【解決編】You've passed the trial.
《貴方は試練を越えた。》
『んんん――――っ! 大正解!』
『みんな大好きみんなのリーダー、魔法少女の中の魔法少女! 【獣王】こと玉手 子犬ちゃんを殺っちゃったのは、なんと――』
『解読不能の吟遊詩人、その無能さは折り紙付き!』
『二つ名持ちの英雄に憧れる、亜麻音 琴絵さんだったんだ!』
盛大なファンファーレが鳴り響く。
歓声や拍手の効果音とは対照的に、私たちは誰も言葉を発せなかった。
……亜麻音さんの敗北は確定した。私が、死刑を確定させた。
もしかしたら、避ける方法もあったのかもしれない。
今回のデスゲームでは、未だ若干ルールが甘い部分がある。例えば処刑のルール。
『【審判】において【真相】を言い当てられた場合、【犯人】は処刑される。証拠と明確に矛盾する推理を結論とした場合、【犯人】以外の全員が処刑される。』
これをそのままとらえるなら、例えば証拠とは全く矛盾しないストーリーをでっちあげた場合、双方は処刑されることなく事件をやり過ごせたのではないのか。そんなことを考える。
けれど、『証拠と明確に矛盾する』という文言が厄介だった。ルナティックランドはなにも、発見された証拠だけとは言っていない。もしかしたら、私たちが未発見の証拠があったのかもしれない。
もしストーリーのでっちあげを行い、その未発見の証拠との矛盾を生んでしまえば――目を覆うような惨状を作り出してしまうことになるだろう。
それだけは、呑み込むことはできなかったから。ルールの穴に気が付いていながら、私は亜麻音さんを処刑台送りにした。
「「「「「…………」」」」」
辛い沈黙が場を支配する。
誰も、何と声を発してよいのかわからない。
これから、一人の人間が殺される。その人に声をかけてもいいのか。
しかしその人は殺人犯だ。それはどうやっても覆らない事実。
けれどその人は同じ魔法少女だ。ここ数日生活を共にした仲間でもある。それを切り捨ててしまうなど許されるのか。
様々な葛藤が、皆の中に渦巻いているのが見て取れる。
『くははははっ! 結論が出たようですねぇ』
不意に不愉快な声が響き、全員が身に着けたムーンライトが強制起動される。
全員の手元にホログラムのような画面が現れ、そこには愉悦に笑みを浮かべるルナティックランドが映されていた。
『もちろん、ルールはお忘れではぁ、ありませんよねぇ? さぁさ皆さまぁ、お待ちかねの処刑ですよぉ。よぉく目を開いて、見逃さないように。くはっ、くははっ、くははははっ!』
「……色川 香狐、だったな」
死の時間が迫る亜麻音さんが、掠れた声で私の名を呼ぶ。席を立ち、私のところまでやってこようとする。
殺人犯の不審な動きに、それを止めようと万木さんが立ち上がる。
私は手を挙げてそれを制し、立ち上がって亜麻音さんと向かい合った。
「貴方は試練を越えた」
『今ここに、狂気の国の魔王、ルナティックランドとして命ず』
「皆を破滅より救った」
『孵りし狂気の雛鳥に、美しき死を』
「だから――」
酷薄なルナティックランドの命令を聞きながら、亜麻音さんは。
「どうか貴方は、英雄になってくれ」
「……ええ、引き受けたわ」
英雄。悪を憎み、正義を愛し、誰かを守るために戦うヒーロー。
その役割を魔王に頼むなど、冗談にしても馬鹿げているけれど。
……死にゆく彼女を慰める術は、これしかなかったから。私は、彼女の願いに頷いてやる。
「すまない。頼ん――」
不意に、亜麻音さんの言葉が揺らいで。
いつしかできていた床の穴に、彼女は吸い込まれていった。
◇◆◇◆◇
ルナティックランドを映し続けていたムーンライトの映像が、不意に切り替わる。
映っているのは、先ほど幾度となく捜査した観覧車乗り場。
既に扉の閉まったゴンドラを追うようにして、映像の視点が移動する。
……ゴンドラの中に、亜麻音さんがいた。
拘束はされていないようだったけれど、抵抗する様子はなかった。
ただ失意に項垂れ、涙を流しながらそのときを待っている。
――いや、ゴンドラの中にいるのは亜麻音さんだけではない。玉手さんの死体も、亜麻音さんの向かいの座席に座らされていた。
それを見て、彼女は今どんな気持ちでいるのか。それを推し測ることは、私にはできない。
やがて、ゴンドラはゆっくりと空へ上昇していく。
こんな映像、見る価値などないのに。これを見届けることが義務であるかのように、私は映像から目を離せなかった。
映像の中、項垂れていた亜麻音さんが不意に顔を上げた。その顔を玉手さんに向けて、震える口で何かを呟いている。
その声を私たちは聞くことができない。映像の視点はゴンドラの外にあって、ただガラス窓を追うようにして空中を這っているだけなのだから。
ふと、映像の様子から、もうすぐゴンドラが天頂に差し掛かっているのだと理解する。これが一周した時、きっと亜麻音さんは生きてはいないのだろう。あと、半周の命。
そう思っていると、突然カメラがゴンドラを撮影範囲外に追いやり、遥か天を見上げた。
――何か、巨大な球体が、落ちてくる。
ゴンドラが、天頂に至ると同時に。
轟音を立て、球体とゴンドラが衝突した。
「ああっ!?」
誰かが悲鳴を上げる。
かなりの勢いを持って衝突した球体は、観覧車のフレームすらも破壊し、真下にあるゴンドラを強引に地へと叩き落す。
一瞬のことだった。一瞬で、ゴンドラは天頂から地面へと辿り着き――
砂埃。視界不良。何も見えない。
もう、何がどうなってしまったかはわかっているはずなのに。私は、画面から目を逸らすことができなかった。
やがて、砂埃が晴れ、そこには――
乗り場の屋根すら貫通した、巨大な球体――星の模型。
ペシャンコになったゴンドラ。
そして、おそらく二人分の、血だまりが映っていた。
◇◆◇◆◇
「ひ、ひどい……。あんまりなのです……」
「う、うぷ……」
処刑を見届けた面々が顔を蒼白にして、涙を流し、あるいは吐き気を堪えて床に這いつくばる。
私も、あまりのことに思わず口を手で押さえていた。その仕草は透意と同じものだったようで、彼女もまた酷い顔で口を押さえて呻いている。
透意は本当に苦しそうで、先ほどから粗い呼吸を繰り返している。
「透意、大丈夫?」
「…………」
透意は返事もできないのか、透意はむせ返りながらなおも粗い呼吸を繰り返す。
私は彼女の背中をさすり、回復を待った。
……それで、幾分か楽になったのだろうか。しばらくすると、彼女はその症状から立ち直った。
呼吸がまともに行えていなかったせいか、それともそれ以外の理由か、その目には涙が滲んでいたけれど。
「……すみ、ません。ありがとうございます」
「……いえ、別に」
誰も死なせなくてもいいかもしれない道を思いついていながら、私はこの結末を選んでしまったのだ。
礼を受け取る資格などない。
それに――正直に言って、私も余裕がなかった。
私が咄嗟に口を押さえた理由は、吐き気や驚愕などではなく。歪んだ笑みが、私の口元に浮かんでいたからだなんて。
それに気づかれていないかどうかが、気になって気になって、彼女を慰める余裕など本当はなかった。
「…………」
笑みを浮かべたとき、まるで私以外の誰かに乗っ取られているかのような気分だった。でもきっと、これは私の感情から生まれたもの。
罪悪感とは裏腹なあの嗜虐心と愉悦こそ、私が未だ魔王であることを捨てきれていない何よりの証拠。
贖罪だ何だと言っておきながら、私が背負った業は今もなお消えていない。それを、実感する。
私は、託されたのに。
遠い背中を追いかける者同士、僅かばかりの共感を持っていた亜麻音さんに。
だけど、こんな歪み切った私が、英雄なんかになれるのだろうか。
私はもう、とっくの昔に狂気に呑まれてしまったというのに。
震える透意の背中を眺めながら、私は、想像もつかない未来図を投げ出した。
――これが、最初の事件の終わり。
英雄に憧れ、幾度となく挫折し、挙句の果てには最悪の裏切りを受けて死に至った【犯人】の事件は、これにて閉幕。
この事件から、私が学んだことは一つ。
憧憬で人は善くならない。憧憬は届かないからこそ成立するものだから。
彼方さんと同じ場所を目指すだけでは、きっと私は失敗する。
――First Case
【犯人】:亜麻音 琴絵
被害者:玉手 子犬
死因:観覧車を利用した[試練結界]による巨大魔法陣の起動
死亡時刻:午前9時12分
解決時刻:午前11時46分
生存数:7人
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます