Heartwarming Conversation
《心温まるおしゃべり》
「……お前、香狐とそんな仲良くなってたのか?」
「えっ?」
初さんや香狐さんが去ってすぐに、狼花さんが呟いた。
「いや、だって、最後に名前呼ばれてたろ?」
「そうですけど……。食事のときは隣の席ですし、たぶん、それで声をかけてくれたんじゃないかと……」
「オレだって、あいつの隣だけどな」
……ああ。そういえば。狼花さんはお誕生日席で一人だけ外れた場所にいるけれど、香狐さんの隣には違いない。
「でも、そうじゃなくてだな。あいつ、人のこと絶対に苗字で呼ぶんだよな」
「……? そう、なんですか?」
そういう印象はない。私は出会ってからずっと、名前呼びだった気がする。
「んー……。まあいいや。彼方、夢来。この本棚、先に起こすぞ」
「あっ、はい」
「は、はいぃ」
夢来ちゃんのちょっと情けない返事が聞こえる。
見れば、狼花さんを相手に少し緊張している様子。
「えっと、夢来ちゃん」
その態度はちょっと失礼だと思って、夢来ちゃんの緊張をほぐそうとしたところ、
「あー、やっぱりかぁ」
その前に、狼花さんが呟いた。
「……やっぱり?」
「いやさ、ほら。オレ、こんなんだろ?」
狼花さんが、自分の格好を見せびらかすように手を広げる。
そうすると途端に、彼女のサラシや特攻服なんかが気になるようになる。
「なーんか不良っぽいって、同じ魔法少女相手でも怖がられんだよ。これでも一応、正義の魔法少女なんだけどなぁ」
狼花さんがポケットに手を突っ込みながら言う。
正直、正義の魔法少女とは思えない振る舞いだった。
「ぶっちゃけ、レアケースなんだよ。彼方とか香狐とか、初とかな」
「レアケース?」
「オレと普通に話してるだろ? 他の魔法少女だと、オレと距離取ろうとしたりするんだよなぁ」
狼花さんが、私の陰に隠れる夢来ちゃんに一瞥をくれる。
そこに、怒ったりするような色はなかった。ただ単純に、しょうがねぇなぁ、というような風だった。
ただ、私は、それを否定しないといけない。
「いえ、あの……。ごめんなさい。私も最初は、ちょっと怖い人かなぁ、って思ってました」
「ん? そうなのか。ならなんで、こうして普通に話してんだ?」
「…………」
そういえば、どうしてだろう。いつの間にか、狼花さんに対する当初の警戒心は消え失せていた。
……どうして?
……まあ、心当たりはある。
「一番の理由はやっぱり、昨日の初さんの不調を見抜いたことです。私たちみんな気が付かなかったのに、狼花さんはすぐに気づいて……」
「あー、あれなぁ。いや、あれはたまたまだって。他にもたぶん、気づいてるヤツはいただろ」
「そうかもしれないですけど……。でも、それを直接口に出して、初さんを気遣ってたのは狼花さんだけだったので」
「んぁー、まあ、タイミングの問題っつーか。話の流れだろ」
あくまでも認めない姿勢を貫く狼花さん。その姿勢はやっぱり、本当に荒っぽい人には取れないものだと思う。
「……とにかく、私はそれで、実はいい人なのかもって思って」
それから――これは卑怯だから口には出さないけれど。
昨日の空澄ちゃんとの揉め事を私が仲裁したというのも、一因ではあると思う。
あれのおかげで、なんというか、対等な相手という意識を持ってしまった。
いや、もしかしたら、私が覚えていたのは優越感かもしれない。
そんな恥知らずなことは、流石に口にできない。
「そ、それが理由です」
「ほぉん。なんというか、お前……珍しいヤツだな」
結局、私がもらったのはそんな総評だった。
「とにかく、ほら。さっさと本棚起こすぞー」
「あっ、はい。――夢来ちゃん、手伝ってもらえる?」
「あ、うん……」
私の話を聞いて、少しは狼花さんの印象が変わったのか、夢来ちゃんはさっきよりは素直に言うことを聞き入れた。
三人で、本棚を起こす。途中で逆側に倒れかけたりしたけれど、一応はなんとかなった。
「これ、やっぱ固定甘いよなあ。初は嫌っつってたけど、倉庫のモン使って補強とかした方がいいかもな」
狼花さんは、起こした本棚を支えながら言う。
本当によく気が付く人だ。初さんの魔力切れの件といい、香狐さんの苗字呼びの件といい、この件といい。
そんなことを思いながら、三人で落ちた本を拾い上げていく。
元の並びがわからないし、そもそもワンダーが用意したものという時点で大事にしようという気力はあまり湧かないので、拾ったものから順に棚に押し込んでいく。
その作業には会話がなくてなんとなく寂しかったので、私は狼花さんに話を振ってみる。
「そういえば、狼花さんはあの暴発のとき、大丈夫だったんですか? ケガはないように見えましたけど……」
「ああ。ただ、服とか肌が煤で真っ黒になって、どうしようかとは思ったな。衣装室にあんのは変なのばっかで着れないしよ」
「ああ……」
私の隣に衣装室の服を着てる子がいるけど。
夢来ちゃんの場合は、まあ、特例だ。
「けどなんか、ほっといたら服の汚れは落ちたんだよな」
「……ワンダーが言ってました。魔法少女のコスチュームには、勝手に綺麗になる作用が働いてるって」
「ああ、それでか。道理で」
狼花さんは納得したように呻く。
「まあ体の方の煤も、風呂入ったら普通に落ちたしな。オレの方は、もう何ともないんだが……」
狼花さんが言葉を濁した。
狼花さんの方は大丈夫、ということは、狼花さんじゃない方は大丈夫じゃないということでもあり。
つまるところ、空澄ちゃんは未だに回復しきっていなかった。
魔法少女の治癒力も働かず、たぶん、一週間くらいは完治しないだろうというのが初さんの見立てだった。
誘拐され、更には殺し合いを強要され、左手の不自由まで強いられる。
最後の点は自業自得とはいえ、この場所で一番ストレスをため込んでいるのは彼女かもしれない。普段は場違いなほどに明るい態度だから、真意はうまく読み取れないけれど。
ただ、私が訊きたいのはそこではなく。
少しだけ、腑に落ちない点があった。
「でも……ありえるんですか? 魔法の発動者が傷を負わずに、近くにいた人だけが巻き込まれるなんて」
魔法の暴発というのは、術者の間近で起こる。
それなのに、狼花さんだけがケガもしていないというのは、少しだけ疑問だった。
そんな私の問いに、狼花さんは少し答えづらそうにする。
「それはまあ、なんつーか。できるっちゃできるんだが」
「……?」
どうしてか、歯切れが悪い。
「いや、お前に庇ってもらっといて、こんなこと言うのもアレなんだが。空澄だけがやけどしたってのは、ほとんどオレのせいなんだよ」
「……え?」
狼花さんの……せい?
「揺らされても、本当は暴発させなくて済んだとか……? あっ、いやでも、それだとたぶん悪意があるってことになっちゃうし……」
「ああ、そうじゃなくてだな。暴発に方向性をつけて、オレに被害が来ないようにしたから……空澄だけ巻き込まれたんだよ。ほんとはあいつも巻き込むつもりはなかったんだけどな」
狼花さんが、罪を告解するかのように言う。
でもその内容は……私には到底信じがたい。
「できるんですか? そんなこと。暴発に方向性をつけるなんて……」
「ああ、できるよ。結局、暴発だって一種の魔法であることには違いないんだ。爆発する前に、ちょっとは操作もできる」
「…………」
どうしても実感が湧かない。魔法のコントロールを失うのと、暴発が起こるまでの間には僅かな時間しかない。本当に僅かな、瞬きする程度の時間だ。その間に、操作を加える?
……私には信じられなかった。
でも、狼花さんがそう言う以上、嘘ではないとも思う。
今更、そんな嘘をつく必要はどこにもない。
「……狼花さんは、どうしてそんなことができるんですか?」
「あー、いや、恥ずかしい話だけどよ。オレって割と、魔法使うの下手だったんだよ」
「……下手?」
「ああ。魔法に使う魔力の把握が上手くできなくてな。知ってっか? 使う分の魔力が上手く把握できないと、魔法ってすぐに暴発すんだよ」
「そうなんですか?」
「ああ。おかげで魔法少女になりたての頃は、敵の攻撃よりも自分の魔法の暴発でダメージ負ってたりしてな」
狼花さんが照れ臭そうに頭を掻く。
普段から自信に満ちた振る舞いを見せる狼花さんは、こんな苦労話を聞いても、そういう格好悪い姿はうまく想像できなかった。
「そんなんじゃどうしたって戦えないってことで、猛特訓したんだよ。そんとき、暴発はある程度操れるってわかったんだ」
「へぇ……」
「まあ、暴発を操れるって言っても、あれだけどな。手元で爆発するには変わりないから、危険なのは相変わらずでよ」
「でも、十分すごいことだと思いますけど……」
「そうか? まあ結局、そんな妙な技術に縋るチャンスはなかったけどな。暴発が操れるようになってすぐ、魔力の把握もできるようになっちまった。だもんで、しばらくそんな意味不明な技術使ってもなかったし、昨日咄嗟にできたのも奇跡みたいなもんなんだわ」
狼花さんは最後にこう言って、話を締め括った。
「まあ何が言いたいかというと、オレがもっと暴発をどうにかするのが上手かったら、空澄も巻き込まずに済んだってことだよ。だから、空澄がケガしたのはオレのせいでもあるんだ」
「…………」
結局のところ、それが言いたいらしい。
損な性分をしている人だと思う。
責任を背負えるのは美徳だけれど、それで自分の首ばかり絞めては意味がない。
こんな損ばかりする人には、せめて何か、いいことが起こってほしい。
既に最悪の事態の渦中に取り込まれながら、私はそう祈った。
◇◆◇◆◇
「おっし、これで全部だな」
時計の針がちょうど十二時に差し掛かったころ、ようやく本の拾い上げが終わった。
「ごめんなさい。私が倒したせいなのに……」
「いいんだよ。借りを返すっつったろ。これで返しきれるとは思ってねぇし、もっとなんか頼みたいことでもあったら――」
「……ん?」
狼花さんの言葉に引っかかりを覚える。
「あ? どうした?」
「いえ、あの……。あれ? 今、手伝ってもらいましたよね?」
「ああ、まあな。それがどうした?」
狼花さんはなんともないように返す。
「いえ、あの……。これで貸し借りなし、ですよね?」
「……あ?」
そして今度は、狼花さんが首を傾げる番だった。
「え? いや、まだまだ……だよな?」
「え?」
そもそも貸し借りなんて概念自体、私には馴染みがないからよくわからない。
でも、私が一つ狼花さんを助けて――貸しを作るなんてことは考えていなかったけれど――、そして今度は私が狼花さんに助けられた。
……これでトントン、だと思う。
「あれ? いや、マジか。それは予想外だった……」
「予想外、ですか?」
「ああ。だって、この状況で借りを作るって……。ぶっちゃけ、殺されそうだから助けてくれとか、そういう形で返すもんだと思ってたぞ」
「えっ……」
狼花さんが持ち出した例に、私は戸惑う。
「わ、私、そんなこと頼みませんよっ」
「いや、でもお前……。自分がしたことわかってるか?」
「えっ? したこと、ですか?」
「ああ。だってアレ、お前がオレの無実証明してくれなかったら、ほんとに殺し合いになってもおかしくなかったんだからな? あそこで解決してなかったら、今日の朝にでも死体が転がってておかしくなかった。なんなら、オレが空澄に殺されてても不思議はなかったな。お前があそこで落ち着けてくれたから、今朝のほほんと飯食ってられたんだよ」
「それは……」
その仮定は私も否定できない。
私自身、あのギスギスした場で、殺し合いの空気を感じ取ってしまっていた。
だけど。
「あの、だけど、私以外にもたぶん気づいてる人はいて……。私じゃなくても、解決してたと思うので、その……」
結局、誰が口に出すかの違いだったんだと思う。
たとえば香狐さんがあの爆発の真相を明かしても、私が引っ張り出されてそれを証明する役に回るだけ。その場合、功績は香狐さんに移る。
本当に、誰でもよかったはずの出来事だった。
そのはずなんだけど……。
「あーもう、めんどくさいな。人の感謝は素直に受け取っとけ」
「狼花さんには言われたくないです!」
今日一番の大きな声が出る。
でも、初さんと狼花さんも似たようなやり取りをしていたことを思い出せば、正当な主張だと思う。
「ははっ。まあ、また何かあったら言えよ。手伝ってやるから」
「……考えておきます」
狼花さんの態度は固く、そう答える他なさそうだった。
だけど……今のやり取りを経て、少し狼花さんとの距離も縮まったように思う。
それは、嬉しいことだ。
「そっか。じゃ、そろそろ飯食いに行こうぜ。オレ、そろそろ腹減ってきてよ」
「あ、はい。じゃあ、行きましょうか。――ごめんね、夢来ちゃん、ほったらかしにしちゃって。行こっ」
「あ、う、うん……っ」
そうして、私たちは連れ立って、食堂へ向かった。
こんな嫌な状況に置かれても、他人との絆は育つ。
それが嬉しくもあり、苦しくもあった。
もし狼花さんと、普通に魔法少女として、どこかで共闘でもしていたら――。
なんて、そんなことを考えてしまうくらいには。
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