【解放編】Do I have to make up for our crime?

《罪は償わなければいけないの?》




◇◆◇【雪村 佳凛】◇◆◇


 愛情が、佳凛の全てを支配している。

 おねぇちゃんへの愛。凛奈への愛。その両方が佳凛の中に閉じ込められて、互いに愛し合っている。

 天国にいるように気持ちいい。

 最高の愛の形を実感するたびに、自然と愛の結晶が微笑む。


 もう他のことなんて、どうだっていい。私たちには関係ない。

 ……だけど少しだけ、思うところもある。

 まず、あの魔王は、殺し合いがどうのとか言って凛奈を怖がらせた。その仕返しをまだしていない。だからお返しに、アレの意図を挫いてやる。

 それと……これはチャンスだと思った。だって、彼方が言うことが本当なら……。

 ……うん。だから佳凛は、彼方に協力してあげる。


「佳凛ちゃん、大丈夫?」

「うん、全然」


 彼方が凛奈の顔を心配そうに覗き込む。

 さっきからずっと、佳凛たちはスライムの触手に攻撃されてばかりだ。触手という構造上、佳凛の[存在分離]はとても有効で、対処に困ってはいない。だけどこれ全てを切断してしまうには、魔力が危ないかもしれないと彼方に言われた。

 魔力を節約するためだと、今は反撃することをやめて、ひたすら身体能力強化で逃げ回ることになった。飛んで跳ねてにはあんまり魔力を使わない。遥かに魔力の持ちがいい分、消費を気にする必要はあんまりない。


「どうしようか……」


 彼方が悩ましげに顔を歪める。推理はできても、こういうのは苦手みたい。

 佳凛たちが目指しているのは、とあるモノの回収。それがそのまま、佳凛たちの勝利条件になるらしい。

 だけどそれは今、遠ざけられてしまっている。だからなんとか、私たちの手に奪わないといけない。そうじゃないと、佳凛がどうにもできない。

 広い部屋を飛んで、壁を蹴って、たまに触手を切り払う。

 姉妹の剣は、両方ともそのままの形で残された。二本の剣を一度に使う経験なんてなくて振りづらいけど、身体能力強化で力を調整すれば、強引に振ることができる。


 ――と、そこで、魔王がこっちを向いた。


「これも生き残るのね。トラウマの克服、素晴らしいわ。あなたたちは成長している。経験した数々の死を、あなたたちは踏み越えるに至った。――さあ、次はどうするのかしら?」


 第三の事件。佳凛が覚えていないはずがない事件。

 あれで佳凛は、究極の愛を知ることができた。身も心もドロドロに溶けあって一つになる、美しい愛を知った。

 魔王曰く、それは成長と言うらしい。だったら……。


「第三の事件。衝撃的な事件だったわね。石像でペシャンコにされた死体なんて、今までで一番酷いものだったもの。それを直接見たのは、棺無月さんしかいなかったけれど……。新しい圧殺死体を、今からみんなで確認してみる? ――[存在分離]」


 魔王がそう言うと同時に、天井に隙間が生まれる。その隙間は亀裂となって、遂にはプレート状の天井が落ちてきた。これで佳凛たちを押し潰そうってことなのかな? 佳奈が仕掛けて、凛奈がやったように。


 黒い魔法少女が、白衣の魔法少女を庇いながら天井を見上げている。黒い魔法陣がずっと光り続けて、そっちのプレートは、落下に逆らって天井に戻っていく。だけどすぐに落下を始めて、また戻される。どうやらあっちは、あれにかかりきりになるみたい。


「か、佳凛ちゃん!」

「んー」


 チャンス、だと思った。これだけ綺麗に、天井のプレートが降ってくるなら、佳凛が考えていたことができる。


「彼方、これ、チャンス」

「え? ど、どういうこと?」


 天井の落下を邪魔しないためか、スライムの触手は今は引っ込んでいる。

 だったら、やりたいことが存分にできる。


「このプレート、全部くっ付けちゃお?」

「全部? でも、そんな魔力……」

「あるよ? さっきの」

「さっきの……って、まさか」

「うん。さっきのでっかい魔力」


 たぶん魔王に押し付けられたものだ。

 彼方はすぐに、[外傷治癒]に乗せて吐き出してしまったけれど。佳凛は何かあったときに使えると思って、[存在分離]で一時的に自分から魔力を切り離して、保存しておいた。[存在融合]でそれを元に戻せば、すぐに使うことができる。

 プレートはすぐそこまで迫っている。だから、やるしかない。


「彼方、しゃがんで」


 佳凛もサッとしゃがむ。それに合わせて、彼方も地面に身体を押し付けるようにして伏せた。

 ……よし。これでできる。


[存在融合]――佳凛の魔法で魔力を戻す。おねぇちゃんの[存在分離]とのコンボ技。姉妹の愛の共同作業という気がして、いっそうの快楽を感じる。

 佳凛は、嬉しくなって笑った。


 そのまま、[存在分離]でプレートの落下物を全てくっ付けて、板状にする。そしてそのまま、その板を壁と融合する。こうすれば……第二の床が完成して、落ちてきた天井と本物の床の間に隙間ができる。

 そうすれば、魔王から見えないところで拾い物ができる。

 と、思ったんだけど。


「あれ、真っ暗……」


 蓋をしたら、真っ暗になるに決まっていた。すっかり忘れていた。


「いや……ううん。佳凛ちゃん、大丈夫」


 彼方はそう言って、暗い場所に灯りを出現させる。それは、魔法陣だった。傷に――ごくごく軽傷の部分に纏わりついて、傷を癒す。

 ああ、そっか。魔王から能力を返還されたから、そういうこともできるんだ。


「……いた、あそこ!」


 佳凛は、見つけた探し物を指さした。

 どうやって確保するか悩んでいたけど、これなら魔王に確保したことを悟られずに、戦闘を続けることができる。最良の結果と言ってもいい。

 その探し物は逃げ回るけれど、魔法少女の身体能力ならあっさり捕まえることができる。


「これで、どうにかできるんだよね?」

「うん。あとは、最後の仕上げだけ」

『きゅーっ!』


 佳凛の手の中で、スウィーツモドキが暴れている。

 彼方が言うには、これが作戦に必要らしい。噛みつこうとしたりしてくるけど、全然強くもないし怖くもない。小さい火を出したりしてきたけど、熱くもないし燃えもしない。ただの動物じゃないみたいだし、魔物なのは確かっぽいけど……弱すぎる。噂級程度かな? それにしたってかなり弱いけど。


「佳凛ちゃん、まだ魔力は残ってるよね?」

「うん。だいたい満タン」


 自分の本来の魔力は、身体能力強化の分しか使っていない。


「えっと、それならまずは……この天井に穴あけられる? 私一人で出るから」

「ん、わかった」

「その後、合図するから、そうしたら最後の仕上げをして」

「んー」


 佳凛と彼方はそこで、最後の仕上げの下準備をした。

 必要なことをしたり、合図の確認をしたり。

 それで……。


「じゃあ、行ってくるね」

「ん、いってらっしゃいー」


 佳凛が天井に穴を開けると当時に、彼方はそこから飛び出していった。

 その様子を見ながら、思う。


 彼方は、何のために戦っているんだろう。償いって一体なんだろう。

 佳凛は……ううん。おねぇちゃんは、ノコギリを持った奴に殺されそうになった。だから殺した。佳凛はそれを、償わなきゃいけないの?

 そんな必要、まるっきり感じない。悪いのは向こう。おねぇちゃんは身を守っただけ。そうじゃなければ、おねぇちゃんも凛奈も殺されていた。


 ……償いって、難しい。

 佳凛はこの愛があれば十分。佳凛は佳凛のことだけで満足。

 罰なら一応、受けた。おねぇちゃんは痛い思いをした。それは凛奈がやったことだけれど、きっと普通に愛し合うだけじゃあの魔王は……魔王じゃなかったんだっけ? とにかく、あの犬のぬいぐるみは許さないと思って、凛奈はおねぇちゃんを刺した。おねぇちゃんを痛くするのは、凛奈の本意じゃなかった。

 佳凛はそれで、幸せになってしまった。

 でも誰も、佳凛の誕生を祝ってはくれなかった。


【犯人】には、幸せになることも許されないの?

【犯人】は、苦しみ続けなければいけないの?

【犯人】は、罪のことだけを考えて生きていかなくちゃいけないの?

【犯人】は――死ぬのがお似合いなの?


 わからない。から、見せてほしい。

 償いって、どういう風にするものなの?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る