【解決編】No doubt. You are the murderer.
《間違いない。あなたが殺人鬼だ。》
「わ、わたくし……ですか?」
初さんは、まるで予想外の話題を向けられたかのような反応を見せた。
弾かれたように立ち上がる。
「な――何かの間違いです! わ、わたくしが、米子さんを殺すなんて、そんなこと!」
「……ごめんなさい。でも、私には、これ以外に考えられないんです」
間違っているなら、反論してほしい。
私が間違っていたなら、いくらでも謝る。
だけど――。もし、その反論が、卑劣な責任逃れによるものだとしたら。
私は、それを許してはいけない。
「そ、そもそも、狼花さんの発言が正しいという保証はありません! もしかしたら、狼花さんの勘違いかも――」
『あ、そういう言い訳はナシね。魔法に関しての周知徹底は、ボクが厳格じゃないといけないからね。――保証が欲しいなら、保証してあげるよ! そこの不良ちゃんが言ったのは、間違いない事実だよ』
「なっ――」
初さんが、思いがけない反論を喰らって絶句する。
そこだけは、私が詰め切れない部分だった。けれど、ワンダーがそれを保証した。
そのワンダーの言を信じないのなら、全ての前提が崩れ去る。今までの推理は全て、ワンダーに寄越されたメモの記述に基づいたものなのだから。
「そ、そうだとしても! 米子さんが本当に魔法の制御に失敗した可能性は残っています! あの鏡を仕掛けた【犯人】は目論見を外して、証拠を残したまま諦める。その上で、米子さんが自分で失敗してしまうなら――」
「……いえ、それもあり得ません。米子ちゃんは、魔法を使うとき、最初は様子見で少ない魔力で試すらしいんです。それが暴発したとしても、一昨日の空澄ちゃんのときみたいに、ただのやけどで済んだはずです」
「こ、今回だけ、それを忘れていた可能性もあるはずです!」
「いやー、それもないよ。"(-""-)" あーしとマユミンがしっかり聞いたからね。最初は様子見で行くって。ね、マユミン?(・・?)」
「みゃ、みゃーも確かに聞いたにゃー」
「な、何かの間違いで、魔力を込めすぎてしまったのかも……」
「それなら、私の魔法で米子ちゃんの傷を癒すことはできません」
第二の反論は、三人がかりで叩き潰される。
それでも、初さんは折れずに、第三の反論をぶつけてくる。
「そ、そうです! 仮に、わたくしの魔法でそんなことができるとしたら、空澄さんだって同じことができるはずです!」
「おろ?(。´・ω・)?」
「初日に、空澄さんの魔法はわたくしが上書きしました。ですから、空澄さんだって[魔法増幅]を使うことができたはずです! 仮にそんなことができるのだとしたら、狼花さんを執拗に追い詰めていた理由も納得できます! 狼花さんに罪を着せようとすることは、【犯人】として自然な行動ですから!」
「んー、そんな意図なかったんだけど。そもそも、それならウイたんだってできちゃうことになるよね?( ̄д ̄)」
「わたくしはそんなことしません!」
「それを言うなら、あーしだってそんなことしないけど。そもそもあーし、タコ糸のことも鏡のことも知らなかったんだけど?(o゜ー゜o)?」
「それはわたくしも同じです! 糸の方はともかく、鏡のことはわたくしも知りませんでした!」
「あー、これ手ごわいなぁ"(-""-)"」
空澄ちゃんが反論しきれず、頭を掻く。
「空澄さんが【犯人】だとしたら、わざわざ魔法を使う米子さんについていこうとしたあなたは、十分に犯行が可能だったはずです! 米子さんが魔法を使う前に、秘密裏に魔力を押し付ければ――」
「――初さん、それはできませんよ」
調子づいてきた初さんの反論を、私は遮った。
「[魔法増幅]の発動には、詠唱が必要になります。『約束の刻』なんて単語が必要な詠唱を秘密裏に行うことは難しいです」
必要な単語以外、一切の条件を問わない詠唱。
その単語がもっと日常的な単語だったのなら、会話に混ぜて秘密裏に行使することができたかもしれない。
けれど、あの時の会話に、『約束の刻』なんて不自然な単語が空澄ちゃんの口から出たりはしなかった。
「厨房での様子は、私たちにはわかりませんけど――。摩由美ちゃん、空澄ちゃんは魔法の詠唱をしてないよね?」
「みゃ、みゃー。たぶん、してないにゃー」
曖昧ながらも、摩由美ちゃんは肯定する。
魔法の詠唱は、周りの人に聞こえるくらいの声量で行わなければならない。摩由美ちゃんが聞いていないのなら、空澄ちゃんは魔法を使っていないということだ。
「それに……初さんは一度、その魔法を使いましたよね? 私たちの目の前で」
「なっ――そ、それは……」
思い出す。事件直前にも、こうして食堂に大勢が集まって話し合っていた。
そして――米子ちゃんが、暗号の解読を引き受けてすぐ。
緊張を訴えた初さんは、自分に魔法をかけると言って、[魔法増幅]を行使した。
誰にも、どんな作用が働いているのか確認できない魔法を、発動した。
魔力を与えられた人がその実感を持てないというのは、初日に狼花さんが[爆炎花火]を使用した際に、それとなく言っていた。
だったら――可能なはずだ。
「あのとき、初さんが米子ちゃんに魔力を押し付けたんだとしたら――全部納得がいきます。その後、米子ちゃんが魔力の把握に失敗して魔法を暴発させたのは、自分が魔力を押し付けられているなんて考えもしなかったから。事件が起きて、初さんが気絶したのは――魔力を消費しすぎて、体調が悪かったから」
全部、全部が納得できる。
「事件の前、狼花さんをベルトコンベアのところに招き寄せたのは、狼花さんが【犯人】だという筋書きを成立させるため。その計画が失敗したのは、空澄ちゃんがメモを持って移動してしまったから」
――今ならわかる。
空澄ちゃんの鬼ごっこで、【犯人】の計画が破綻したという意味が。
空澄ちゃんのそれがなければ、爆発は本当に水道の前で起こっていたからだ。
そうしてシナリオは完遂され、偽の【犯人】が徹底的に疑われる。
そう予定されていたのを、空澄ちゃんの気まぐれが覆した。
「……それが、【真相】ですよね。初さん」
「ち、ちがっ……。あれは……。わたくしは……」
初さんがしどろもどろになり、意味のない言葉を並べ立てる。
私たちは、次の反論を待った。
待って、待って――そうして。
「あ、あ……」
膝から崩れ落ちた初さんの姿は、どう見ても、追い詰められた【犯人】のものにしか見えなかった。
「――決着、かな」
空澄ちゃんが呟く。
誰も、言葉を発せなかった。
項垂れる大罪人を前にして。
「わ、わたくしは……」
「んー、どうしたのかな?(〟-_・)?」
「わ、わたくしは……ち、違うんです……っ」
「んー、あーしたちとは違うって? それって殺人鬼的な意味で?(。´・ω・)?」
「ち、違……っ」
初さんが、ここにいる十一人に縋るような目を向ける。
多くが、それから目を逸らす。私も、それと目を合わせるようなことはできなかった。
ただ一人、それを真っ向から受け止めたのは――。
「……初。本当なのか?」
狼花さんだった。
「本当に、お前がやったのか? お前が、米子を殺して、オレに罪を着せようとしたのか?」
「ち、違うんです……っ! し、信じてください……。わ、わたくしは、何も……」
誰もが、その言い訳に白い目を向ける。
しかし、そんな中でも、狼花さんだけはそれを否定しなかった。
「――ああ、信じてやるよ」
「……っ! ろ、狼花さん……」
初さんが、期待に満ちた目を向ける。
それは、間違いなく、狼花さんに希望を抱いた様子だった。
唯一の、味方を手に入れた。初さんはそう思ったのだろう。
けれど――狼花さんは、そんな甘い人じゃない。
「信じてやる。だから、証明しろ。――お前が、【犯人】じゃないって」
「……えっ?」
「お前が、米子を殺したんじゃないって、証明してみろよ」
狼花さんは、本当に信じている。初さんのことを。
しかし、その上で。
米子ちゃんを殺したかもしれない相手に、簡単に情けをかけることができなかった。
狼花さんは、みんなに優しいから。
万が一にも、【犯人】を庇うなんて、あってはいけないから。
「しょ、証明と言われても……。わ、わたくしは、何をすれば……」
「それは、オレにもわかんねぇよ。――おい、彼方」
「な、なんですか?」
「どうやったら、初は【犯人】じゃねぇって証明できる? 教えてくれ」
「…………」
どうやったら、初さんが【犯人】じゃないと証明できるか。
裏を返せば――どうすれば、彼女が【犯人】だと確定できるか。
彼女が殺人に用いた方法は、大量の魔力を米子ちゃんに押し付けること。
事件から今まで、約一時間半。使用した魔力の回復には程遠いはずだ。
――だったら。
「……狼花さん。狼花さんは、魔力の把握は得意ですよね」
「おう、まあな」
初日。[魔法増幅]を受けて、接理ちゃんや狼花さんは普通に魔法を発動できた。
それは、本人の力量によるものだと思う。
この二人なら、[魔法増幅]を受け止められる。ちゃんと、魔力を渡されたとわかってさえいれば。
「――初さん。狼花さんに、[魔法増幅]をかけてみてください。ありったけの魔力を、狼花さんに渡すつもりで。狼花さんは、それが、初さんの全力の魔力かどうか確かめてください。……できますか?」
「おう」
魔法少女一人が持つ魔力の量は、ほぼ均一だ。
だから、確かめることもできるはず。
「仮に、初さんが米子ちゃんに魔力を押し付けたんだとしたら、その分の魔力が減っているはずです。どれだけの魔力を米子ちゃんに押し付けたのかはわかりませんが、あれだけの大爆発を起こす魔力なら、相当な量を渡したはずです」
米子ちゃんは、様子見をすると言った。それなら、そう大した魔力は込めていないはずだ。最低限度の魔力しか用いていない。――つまり、爆発に変換された魔力のほとんどは、押し付けられたもの。
「狼花さんが受け取った魔力が、魔法少女一人分の魔力に足りていないなら……。そのときは、初さんが【犯人】ということです」
「え、あ……」
初さんが、青い顔をする。
まさか、証明手段を用意されるとは思っていなかったからか。
「――初、できるな?」
「わ、わたくしは……」
「お前が【犯人】じゃないなら、できるだろ。な?」
狼花さんが、初さんの肩に手を置く。
そして、立ち上がらせる。
初さんが再び、議論の場に舞い戻る。
「ほら、いつでもいいぞ」
「あ、あ……」
初さんは、弱々しい声で詠唱を紡ぐ。
「や、【『約束の刻』よ……。生命に迫る死の刻よ……。わ、わたくしは、あなたを拒絶する……】。ま、[魔法増幅]……」
「……。やっぱり、実感ねぇな。使ったか?」
「は、はい……。つ、使いました……」
初さんが青い顔で頷く。
典型的な、魔力不足の症状。間違いなく、全力で魔法は使われた。
「それじゃあ……。おい、ワンダー」
『はい、なんでしょーか!』
「今から、魔法を使う。被害を抑え込むことってできるか?」
『はーい、なんとかしようじゃないか!』
ワンダーが、胴体の裂け目から紫の宝石を取り出し、掲げる。
『スライムちゃんたち、カモーン!』
ワンダーが叫ぶと、食堂の入り口からスライムが這いずってくる。
『そっちの壁に撃ってくれれば、開いた穴はスライムちゃんたちが塞いでくれるよ! どうぞ存分にやっちゃってください!』
スライムは、食堂の入り口とは逆の壁――ワンダーが指定した壁の下で、待機するかのように動かなくなった。
「……ああ、わかったよ。お前ら、ちょっと離れてろ」
狼花さんが、下がるように指示する。
そちらの壁側にいた人たちが避難し、狼花さんの一挙一動に注視する。
「それじゃあ――行くぞ」
すっと、狼花さんが壁に向かって腕を伸ばす。
これから魔法を撃ち込むと、そう宣言する。
そして――。
パンッ! ――と、青い炎の華が咲き誇る。
それは、花火のように美しい魔法。キラキラと散りゆき、やがては消える。
彼女を死に至らしめた暴力的な爆発とは、似ても似つかなかった。
炎の華は、大した威力を発揮せず、壁の一部を焦がすに留まった。
火がつく前に、スライムが取りついて出火を防ぐ。
――壁を穿つことすら、できていない。
誰もが、実感した。こんなものが、魔法少女一人分の魔力を注いで生み出される爆発であるはずがないと。
誰もが、決定的に理解した。――【犯人】は、誰か。
「――初」
「ひっ……」
ただの呼びかけに、初さんは怯える。
その初さんに向かって、狼花さんははっきりと口にした。
「――【犯人】は、お前だな」
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