The trickster made a mistake.

《トリックスターは失敗した。》




 私は少し怖くなって、旧個室から一度出ることにした。

 すると、ドアの外にはいつの間にか、大勢が揃っていた。


 摩由美ちゃん、夢来ちゃん、香狐さん、狼花さん、藍さん、接理ちゃん、忍ちゃん。

 佳奈ちゃんと凛奈ちゃん以外は、全員ここに集まったことになる。


「摩由美!? おい、しっかりしろ! 何があった!」


 狼花さんが摩由美ちゃんの肩を揺すって叫んでいる。

 それでようやく、私たちに事情が語られた。

 ――曰く。


 私と別れた後も、摩由美ちゃんはこの旧個室に残っていたらしい。

 何時間か経って、ようやく摩由美ちゃんは部屋を出ようとした。

 そして、そこで空澄ちゃんと鉢合わせした。

 これだけなら何も問題はない。


 問題は、空澄ちゃんが女子トイレから出てきたこと。

 ――それは、おかしいことだ。だって今の女子トイレには、謎触手ちゃんとやらが棲みついている。入ったら最後、ただでは済まないはずだ。

 にもかかわらず、空澄ちゃんはそこから出てきた。息を切らしていたらしいけれど、それ以外に目立った不審点はなかったという。

 当然、摩由美ちゃんは不思議に思った。しかし何か言葉を発する前に、空澄ちゃんの方からこう言ってきたらしい。


『やっぱり、魔王は女子トイレに隠し物をしてたから、わざわざあんな触手を配置したみたいだね。でも――ようやく見つけたよ(´Д`)』、と。


 そして、ワンダーにバレないようにそれをみんなと共有しておきたいから、旧個室で話したいと言ってきたらしい。

 私だったらそこで逃げ出していたけれど、摩由美ちゃんはこの館に来てから、空澄ちゃんと多少行動を共にしていた。その信頼感もあってか、思わず頷いてしまったらしい。

 そうして、旧個室に入って、二人っきりになったところで――。


「あ、あいつがっ。スタンドライトを持って、みゃーを殴ろうとして、それで――みゃーの固有魔法で動きを止めたんだにゃ!」

「…………」


 頭の中で、先ほど見た光景が蘇った。

 まるで身動きをしない空澄ちゃん。――その理由は、摩由美ちゃんの[呪怨之縛]で身動きを封じたから。そういうことだったらしい。

 確かに、立ったままの死体なんて不自然だ。第一、血の匂いも感じなかった。

 まるで彫像のように静止したその姿は、呪いによってもたらされたもの。

 未遂に終わった殺人の【真相】は、要するにそういうことだった。


「……とりあえず、空澄を抑えるぞ」


 話を受けて、狼花さんが怒りを押し殺した口調で言った。


「私も手伝うわ」

「わ、私も、手伝います」


 狼花さんの提案に、香狐さんと私も賛成を示す。

 そうして、一人ずつ旧個室に踏み入る。

 またもドアが完全に閉まってしまった。しかも今回は、スタンドライトを空澄ちゃんが握りしめているから、明るさを確保できない。

 それでも、人影を辛うじて認識できるような光が漏れているおかげで、何とかなりそうだった。


[呪怨之縛]を受けた人は自分から身動きを取れなくなるらしいけれど、外部からの働きかけは有効らしい。

 まずは狼花さんが、スタンドライトを握った手を下ろさせ、指を一本一本引き剥がしてスタンドライトを奪う。奪ったスタンドは、大きい机の上に狼花さんが置いた。

 そのまま、空澄ちゃんを床に倒す。狼花さんが上に乗って、組み伏せたかのような格好になる。[呪怨之縛]を解いたとき、暴れだした場合のための措置だった。


「よし、摩由美、魔法解いてくれ!」

「わ、わかったにゃ!」


 摩由美ちゃんの[呪怨之縛]の最大拘束時間は十五分だけれど、それを迎えるより前に、発動者の意思があれば解除できる。

 ワンダーに寄越されたメモに書いてあったことだ。

 やはりそのメモに嘘はなかったようで、摩由美ちゃんの「解除するにゃ!」という声の後に、空澄ちゃんは身動きを取り戻した。


「痛い痛い! ちょっと、ロウカス、タンマ!((+_+))」


 空澄ちゃんが叫びをあげるが、狼花さんはそれに取り合わず拘束を続ける。


「あー、もうほら、おとなしくするからさー。ぶっちゃけバレちゃった時点で、ここで殺人なんてするメリットないし。だからほら、放してくれない?(>_<)」

「…………」


 私たちの誰も、そんな言葉に踊らされはしなかった。

 いや――理屈の上で、それが正論なのはわかっている。

 しかし、空澄ちゃんは今まで、散々私たちを振り回してきた。

 そのせいで、ここで解放したら何かするんじゃないかと、そういった危惧をどうしても抱いてしまう。


 だけど、そのまま空澄ちゃんを外に出すことはできなかった。

 旧個室のドアは、二人以上が一緒に通ろうとすると挟まれる仕様になっている。どうやったって、拘束しながらの移動は無理だ。

 私たちは仕方なく、一度だけ空澄ちゃんを解放して、自力で部屋の外に出てもらった。

 廊下に出して、空澄ちゃんをまた拘束しなおして、それでようやく狼花さんが口を開いた。


「お前……っ、なんでこんなことしたんだよ!」

「違うんだって、誤解なんだよー。別に殺そうとしたわけじゃないのに、マユミンが焦っちゃったっていうか、そんな感じでさぁ┐(´д`)┌」

「はぁ!? お前、さっきバレたとかなんとか言ってただろうが!」

「それは言葉の綾っていうかさー。単純に落ち着いてほしかったから、適当な理屈を持ち出してみただけであって。あーしがマユミンを殺そうとしたのを認めたとか、そんなんじゃないんだってー(´Д`)」

「…………」


 狼花さんの目は、とても信用ならないと訴えていた。

 しかし、狼花さんが何か言うよりも早く、言葉を差し挟んだ人がいた。


「か、棺無月さんは……トイレで、何してたんですか?」


 忍ちゃんだった。

 怯えた様子を見せながらも、空澄ちゃんの不審な行動を糾弾する。


「この中、あの触手の魔物がいるはずですよね……? なのに、どうして中に入れたんですか……?」

「えー、見間違いだって。誰かそん中入ってみたら? 絶対酷い目遭わされるから。少なくとも、あーしは御免だよ。無理無理(/ω\)」

「見間違いじゃないにゃ! みゃーはちゃんと見たにゃ!」

「ボ、ボクも……昨日の夜、見ました。棺無月さんが、トイレから出てくるところ」


 忍ちゃんの申告に、私は少し驚く。

 ……そうか。忍ちゃんが昨日戻ってこなかった理由が、なんとなくわかった気がする。そんな怪しい場面を目撃してしまったら、部屋に閉じこもりたくもなる。


「えー、絶対に見間違いだって! あーし無実だから! 疑わしきは罰せずが現代日本の原則だよ?(;´・ω・)」

「お前――」


 狼花さんが絶句する。

 おそらくは、最初の事件のとき、無意味に攻め立てられたことを回想しているのだと思う。


「……仮にそれが本当だとしても、スタンドライトを振り上げておいて、殺す気がなかったなんて、無理があると思わないかしら?」


 香狐さんは唯一、空澄ちゃんの話題逸らしに付き合わずに、本来の問題点を指摘する。


「いや、それは……ほら。えっと、なんていうの? 設備点検、みたいな……?(=_=)」

「スタンドライトを振りかぶるのが? それは知らなかったわ」

「いやぁ、みんなこうしない? うちだけ? ハウスルールみたいなものなのかな?(o゜ー゜o)?」

「そう。じゃあ、どうやってそれでスタンドライトを点検するのか、具体的に説明してもらえるかしら?」

「えっ(;'∀')」

「できるでしょう? あなたがそう言ったのよ? 点検作業だって」

「……(´・ω・`)」


 空澄ちゃんはしばらく黙り込んだ。


「えっと……ほら。スタンドライトをシェイクして、音でこう……壊れてないかチェックする、みたいな?(~_~)」


 なんとか絞り出したかのような説明は、とてもスタンドライトの点検とは思えないようなやり方だった。

 点検というより、むしろ破壊作業だった。そんなことをしたら、どこかにぶつけて破損させるのがオチだ。

 誰も空澄ちゃんの語った方法に納得を示さず、疑念がいっそう高まっていく。


 その後も空澄ちゃんは必死に言い繕おうとしていたけれど、それは明らかに無謀な行いだった。

 喋れば喋るほどに矛盾が生じ、それを香狐さんが冷ややかに指摘する。


 結局最後まで、空澄ちゃんは口を割らなかった。

 けれど既に、真実は明らかになったようなものだった。

 というより、摩由美ちゃんが全てを語っている。空澄ちゃんが喋ったことは何の中身もなく、私たちはただ無駄な時間を費やしているだけだと気づいたところで、空澄ちゃんへの追及は打ち切りとなった。


 そうして、処分が下される。

 この際だからと、空澄ちゃんは、ワンダーと一緒に監視下に置くことに決まった。

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