After the First Case ①

《第一の事件の後で①》

(※精神汚染がやや重いのでご注意ください)




◇◆◇【万木 光花】◇◆◇


 全身を覆う無力感に従い、私は目を伏せた。

【審判】とやらを見届けた邪精霊は、私たちに言葉を掛けることもなくどこかへと去っていった。魔王ルナティックランドも通信からいなくなり、私たちは魔法少女だけの時間を取り戻す。

 これまでなら、子犬が盛り上げ、異常な状況ながらある程度の笑顔を持って過ごせたはずの時間。しかしその時間はもう、帰ってこない。

 子犬は、子犬は……。


「くっ……」


 この狂った状況が打破されるまで、流さないと決めていた涙が溢れ出す。

 彼女は私の戦友であり、親友でもあった。大規模な作戦の際にはほとんど子犬が共に居合わせたし、メッセージのやり取りも頻繁にする仲だった。

 ……その彼女が、殺された。


 いや、殺されたなんて言い方は卑怯だろう。それではまるで、彼女が一方的な被害者のようだ。

 香狐の推理によれば、子犬は犯してはならない罪を犯そうとしていた。だから、彼女は命を落とした。

 琴絵が殺したことは確かでも、子犬の殺意もまた事実であると確認されてしまった。


 思えば、子犬は最初から覚悟を決めていたのかもしれない。

 私たちは二つ名持ちの魔法少女として皆の前に立っていた。子犬がリーダー役を引き受け、私がそれを補佐する。さも当然であるかの如く、私たちは責任をもってその仕事に従事していた。

 そして最初の夜を迎えたとき、子犬は言った。外に出て見回りをしよう、と。特に凶器ショップとやらに関しては、皆より先に確認しておく必要があると。

 私は何の疑いもなくその提案を了承し、凶器ショップなどの場所への見回りに出た。

 あれはもしかしたら、子犬こそ凶器ショップの物を求めて動いていたのではないか。私は子犬のことを信頼しきっていたから、彼女が凶器をくすねるようなことなどないと思い、身体検査などもしなかった。

 今回の事件で証拠品の一つとして発見された小刀は、もしかしたらそこで……。


「くそっ」


 私は席を立ち、審判の間とやらから飛び出す。

 衝動のまま、どこを目指すわけでもなく、ただ走って城の外へと飛び出す。


 なぁ、何故だ。子犬。

 何故だ、琴絵。

 何故だ――私。


 何故殺そうなどと思った。何故自分の命を捨てた。何故万全の警戒を怠った。

 その愚かしさを、私は赦すことができない。

 大罪を背負った身でありながら、私は自分も、他人も赦すことができない。


『絶対に、殺してやる――』


 あの日の残響が、いつまでも耳の奥で鳴りやまない。私が背負った大罪は、きっと誰も赦さない。私自身さえも。


「いや……」


 そういえば、と気づく。

 私が赦せない罪を赦した魔法少女がいた。


 香狐は、子犬を殺した琴絵にさえも慈悲を持ち、更にはその末期の願いを引き受けるという真似までしていた。

 あんなことは、私には到底できないことだ。私以外でも普通はそうだろう。殺人犯の言葉を真摯に聞き、その願いを受け入れるなど、普通はできない。

 しかし思えば、香狐は子犬に関する推理を語るときも、嫌悪感は一切見せなかった。ただ適切な推理を語るだけという様子で――。


 子犬も、琴絵も、彼女に赦された。なら――。

 彼女は、私の罪も、赦してくれるのだろうか。






◇◆◇【霧島 栗栖】◇◆◇


 役立たず。無能。ボンクラ。未熟者。能無し。半人前の出来損ない。

 お前は何のために生きているんだ? お前は何のためにここにいるんだ?


 お得意の推理で、みんなを救うんじゃなかったのか。

 何の意味もないのに、ただ好きだからという理由で読み耽っていたミステリー小説に、やっと意味を見つけたんじゃないのか。

 今まで培った推理力で事件を解決してみせるんじゃなかったのか。


「……う、ぷ」


 何だそのザマは。

 華麗な探偵が、吐き気を堪えて這いつくばったりするのか?


「違う、違うんだ……」


 ボクの口が呟く。何が違うって言うんだ?

 嫌われるとわかっていながら他人に高圧的に接することをやめられないことか?

 身勝手にも自分だけ護身用の武器を手に入れようとした挙句、あっさりバレたことか?

 初めて死体を目にしてパニックになったことか?

 自分が【犯人】呼ばわりされたと勘違いして騒ぎ立てたことか?

 推理に貢献するどころか、本当の探偵役の足を引っ張ることしかできなかったことか?


 答えてみろよ、役立たず。


「ボクは、ボクは……」


 お前なんて所詮その程度だろう?

 口先だけで、いざその状況がやってきたら何もできない。ただ無知であることに怯えて、一人で勝手にパニックになって、そして周囲に迷惑をかける。今までだってそうだったじゃないか。なぁ、お前は学校で何回口論になったっけ? 今まで何人に嫌われた? 嫌がらせを受けた回数は何回? 怒らせたのは自分のせいなのに、逆恨みをした相手は何人? 殴り合いの喧嘩になった回数は? 今残っている友達は何人? その子たちは今もお前を友達だと思ってくれている? 偉そうで、仕切り屋で、自分が無視されることは我慢ならなくて、そのくせ他人のことは平気で切り捨てて、現実を認められなくて相手が悪いだとかわめきたてて、他人に優しくすることは全然できなくて、そんな最低なお前を愛してくれている人数は残り何人だい?


「う、ぅぅ……」


 ほら、そうやって逃げ出す。部屋を出たってどこへ行くつもりなのかな?

 自分に割り当てられた個室? 無駄だってわかっているくせに。


 誰も、自分が引き摺った影からは逃れられないのに。

 たとえ魔法少女になって、[探偵隠形]なんて魔法を得たとしても、絶対に。


 ――ああそうだ、言い忘れていたよ。

 人が死んだばっかりだっていうのに、自分の事しか考えられないなんて、お前は本当に最低だね。






◇◆◇【包 結似】◇◆◇


 悔しい。裏切られた。許せない。

 そんな感情が燃えているのを感じる。


 信じていたのに。玉手 子犬と名乗るあの子を信じていたのに。

 それなのに、彼女は凶器を持ち歩いていた挙句、他人に殺意を向けて死んでいった。


 どうしてそんな愚かしい真似をしてしまうんだ!

 英雄がそんなことをするはずがないというのに!


 信じれらない、という思いはある。できるなら、誰かにこの現実を否定してほしかった。

 実はあの犬耳の子は魔物の正体に気が付いており、それに対する殺害計画を練っている際に今回の事件が起きた、だとか。そんな筋書きでこの現実を否定してほしい。


 私の献身はなんだったのだろう。

 私は一体何のために生きていたのだろう。


 ――死に向かう際も、恐怖はなかった。

 もう私は、どう生きればいいのかを見失ってしまった。

 希望を探そう。そう宣言したのは、他ならないあの【獣王】なのに。

 私に絶望を与えたのもまた、あの【獣王】だった。

 私は……もう、疲れた。事件の準備で、ほとんど寝てもいない。あれだけ大掛かりな準備もしたのだから、疲労も相当に蓄積している。

 だから、もう……いいだろう。


 いや、しかし。もしかしたら、あの狐の女の人なら。

 私の生涯に、意味を見出してくれるのかもしれない。

 こんな最低な人生に、価値を与えてくれるかもしれない。


 そう思い、私に希望は抱けずとも、希望の萌芽は託すことができた。

 私にしては……上出来だっただろう。


 そんなことを考えながら、亜麻音 琴絵と名乗るあの子は連れていかれた。


「…………」


 処刑映像を見届けるだけ見届けて、結似はすぐに部屋を出たワニ。

 ここにい続けると、まだグチャグチゃになってしまう気がしたからワニ。


 ちなみに、結似自身はもちろん、特に何も思わなかったワニ。

 結似に心というものが存在するのなら、の話ワニけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る