Investigation in the Bath

《浴場の調査》




「とりあえずあーしらは何が起きたか知らないから、カナタンかカッコー辺り、知ってるなら教えてくれる? ついでに、そこの……カナリン姉妹のどっちか知らないけど、拘束されてる理由も(〟-_・)」

「あ、うん」


 私は、厨房で音を聞きつけてから、事件現場を発見するまでの流れを説明した。


「……ふぅん。つまり、そこの双子のお姉ちゃんの方が滅茶苦茶怪しいってこと?( ̄д ̄)」


 いつの間にか拘束役が香狐さんから藍さんに変わって、なおも拘束され続ける佳奈ちゃんを見る。

 佳奈ちゃんは全身ぐっしょり濡れていて、その感触を不愉快そうにしている。……不愉快なのは、服の感触だけではないようだけれど。

 浴場から出てきたという事実も併せて考えると、ここで何かをしていたのは間違いない。

 そして、ここで殺人事件が起こったなら――。


「まあ色々気になるけど、とりあえず妹ちゃんはどこ? いつも一緒だし、近くにいると思ってたんだけど。お姉ちゃんが拘束されてるから、怯えてどっか隠れちゃった?(。´・ω・)?」

「いや……そうじゃなくて、姿が見えないの。どこにも」

「あれま。それは……(;'∀')」


 空澄ちゃんが、狗の像――ワンダーの像を見る。


・浴場 図解

https://kakuyomu.jp/users/aisu1415/news/16816452221409878906


 ワンダーの像は二階の天井から床の一部ごと切り離されて、プレート状の大きな台座を拵えたまま降ってきたらしい。

 元からあった四角柱の台座の下に、更に取り付けられた楕円の元・床。幅はおそらく三メートルほどに及んでいて、人の体なら楽々と下敷きにできそうな大きさだ。

 特に、女の子の体なら……きっと、楽に潰せることだろう。


「まあ、それが妹ちゃんって確定したわけじゃないけど。マユミンとセツリンはどこにいる?(・ 。・)」

「その二人も、見てなくて……」

「なるほど。まあ、被害者候補はその辺りかな? 妹ちゃんが一番怪しいけど……断定はできないし(´Д`)」


 空澄ちゃんがお風呂に踏み入って、石像を確かめている。

 やっぱり下に何かを挟んでいるようで、石像は少し浮いている。だけど、それで像の下が見えるほどじゃない。本当に、ちょっとだけ浮いている程度だ。お風呂にはお湯が満ちていて、覗き込むようなこともできない。


「最悪これどかせば、被害者の特定くらいはできるけどね(^◇^)」

「そう、だね……」


 気が遠くなるほど嫌な作業だけれど。

 この重そうな石像をどかすだけでも一苦労なのに、更にこの下には間違いなく、これまでで一番グロテスクなものが挟まっている。

 ……できれば、やりたくなかった。


「……生きてる人をちゃんと数えれば、被害者もわかるはずだよ」

「ま、そうだね。なんで来ないのかは知らないけど、後で三人の部屋に行ってこようか(゚∀゚)」

「うん」


 それに同意して、この会話を終わらせる。

 ……被害者の特定は、急ぎたいところだけど。

 そうじゃないと、私はこの事件で握るべき死者の剣を見つけることができない。

 だけど、すぐにわかるだろう。生きている人を数えるなんて、この閉鎖空間なら簡単に済む。

 そんなことを思っていると、今度は少し離れたところで新しい声が聞こえてきた。


「……これ、マジックペン?」


 夢来ちゃんが、お湯に浮いたそれを拾い上げる。

 そのマジックペンは、蓋が外れた状態になっていた。お湯には黒いインクが染み出していて、少し離れたところに蓋が浮いている。


「なんで、こんなところに……」


 夢来ちゃんがマジックペンを手に、視線を上げる。

 私もつられて視線を上げる。すると、ちょっとした違和感があった。


「ん? これ……線?」


 石像の背中から側面にかけて、マジックペンで書いたような線がある。

 もちろん、元々はなかったものだ。

 ワンダーの像は、台座も合わせるとかなり高い。背中は高さ三メートルほどになるだろうから、構造も考えると、よじ登りでもしない限りは背中に届きそうにない。

 だけど……これによじ登って、背中から落書きをすることに何の意味がある?

 線は一本、しかも何の変哲もない直線だけで、他に何かを書き加えようとした形跡もない。


「なにこれ。【犯人】は落書き魔?( ̄д ̄)」

「……わからない」


 推測の立てようもない。

 重要な証拠なのかもしれないけれど、これがどういう意味を持つのかはさっぱりわからなかった。


「――まあ、こんなチマチマした証拠は一旦置いといてさ。一番に調べるべきはこれじゃないでしょ?(。´・ω・)?」

「……そう、だね」


 私は、振り返る。

 藍さんに拘束された佳奈ちゃんは、恨むような目線を私に向けている。

 ……そこに、昨日との関係性の変化を実感する。

 忍くんを処刑に追い込んだことで抱かれた奇妙な好感。それを上回る憎悪が、今や私を捉えていた。


「佳奈ちゃんに話を聞こう、って言ってるんだよね?」

「ぶっちゃけ、あのお姉ちゃんが【犯人】でも全然驚けないよね、この事件。ここに来て、あっさり薄味の事件だったりするのかなぁ(´Д`)」

「薄味にしては、刺激が強すぎると思うけど……」


 落下してきた石像に潰されて死ぬなんて、悲惨すぎる末路だ。

 まともな人が取る殺人の方法とは思えない。……いや、殺人に走る時点で、既にその人はまともじゃないとも言えるのだけれど。

 それにしたって、今回の犯行は飛び抜けて惨いものだ。


 最初の事件も、第二の事件も、【犯人】は己の取れる手段を用いただけに過ぎない。

 けれどこの事件は、方法を選んだように感じられる。

 だって、床、あるいは天井を落とすような方法を取れるなら、人体を破壊するなんて造作もないはずだ。

 それなのにわざわざ、轟音を立ててまでこんな方法を取るというのは――。


 私たちをここにおびき寄せたかった?

 私たちの目線をここに釘付けにすることで、何か不都合な証拠を隠そうとしている?

 これだけインパクトの強い殺人の方法を取ったというのは、その可能性も考えられる。


「……空澄ちゃん。もっと他の部屋も調べた方がいいかも」

「ん、そう? まあ、カナタンがそう言うんだから、何か理由があるんだよね? んじゃ、あのお姉ちゃんに話を聞いたら、別のとこ調べに行こっか。なんでか来ない三人のことも気になるし(^◇^)」


 それに同意してから、私たちは佳奈ちゃんの傍へ寄った。


「ねえ、いい加減放して! なんで佳奈にこんなことするわけ!?」

「なんで、って……怪しいからじゃないの?(;'∀')」

「佳奈は何もしてない! 起きたら何故か、お風呂に入れられてたの!」

「……それ、溺れちゃうんじゃ?」


 先ほど香狐さんがタオルを持ってきて拭いていたけれど、佳奈ちゃんはソックスから髪まで残さず濡れている。全身浸かっていたことは確かなはずだ。

 このお風呂の水深を考えると、寝かされたまま全身をお湯に浸けられたら、絶対に溺死してしまう。

 佳奈ちゃんの意識はあったはずだ。


「うるさい、あんたは黙ってて!」


 佳奈ちゃんお得意の叫びで、私の言葉は遮られる。


「それなら、妹ちゃんの方はどこ? キミら、いつも一緒のはずでしょ? なんでこんなときに限って一緒にいないの?(o゜ー゜o)?」


 空澄ちゃんは正当性のある証言を諦めて、別の質問を投げかける。

 途端に、佳奈ちゃんの態度が変わった。


「そ、そう……。ね、ねえ、凛奈がいないの! 凛奈が! ねえ、凛奈はどこ!?」

「あれ、知らないの?(。´・ω・)?」

「だから、今言ったでしょ! 佳奈は、起きたらここにいたの! 大きな音で目が覚めて、そしたら、こんなところにいて……。しかも、り、凛奈がいなくて!」


 佳奈ちゃんの目が、石像の下へと向かう。

 今もなお、お風呂に赤の着色料を提供し続けている石像の下の死体。

 その下にいるのは――。


「うぅ……ぐすっ」


 そのうち、佳奈ちゃんが泣きだしてしまう。

 それは、何かを察したが故の涙だったのだろうか。

 ともかく、これ以上話を聞くのは、どうやっても無理そうだった。


「仕方ない。アイたん、悪いけど、引き続き拘束お願いできる? 怪しいことには変わりないんだから、泣いてるからって放しちゃだめだよ?(´Д`)」

「……ああ。了解した」

「おけ。それじゃカナタン、他の場所も調べに行くんでしょ?(;´・ω・)」

「あ、うん」


 空澄ちゃんの問いに頷く。


「ああ、それなら私も行くわ」

「ん、カッコーも?」


 別室での捜査に、香狐さんも名乗りを上げる。

 私は、夢来ちゃんの方にも視線を遣る。

 夢来ちゃんはこちらを見ていたけれど、私と目が合うと、すぐに顔を逸らしてしまった。しゃがみ込んで、完全にこの場の捜査を続行する態勢になる。

 ……どうやら、夢来ちゃんはついてきてくれないらしい。


「それじゃあまずは、寝坊助さん三人を呼びに行こうか? ――ま、二人しか出てこないだろうけどね(*'▽')」

「……うん。そうしようか」


 そうして私たちは、惨劇の現場である浴場を離れた。

 犠牲者を確定させるために。

 ――今回の死者の剣を、手にするために。

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