I swear to you.
《あなたに誓う。》
『ご来園のみんなにお知らせします!』
『シュガリーパークの観覧車にて【通報】ボタンが押されました!』
『ほっつき歩いてるお馬鹿さんは現場に急行してね!』
『繰り返します、シュガリーパークの観覧車にて【通報】ボタンが押されました!』
『ほっつき歩いてるお馬鹿さんは現場に急行してね!』
広域放送特有のチャイムを響かせながら、ビタースイートの声でアナウンスが為される。
誰かが【通報】ボタンを押したのだろう。ルール上、【通報】を意図的に遅らせれば私たちは処刑されてしまうから、そういった言いがかりをつけられないために。
それでも……みんなアナウンスなど聞いていない風で、パニックに陥っていた。
遺体の状態は考えられる限り最良の綺麗さで、ともすればただ眠っているだけなのではないかとすら思わせる。だから、悲鳴が上がるようなパニックは起きていない。しかし衣服の変化が、彼女は間違いなく死を迎えていると告げていた。
それに気づいた者から、腰を抜かしたり地面にへたり込んだりしている。
『うううう……。玉手さんが殺されちゃったんだ、かわいそうに……』
何やら泣いている様子――というより、実際に泣きながら突入してくる主催者代行マスコット、ビタースイート。
状況の変化に敏感になっている面々が、か細い悲鳴を上げる。
こういうときに前に出る玉手さんはもういない。
『最初の犠牲者はなんとなんと、みんなの先頭に立っていた最強の魔法少女の一人、【獣王】玉手 子犬ちゃんだね……。てっきりその辺の木っ端魔法少女から死んでくと思ってたよ』
「お前……」
『ま、殺し合いだからね。仕方ない、切り替えていこう!』
万木さんが言葉を失った様子でビタースイートを呆然と見ている。
その傍らで決意を秘めた瞳でビタースイートと向き合ったのは、今までほとんど自発的に喋ることのなかった法条さんだった。
「……一つ聞かせろ。ビタースイートとやら」
『ん、なになに?』
「罪は裁かれなくてはならない。法に沿ったやり方で。そうだな?」
『おっ、法条さんはわかってるね! その通り! よその国とは法律が違うように、ここもキミたちが住んでた場所とは犯罪者に対する法律が違うんだ! 覚えておけばいい罪状は殺人だけ! みんなで殺人の【真相】を推理して、暴けば【犯人】が処刑! 暴けなければ【犯人】以外が処刑! わかりやすくていい法律でしょ?』
「……そうか」
法条さんは諦念を抱えたように、呟いた。
「なら時間がない。すぐに始めよう」
『そうだね、それじゃあ――殺人事件の発生を確認しました! 証拠を片っ端からかき集めて、一時間半後にみんな【審判】の間に集合してね! あ、遅刻したら殺すから。それじゃ!』
さらりとどす黒い台詞を放ってから、ビタースイートはどこかへと飛んでいった。
……まだ事実を受け止めきれず呆然とする面々を置いて、法条さんは捜査を開始する。
彼女が向かった先はゴンドラではなく、何かを堪えるように口を押さえる透意のところだった。
「甘味。答えろ。何があった」
「え、あ……」
「三時間後に七人が死ぬ。貴様の言葉次第ではな。そのつもりで答えろ」
「そ、その、私……ただ、子犬さんと喋ってただけで。降りる前に、子犬さんがちょっと黙り込んだと思ったら、そのまま降りてこないで……」
「勝手に死んだとでも?」
『あ、ちなみに持病で死んだとかじゃないから! そこは安心して!』
消え去ったはずのビタースイートが、再び口を挟んでくる。
……実際にやられる側になると、結構イライラするものね、これ。
「だそうだが」
「ほ、本当です! 私、何も……」
「そこまでよ」
見ていられず、法条さんと透意のやり取りに割り込んだ。
「私はこの子が殺したとは考えられない」
「なぜだ。被害者と共にいた。それ以上の理由が必要か?」
「命懸けの犯行にしては随分杜撰すぎる、って言えばいいのかしら。目の前で殺して適当に言いくるめれば逃げ切れるだなんて馬鹿げたアイデアに、あなたは命を懸けられる?」
「……裏をかこうとした線は」
「ええ。それは否定しないわ。でも、一方的に【犯人】と決めつけるには不合理な状況ということは理解したでしょう?」
「ああ。そうだな。――もとより決めつけてはいない。言葉を引き出すには尋問するのが早い。そう考えただけだ」
「あら、そう。それはごめんなさいね」
法条さんの表情からするに、本当に透意が【犯人】と思い込んでいたわけではなさそうだ。しかし被害者の目の前にいたのだから何か知っているはず、その可能性には私も同意する。
ゴンドラに乗り込んだ直後の、警告じみた何かも気になることだし……。
「法条さん、この場は任せていいかしら?」
「……何をする気だ」
「私はこの子から話を聞く。この子、気分が悪いようだから一旦ここから離れるわ。あなたたちは現場を調べておいて。――ああ、調べるときは見張りも立てて、なるべく現場保存を心がけて。【犯人】に現場を荒らされたらたまったものじゃないから」
「……いいだろう」
制限時間は一時間半。無駄にしている余裕は少しだってない。
突然饒舌になった法条さんには驚いたけれど、周囲からしたら私も同じだろう。これまではかなり大人しくしてきたもの。けれど……ここで【犯人】を暴けなければ、私はいよいよ何のためにここに来たのかわからなくなる。
償いのためなら、もう立ち止まってなんていられない。
手詰まりの状況に甘えている間に、もう取り返しのつかないところまで来てしまったのだから。
「じゃあ、ちょっとこっちに」
「あっ……」
私はやけに無抵抗な透意の手を引いて、観覧車から離れる。
……とりあえず、魔法少女たちに聞かれない場所に行きたい。そうでなければ、私たちは何一つ本音で話すことはできない。
そうやって少し歩いていると、山盛りの砂糖を模した壁に囲われた休憩所があった。あそこでいいだろう。
誰も追ってきていないと確認してから、私はようやく彼女の名前を呼ぶ。
「透意。不審な点を片っ端から挙げなさい。スイートランドとして言えることでもいいわ。魔法少女の前では言えないことでも、私には言えるでしょう。――できる限り急がないと、最悪の結末を迎えることになるわよ」
「……私を、疑わないんですか?」
透意が何かを探るような瞳で私の顔を覗き込む。
何を馬鹿なことをと思うけれど、彼女は真剣な様子だった。
「そうやって人を信じることができるなら、どうしてあなたはあんなことを……」
「別に信じたわけじゃないわ。スイートランドが魔法少女殺しなんてするわけないっていう、常識的な観点から語っているだけ。信じるなんてそんなことあると思う? ワンダーランドの性格の悪さは、あなたもよく知っているはずでしょう? ――って言えば、満足かしら」
ワンダーランドとして、イメージ通りの振る舞いだろう言葉を語る。
時間がない。透意が突然何を言い出したのかは知らないけれど、今はどうでもいい質問は切り捨てるべきだ。
結果的に、私が信用を落としたとしても。
それが最適解だ。……そのはずなのに。透意は追及をやめなかった。
「そんな曖昧な言葉は要りません。私のイメージ通りに振る舞おうとするのはやめてください。私は、あなたの本心が知りたいんです」
「……本心?」
意外なことを問われて、声が上擦った。
そして驚きは、たちまち嘲りへと変化した。
「はぁ。なら答えてあげるわ。信頼というのは、同格の相手同士で起こるものでしょう?」
「だから、信じているわけじゃないと?」
「ええ」
私とスイートランドが対等の相手? 冗談ではない。
だって――
「あなたが大罪人だから、同格じゃないってことですよね、それ」
「えっ……」
嘲り――自嘲は、今度こそ本物の驚愕に取って代わられた。
あれなら誰でも、『私はあなたより立場が上なのだから信頼などしない』という意味に取ると思っていた。
嘘でもないが、正確ではない言葉。性格の悪いレトリックだった。
なのに――それを見破られた? この子に?
「なら――私を信頼できるようになれば、今度こそ本心を語ってくれますか」
「何を……」
「誓いを。そして契約を」
透意が私に向かって、手を差し出す。
「私があなたを魔法少女にします。あなたが本気で償いを望んでいるというのなら、私に魂を差し出してください」
驚愕に、更に衝撃が追加される。
この子は……本気でこんなことを言っているの?
「い、意味がわからないわ。魔法少女は人間がなるものでしょう? 私の正体を忘れたわけでもないでしょうに」
「いいえ。魔法少女になれるのは人間だけとは限りません。魔法少女になる資格は、他者を想う心を持っていることと、女の子らしい繊細な心を持っていること。償いを望むというのならば、きっとあなたは両方の条件を満たしているはずです」
「そ、そもそもあなたは魔法少女化の魔法を持っているの?」
「当り前じゃないですか。スウィーツの創造主は私です。あの魔法はもともと、私のオリジナルです」
「けれど今は、固有魔法を封じられている状態でしょう。魔法少女化だって……」
「できますよ。魔法少女契約は固有魔法じゃありません。全く別の能力ですから、魂に刻まれた位置が違います。もっと言うなら、私の存在基盤に極めて近い位置で発動する魔法です。私がまだ生きているのなら、破壊されてはいないはず」
「…………」
反論は、片っ端から潰されていく。
「さぁ、選んでください。それで私は、あなたのことを見極めます」
……選ぶ。私が、魔法少女になるかどうか。
馬鹿げてる。こんなことに意味などない。私が魔法少女であろうとなかろうと、状況は何も変わらない。
それどころか今、貴重な時間を無駄に費やしているとさえ言える。
そう指摘すれば、きっとこれを後回しにすることもできただろう。
けれど……。
「その償いに偽りはないと、魂に誓えますか? 私に、魂を差し出せますか?」
透意のその手が、私にまっすぐ伸ばされている。
手を取るのか、取らないのか。それを見極めるために。
そうだ。一つだけ、この契約に意味を見出すとするならば。
魂を預ける。それこそが、信頼の証になる。透意からの信用が得られれば、今後大きく動きやすくなることは間違いない。
……いや、そんな打算的な理由はまやかしだ。ただの自己欺瞞だ。
「……私は、罪を償わなければならない」
「はい」
「でもこの場所で罪を償うことは、私一人では到底できない」
私が開いた殺し合いに終焉を齎したとき、彼女は孤独だった。
しかしそれは、孤独でも魔王に打ち勝てるということではない。
彼女は支えられ、守られ、そしてあの場所に辿り着いた。今の私に、それをしてくれる相手はいない。この契約を行ったところで、きっと透意も私に託してくれることはないだろう。
――でも。私が、透意に託すことなら。
「だから――ええいいわ、誓いましょう。私はこの償いに、私の魂を懸けてあげる。だから透意、私の魂、あなたに差し出すわ」
透意の手を握る。
握り返された手を伝って、何かが私の中に潜り込み、中核に触れる。
魂が再構築される感覚。私という存在を生まれ変わらせる力が、私の新しい姿を規定する。
魂の輝きが一瞬外に漏れだし、視界を埋め尽くす。そして……。
考えるのは、穢れなき自分。罪とは無縁の、純粋無垢な理想の姿。
――巫女装束。それが私に与えられた、魔法少女としての姿だった。
穢れることを許されぬ、神聖さを与えられた役割。けれど誰しも、穢れることからは逃れられない。だからこそ穢れを祓うため、禊を行う。
私もまた、罪を雪ぐことができる。そんなメッセージが込められたかのような衣装だった。
「……不思議な感覚ね」
突然狐の耳と尻尾が生えたときもそれなりに戸惑ったけれど、今度の場合、外見的な変化は服だけに留まっているというのにどうも妙な気分だ。
まあ、それも当然か。あれは単純に[存在融合]で異物を上乗せされただけ。対して今回は、見た目はほとんど変わらずとも根本的な部分で作り替えられている。
魔法少女。まさか私がそんなものになるだなんて、考えもしなかった。
だけど……。
「まあ、悪い感じではないわ」
思考がクリアになった気がする。
押し込められていた何かが解放されたような――
まあ、閉じ込められた状況で何を言っているんだという話だけれど。
……さぁ、覚悟は決まった。ならば始めよう。
私は魔王ではなく魔法少女として、この事件を解き明かす。
手遅れになってしまっても、まだ、救える命はあるはずだから。
救いようのない悲劇を、せめて苦い群像劇として終わらせるため、謎に挑む。
それが私の、償いなのだから。
――First Case
被害者:玉手 子犬
死因:???
発見時刻:午前9時12分
――捜査、開始。
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