Aqueous Mansion

《水性の館》




『はーい、みなみなさま、起きてくださーい! 変な音あったよねぇ? ドーン、ってさ! まったく、いつまで寝てる気なの!?』

『そんな呑気だから――三度目の事件を防げないんだよ! あはははははは!』


 ワンダーの声が、響く。


『というわけで、三度目の事件です! なんか、ピンク色の面白い色をしたお風呂が今なら楽しめるらしいよ! さあみなみなさま、朝風呂に急げ!』

『ほら寝坊助さん、起きてー? 一人死んじゃったよー? 最っ高にエキサイティングな方法で死んじゃったよー? 現場、是非とも見たくない?』

『ほら早く、タオルと着替え持って! お風呂に集合! 全員で和気藹々と朝風呂を楽しもうじゃないか!』

『まあ、今お風呂に入ったら――比喩じゃない、血で血を洗う体験ができるけどね! あはははははははははははは!』

『被害者の死体を前にして、被害者の血が混じったお風呂に裸で入るって――なんだかすごい背徳的じゃない!? 絶対気持ちいいよ! ボクも入って待ってるから、早くしてよ!』


 ワンダーが、悪趣味な言葉を並べ立てる。


『あ、ちなみに【真相】解答の制限時間は九時十一分までね。お忘れなく! それじゃ、ボクは女子風呂に突撃だ!』


 最後辺りに大事なことをサラッと伝えて、ワンダーは全体に向けた宣言を終了させた。

 ……今なら、この仕組みがわかる。

 これはスピーカーなんかじゃない。おそらく、ワンダーは全ての部屋に配置されている。ワンダーは大量にいるんだから、そんな芸当も可能だ。それ故にワンダーは事件の全貌を全て知っている。自分の言葉を放送のように伝えることもできる。


「……いるんだよね、ワンダー」


 だから私は、血に染まったお風呂を前にして呟く。

 返事はすぐにあった。


『はっ!? 女子風呂への侵入がバレた!? や、やべー! ずらかれーっ! ずらかれってなんか、ヅラカレーっぽくない!? カツラのカレー!? 絶対マズいよね!』

「……どうでもいいから。それに侵入も何も、最初からいたんだよね?」

『あっ、バレた? ――ま、ぶっちゃけボクに性別はないから、女子風呂を覗いたところでどうということはないんだけどね』


 ワンダーが慌てた演技をやめて、抜け抜けという。

 今までセクハラを繰り返してきておいて、今更言うことがそれとは。

 ……でもそんなこと、今はどうでもいい。


 殺人が起こった事実を認識して、頭が冷えていく。

 心の中の怪物が目を覚ます。四本腕の仇討ちの怪物が、五本目の剣を握るために新しい手を伸ばす。


「……この石像、儀式の間にあったやつだよね?」

『ま、見ればわかるよね! そうだよ、あの部屋のやつだよ!』

「これが落ちてきたって……床が抜けたってこと? それならこの殺人は、館を用意したワンダーが【犯人】ってことになるの?」

『まあ、本当にそうなら、ボクの責任ってことにしてあげてもいいけど。実際はそうじゃないからね。というか、キミもアバンギャルドちゃんみたいなこと言うわけ? まったく、勘弁してほしいよ』

「…………」


 これでワンダーが【犯人】なら、この狂った殺し合いは終わりにできたのに。


「それなら、どうしてこの石像は落ちてきたの?」

『それくらい自分で考えてよ! 推理ゲームだよ、これは! なんでもかんでもゲームマスターに確認しちゃいけないの! 用はそれだけ!?』

「……本当に、重みに耐えきれずに床が抜けたわけじゃないの?」

『そうだよ! なんなら、証拠見せてあげようか?』


 ワンダーが挑発に乗って言う。

 そこでちょうど、複数人の話し声や足音が聞こえてきた。


「うっわ、ナニコレ!?(;゚Д゚)」

「む、これは――」

「え……っ」

「彼方さん、大丈夫かしら?」

「は、放して! いい加減!」


 空澄ちゃんと藍さん、夢来ちゃん、香狐さん、それから佳奈ちゃん。

 ――その五人しか、入ってこない。

 接理ちゃんは? 摩由美ちゃんは? 凛奈ちゃんは?

 ……そうだ。凛奈ちゃんが佳奈ちゃんの傍にいないなんておかしい。

 いつも一緒にいるくらい仲のいい姉妹だったのに。こんな、事件が起こったときに限って傍にいないなんて。

 そんなの、何かあったと言っているに等しい。


『ああ、ちょうどいいところに来たね!』

「うわ、ワンワン、ほんとに女子風呂入ってきてるし。さっさとどっか行ってくれない?(;´・ω・)」

『まあまあ、命を預け合った仲じゃないか!』

「だから、ワンワンが勝手に命握ってるだけだって。というかそれ、持ちネタにしたの?( ̄д ̄)」

『ともかく! 今から、重みに耐えかねて石像が落ちてきたんじゃない、っていう決定的な証拠見せてあげるから! みなみなさま、よぉくご覧あれ!』


 ワンダーはそう言って、お腹の裂け目から紫の宝石を取り出す。


「え、なになに? なにするつもり?(。´・ω・)?」

『まあちょっと、そうだね……。サーカス、かな』


 ワンダーは、宝石を高く掲げ、叫んだ。


『館スライムちゃん、ショーをしよう! 第三の事件を歓迎するショーを!』


 すると――次の瞬間。

 壁が、床が、天井が。どんどんゼリー状の物体に変わっていく。

 壁をめくるように、表面が剥がれてスライムに。床がじんわりと液状になり、水たまりはやがてスライムに。天井は雨のように、ぽたぽたとスライムに。

 周囲を構成する何もかもが、スライムに変わっていく。


 スライムは集まって人の形を取ると、礼儀正しくお辞儀する。


『よーしよしよし、いい子だねぇ。それじゃあ早速、行ってみようか! 幻想的なスライムの乱舞の始まりだよ!』


 その宣言を合図に、ショーが始まる。

 スライムの大群は列をなし、犬の像の周りを行進する。

 跳んで、跳ねて。それが魔物でなくて、なおかつ殺人現場でもなければ、その光景のなんと美しいことか。

 水の輝きを放ち、ぺしゃりぺしゃりと踊るスライムたちは、周囲の景色を無視すればさぞ幻想的なものに映っただろう。


『はい、終演!』


 そうして、ワンダーの掛け声とともに、ショーが終わる。

 そこかしこから現れたスライムは、最初と同じく、そこかしこに溶け込んでいく。

 壁に、床に、天井に。

 液化した何もかもが修復されて、元通りになっていく。

 先ほどまで液体だったなんてことを微塵も感じないほど巧妙に、スライムたちは固体として元々あった場所へ帰っていった。

 ――擬態。そんな言葉が思い浮かぶ。


『……それじゃあ、館の正体がわかったところで、改めてご招待の挨拶をしようか!  みなみなさま、魔なる空想の果て・スライム館へようこそ! での殺し合いを、どうぞ心ゆくまでお楽しみください! あはははははははははは!』

「スライム、館……?」


 その正体に戦慄する。

 ――実は私たち全員、スライムのお腹の中なんて。

 そんな、どうしようもなく馬鹿げた、知りたくなかった秘密を。

 こんなにあっさり、ワンダーは暴露した。


 今まで抱いていた数々の疑問が氷解する。

 最初に壁の破壊を試みたとき、勝手に壁が修復された理由。

 一階の『???』の、不思議な入口の仕組み。

 殺人事件が起こったとは思えないほど、容易く行われる痕跡の抹消。

 ことあるごとに、ワンダーがスライムを呼び出す理由。


『理解したかな? 空想級の魔物だよ? 設計ミスで天井が落ちてくるなんてこと、あるわけないじゃないか! 館スライムちゃんの擬態は完璧なの! 何せ、忍者ちゃんの罠に引っかからないレベルの隠密能力を持ってる上に、擬態する物質の硬さや感触まで完全再現しちゃうんだから!』

「それってもしかして、ここにある物って全部スライム性だったりするの? 体拭いたタオルがスライムだったとか、すごい嫌なんだけど……( ꒪⌓꒪)」

『いやいや。そういうのは普通に、通販でボクが買ったやつだよ』

「えっ? いや、それはそれで気になるんだけど。なんで魔王が通販なんて使ってるのかな?(;゚Д゚)」

『まぁ、便利だからね。――ともかく。館スライムちゃんが擬態してるのは、壁とか天井とか扉とかだけだよ。絨毯とかタオルとか、その他の備品は全部普通に揃えたやつだよ。高かったんだからなー!』


 ワンダーが悔しがるように言った。


『ああでも、そこの像はスライムちゃんの擬態だね。どう? ボクの像、なかなかカッコよくできてるでしょ?』

「あ、これワンワンだったんだ……(´Д`)」


 空澄ちゃんが呆れたように言う。

 確かにこの像は、ぬいぐるみのような外見をしているワンダーとは似ても似つかなかった。どうやっても結びつかない、というくらいに誇張されまくっている。


「というか、これもスライムならどかしてくれない? 捜査の邪魔なんだけど(+o+)」

『いやいや、そうはいかないよ』

「……ふぅん。これが【犯人】の仕込みだから?(。´・ω・)?」

『敢えて黙秘権を行使するけど、とにかくダメなものはダメなの!』


 ワンダーが首を振る。

 ……隠しているようだけれど、これが【犯人】の仕業であることは明白だ。

 先ほどワンダー自身が、事故で天井が落ちてくることはないと断言してしまったのだから、残る可能性は人為的な落下という線しかない。

 この石像が落ちてくることまで含めて、【犯人】の仕込み。だから、ワンダーが勝手に崩すわけにはいかない。そういうことだろう。


『ま、そういうわけで。そろそろ、事件の捜査を始めたら? ボクと話してるからって、タイムリミットを伸ばしてあげたりなんかしないからね?』

「勝手にワンワンがショーとか始めたんだけど――ま、正論だね。そろそろ始めないと。だよね、カナタンヾ(@⌒ー⌒@)ノ」

「えっ? あ、う、うん……」


 ここがスライムで構築された館だという事実に未だに呆けていた私を、空澄ちゃんが呼び戻す。

 ……そうだ。迷っている暇はない。

 タイムリミットは三時間。前回は私が気絶していたとはいえ、本当に瀬戸際の戦いだったことに違いはない。

 急がないと、今回こそ議論を尽くせないまま【真相】解答の時間を迎えるかもしれない。

 それだけは、避けないと。


 でも。

 未だに被害者もわからず――死者の剣すら持てない戦場で、私は、戦うことができるのだろうか。

 それだけが、不安だった。




――Third Case

被害者:???

発見場所:浴場、狗の像の下

発見時刻:午前6時11分


――捜査、開始。

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