Is it really your justice?
《それは本当にあなたの正義か?》
「桃の乙女、貴様、今から時間は取れるか」
「えっ?」
藍さんにそう呼び止められたのは、ちょうど香狐さんと一緒に廊下を歩いていたところだった。
ばったり会った藍さんの、開口一番の言葉がこれだ。
「我と貴様、余人を交えずに話がしたい。可能か?」
「その、えっと……」
藍さんに詰め寄られる。
戸惑う私と藍さんの間に、香狐さんがサッと入った。
「ダメよ。彼方さんは、不用意に行動すれば狙われる。あなたなら理解できるでしょう?」
「……それは、我が桃の乙女の殺害を目論んでいると?」
「あり得ない話じゃないでしょう? 古枝さんや神子田さんがあんなことをするなんて、私たちの誰も想像していなかったのだから」
「…………」
香狐さんの強い論調に、藍さんが沈黙する。
「……仕方ない。白狐を隷属させし者よ、貴様も同席させるというのならよいであろうな?」
「……あら。隷属なんて言い方はやめてもらえる?」
香狐さんは、藍さんの呼び方に対して、更に苛立ちを露わにして答えた。
「私は別に、
『きゅーっ』
「この子は私の友達で、一緒にいてくれているだけ。一緒にいて、たまに助け合う。生き物を使役するというのは、そういうことよ。強引に命令を聞かせるなんて、魔王みたいなことはできないし、したくもないわ」
クリームちゃんが少し威嚇するように鳴き、香狐さんが少し怖い微笑みを浮かべる。
「……失礼した。それは訂正しよう。だが、それとこれとは話が別だ。我は、桃の乙女と話がしたいのだ。――そうしなくてはならない」
「……そう。決めるのは彼方さんだけれど、どうする?」
香狐さんと藍さんの視線、二つの視線が共に私の方を向く。
思えば、藍さんが私に話しかけてくるのは初めてのことだ。
それに、ここまで強く会話を望んでいるのには、それなりの理由があるのかもしれない。
だったら……。
「香狐さんが一緒でも、いいんですよね?」
「ああ。無論、我が真に望むは貴様と一対一での対話だが」
「……香狐さんも入れて、なら、いいですよ」
「……そうか」
藍さんは納得いかなそうにしつつも、条件を呑んだ。
「今からでよいか?」
「はい、大丈夫です」
「そうか。それなら……邪魔が入らぬよう、あの場へ赴くとしよう」
「あの場?」
「儀式の間、だ」
そうして、私たち三人が向かったのは儀式の間。
部屋の中央には猛々しい狗の像。四方の壁の篝火が不安定な明るさをもたらしている。床には奇妙な白線の魔法陣が引かれている。
……魔法陣を用いた魔法は創作物ではよく見るけれど、こうやって地面に物理的に描いた魔法陣でどうこうするような魔法は、現実には滅多にない。少なくとも基本形じゃない。魔法少女のかなり特殊な固有魔法か、そうでなければ一部の魔物の魔法くらいだ。――これが単に、魔法陣っぽい模様を描いただけのただの偽物という可能性のもある。
なんにせよ、儀式の間というだけあって、それなりに雰囲気のある場所だった。
こんな場所にわざわざ足を向けるような人は、当然ながら他に誰もいない。
占有状態で、私たちは話をすることができるようだった。
「それで、なんですか……?」
「単刀直入に訊こう」
私の不思議そうな顔に、藍さんは決然とした表情で言った。
「第二の惨劇の以前、あるいは最中、貴様に何があった」
「……?」
質問の意図を測りかねて、私は首を傾げた。
「あの、私には特に何も……。まあ、二度目の事件は二度も気絶しちゃいましたけど……」
「否。我が問うているのはそのような些事ではない。如何なる要因によって、貴様は死への抵抗を失った?」
「……えっ?」
死への抵抗を、失った?
「狂笑の道化師が、第二の惨劇の渦中において何やら言っていたな。……確か、『死者の剣』といったか。貴様の変貌は、それが要因ではないのか?」
「……死者の剣」
死者の剣によって、私が死への抵抗を失った?
そんなはずはない。死を悲しいことと思っているからこそ、私は死者の剣を握って戦う決心をした。
「聞かせろ。『死者の剣』とは、一体何だ?」
藍さんの射抜くような視線が、私の瞳の更に奥に刺さる。
まるで脳の奥まで見透かすような、鋭い視線。
話さない限り、これが終わることはなさそうだと判断する。
そもそも、死者の剣は別に他人に隠したいものではない。……あまり軽々に言いふらすのは空澄ちゃんに悪いけれど。
だから、ここで話すことに大した問題はないはずだ。
「えっと、その……これは空澄ちゃんに教えられたんですけど……」
そうして私は、空澄ちゃんに教えられた『死者の剣』の概念について、全てを藍さんに話した。
話を聞いて、藍さんは表情を険しくした。
「つまり……貴様が魔王に相対する所以は、単なる復讐か? 復讐によって死者の怨念を拭い去れば、それでよいと思っているのか?」
「……いえ」
藍さんの言葉に、私は首を振った。
「空澄ちゃんが、どういう風に死者の剣を抱えているのかはわかりませんけど……。私が握る死者の剣は、復讐のためだけのものじゃありません。死者の想いを拾って、自分の中で生かし続けるためのもの……だと思っています」
「…………。それは、つまり、復讐ではないと?」
「復讐っていうのは――自分の怒りとか悲しみでやるものですよね? でも、私は……命を落とした人たちは、ワンダーを恨んでいたと思うから。その想いを借りて、ワンダーと戦うんです」
ワンダーに立ち向かう決心をした原動力は、私に由来するものじゃない。
拾い集めた四振りの死者の剣、それらが叫んでいたことを代行するだけだ。
……きっと、この剣の中には、ワンダーの死を望むものもあると思うけれど。償わせるという部分だけは、私のワガママだ。魔王から生まれる死者の剣なんて、観測してしまえばどうなるかわからないから。
「――なるほど。だがそれは、我が問いには答えていないぞ」
「えっ?」
「我が問うたのは、貴様が死への抵抗を失った所以だ。だが貴様は、まるで我が眼を逸らすかのように、魔王に抗う所以しか語ってはいない」
「…………」
「魔王との矜持のぶつかり合いにおいて、貴様が、あるいは貴様以外の誰かが儚く散るかもしれぬ。そうでなくとも、第二の惨劇の時点で既に犠牲は生まれた。――それでどうして、貴様は平気そうな顔をしている?」
「平気そうな、顔を……?」
そんな自覚はない。私の内心は荒れに荒れていた。でも――言われてみれば。
私は、米子ちゃんの死と初さん、狼花さんの死に対して嫌な感情を持った。マイナスの感情が吹き荒れる状態に叩き落された。
にもかかわらず、私は忍くんの死に何を感じた?
――歓んで、彼の死者の剣を迎え入れたのではなかったか?
そうだ。それを握った瞬間に、彼を破滅に追いやった恐怖が吹き飛んだ。
それは――どうして?
「…………」
「答えられぬか?」
「……はい」
「そうか」
藍さんは、私の返答を聞いて目を閉じた。
そして、片目――オッドアイの右側、空色の目を開く。
「一先ず、貴様に虚言がないのであれば、貴様の真意は把握した。どうやら貴様は、我の粛清の対象ではないようだ」
「……粛清?」
「然り。道を外れた者に粛清を与えるのが、我が使命だ。殺人者、復讐者、簒奪者。魔物に限らず、それらは全て我が討滅する」
「……ぁ」
それを聞いて、ふと思い出す。
いつだかにスウィーツに教えられた、魔法少女としての『例外』の一つ。
魔法少女の力は、人に振るってはいけない。身を守るために使用するならある程度は許可されるけれど、自分から積極的に使用するのは厳禁だ。しかし、罪人に対してのみ力を振るうことを許された、異端の魔法少女がいる。それが――。
「もしかして……藍さん。【無限回帰の黒き盾】……ですか?」
「ほう、知っていたか」
「……はい」
【無限回帰の黒き盾】。異名が与えられるほどに有名な、最前線で戦う魔法少女。
曰く、不死身。曰く、守護者。曰く、粛清者。
数多の魔物を屠り、その傍らで、多くの罪人に報いを受けさせた魔法少女。
――もちろん、力を振るうといっても、やりすぎは厳禁だ。
罪人だろうと、【無限回帰の黒き盾】は殺すことを許されていない。
彼女に許されているのは、道を外れた罪人を探し出し、捕らえるところまで。捕らえた罪人は警察に引き渡し、人間の世界で、人間によって裁きを受けさせる。
それが、圧倒的な力によって前線を支える彼女と、スウィーツとの間で交わされた特例的な契約。
魔法によって意図的に人を害することが認められた、数少ない事例。
私には関わりのない世界の話だと思っていた。
遠い世界で活躍する魔法少女の、ちょっとした伝説のようなものと思っていた。
――それが、目の前にいる。
「で、でも、自己紹介のときには、そんなこと……」
「能天気に高笑いしていた我は、所詮はペルソナだ。正体を隠すためのな。軽々に真名を明かさぬことは、当然であろう。我は数多の罪人に報いを受けさせた。逆恨みなどという、下らぬものを向けられることも多い。――かつては、罪人の親族を名乗る魔法少女に命を狙われたこともあった」
「…………」
その言葉の持つ重さで、それが本当のことなんだと理解した。
非道な行為に走れば、即座に力を剥奪される魔法少女。それに命を狙われるというのは、並大抵のことではない。
「――だが、この場においては我の正体など些事に過ぎない。桃の乙女よ、貴様に忠告だ」
「……なんですか?」
藍さんが、閉じていたもう片方の目――金色の瞳を開く。
【無限回帰の黒き盾】、その迫力に圧倒される。
「貴様が抱えるその剣は、未だ貴様自身にも知れぬところがあるらしい。だがもし、その正体が単なる狂気を齎す魔剣であったのならば――貴様の剣は、我がへし折ってやる。【無限回帰の黒き盾】の名に誓ってな。――それが結果的に、魔王を守ることになろうとも、だ」
「…………」
正義を掲げる盾が、私に迫る。
胸の内に宿る、死者の剣が震えた。――正義の盾を、敵と認定して。
私は、藍さんの忠告に言葉を返せなかった。
「それだけだ。――死の捉え方を誤るなよ。貴様が間違った道を進まないことを祈るぞ、桃の乙女よ」
そうして、藍さんは返事も聞かずに、儀式の間を出て行った。
ずっと会話を傍で聞いていた香狐さんの顔を窺う。
私の内心を見通したのか、香狐さんは優しい表情で微笑んだ。
「私は何も言わないわ。彼方さんは、信じた道を行けばいい。私は、それを支えるだけよ」
「……ありがとうございます」
香狐さんに励まされて、揺れかけた気持ちが少しだけ落ち着く。
……そうだ。間違ってない。
私は、死者の剣の想いを継いで、魔王を追い詰めるだけだ。
それが、私が信じる道。私が打ち立てた誓いだ。
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