For the Evolution of the Magical Girls

《魔法少女の進化のために》




「進化の、可能性……?」

「ええ。魔法少女は、次のステージに進むことができる。かつて魔物が歩んできたのと同じように」

「……魔物が」


 魔物が、進化している?


「おかしいとは思わなかった? 世界に散る【十二魔王】は、未だ一人たりとも倒されていない。今も最前線で命を懸ける魔法少女たちが、必死に絶望の権化に抗っているというのに」

「それは……」


 そういうものだと思っていた。【十二魔王】。魔物の頂点に君臨する絶対存在。

 それは太古の昔から、魔法少女の攻撃を物ともしない圧倒的な存在として生き続けているのだと思っていた。魔法少女はもとから、魔王に勝てるようにはなっていないのだと。だから魔王は未だに十二体全て現存しているのだと。

 でも本当は……そうじゃないの?


「魔法少女は通常、その存在を隠蔽されているわ。その力が明るみになって、よくないことに使われるのは、魔法少女が生み出された意味に反するもの。けれどもそのせいで、魔法少女には記録が残らない。魔法少女には歴史が伝わらない。……スウィーツも、隠したい情報くらいは隠すもの。誰かがわざわざ語り継いだりでもしない限り、過去は永遠に知られることがないのよ」

「それは、つまり……。何か、私たちに秘密にされていることがあるんですか?」

「ええ。創造者の存在もその一つだけれど。魔王に関する歴史も、あなたたちには伝えられていないのよ」


 香狐さんは再び、隠された真実を私に打ち明ける。


「魔王が現れたのは、かなり近年になってからよ。【十二魔王】は、突如として世界に出現したイレギュラー。昔から魔物と魔法少女の争いは続いてきたけれど、その中で先に進化の可能性を見出したのは、魔物の方だったというわけね」

「…………」

「【十二魔王】は、魔法少女が相手をするには強大すぎたわ。それ以前は空想級と呼ばれる魔物までしか存在せず、それに対しても辛勝をもぎ取ってきた魔法少女にとって、空想級の更に上を行く魔王は手に負えない存在だった。そうして、徐々に魔法少女は追い込まれて……その果てが現状よ」


 魔法少女の創造主は捕らえられ、全ては魔王の胸三寸となった。

 その魔王は狂ったゲームを開き、人類の運命すらこの場に委ねた。


「魔王は、長い魔物の歴史で生み出された進化個体よ。……だから、それに抗うなら、魔法少女も手にしなければならない。新たな進化の可能性を」

「で、でも……」


 話に圧倒されていた私は、そこでようやく口を開く。

 香狐さんと目を合わせると、無機質な瞳とぶつかった。そこに不安の色はなく、期待の色もまた垣間見えない。少なくとも、この話をするには適さない表情に思えた。


「そんなに簡単に、進化って……できるんですか? さっき香狐さん、言いましたよね? ここで話しておかなきゃいけないって。まるで……今ここで、進化ができるような言い方でしたけど……」


 状況に翻弄され続けたストレスで、語調が刺々しくなってしまう。それでも構わず、私は言葉を紡いだ。


「そんなことが、すぐにできるなら……。それで魔王に対抗できるなら、どうして今まで……っ」

「ごめんなさい。ただ、これには条件を整える必要があったから。今までは絶対に使えないものだったの」


 クリーム、と呼びながら、香狐さんが腕の中のイタチのようなスウィーツを撫でる。クリームちゃんは呼びかけに応えて起き上がり、顔を私に向けた。


「私が見つけた魔法少女の進化の可能性は、スウィーツと融合……いえ、ここは共鳴と言っておいた方がいいかしら」


 香狐さんは言葉を変える。……たぶん脳裏に浮かんでいるのは、第三の事件の後の、佳奈ちゃんと凛奈ちゃんの結末だろうと思う。


「私に魔法をかけた彼方さんなら気づいているかもしれないけれど。私もスウィーツも、その実体は魔法のようなものよ。生物とは、少し違うわ。その存在自体が、特殊な魔法のトリガーになるの。だからスウィーツと一体化することで、魔法少女は更なる力を発揮できる……かもしれないわ。まだ理論の段階でしかないから、実際にどのようになるかは、予測でしか語れないけれど……最低限の理論は組み終わっているわ」

「それは……」

「スウィーツとの一体化の条件は、たった一つよ。純粋無垢な意思の持ち主が、その意思を極限まで高めること。……それで、魔法少女は存在がスウィーツに近づくわ。そしておそらく、その資格をこの館で唯一有する人がいるとしたら……。私は、あなた以外にいないと思うわ、彼方さん」


 香狐さんの瞳が、私に向けられる。

 香狐さんとクリームちゃんの二対の目が、私を見据える。その視線に、私はたじろぐ。


「今残った他の三人では、不適格でしょうね。正義という役割に固執――いえ、執着した唯宵さんの在り方は、純粋さとは程遠い。悲嘆故に憎悪と虚無を繰り返す神園さんは論外よ。雪村さんは……彼女はある意味では純粋無垢とは言えるかもしれないけれど、彼女に力を託したくはないわね。こう言ってはなんだけれど、何をするかわからないもの」

「それじゃあ、私は……」

「資格は十分にあると思うわ。けれど、今はまだ……ね。今までのあなたは純粋さ故に重圧に苦しんで、道を外れていった。一度は正気と狂気の境目を自覚して、戻って来てくれたようだけれど……。今のあなたは、また揺らいでいる。そうでしょう?」

「…………」


 香狐さんの言う通りだ。今の私の心は、グチャグチャに掻き乱されている。

 夢来ちゃんが殺されて、香狐さんは誰かに殺されかけ。

 私は同時に、大切な相手を二人も失いそうになった。……一人は、実際に失った。

 今も私の中には、膨大な感情が渦を巻いている。未だ何の方向性も与えられぬ、憎悪とも憤怒とも悲嘆とも取れぬままのエネルギーを抱え込んでいる。

 そんな私が、純粋無垢だなんて……。


 私の親友の方が、私よりずっと……優しさを捨てず狂気に堕ちなかった彼女の方が、ずっと純粋無垢と言うにふさわしかった。

 だけど彼女は、魔物だった。……残されたのは、もう私だけ。


「あなたに近づいたのは、あなたならこの進化の資格を満たすことができるかもしれないと思ったからよ。……卑怯な理由よね」

「……いえ」


 香狐さんは言わない。

 私がもっと早く、正しい方を向いて覚悟を決めていれば――米子ちゃんも、初さんも、狼花さんも、忍くんも、摩由美ちゃんも、佳奈ちゃんも、空澄ちゃんも、死なずに済んだんじゃないか、なんて。

 香狐さんに慰められて、それで私がちゃんと立ち直って、その進化の条件を満たしたのなら……こんな殺し合いなんて、早々に終わってたはずだなんて。香狐さんはそんなこと、一言も言わない。だからこそ、罪悪感に苛まれる。

 また、涙が出そうだった。今度は自分が情けなさすぎて。自分がどうしようもない存在だと、幾度となく突きつけられた実感を、更に深い形で与えられて。

 そして――今もなお、何もできない自分が、私は大嫌いだった。


「だけどもう、おそらく道は残っていない。……どうか、お願いするわ。犠牲の未来を、滅亡の未来を――あなたの手で、終わらせて。断ち切って」

「――――。でも、私は、そんなの……」


 みんなを救いたくないわけじゃない。

 この地獄の終焉を望んでいないわけじゃない。

 だけど私は――『純粋無垢』なんて資格は、有していない。今の私は、ただ打ちひしがれてうずくまる、醜い殺人鬼でしかないのだから。


 自分の殻に閉じこもろうとする私に、香狐さんはなおも言い募る。

 とても優しい表情で、私の頬にそっと手を当てて、顔を上げさせる。


「あなたの罪は、私が背負うわ。犠牲を選んだのは、私。どうにかしなければいけなかったのも、私よ。……私の怠慢が、古枝さんと神子田さんを殺したの。……そしてきっと、もう一人も」

「……もう、一人?」

「ええ。……いるんでしょう?」


 香狐さんが、壁紙一面に表示されたカウントダウンに目を遣る。

 そうだ――いる。被害者がいる。なら、【犯人】もいる。


「私が、三人分の罪を背負う。だからあなたは……この事件を終わらせて、自分を取り戻して。どうか……あなたの底で眠らされてしまった、純粋無垢なあなたを救ってあげて」


 香狐さんが、私を包む。

 香狐さんの温もりに包まれて、私は香狐さんに寄りかかる。

 また、涙がツッと頬を伝って……。

 瞼をぎゅっと閉じて、また開く。瞳に残った涙が、押し出されて溢れ出る。

 それきり、もう――涙は出なかった。


「そして最後に……私たちを、救って」

「――はいっ」


 私は、覚悟を決めた。

 こんな殺し合いは、もう……これで終わりにするんだって。

 私の心を雁字搦めに縛る、この事件を解き明かす。


 夢来ちゃんの死の謎を。香狐さんが狙われた謎を。

 私を縛る鎖を断ち切って、終局へと進む。


 今度の【犯人】は、殺させない。ただ謎を解いて、心の整理をつけて、私は資格を手に入れる。純粋無垢という、失ってしまった理想を取り戻す。

 ――そして、犯した罪には、罰を受けさせる。

 これで最後だ。起きてしまった事件を踏み越えて、私は――。

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