【解決編】It cannot exist in this world.

《それがこの世に存在するはずがない。》




◇◆◇【桃井 夢来】◇◆◇


 一つの証拠から、全ての証拠が縒り合わさっていく。

 不可解が、一つ一つ取り除かれて、像を結ぶ。


「……あれ? ムック、まさか……気づいちゃった?(。´・ω・)?」

「――はい。全部、わかりました」

「あちゃー、マジか……。この前カッコよく啖呵切ったカナタンに解いてもらいたかったんだけどなぁ。――ねぇ、カナタン?(〟-_・)?」

「…………」


 視線を向けられた彼方ちゃんは、しかし、何も答えない。

 代わりに、わたしに気遣わしげな目を向ける。


 実のところ、わたしは限界が近かった。

 精神的疲労で目が回る。緊張感でこれ以上立っていられそうにない。これから自分がすることを想うと吐き気がする。

 ――こんな地獄の戦場を彼方ちゃんは歩いてきたのだと、戦慄する。

 これまでどんな思いで、ここに立っていたのだろうか。

 仲間であるはずの魔法少女を徹底的に疑い続け、その果てに、誰かを死へと追いやる立場。

 何が名探偵だ。そんな耳障りのいい言葉で飾ってはいけない。

 こんなのはただの、疑心に憑りつかれた処刑人だ。


「……棺無月さん。いい加減、彼方ちゃんを……。傷つけようとするのはやめてください」

「やだなぁ。こればっかりは本当に、傷つけようとか、そういうんじゃないんだって。たださ。こんな不甲斐ない姿見せられると、流石に凹むっていうかさぁ。ねぇ、カナタン?(〟-_・)?」

「……ごめんなさい」

「ま、いいけどね。カナタンの戦いにあーしは関係ないし( ̄д ̄)」


 彼方ちゃんと棺無月さんが、わたしには意味のわからないやり取りを繰り広げる。

 そうして――ようやく、棺無月さんの本気の瞳が、わたしを捉えた気がした。


「それで? 友達のために、キミも壁を越えてみせたわけだ。流石は魔法少女、ってところだね。うんうん。第二の事件の時には、所詮この程度なんて思っちゃったけど……それについては謝っておくよ(-ω-)/」

「……別に、いいです。わたしが間違えたのは事実ですから」


 訂正しようとも思えない。

 わたしの不甲斐なさで、第二の事件では結局、この処刑人の椅子を彼方ちゃんに明け渡してしまった。

 彼方ちゃんが気絶している間に、全てを終わらせることもできたはずなのに。

 いや――。それは思い上がりだ。

 わたしは魔法少女になる条件なんて知らなかった。わたしが魔法少女になったときのことは……よく覚えていない。スウィーツから魔法少女になる条件を聞いたかさえ、定かじゃない。

 知らないものは、推理の材料に組み込みようがない。


 だけど……今回の事件では、違う。わたしは全ての証拠を握っている。

 この事件で、わたしも――ようやく、覚悟の成果を見せることができる。


 彼方ちゃんを見つめる。……依然として、迷いはある。それでも。

 凛奈ちゃんを一瞥する。――何か口を挟もうとしてるようで、その口を開いては、また閉じて縮こまる。


 終わらせよう。わたしが紡いだたった一つの推理で。


「――それじゃあ、ムック。壁を乗り越えたキミは、何を見つけたのかな?」


 笑わない瞳がわたしを見据える。

 わたしは小さく唾を呑んでから、口を開いた。


「見つけたのは、わたしじゃなくて、棺無月さんです」

「ん? あーし?(o゜ー゜o)?」

「はい。【犯人】が石像の下に押し潰したもの。そこには、【犯人】が隠したかった弱点の他にもう一つ。【犯人】が意図しなかった弱点まで放り込まれてしまっていた」


 そう。これは別件だ。

【犯人】が石像を落とした意図とは、明確に異なる。

 それでも、がここにあることが、【犯人】にとっての致命の毒になる。

 だって、は――もう、この世界に存在しているはずがないんだから。


「……遺体が着ていた、セーラー服」

「――っ!」


 彼方ちゃんが息を呑む。

 この単語だけで、おそらく彼方ちゃんは全てを看破した。

 当然だろう。今までのを一番近くで見てきたのは、彼方ちゃんなのだから。


「殺害された魔法少女のコスチュームは、例外なく消失して……。普通の服に戻るはずです。棺無月さんは、石像の下で見た服を、見慣れたセーラー服って言いましたよね」

「うん、言ったよ(*'▽')」

「見慣れたものじゃ、おかしいんです。だって、それが殺害された被害者のものなら……とっくに、変身が解除されているはずですから」

「ち、ちがう……よ?」


 わたしの推理に割り込む声。振り返るまでもなく、凛奈ちゃんのものだ。


「り、りんなと、おねぇちゃんは……へ、へんしんするまえと、ふくがかわらない、から。だ、だから、っ。へ、へんじゃ、ないよ……?」


 弱々しく、反論を紡ぐ凛奈ちゃん。

 きっと、変身する前後で服が似ているから、変身が解除されていないように見えただけだろうと言いたいのだろう。

 けれど……。その反論に対する反論も、わたしは既に用意していた。


「……棺無月さんが見たセーラー服は、薄い血に濡れた、見慣れたセーラー服だったんですよね?」

「そうだね。、ね(-ω-)」

「……それじゃあ、おかしいです。潰された遺体が着ていた服が、薄い血にしか濡れてないなんて。白いセーラー服が真っ赤に染まっているくらいで、ようやく納得できるほどです。そうなっていないなら、それは……」

「それは?(。´・ω・)?」

「魔法少女のコスチューム、その浄化機能。それによって自動的に血が洗われたとしか、考えられません」

「ぇ、ぁ……」


 凛奈ちゃんの細い声が漏れる。

 普通の服が、浄化機能なんて持っているはずがない。だから、これは魔法少女のコスチュームで確定する。

 そして……。


「魔法少女のコスチュームが残っているなら、考えられる可能性は一つです。……そのコスチュームの持ち主が、今でも生きているということ。つまり――この事件の被害者は萌さんで、【犯人】は佳奈ちゃん……。ということになります」


 言葉に詰まりながらも、確定した【犯人】の名前を言い切る。


「この事件の被害者は萌さん。佳奈ちゃんはそれを隠そうとしました。つまり今回のメイントリックは、双子の入れ替わりでも、石像を落とす方法でもなく――被害者の入れ替わりトリックです」


 そんなことが可能なんて、思わなかった。

 けれど――これで、わざわざ石像を落下させた合理的説明がつく。


「【犯人】は、自分が被害者だと誤認させるために、遺体を見られないようにすることを考えました。――そのために用意されたのが、石像です。重い石像の下に遺体を閉じ込めようと、【犯人】は計画しました」


 遺体を直接見ないまま【真相】の追及が始まったのは、魔王が【犯人】のこの意図を汲んだからだと思う。遺体を見られないことこそが、【犯人】の狙い。

 ――あのまま石像の下を見なかったら、この議論はどうなっていただろうか。

 そんなどうでもいい好奇心を抱く。

 そして、そのわたしの好奇心とは真逆に、犯行当時の【犯人】は危惧を抱いた。

 もしもわたしたちが、何らかの手段で石像の下を覗き見てしまったら。このトリックは即座に破綻する。萌さんの赤毛が見えただけで、わたしたちは被害者の正体に気づく。だから――。


「【犯人】は、万が一に備えてか、石像の下を覗かれた場合まで対策していました。事実……わたしたちは見事に騙されました。【犯人】は遺体に【犯人】の服を着せて、被害者の誤認を狙いました」

「ん? あれ、ちょっとストップ。それだと、髪は偽装のしようがないよ? 死体の白い髪は、どうやって説明するわけ? 【犯人】がハゲになって、自分の髪をそこに置いたなんてふざけたことを言うつもりじゃないよね?( ꒪⌓꒪)」

「違います。……似たようなことはしたはずですけど、でも、もっと違う方法で、【犯人】は自分と被害者の髪を入れ替えました」


 本当に、周到な偽装だ。

 ――こんな方法を思いついて、実行するなんて。


 わたしは、手元のメモに目を落とす。

 そのうちの一つ。彼方ちゃんの体験に着目する。


「彼方ちゃん。彼方ちゃんは、石像が落ちる少し前に……赤毛の人の後ろ姿を見てるんだよね?」

「う、うん……そう、なんだけど……。でも、見間違い……だよね?」


 彼方ちゃんが完全に自信を失った様子で言う。

 わたしは横に首を振って、それを否定した。


「彼方ちゃんは、その時間にはもう、萌さんは……殺されちゃってる、って言いたいんだよね?」

「……うん」

「確かに、石像を落とす準備は、数分で整うようなものじゃない……と思う。遺体に釘を打って固定する作業は、だいぶ時間を消費するものになるはずだし……。だけど、見間違いじゃないとしたら」


 見間違いじゃないとしたら、それで全てが繋がる。


「ずっと、疑問に思っていたんです。凛奈ちゃんの立場がどういうものなのか。今までは、何も知らずに【犯人】に利用された子だと思ってたんですけど……。そうじゃなくて、もっと深い事情まで凛奈ちゃんが知っていたとしたら」


 ――それなら、こういう方法での偽装が可能になる。


「……佳奈ちゃんが持つ、[存在分離]。そして、凛奈ちゃんが持つ[存在融合]。この二つを組み合わせれば……【犯人】と被害者、二人の髪を交換することが、可能なんじゃないですか?」


 言って、凛奈ちゃんに目を向ける。


「ぇ、ぁ、ぅ……」


 狼狽した様子の凛奈ちゃんは、反論をしない。

 ――それでも構わない。否定も肯定も必要ない。もう、全部わかっているから。

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