【解決編】The detective is an absolute justice.

《探偵役は絶対正義》




◇◆◇【桃井 夢来】◇◆◇


[存在分離]と[存在融合]。双子が持つ、相反する力。

 組み合わせても、差し引きゼロにしかならない魔法。――だと思っていた。


「[存在分離]で【犯人】は、自分の髪と被害者の髪を、頭から分離させました。そのままだと、さっき棺無月さんが言ったように、【犯人】が髪を失うだけです。けれど、真逆の魔法を使って原状回復を行える人が、【犯人】の隣にはいました」


 双子。強く結ばれた姉妹。


「【犯人】の――佳奈ちゃんの妹である凛奈ちゃんは、【犯人】に協力してもおかしくありません。石像を落とすとき、凛奈ちゃんがトリガー役を担ったということも、【犯人】に協力していたことの証拠として考えられます」

「ま、そうだね。双子の姉となれば、誰かぶっ殺しちゃったとしても、庇いたくなって当然かもね( ̄д ̄)」

「そうやって、事件の隠蔽に凛奈ちゃんの[存在融合]を使えたとするなら、分離させた髪を元に戻すことができます。――ただし、【犯人】は髪を元に戻す際、被害者のものと入れ替えたうえで原状回復を行いました。その結果……被害者には【犯人】の髪が、【犯人】には被害者の髪が定着しました」


 そうすれば、彼方ちゃんが見かけた赤毛の後ろ姿にも納得がいく。

 フードを被っていなかったのは当然だ。だって、そのフード付きのコスチュームはもう、この世に存在していなかったから。

 彼方ちゃんが見かけたのは、被害者と髪を交換した【犯人】の姿だった。

 おそらく、タイミングから考えて――。浴場で被害者の遺体を縫い留めてきた帰りか、儀式の間で床に細工をしてきた帰りだ。


「もちろん、人物を特定する要素は髪に限定した話じゃないですから、他にも隠すべきところはありました。服、体格、顔。――体格と顔は、石像の重さで潰れてしまえば、判別ができなくなります。ただしそれは、誰かの魔法によって修復が行われなかった場合だけです」

「そうだね。それができるのは……カナタンとアイたんかな?(。´・ω・)?」

「いえ。……唯宵さんの[刹那回帰]は、考えなくてもいいはずです。音が聞こえてから、潰された遺体のところまで辿り着いて、事態を正しく把握して、遺体を石像の下から救出して、魔法をかける。――十秒では、とてもできないことです」

「ああ。まあ、そうだね(=_=)」


 棺無月さんが認める。

 となれば……。残る可能性は一つ。


「彼方ちゃんの[外傷治癒]だけが、【犯人】の計画を破綻させる可能性を持っていました。だから【犯人】は、[外傷治癒]に関しても対策をしました。……それが、双子の妹を使って、無自覚に遺体を潰させることです。そうやって回復不能にして、【犯人】は体格や顔によって被害者の正体が判明することを防ごうとした」


 ……けれど、隠蔽に固執するあまり、【犯人】は欲張りすぎた。

 欲張って、致命的なミスを犯すほどに。


「……そのままの勢いで、【犯人】は服も取り替えました。そうすればより、被害者は双子のうちのどちらかだと、印象付けることができますから。そうして――この世界に存在してはおかしいものを、被害者に着せてしまった」


 ――先ほど、こんな好奇心を抱いた。

 もし、石像の下の遺体を見られなかったとしたら、わたしたちはどうなっていたか。答えは簡単だ。


「これがなければ、きっとわたしたちは、誰も【真相】に辿り着けませんでした。……ですよね、棺無月さん」

「んー、ま、そうだね。確証を持つのは不可能だったんじゃないかなー、ってあーしは思うけど(´Д`)」

「……やっぱり、全部わかってたんですね」


 ほとんど確信に近い形で察していたけれど、本当に信用が置けない人だ。


「あっ。……失言失言。あるいは聞き間違い的なサムシング(;´・ω・)」

「……どうして、棺無月さんはそんなことをするんですか?」

「いやー、こっちにも事情があるんだって。ね?(*^^*)」


 そう言って、棺無月さんは誤魔化すような笑みを浮かべて――一瞬、魔王の顔を盗み見ていた。

 その仕草に、ますます違和感を濃くする。

 この人は――。

 わたしは更なる追及のために口を開こうとして、そして、中断させられた。


「――ね、ねぇっ! ち、ちがう……よ? おねぇちゃんは、そんなこと……し、してないよ?」


 かすれた声で紡がれる、悲痛な叫び。

 今にも泣きそうで、全身震えながら――それでも姉を思って、凛奈ちゃんは声を出す。

 その様子に、意識が引っ張られる。

 棺無月さんを糾弾しようとする心が、強制的に、凛奈ちゃんに向けられる。


「へ、へんだよ……? だって、だって……」

「……何か、おかしなところがあった?」


 なかったはずだ。完璧に、【犯人】を追い詰める推理ができていたはずだ。


「り、りんなが……おねぇちゃんを、てつだったなら……。その、あの……いぬがおっこちてきたのは、へん……だよ?」

「犬って……その石像のこと?」


 凛奈ちゃんは弱々しく頷く。

 ただ、言葉が足りない。凛奈ちゃんが何について言いたいのかがわからない。

 石像の落下が、おかしいことになる?

 ……ああ、そうか。


「凛奈ちゃんが殺人のことを知ってたら、悪意なく遺体を潰すなんてできない……って言いたいの?」

「……っ! っ、っ」


 凛奈ちゃんがその通りとばかりに、首を何度も縦に振る。


「確かに凛奈ちゃんが、遺体を潰すことが目的で石像に近づいたなら、そうかもしれない。でも……別の目的があったら、違うよね?」

「……ぇ?」

「佳奈ちゃんが、石像が落下することを知らせずに、別のことを装って頼めば。そのために、マジックペンを持って、石像に登ったんじゃないの?」

「ぇ、ぁ、ぅ……」


 凛奈ちゃんがたじろぐ。

 実のところ、その『別のこと』の候補は、わたしには思いつかない。

 わたしには発想力が欠けている。それは今までに痛感してきたことだ。

 自分の推理の穴を、『どうやってか』『どうにかして』で埋めようとしてしまう。

 この大詰めの場面で、それはよくない。反論点を認めるわけにはいかない。

 だから――別の人に頼る。


「……そうやって誘導したいとき、棺無月さんなら何て言いますか?」

「え? あーし? まあ、そうだね――『他のみんなを騙すために暗号を使いたいから、倉庫にあるマジックペンで、儀式の間の石像に落書きをしてきて』、って感じかな。(-ω-)/ ――ああ、頭のてっぺんに星を描いてきて、の方がいいかも。きちんと体重をかけさせないと、石像が落ちてくれないかもしれないからね(^O^)」


 棺無月さんが、いきなりの問いにスラスラと答える。

 まるで予め用意していたかのような淀みのなさだ。


 棺無月さんの言葉を、頭の中でシミュレートする。

【犯人】から、遺体の偽装を手伝わされた凛奈ちゃん。【犯人】はその後、石像を支える床に細工をして、なおかつ遺体をちょうどいい場所に縫い付ける。

 戻ってきた【犯人】は、棺無月さんが言ったことをそっくりそのままお願いする。

 凛奈ちゃんは、自分の任務が落書きだと思い込む。遺体の処理を任されるとは露ほども思わない。

 そうして、石像に近寄って、よじのぼろうとしたところで――。

 石像が落下。バランスを崩した凛奈ちゃんは、マジックペンで石像の背中に、そして自分の左手の甲に誤って線を引いてしまう。

 ――完璧だ。


「……どう? 凛奈ちゃん、これでもまだ、違うって言う?」

「ち、ちがう、のっ。おねぇちゃんは、ほんとに……。そんなわるいこと、しない、から……」


 でも現にしている――なんてことは、わたしには言えなかった。

 無理にこの子を傷つけても、何にもならない。

 謎を解いて、傲慢になっている探偵役――あるいは処刑人だろうと、そんなことはできなかった。


 身を満たす全能感は、全て、【犯人】を追い詰めることだけに向けるべきだ。

 そうじゃないと、壊れてしまいそうだった。

 謎を解いた快感が、人を追い詰める優越感が、死者を慰めんとする美徳が――そして何より、【犯人】を死に至らしめる興奮が。全てが自分を肯定する全能感。

 これを彼方ちゃんは、二度も味わってきた。

 同じ痛みを知って、ようやく確信する。

 こんなの、壊れてしまうに決まっている。毒々しさがなく、綺麗な身のままで、誰かの死を啜る。こんな体験、どうかしてしまうのが当然の流れだ。


 ――そして、【犯人】の死は、すぐそこまで迫っていた。

 わたしも、彼方ちゃんのようになってしまうのだろうか。誰かの死に心を動かさなくなった、病的な何かに。


 違う。そうはならない。そうなっちゃダメだ。

 証明するんだ。――この痛みには、抗えるって。

 そうやって――彼方ちゃんを、取り戻すんだ。絶対に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る