I'm still in the nightmare.
《私は未だ悪夢の中。》
これで、五度目の事件。
事件が起きるたびに、私は狂っていった。
最初の殺人では、【犯人】を魔物と同類の敵であると勝手に見定め、追い詰める口実とし、【犯人】を死に追いやった。
第二の殺人では、死者を想いを自分の都合のいいように解釈することで、心を守る術を学んだ。その末に、【犯人】を殺した挙句その死すらも利用した。
第三の殺人では、私を大切に思ってくれる……思って、くれていた彼女が私を庇って、罪を背負った。無慈悲なれど美しい献身で、【犯人】を殺した。そして私は、身勝手にも彼女を嫌った。ただ自分の心を守るためだけに。
第四の殺人では、狂った心で導き出した結論によって、明確な殺意で【犯人】を追い詰めようとした。隠された【真相】のその先を知ってようやく正気に立ち返り、それでも、彼女が自分で決めたことだからと言い訳をして、死に臨む彼女の背を押した。その果てに魔王を追い詰め……けれど、何も終わらなかった。私は友達の正体を知って絶望し、なおかつ魔法少女の間でも疑心暗鬼が広がった。
――そして、この、第五の事件。
私は何を為せばいいのだろうか。何を為して、どう狂ってしまうのだろうか。
わかりやすい狂い方は、夢来ちゃんの敵討ちに執心して、復讐鬼に堕ちる道。
この三時間で【犯人】を見つけ出して処刑に追いやり、昏い悦びを満たす。
第二の事件の頃の私だったら、それが夢来ちゃんのためだとか言って、躊躇なく実行していたことだろう。けれど私は、私が抱く狂気の恐ろしさを知ってしまった。
私はもう、死者のために【真相】を暴くことはできない。
私はもう、私のために【真相】を暴くことはできない。
虚飾はもう、剥がれ落ちてしまったのだから。
◇◆◇◆◇
「ん……」
目を覚ます。ここは……。どこかの個室のベッドの上らしい。
何があった、と自問しかけて、即座に思い出す。
そうだ。今は、殺人事件の後の……。
壁紙は今もなお、奇怪な形で数字を表示し続けている。
『2:20:53』
あの出来事は……夢じゃない。全部、全部、全部、現実にあったことだ。
夢来ちゃんが……夢来ちゃんが、干からびて死んでいた。
香狐さんが、誰かに刺されて死にそうになっていた。そのどちらも、夢じゃない。
「……ん」
ふと、声が聞こえた。
今更気が付いたけれど、私の隣では、香狐さんが寝ていた。
私が起きたのをきっかけに、目を覚ましたらしい。
「彼方さん……? おはよう」
「…………」
私の黙りこくった様子に、香狐さんは起きて早々に重苦しい表情をして、
「……そう。やっぱりアレは、夢じゃなかったようね」
「アレ、っていうのは……」
「私が、誰かに殺されそうになったことよ」
香狐さんは、言い切る。
やっぱり、あの傷は……そういうことだったらしい。
「……何が、あったんですか?」
「正確なところは、何もわからないわ。私がベッドで寝ていたら、急に刺されて……動けなかったところに、ノックの声が聞こえたから、そこまで這って行って……その後の記憶がないわ」
「は、【犯人】は……」
「……ごめんなさい。見ていないわ。私は」
「……私は?」
「ええ。でも、クリームが見ていたはずよ。スウィーツは寝ない。ずっと起きていたクリームなら、【犯人】の姿を確実に見ている。私を刺した【犯人】は今頃、魔法少女の資格が剥奪されて、慌てふためいているでしょう」
「…………」
香狐さんは、寝起き……いや、気絶明けとは思えないほどに理路整然と推測を語る。これも、香狐さんが人とは違う存在である証明の一端なのだろうか。
「香狐さんは……大丈夫、なんですか?」
「ええ。……傷は、あなたが治してくれたんでしょう?」
「は、はい」
「……ありがとう」
香狐さんに抱きすくめられる。
私も、安堵を込めて抱き返した。香狐さんの匂いが鼻腔をくすぐる。
包容力という言葉ではとても足りない、人を惹きつける魔性の魅力に憑りつかれそうになる。だけど、今は……。
……夢来ちゃんのことを考えると、香狐さんの魅力に溺れてはいられなかった。
しばらくすると、香狐さんが私から身を離す。それを名残惜しく思いつつも、私は表情を真剣なものに切り替えた。
「さて、それじゃあ……クリームに話を聞きましょうか」
『きゅー』
クリームちゃんが、少し情けない声を出しながら、部屋の隅から駆けてくる。
首は下を向いて、なんだか項垂れているような……そんな雰囲気を感じ取る。
……どうして?
『きゅー、きゅー……』
香狐さんの手に収まったクリームちゃんはやがて、何度も鳴き声を発する。
何かを訴えるように、ぽつりぽつりと。
それを聞く香狐さんの声にもやがて、狼狽えた様子が混じるようになる。
「それは……本当?」
『きゅ、きゅー……』
申し訳なさそうに鳴くクリームちゃんを見て、香狐さんは難しい顔をした後に、クリームちゃんを撫でた。
「……そう、わかったわ。ありがとう」
『きゅー……』
クリームちゃんは悲しそうに鳴いて、香狐さんの腕の中で丸まった。
やり取りの意味がわからずに、私は困惑する。だけど、香狐さんの表情から察するに、何が障害があったことだけは確実だろう。
「あの、何か……あったんですか? というか、今のは……」
「私はスウィーツの創造主よ? 言葉を話さなくても、意思疎通は十分にできるわ。だけど……少し、厄介なことになっているらしいわね」
「厄介なこと、ですか?」
「ええ。どうやら――クリームは【犯人】を見ていないらしいの」
「…………」
香狐さんが、最悪の事実を語る。
けれど、最悪なのは――それだけに留まらない。
「しかもクリームは、気が付いたら部屋の外に出ていたって言ってるわ。何があったか、まるっきりわからない、まるで一瞬のうちに移動したみたいだって」
「…………」
そんなことを成し得る魔法は……[確率操作]? それしか考えられないけど、でも……確率でテレポートなんて現象が起こるものなの?
「それから……クリームが彼方さんを呼んで、助けに来てくれたでしょう?」
「は、はい……」
「クリームから、あなたが部屋を出て行っていたことは聞いたわ。だから私が襲われたときは、鍵が開きっぱなしになっていたことも」
「…………」
それを聞いて、罪悪感に襲われる。
もしかして、香狐さんが襲われたのは、私が鍵を開けっぱなしにしたからじゃ……。
「……ごめんなさい、彼方さん。責めてるわけじゃないわ。ただ……あなたが来てくれた時、私が部屋の鍵を開けたのを覚えてるかしら?」
「……そういえば、そうだったような気がします」
「そう。でも、おかしいじゃない。鍵が閉まってるだなんて。あなたが出て行ったことに気が付かず、私は寝ていたのよ? それじゃあ……誰が鍵を閉めたのかしら?」
「え……? あっ……」
そうだ。私はあの時、鍵が閉まっていたことに気づいて、誰かがあの部屋に侵入したんじゃないかと思って焦りを覚えた。
結果としてそれは事実だったわけだけれど、でも、中から鍵が開けられたことで私は一時的にその危惧を放棄した。
だって……。
「もちろん、クリームじゃないわ。クリームは、ドアの鍵には手が届かない。そもそもクリームは、私が襲われたときに、部屋の外にいたと言っているわ。中から鍵を閉められるわけがないのよ」
「でも、私があの部屋の入ったとき、他には誰も……」
「ええ。いなかったはずよ。もしいたのなら、私をドアに辿りつかせないはずだもの。……嫌な想像だけれど、その場で私を殺してしまえばいい。それなのに鍵が閉まっていて、なおかつ、私は無事に扉に辿り着けた。だったら、可能性は一つしかないじゃない」
「…………」
私でも知っている、古典的なミステリーの手法。
もはやありふれすぎていて、人類が思いつく限りのトリックを網羅してしまったのではないかと思われるほどに、王道の謎。
この事件は……。
「私が殺されかけたのは……密室殺人、未遂。ってことになるわね」
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