Mysterious Act
《謎めいた行動》
昼食後。今度は佳凛ちゃんも寝てしまうことなく、全員が館のどこかへ散っていった。それを見送ってから、香狐さんと昼食の片づけをした。
……それで、時間を持て余す。
「えっと……香狐さん、夕食までどうしますか?」
「そうね。どこか行ってない場所とか、あったかしら?」
シアタールームは二度と御免だ。書庫は……たぶん夢来ちゃんがいる。あれ以来夢来ちゃんは、書庫で度々ミステリー小説を読んでいる。それは、この館で過ごしている面々にとっては既に周知の事実だ。
他に時間を潰せそうな場所は……。
「屋内庭園とか……どうですか?」
遊戯室と迷った末に、屋内庭園を選んだ。
遊戯室は、この前の件が……。少し、嫌な思い出になっている。
「そうね。あまり時間は潰せないかもしれないけれど……いいんじゃないかしら」
香狐さんは、私の提案に頷いてくれた。
屋内庭園は、女子トイレを挟んで、厨房のすぐ近くにある。ものの十数秒で、屋内庭園の前に辿り着いた。
……私はここに、足を踏み入れたことがないけれど。何があるのかは知っている。
全て作り物の植物でありながらも、この館の中で一番綺麗な景色が見られる場所だと、初日の探索後に聞いた。
ただ、何もできることはないから……みんな、ここにあまり来ようとはしない。
美術館のようなものだ。そこにある価値がよくわからないから、綺麗なものとはわかっていても、敬遠してしまう。
でも……一度ちゃんと見てみたかった。屋内庭園というのが、どういうものなのか。
香狐さんと一緒に、足を踏み入れる。
私は、綺麗な花の敷き詰められた――だけど、ワンダーの悪意によって毒草のレプリカだらけ、という嫌がらせのような場所を想像していた。
けれど、その予想――ならぬ逆張りは、見事に外された。
人が通るのに適した幅の通路が、植物の間を抜けて存在している。それはまるで、花の中に作られた道のようだった。
花々や木々も、偽物であることを感じさせないほどの精巧さだった。
美しい花の道を抜けると、今度は噴水があった。……太陽光はないけれど、噴水の飛沫はキラキラと輝いて見える。
噴水の脇にはベンチがあって、香狐さんと二人でそこに座った。
ベンチからの景色も、まるでここがあの館じゃないくらい綺麗なものだった。
「……綺麗ね」
「そう、ですね」
綺麗だ。とても。
だからこそ、現実感がなくて……虚しくなる。
なんだかここは、自分の居場所じゃないような気がして。
……殺し合いの真っ只中にいたせいで、この澄んだ空気こそが自分にとって毒になってしまったような。
そんな有毒の空気を吸い込んだせいで、吐き気がする。
「……ぅ」
「彼方さん? 顔色が悪いようだけれど、大丈夫かしら?」
「は、はい……」
本当に自分が変異してしまったという感覚が、私を追い詰める。
全く大丈夫じゃなかった。今にも倒れてしまいそうなほどに、平衡感覚がしっちゃかめっちゃかになっている。
「……どう見ても、大丈夫そうじゃないわ。一度、横になって?」
「はい……」
香狐さんに手伝ってもらって、ベンチに横になる。
その際、私の頭は香狐さんの膝に乗せられた。……子供っぽくて少し恥ずかしいけれど、でも、落ち着く。
香狐さんと二人で、静かに過ごした。そのうち、私は眠くなってしまって……。
「あら。彼方さん、眠いのかしら?」
「あ、いえ……」
「遠慮しなくていいわ。眠いなら、寝てしまってもいいわよ。私が傍についているから」
「……すいません」
「あら。いいのよ、別に」
香狐さんの膝の上で、目を閉じる。
すぐに、私の意識は微睡みの中へ落ちて行って――。
◇◆◇◆◇
起きると、既に時刻は午後三時二十分だった。
屋内庭園には時計がないから、一度食堂に戻って確認したのだけれど。
「あの……ごめんなさい。結構長い間、寝ちゃったみたいで……」
「寝顔を眺めるのも楽しかったから。別にいいわよ」
香狐さんは微笑みながら言ってくれる。
……私、気遣われてばっかりだ。どうしようもなく一方的に、香狐さんに甘えているだけだ。
――これでいいのだろうか。そんな気持ちはある。
でも、この関係を終わらせてしまった途端に、私は罪悪感によって内側から食い殺される。……それは、恐怖以外の何物でもない。
だからわたしは、後ろめたさから目を背ける。
結局私たちは、夕食の準備をする時間になるまで、屋内庭園で過ごした。
午後五時から夕食の支度を始めて、午後六時には食堂にみんな集合する。
夕食にも、空澄ちゃんは現れない。
他の人は……藍ちゃんと接理ちゃんはお風呂に入ってきたようだ。髪が濡れているし、その……表現しづらいけれど、風呂上がり特有の雰囲気がある。いつもこの二人は、夕食後にお風呂に入っていたはずだけれど……。今日はいつもより早い。何かあったのだろうか。
そんなことを考えながら、食事を取っていた時だった。
『魔王! 降! 臨!』
突如として食堂に飛び込んでくる、ぬいぐるみの影。
香狐さんが振り返る。私は香狐さんの手を取って、少し香狐さんに寄った。
「今度は何の用かしら?」
『あはっ。あははっ、あははははっ! キ、キミたちが悪いんだ! せっかくのゲームを、バグだらけだのなんだの言うから……っ!』
「……何?」
香狐さんがワンダーを睨む。
ぬいぐるみのわかりづらい表情でも、ワンダーが歪んだ顔をしているということははっきりわかった。
『今からここは、ボクが占拠する! 通してほしかったら、ボクとのゲームに勝ってみせろ!』
「――ひっ」
ワンダーがそう言った途端、大量のワンダーが食堂に入ってきた。
それは、最初の事件の処刑を想起させて――私は恐怖に身を震わせた。
大量のワンダーは組体操でもするようにして、食堂のドアを完璧に塞いでいる。
「またゲーム? 昨日やったじゃない」
『お嬢様ちゃんのお耳は壊れてるのか! キミらがあのゲームをボロボロのミソミソのカスカスに貶してくれるから、ボクがこうして仇を討ちに来たんじゃないか!』
「知らないわ。製作者の責任でしょう、そんなの。実際、まともに動作していなかったじゃない、あのゲーム」
『……あっ、ちょっとちょっと。ツッコミどころはそこじゃないでしょ? ほら、そこは、そんなにボロクソに言ってなかったじゃない、って感じで……』
「ああ。それなら、私たちは実際には酷評どころか何も言っていないわけだから、このゲームとやらは中止ね。理由はなくなったもの。もう帰っていいわよ」
『んぐっ、辛辣っ! でもボクはめげないからな!』
「はあぁ……」
『んぎゃあ!? その冷たい目は心に響きますぅ!』
香狐さんが長い長いため息を吐く。ため息とともにワンダーに向けられる冷たい目は、本当にどうしようもなく汚らしいものを見るような目つきだった。
何やら口論は、香狐さんが優勢に進めているようだった。
『と、ともかく! ゲームをすると言ったらするんだ! ルールは――えっと、ルールは……あれ、何だっけ?』
「……用意してきたのではなかったのか、魔を統べる狂犬よ」
『ち、違うよ、用意してたんだよ? えっと、その……思い出すからちょっと待ってて! ご飯食べててくれていいから!』
ワンダーがそう言って、ドアの前を占拠したまま考え出す。
大量のワンダーが一斉に考えるポーズを取っているというのは、見ていて気持ちが悪かった。
その緊張状態で、私は何も食べられなかったのだけれど……。
「おい。いい加減にしろ。僕はもう部屋に戻るぞ」
『あっ、それ死亡フラグだもんね! 白衣ちゃん、襲撃には気を付けてね?』
ワンダーに待たされてから、既に二十分が経過していた。
それでもなお、ワンダーはゲームとやらを突きつけてくる気配もない。
更に、ワンダーは私たちを拘束し続け――一時間が経過する。
この頃になると私も時間を持て余し、無理矢理夕食を喉の奥に押し込んで、食事を終えた。ワンダーへの恐怖は、依然として残っているけれど。
そうして、ワンダーの襲来から約八十分――午後七時半を迎えたところで。
『あはっ、やっぱゲームとかいいや。うん。もう帰っていいよー!』
「は?」
突然に、ワンダーはそう言い放った。
ドアを塞いでいた大量のワンダーが一斉に退いていく。
後には、ただ一匹が残った。
『あ、そうだ。痴女ちゃんと融合姉妹ちゃんは、すぐに遊戯室に来てね。さっきの続きの、シューティングゲームをやるからさ! それじゃ!』
手を振ると、今度こそワンダーは完全に食堂から出て行った。
……今の、何? 何もしてこないなんて……。
八十分。私たちが拘束された時間。これだけ時間がありながら、用意したゲームのルールを欠片も思い出せないなんて。魔物の脳内構造なんて知らないけれど……それにしたって不可解だ。
何か、裏があるような気がする。私たちをここに縫い留めて、それでワンダーが得をすること? それは、一体……何?
疑問に思うも、それを推理する材料は全くない。
ワンダーから解放されると、私と香狐さん以外はみんなこの部屋を出て行った。
夢来ちゃんと佳凛ちゃんは、ワンダーのわけのわからない言いつけ通りに遊戯室へ向かったのだろうか。藍ちゃんと接理ちゃんの行き先はわからない。ただ、一緒に出て行くところは見た。
「……とりあえず、夕食の片付け、しましょうか」
「そう、ですね……」
私はテーブルに残った食器を回収しながら、この不可解な出来事の裏を考え続けた。
結局、結論は何も出なかった。
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