You cannot reject a murderer.
《あなたは殺人鬼を拒めない。》
そうして――それは唐突に起こった。
普段通りの夕食を用意して、これから食堂に搬入しようというときのこと。
『おーい、お二人さーん! みんな大好き、ワンダーの訪問だよー! 手厚く出迎えて――』
ベルトコンベアの穴から声が聞こえてきたので、私はまたも躊躇いなくワンダーを向こう側に戻した。
『おわーっ!? ま、またやったなーっ!?』
「……学ばないワンダーが悪いんじゃないかしら」
ワンダーが食堂で騒いでいる。それに、香狐さんは冷ややかに言った。
「とりあえず、また何かあったようね」
「そう、ですね……」
昨日の今日で、まさかまたアレが起こってしまった――なんてことはないと思いたい。
それにその場合、ワンダーは直接来るんじゃなくて、あのスピーカーみたいな方式でアナウンスをするはずだ。だから違う、はず。
それじゃあ、何だろう。
私たちはこれから搬入するつもりだった料理を置いて、食堂へ向かった。
食堂では、軽いパニックになっていた。
空澄ちゃんは面白そうな顔をしているし、藍さんは平静を保っているけれど、他は違う。
夢来ちゃんは明確に嫌そうな顔をしているし、摩由美ちゃんなんてワンダーに詰め寄られて、「にゃっ、こっち来るにゃあ!?」と絶叫している。
私たちが到着してもなお、ワンダーは摩由美ちゃんとの追いかけっこに興じ続けた。
「……それで、今度は何かしら?」
このままでは埒が明かないと判断したのか、香狐さんが尋ねる。
ワンダーは無視して追いかけっこを継続した。
『わー、待て待てーっ! あははははははははは!』
「にゃああああ!? みゃーは何にもしてないにゃあああ!?」
『理由がなくとも追いかけ回す、これがワンダー流ですよ!』
「迷惑にゃあああああ!?」
追いかけっこをする摩由美ちゃんとワンダーが、私と香狐さんの前を通過する。
香狐さんはその機会を逃さずに、ワンダーをひっ掴んだ。
『んぎゃっ!?』
「話さないなら、夕飯にぬいぐるみの燃えカスが追加されるわよ? 代わりはいくらでもいるのだし、一匹くらい潰してもいいわよね?」
『ぼ、暴力反対!』
ワンダーは香狐さんの手の中でジタバタと暴れた。
香狐さんも押さえ続けるのは危険と思ったのか、手を離す。……あえて、床に放り投げる形で。
『ぎゃっ!? ボクは魔王様だよ!? もっと丁重に扱ってよ!』
「気が狂った殺人狂の、が抜けてるわよ」
『あはっ、ま、そうだけどね! ボク、人が死ぬところとか大好き!』
「……はぁ。それで、今度は何?」
香狐さんはワンダーの悪趣味な言葉には付き合わずに、本題に迫る。
『もー、せっかちだなぁ。でも、ボクは親切心溢れる紳士として有名だからね! そこまで頼まれちゃぁ、仕方ない。どうしようもなく愚かで救えないみなみなさまに教えてあげようじゃないか!』
「親切な紳士はそんなこと言わないわよ」
『性悪と書いて紳士と読みます! ――それはそれとして。双子ちゃんがルール違反を犯したからね。ボクはその告知に来たんだよ』
「……ルール違反?」
香狐さんが眉をひそめる。何のことを言っているのかわからない様子だった。
一方で私は、すぐに見当がついてしまった。
「もしかして……。鍵をかけて閉じこもってたこと?」
『あら、知ってたの? ならなおさら、キミたちの方で注意してあげればよかったのに!』
一応、ワンダーがルール違反だと言っていたことはちゃんと口にした。
けれどそれは、佳奈ちゃん自身も覚えていることだった。だから、それ以上言っても無駄だと思って切り上げただけだ。
『そのせいで、あんなことになるとも知らずに――』
「あんなこと、って……」
まさか、と最悪の想像をする。
今朝、私が抱く死者の剣が伝えた予感。――死の予感。
それが、現実のものに……?
『ま、楽しい楽しい殺人事件はまだ起こってないけどね。これから先、双子ちゃんに安息の夜は二度と来なくなったよ』
「……鍵を破壊した、ってこと?」
『そのタウリン! ――タウリンってなんだっけ? まあいいや。とにかくタウリンなのだ! 双子ちゃんの部屋のドアは、これ以後、侵入者を拒まなくなりました! ターゲットを探してる殺人鬼のみなみなさま、三度目の事件は、可愛い双子の姉妹丼なんていかがかな? あははははははははははははは!』
ワンダーが、心底楽しそうに悪魔の誘いを謳い上げる。
『ちなみに、白衣ちゃんも引き籠もってるけど――あの子の場合は、死なないために引き籠もってるというより、単純にハートフルボッコで立ち直れてないだけだからね。しばらく様子見させてもらうよ』
――そうだ。そういえば、接理ちゃんもまた、部屋に引き籠もっているのだった。
『白衣ちゃんもあんまり長く引き籠もってるようなら、こっちも格好の餌として未来の殺人鬼ちゃんにプレゼントしてあげるからね! あはははははは!』
そうして、ワンダーはまた一つ、私たちに不安の種を植え付ける。
『じゃ、ボクの用はそれだけだから! それじゃーねー!』
ワンダーはそうやって一方的に言うと、未だに衝撃が抜けきらない私たちを放って食堂を出て行った。
――取り残された私たちは、告げられたその意味を考える。
佳奈ちゃんと凛奈ちゃんの部屋の鍵が壊された。接理ちゃんの部屋の鍵も、壊される寸前。
おそらく、部屋の鍵を壊された人は狙われる。
だって、誰も不用意にうろつかないからこそ、今までの夜は安全だっただけだ。殺人鬼からしたらターゲットにできる相手がいない。だから今まで夜中に殺人は起こらなかった。
それが、変わってしまう。佳奈ちゃんたちはこれからずっと、殺される恐怖に怯え続ける。
殺人鬼はいつ動くだろうか。今夜すぐ? 一日ほど準備にかけてから? それとも、佳奈ちゃんたちが心身共に完全に衰弱してから?
わからない。予想できない。
「これは……ちょっと厄介なことになったね(´Д`)」
空澄ちゃんが言う。その通りだった。
完全に、厄介なことになった。
「今までの殺人は、殺しづらい状況下で無理に殺人を敢行したからこそ証拠が残った。だけど……カナリン姉妹がいつでも殺せるってなれば、話は変わってくる。部屋に押し入って、適当な凶器で殴って殺しでもすれば、あーしらは証拠が掴めない。一方的に【犯人】に逃げられるよ( ̄д ̄)」
「そう、だよね……」
証拠がなければ、いくら議論を尽くしても【犯人】なんて見つかりっこない。
「そうしたら、絶望ルート一直線だね(+o+)」
「……うん」
魔王が定めたルールによれば、私たちが殺人事件の【真相】を突き止められなければ、【犯人】以外の参加者には、魔王の名において最も深い絶望が与えられる。絶望=死であるとは明言されなかったけれど……。
「というか今更だけど、絶望ってなんなんだろうね? 大したことじゃないなら、【犯人】を取り逃がしたところで別にどうってことないんだけど(;´・ω・)」
「それは……」
……被害者にしたら、無念な話だろう。
自分を殺した相手はこの狂った殺し合いから無事に脱出するだけでなく、その欲望すらも実現させて、満足して出て行くなんて。
「二つ目の事件だと確か、あの謎触手くんとかいう滅茶苦茶気持ち悪い奴らに襲わせるとか言ってたけど。そりゃ、あーしも死ぬほど嫌だけど。でも死ぬわけじゃないし。ぶっちゃけ、最悪の最悪、我慢できるというか( ̄д ̄)」
「…………」
我慢、できるだろうか。
現状の私たちは、あの触手の魔物に襲われたとしても抵抗できないだろう。武器を取り出せず、身体能力も人並み。
だからって、好き勝手にされたくはない。本気で。本当にそう思う。絶対に嫌だ。
ではその嫌悪が、【犯人】の命を奪うに足る理由として成立しているかと言われると――。
「――ま、気にしないようにしておこうか。人を殺すような頭のおかしい奴は、手の込んだ自殺に走りました、ってことで。あーしらはただ、その自殺のスイッチを押す役目を押し付けられただけ。自業自得――いや、自縄自縛? むしろ自浄自爆ってね。今まで通り、気にせず殺しちゃっていいんじゃない?(^◇^)」
何を言ってるかはよくわからない。特に最後の辺り。
それに、完全に同意することはできない。【犯人】だって、元をたどればワンダーに操られた被害者だ。ワンダーのせいで死に至らしめられるというのは、やっぱり、気分はよくない。
でも……それでいいと思う。
だって、【犯人】は死んだとしても、私が拾ってあげるから。
死者の想いは絶対に無駄にはせずに、ワンダーを追い詰めるから。
そうすれば、死者の魂は喜んでくれる。そうだよね?
「それより、今はカナリン姉妹の現実的対処を考えようか。どうする? 何かする?(;´・ω・)」
「――我らで警戒の任を担うか?」
「それは賛成できないかな。どこで見張るつもり? 部屋の外にわざわざ出て見張りなんてしたら、見張ってる側が殺される可能性もあるし。部屋の中で見張りをするにしても、今度はカナリン姉妹に殺されるなんてことがあるかもしれない(´Д`)」
「……そのようなこと、以前のように監視役を三人程度、見繕えばよいであろう」
「いや。だって、もうまともに監視できるのって、カナタンとカッコー、ムック、マユミン、アイたん、それとあーしくらいでしょ? しかもカナタンとカッコーは、毎日ご飯作ったりもしてくれてるし。三人交代だと、自由になる時間も短くなる。そうしたらストレスも溜まるし、それは結果的に、殺し合いを促進させることになる。三人交代で回してくのは、もう現実的じゃないよ(;´・ω・)」
「…………」
空澄ちゃんが滔々と語る反論に、藍さんが黙り込む。
無理をすれば三人交代での見張りを続けていくことは不可能ではないかもしれないけれど、ここで無理をしてストレスを溜め込めばどうなるか。空澄ちゃんが言うように、やがて箍が外れてしまう人が出るんじゃないか……。
それが、一番怖い可能性だった。
今までは笑い飛ばした可能性。――ここでの生活に嫌気がさして、最後の二人になるまで、もはやルールも何もないシンプルな殺し合いが始まってしまうこと。推理なんて重要にならない、ただの暴力に支配された殺し合いが始まる可能性。
きっと、それは最後の二人に至ることはない。狂った【犯人】が倒されることによって、パニックは鎮圧されるだろう。残りの魔法少女は九人。どんな混乱が起きても、一気に七人減るとは考えづらい。
だけど、本当にそんな狂った人が出たら、多くの死者が出る。――その中には、私も含まれるかもしれない。
そう考えると、ここに至っては迂闊な真似なんてできなかった。
――結局。これ以後も話し合いをしたけれど、妙案は出なかった。
また明日話し合おう、ということになる。
暫定的な結論が出てから、私は佳奈ちゃんと凛奈ちゃんのもとに、約束通り食事を運んだ。
「あの……佳奈ちゃん、いる?」
ドアをノックする。返事は、すぐにあった。
「入ってこないで。佳奈と凛奈は、ここから出ない。もう彼方でも、中に入れないから。入ってきたら――こ、殺すから」
「……佳奈ちゃん?」
「わかったら、さっさとどっか行って!」
佳奈ちゃんが叫ぶ。――ヒステリーを起こしたような叫び。
……そうだ。今まで、全然気づいていなかった。
この状況で、一番不安なのは佳奈ちゃんだろうに。私たちは、自分の心配しかしてこなった。
それが、この一週間、異常な館で振り回された末の変化なのだと実感する。
「……ごめん。ご飯、部屋の前に置いておくから。お腹すいたら食べてね」
私は食事の乗ったお盆を、二人の部屋の前に置いておく。
――数時間後に見ても、その食事は、手つかずのままそこにあり続けた。
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