Sacrifice to the Spider God
《蜘蛛神への生贄》
――村には、神様がいらっしゃる。
――蜘蛛の神様。生贄を好む神様。
――生贄の代償に、願いを叶えてくださる神様。
今年は、凶作だった。豪雨によって畑が駄目になり、多くの作物が失われた。
加えて、××様がこの地を管理するようになってからは、税の取り立てもいっそう厳しいものになった。村に残された食物は僅か。このままでは、我らは皆遠からず飢え死んでしまう。
そんなとき、村の誰かが言った。
蜘蛛の神様に願いを叶えていただこう、と。
蜘蛛の神様は、生贄を欲する。
生贄には、少女が選ばれた。純粋無垢な少女。人を恨むことも知らぬような、清らかな乙女。――なればこそ、生贄に相応しいと村長は判断なされた。
ある夜、少女を祭壇に呼び出した。美しい満月の夜だった。
やって来た少女は、驚いた顔をしていた。村の重要人物が、揃いも揃って祭儀の準備を行っている場に出くわせば、それも当然だろう。
少女は尋ねた。
「村長様のお言いつけ通り、家族には秘密で家を出て参りましたが……。皆様は一体、何をしていらっしゃるのですか?」
無垢な少女は、これから自分が生贄にされるなどとは露ほども思っていない。
少女は果たして、蜘蛛の神様の伝承を知っているのだろうか。古い伝承だ。祭儀も、もう長いこと行われていない。若い娘が知らなくとも、無理からぬ話だ。
それは――我々には都合のいいことだった。
村長が言う。
「よく来た。悪かったね、こんな夜中に呼び出して」
「いえ、村長様のお言いつけでしたから。大切なことなのでしょう?」
「そうとも。村を救うためには、どうしても必要なことなのだ」
「村を……。そうですか。それで、私は何をすればいいんですか?」
「ああ。これから、この村を守ってくださる神様に祈りを捧げる。お前は、この石の台に横になってくれ」
村長が、それを指す。平坦な、石の台座。人ひとりが寝転がれる幅と長さがある。
言われた通り、少女は石台に横になった。
「あの、これは……」
少女は、頭上に固定されたものに目を遣りながら言う。
それは、大きさの異なる木の杯が九つ、重ねられたものだった。
「それは、清めの水を受ける杯だ。お前が目を閉じてから、一時間に一つ、満たされるようになっている。九つの器が満ちたとき、清めの水がお前にも降りかかる。それで、神様がご降臨なされるだろう」
それは伝承で語られる、祭儀に必要な手順だ。外すことはできない。
「まずは、うつ伏せになってくれ」
「わかりました」
少女が、うつ伏せになる。我々はそこに、赤い布を被せた。
赤い布は、神が好まれると文献にあった。効果があるかどうかは未知数だが、試さないよりはいいだろう。
「それでは、目を閉じなさい」
「はい」
言われた通り、少女は目を閉じる。本当に、汚さを知らない子だ。
これなら無事、神様はご降臨なされるだろう。この村の者は、彼女の犠牲によって皆救われる。
私は、包丁を手に取った。
少女が目を閉じるのが、生贄実行の合図。生贄を捧げる役を負うのは、私。
さあ――時間だ。
◇◆◇◆◇
→『少女を殺す』
『少女を殺す』
『少女を殺す』
画面上に、選択肢が表示される。それに、私は息を呑んだ。
もしかして……これは罠? 私が少女を殺した場合、この館のルールは発動する?
この館のルール。手段を問わず、殺人を企て、その者の行動によって命を奪われた者が発生した場合に、その計画者を【犯人】と認定する。
命とは、虚構の世界に生きるものも含まれる? 私が、これを実行したら……。その選択をした私は、【犯人】に仕立て上げられる?
「……ワンダー」
『なんでしょう? 攻略のヒントを教えてほしいとかなら、お断りなんだけど』
ワンダーが、声を潜めて言ってくる。
怖い。この魔王と、一対一で接するのが。
だけど……。これが罠だとしたら。ここで私がゲームプレイをやめて、シューティングゲームの方をプレイすることを望んでも、どうせワンダーは人死にが出るゲームを強要してくることだろう。だから、ここではっきりさせておかなければならない。
もし、これで【犯人】として認定されるなら――今すぐ、みんなにこのゲームをやめさせられるように。
「物語の中のキャラクターを殺したら……この館のルールで、その人は【犯人】になる?」
『えっ? いや、そんな、読者が犯人とかいうふざけた推理小説じゃないんだから……。ないない。次元の壁を挟んだ相手は対象外でーす』
小声ながら、ワンダーは馬鹿にしたように言う。
だけど……ほっとした。こんな意味のわからないゲームで、死人は出ない。
私は安全を確約された後も、少し――いや、だいぶ長く躊躇してから、その選択肢を実行した。
◇◆◇◆◇
少女の背中に、包丁を突き立てた。
少女が、ビクンと跳ねる。
「えっ……。っ、痛っ……。えっ? な、なん、で……」
「すまないな。この祭儀には、生贄が必要なのだ。それに、お前が選ばれた。……村のためだ。お前の命が十人を、百人を救う。どうか、受け入れてくれ」
「そ、そんな……」
我々は、暴れる少女を押さえつけた。
そうして、少女の身体から力が抜けていき――やがて、息絶えた。
すぐに、祭儀の準備を進める。
まず、不浄な服は引き裂いて脱がせた。儀礼用の服を着せるのは困難だったため、裸のままとしておく。赤い布は被せたままだ。
そして、清めの水を流し始める。これで九時間後には、全ての杯が満ちる。
最後の仕上げだ。祭壇に、糸を張り巡らせる。
幾重にも幾重にも。蜘蛛の神様が好まれるように。不浄のものを寄せ付けない結界として、繭を作り上げる。
――これで、準備は完了した。
満月が、世界を照らす。
きっと明日には、我らに幸福が訪れる。
その暁には、立派な石碑を立ててやろう。村の窮状を嘆き、自ら生贄となることを申し出、村を救った少女についての石碑を。
少女を、英雄として伝えてやろう。
そうして、朝が訪れようとしていた。
空が薄らと白み始め、九つ目の杯がほとんど満たされる。
ようやくだ。ようやく、神様がご降臨なされる。
――ポタリ。
杯から、雫が落ちた。少女の頭に、それが落ちる。
奇しくもその雫は、涙のように目の横を伝って落ちた。
繭が、外側からもはっきりとわかる形でたわむ。
蜘蛛神様の、降臨だ。
◇◆◇◆◇
『少女が殺されてから、何時間が経過した?』
不意に、画面に問題と選択肢が表示される。
突然のことに、少し驚いた。
推理ゲームとは言っていたけれど、どうしてこのタイミングで問題を挟んできたのだろうか。やや唐突すぎる。
ひとまず疑問は放置して、選択肢の中から『九時間』を選択する。一つ一時間で満ちる杯が九つ。九時間であっているはずだ。
『正解! 今は、少女が殺されてから九時間が経過しています!』
更に、先ほどの『少女を殺す』という選択肢のときにはなかった、システム的なメッセージが返ってくる。
……ゲームをやらされる側としては、明らかに邪魔な要素としか思えない要素だった。ストーリーが中断されるし、テンポも悪くなる。それに、さして面白い問題と言うわけでもない。ストーリーを読んでいれば誰にでもわかるような単純な問題だ。
『少女は、どこで殺された?』
また、問題と選択肢が表示される。
私は『祭壇』を選んだ。
『正解! 少女は九時間前に、祭壇で殺されました!』
わかりきったメッセージが表示される。
しかし……。
『少女は、どこで殺された?』
また同じ問題が表示される。選択肢も全く同じだ。……バグ?
私は再び、『祭壇』を選択した。
『正解! 少女は九時間前に、祭壇で殺されました!』
『少女は、どこで殺された?』
また、問題がループする。
「あ、ループ抜けた(´Д`)」
すると、空澄ちゃんの声が聞こえた。どうやら向こうもループしていたらしい。
どうやって抜けたかはわからないけれど……。
『祭壇』
『正解! 少女は九時間前に、祭壇で殺されました!』
『少女は、どこで殺された?』
『祭壇』
『正解! 少女は九時間前に、祭壇で殺されました!』
『少女は、どこで殺された?』
『祭壇』
『正解! 少女は九時間前に、祭壇で殺されました!』
五回のループで、ようやく質問から抜け出した。
ストーリーが再開される。
……なんだったんだろう、今の。
◇◆◇◆◇
繭を裂いて、蜘蛛の神様が現れる。
上半身は人間で、下半身が蜘蛛の神様。一糸纏わぬ神が、少女の死体の傍に佇んでいた。
『私を呼び起こしたのは、お前たちか?』
「そ、そうでございます……。神よ、どうか、我らの願いを叶えてくださいませっ」
村長が、緊張の面持ちで言う。
蜘蛛の神様は、それに確かに頷いてくださった。
『ああ。願いは叶えよう。儀式によって呼び起こされた私には、その義務が課せられる』
「で、ではっ……! 今年、我らの村はかつてないほどの凶作なのでございます! どうか我らに、明日を生きるための糧を――」
『何を勘違いしている?』
「え――は?」
蜘蛛の神様は、ゾッとするような声で仰った。
『私が聞き届けるのは、お前たちの願いではない。私に命を捧げた者の願いを叶えるのが、私の権能だ。この生贄の少女は、最期に願った。己を殺した者に裁きを、と。故に――問おう。この少女を死に追いやった元凶は、誰だ?』
蜘蛛の神様は、酷薄に笑った。
◇◆◇◆◇
入力画面が表示される。問題はもちろん、『少女を死に追いやった元凶は誰か?』
白い、入力ボックス。そこには、誰の名前も書かれていない。
私はそれにマウスカーソルを合わせて、クリックした。
『END 裁きは与えられた』
「……えっ?」
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
まだ何も入力していないのに、クリックしただけで勝手にゲームエンドの文字が表示された。
ゲームとしてはあり得ない。だけど……見たまま、それが事実だった。
「ちょっと、ワンワン? このゲーム、滅茶苦茶バグあるんだけど。ちゃんとデバッグした?( ̄д ̄)」
『えっ? バグ? そそそ、そんなわけ……』
「あー、ガチ考察して損しちゃったー(>_<)」
どうやら空澄ちゃんの方でも、同様のことが起こっているらしい。
香狐さんは……既にゲームを終えた様子で座っていた。
私が見ていることに気づくと、微笑んでくれる。
「……あれ? 進まない……」
「んー? 真っ暗になっちゃったー」
夢来ちゃんが、おそらくはループの部分で呟いている。
佳凛ちゃんも――と思ったら、佳凛ちゃんは魔法でパソコンを破壊していた。
『あれ!? 融合姉妹ちゃん、何やってるの!?』
「えー、だって、殺しちゃえって言うからー」
『物理的に殺るって意味じゃないでしょうが! ゲーム内でやってよ! ほら、戻して戻して!』
「えー、魔法使うのめんどくさいー」
『一度使ったのに!?』
「だって、必要だと思ったんだもん……」
どういうわけか、佳奈ちゃんは[存在融合]の力での修理を渋る。
[存在分離]の対となる[存在融合]なら、直すことは可能なはずなのに。
単純に面倒がっているだけなのだろうか。
既に、ほとんどの人はゲームを終えているようだった。
私、香狐さん、空澄ちゃんはもちろんのこと、藍さんと接理ちゃんも手が止まっている。
終わっていないのは、佳凛ちゃんと夢来ちゃんだけだった。
パソコンを壊してしまった佳凛ちゃんが終わっていないのはわかるけれど……夢来ちゃんも? 推理ゲームを謳っておきながら、実際に推理を必要とする場面なんて全くなかったのに。
――いや、推理ゲームっぽい謎のゲームと言っていた。謎の、とはつまりこういうことだったんだろう。肩透かしもいいところだったけれど。
『あれ、もうみんな終わってる? 終わってないのは、融合姉妹ちゃんと――あ、痴女ちゃんだけか。何? 痴女ちゃん、生贄シーンに興奮して手が止まっちゃった? 生憎とボクは、リョナ系の趣味にはあんまり理解がないんですが……。まあ大嘘だけど。ボクは特殊な趣味にも理解があるワンコなのです』
「……リョナ? あの、このゲーム、進まなくて……」
『えー、うっそだぁ。ほら、動いてるよね? この少女を死に追いやった元凶は――ああ、もう最後まで来てるじゃん。あとはボタンを押せば、犯人の入力画面が……あれ? ぽちっとな。……あれ?』
ワンダーがキーボードを、そしてマウスを叩く。ボタン一つで簡単に最終画面に移行するはずなのに、手が止まらない。
それはつまり、夢来ちゃんが言うように、本当に画面が進んでいないということだ。これもまた、どうせバグだろう。
『えー、いや、ははは……。はい! クリアできなかった痴女ちゃんと融合姉妹ちゃんは同率最下位ということで! これにて、第一回タイムアタック大会を終了いたします! 順位の発表はしないから! ――二人は明日
ワンダーは逃げるように言って、遊戯室から風のように去っていった。
……なんだったんだろう、一体。
意味のわからないゲームと、締まらない結末。
不完全燃焼気味な気持ちを抱えながら、私たちは揃って遊戯室を出た。
……もちろん私は、香狐さんと手を繋ぎなおして、部屋を出た。
やっぱりこれが、一番安心できる。
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