【解決編】She played the role of Jekyll, right?

《彼女がジキル役、でしょう?》




 魔法の筆は、観覧車の最も外側の円をなぞって移動した。

 円周の長さは直径×円周率だから、控え目に見積もっても五十メートルは下らないだろう。

 ――その規模の魔法陣が描かれた。それを聞けば、流石に誰もが衝撃を覚えるものらしい。


「なっ!?」

「馬鹿げている……」


 皆、納得のいかない主張に唸っている。誰もはいそうですか、と頷きはしない。


「馬鹿げていても、実際にやったのよ。証拠がそれを認めているわ」

「す、推理小説の読みすぎだ!」

「あら、あなたがそれを言うかしら、霧島さん」


 無粋な口出しはしないでほしいところだけれど。いえ、お約束の台詞だから、むしろ空気を読んでいると言えるのかしら。

 確かにこんなトンデモトリック、現実で仕掛けようとする者はそうそういない。

 けれど、彼女は必要としていた。こんな派手な準備をしてでも、求めていた条件があったから。


「で、では聞くがね! 亜麻音クンの魔法陣は、円だけでなく五芒星を描く必要があるのだろう!? 何もない空で絵を描くことなど――」

「何もなくないわ。忘れたの? 【犯人】が空中で作業した証拠があったでしょう」

「それは【犯人】が空を飛ぶ証拠ではない! 空中で自由に線を引くなど不可能だ!」

「誰も空を飛んだなんて言ってないわよ。フルハーネスを装着するのは落下を防ぐため。むしろ重力に縛られていた証拠よ。ゴム手袋とブーツも、滑落防止用のものでしょう。――【犯人】はただ、観覧車の骨組みに掴まって作業したのよ」


 どんな体力をしているんだ、とは思うけれど。

 魔法少女だ。それも最前線に赴くような。普通の少女とは、鍛え方が根本から違うだろう。疲れてきたら、一応は休める場所もあるはずだし、必ずしも不可能とは思えない。


「それは――」

「何人も、試練を乱すこと許されず」


 何事か反論しかけた霧島さんの声を、亜麻音さんが遮った。強い瞳で、亜麻音さんは霧島さんを睨んでいる。


「こちらの役目だ。控えてもらおうか」

「……え、あ」


 先ほどまでの威勢はどこへやら、霧島さんはすっかり怯えを見せて黙ってしまった。


「さぁ、再開しよう。交わりし矛と盾、それに決着をつける時だ」

「矛盾があると?」

「【犯人】を繋ぐ命綱、先んじて吊る場所無くして、役目を果たすことなし」

「フルハーネスのフックを予め掛けておかなければ、こんな危ない作業はやってられないって? まあ確かに、頂上まで素手で登攀して掛けに行ったなら、そんな本末転倒なことはないけれど」


 もちろんそんなことはない。

【犯人】は最大限安全に配慮して作業を行った。わざわざ手袋とブーツなんて用意しているのがその証拠だ。


「予め掛けてから登ればいいでしょう。そんなの」

「神業の如き投擲を成功させると?」

「いいえ。手元で掛けてしまえばいいのよ。それも、観覧車のにね。それなら、登ってから掛ける必要なんてないでしょう?」

「支点を地に置き、何かが救えるとでも?」

「ええ。だって、あとは観覧車が勝手に運んでくれるじゃない。ゴンドラの上部に引っ掛けたなら、あなたも一緒にゴンドラの上に乗っていけばいい。ちょっとすれば頂上に到着するはずよ」

「そしてまた地に堕ちる。一度天に至ろうと、何の意味もない」

「頂上まで来た時点で、観覧車は止められるじゃない。非常用のリモコン、見つけて利用したんでしょう?」

「…………」


 亜麻音さんからの反論が止む。

 これを仕事で使うような本職がどういう風にフックを掛けているかは知らないけれど、今回の場合はこれで事足りる。

 観覧車のゴンドラは、起動さえすれば勝手に昇っていく。遠隔操作して自由な位置で停止できるリモコンさえあれば、フックは最上部に固定できる。……いや、最上部だけでなく、自由な位置で止めることができるだろう。

 観覧車の下の方で作業するとなると、最上部にフックを掛けたままではおそらく遠すぎてまともに機能しなくなる。だからフックの高さは幾度か調節したはず。一度外して別の場所につけ直して、なんてやっていたら危険極まりないけれど、これなら外す必要もなくあらゆる高さで作業することができる。


「しかし、それでもなお不可能。人が星に手を伸ばせど、届かぬことと同様に」

「あら。なぜ?」

「鳥の目無くして、如何にしてナスカの地上絵は描かれたか。かの謎が謎としてある所以は、人が鳥の眼など持っていないが故のこと」

「……俯瞰視点もなしに、巨大な五芒星なんて書けるわけないってこと?」


 亜麻音さんは無言で首肯する。

 確かに、観覧車に取りすがって上下左右に移動することは可能だとしても、自分がどういう風に線を引いたのか確認できなければ無意味だ。

 監視カメラの類がショップに置かれていないのは確認している。だから、機械で客観視点を確保したわけでもない。

 ――けれど、そんなものは必要ない。


「それがあなたの最後の砦ね。いいわ、打ち砕いてあげる」


 私はムーンライトを操作して、一枚の写真を表示される。

 それはやや引いた場所から観覧車を撮影した、ただそれだけの画像だった。妙な何かが写り込んでいるわけでもない。

 皆、私がこんな写真を表示した理由がわからず、困惑しているようだった。


https://kakuyomu.jp/users/aisu1415/news/16817139556010394905


「まず、見ればわかる通り、リング状の骨組みのおかげで観覧車に取りすがって移動することは可能ね。辛い仕事なのは言うまでもないでしょうけど」


 ここまでしてこのトリックを作り上げた。

 想像も及ばない固い信念で及んだ犯行であることは疑いようがない。


「それで問題なのは、五芒星を書くにもその形を空中で把握できていなければダメということだったわね。――でもね、五芒星の形の把握に俯瞰視点なんて必要ないのよ。だって最初から、下書きはその場所にあるんだもの」

「下書き……?」


 幾人かが疑問符を浮かべながら、私の説明を求めるように視線を向けてくる。


「あら、誰もわからないのかしら? 観覧車のゴンドラは全部で十。それを支える骨組みは、四つ隣のゴンドラに渡される形になっている。つまり、観覧車の骨組みはこういう形になっているということでしょう?」


https://kakuyomu.jp/users/aisu1415/news/16817139556010408809


「あっ……!?」


 私が適当に書いた説明図を見せると、途端に皆の表情が変わる。


「もう言うまでもないわよね。この骨組みの半分をなぞれば、そのまま五芒星が出来上がるのよ。ただし頂点の一つが真下に来る方をなぞったら、その光が乗り場のど真ん中に来てしまうから、きっとなぞられたのは頂点を上にした五芒星……この絵で言うと赤い方でしょうね。乗り場には屋根があったから、ある程度端に追いやってしまえば乗り場からは絶対に見えなくなる」

「…………」

「亜麻音さんの[試練結界]が消える条件は、決められた形から外れた場合のみ。時間経過で消えるなんて話はなかった。なら、こういう使い方だって可能でしょう?」

「…………」

「ガラスフィルムなんて使って窓を塞いだのは、乗り場からは見えずとも、動き出したゴンドラからなら簡単に見えてしまうから。残した窓の方角的に、魔法陣は乗り場とは反対の――謂わば観覧車の裏側に描いた。窓を一つだけ残したのは、視線を誘導するためかしら。ガラスフィルムじゃ、完全に視界を塞ぎ切れるわけではないものね」


 それでも完全に視界を塞ぐようにしなかったのは、そこまでやると明らかな異常事態と露見してしまうからか。異常事態を見抜かれれば、後続に警告が発されてしまう。亜麻音さんはそれを嫌ったのだろう。

 実際、透意の警告後、亜麻音さんはまるでそんなものなかったかのように平然とゴンドラに乗り込んでいった。よくよく考えれば、私と同じ位置にいた亜麻音さんも透意の行動に気が付いていただろうに。

 しかし完全に視界を塞がなかったら、それはそれで不安が残る。だから一つだけ窓を残して、視線を誘導した。普通の人間は、外の見えない窓なんかよりも絶景が広がる窓に注目するに決まっているから。

 そうやって、魔法陣がある方向とは逆方向に目を向けさせて、おそらくはゴンドラのすぐ近くを通っていたであろう五芒星や円の光から少しでも目を背けさせる。これが亜麻音さんの狙いだったのだろう。


「さぁ。――なにか反論はある?」

「…………」

『ちょっとちょっと! 無視はよくないよ! ちゃんと議論してよ! ようやく色川さんが【犯人】を追い詰めた、っていうシーンだよ! もっとリアクションしてくれないと!』

「…………」

『ねぇー? ちょっとー? 【審判】の場でだんまりはよくないでしょー?』

「…………」

『このままだと、亜麻音さんに不都合なこととか勝手に喋っちゃうかもだよー?』

「…………」

『ほら、ごー、よーん、さーん、にー、いいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃちぃぃぃ……』「…………」


 ビタースイートの鬱陶しい横槍にも耳を貸さず、亜麻音さんは沈黙と瞑目を貫いている。

 やがて――


『あーもう! そっちが悪いんだよ! というわけで――遂にバレちゃったね、亜麻音さん! いやー残念無念また来世!』


 沈黙を以て答えとした亜麻音さんの代わりのつもりか、ビタースイートが正否を述べてしまう。議論の途中で【真相】を確定させてしまうなんて、ゲームマスターとて越権行為だ。

 ――そして、その越権行為は、亜麻音さんに対する死刑宣告に等しい。

 その言葉に、亜麻音さんは肩を震わせ、そして……


「……『事件解決前の自白を禁ずる。』ならばもう、いいのだろう?」

『ん? どうしたの、急に?』

「――ッ。私は、もう、語ってもいいのだろうと聞いているッ!」

『わぁっ!? 急に大声出さないでよ!』


 ビタースイートが一時的にショックを受けたのか、フラフラと空中で高度を下げる。そんな様子にも構わず、亜麻音さんは叫ぶ。

 ――今までの遠い世界からの語り掛けではなく、彼女自身の言葉で。


「色川 香狐! 貴方は試練には打ち勝ったかもしれない。けれどそれは――それは、今の私が本当に望んだことではない! それは私の過去の望みだ! 今の私が望む答えは、ただ一つ――」

「――ジキルは誰か、でしょう。ええ、わかっているわ」


 ここまで来れば簡単だ。

 彼女が【審判】の最中に何も語れなくなるほどの失望を植え付け、そして今、こうして叫びを上げるほどの怒りをもたらした

 それは――


「玉手 子犬さん。彼女が未だに薬を隠し持っていたジキル。そういうことでしょう?」

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