理由は、簡単に火を消せる環境にあるからだ。
そもそもぬいぐるみを燃やすのに、ガソリンなんて必要ない。ライターで火をつければ、布と綿のぬいぐるみなんて勝手に燃える。だから、一体一体燃やして、そのたびに水をかけてやればいい。それなら火事になる心配もない。
浴場は儀式の間と同じで、ガソリンや炎の存在の痕跡すら感じない形に修復されていた。館スライムが働いた結果でしょうね。
こんな閉じた場所で焼却処理をするなんて、一酸化炭素中毒が心配だけれど。そこは雪村さんの魔法で、換気の経路を確保してもらった。
もう夜も遅いけれど、全員――もちろん桃井さんを除いた――でワンダーの死骸を焼却する。一体、二体――。無心で処理する。
ぬいぐるみの量は膨大だったけれど、動き出すような個体はいない。
数時間かけて、私たちは何の問題もなく、ワンダーの焼却を終えた。
少なくとも、処刑に集まってきた分のワンダーは、全て死亡した。間違いなく。それは、積もった大量の消し炭が証明している。
そうなれば、もちろん、次に始まるのは――。
「やはり、あの悪魔を殺す他に道はあるまい」
その、わかりきった提案だった。
彼方さんが、それをすぐに否定しようとする。私はそれを制した。
「今、何時だと思っているのかしら? もう日付も変わっているわよ。全員、頭も満足に働いていないでしょう。そんな中で、あれの討伐に出る気? 第一、桃井さんが無防備でいるとは考えづらいわ。対策を練るのが先決でしょう」
「ふん。そのようなこと、我には関係ないな。貴様、我が固有魔法の力を忘れたわけではあるまい」
「あなた、魔王戦に参加したことがあるのでしょう? なら、魔王の手先の厄介さくらいは理解しているはずよ。思い上がって突撃した魔法少女の末路は――語るまでもないわよね」
「…………」
私の指摘に、唯宵さんは黙る。
「仮に桃井さんに挑むなら、あなたの[刹那回帰]が万全に使える状態で、なおかつ神園さんの[確率操作]も使用可能な状態で挑んだ方がいいでしょうね。それと……」
雪村さんに目を向ける。彼女は既に、子供らしく寝息を立てていた。
「雪村さんの[存在分離]も。その三つの魔法が、どれも今はまともに使用できない状態。第一今は、魔法少女の身体強化が封じられている状態。普段とは大きく戦闘の勝手も違うはずよ。それで、本当に挑む?」
「…………」
「納得してもらえたなら、今日はこれで終わりにしましょう。また明日、考えればいいわ。どうせ……時間はたっぷり、あるでしょうからね」
「……ふん」
唯宵さんは頷きも返さずに、ワンダーの燃えカスを一瞥した後、浴場を去った。
交渉決裂……ではないけれど、あまりいい交渉だったとも言えないでしょうね。
そう思いながら、私は彼方さんに向き直る。
「ごめんなさいね。……今は、これが精一杯よ」
「……いえ」
彼方さんが沈んだ顔をする。……慰めてあげたい。思い切り、抱きしめてあげたい。
だけど、もう少しだけ我慢だ。
視界の端に、もうここにいる意味もないとばかりに、虚無的な顔で去っていく神園さんを認める。
ここにいるのは、私と、彼方さんと、寝てしまった雪村さんだけ。
「とりあえず、雪村さんを起こしましょうか。こんな場所で寝かせるよりは、個室で寝てもらった方がいいでしょうから」
「そ、そうですね……」
二人で雪村さんを起こす。そして、自分の個室で寝るように説得する。
雪村さんは瞼をこすりながら、私たちに手を引かれて、自分の個室へと戻っていった。
そうして、私たちはもちろん――。
「いらっしゃい、彼方さん」
「は、はい……。お邪魔します……」
私の部屋に、彼方さんを招く。こんな状況なのに、律儀に挨拶している彼方さんが可愛らしい。
私の足元を歩いていたクリームも、ドアの隙間から部屋の中に入ってくる。
――さて、と。
私はベッドに腰を下ろして、彼方さんを隣に誘う。彼方さんは少し躊躇する素振りを見せた後に、私の隣に座った。
緊張しているのか、それとも別の感情か、今日の彼方さんはいっそう小さい女の子のように見える。
「……そろそろ、話しておかなければならないでしょうね」
「――ぇ?」
彼方さんが、何を言われたのかわからないとばかりに、小さく疑問符を発する。
だけど、まあ、言うべきタイミングは今だろうと思う。
私は軽く息を吸って、それから吐いて、呼吸を整えてから言った。
「まず、私はあなたに謝らないといけないわ、彼方さん」
「あや、まる……?」
「ええ。私は――。桃井さんが魔法少女ではないと、最初から知っていたわ」
「――っ!」
彼方さんが大きく目を見開く。
私が彼女を敵視していたのは、彼女が魔物であると知っていたから。
「その理由を、今から話すわ。聞いてほしいの。――魔法少女の秘密と、このデスゲームが開かれた本当の理由を」
私は、部屋の電気を暗くする。
これから語られるのは、呪いの夜に相応しい、残酷な御伽噺。
子供には到底聞かせられない、おぞましい残酷童話。
それを、語る。私の口から、彼女に伝える。
この先に待つ結末を、少しでも良い方向に導くために――。
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