Confusing Discussion
《混迷を極める議論》
接理ちゃん以外の全員が揃うシアタールームで、ワンダーが作った悪趣味な映画を繰り返し再生する。
――その最初の回で、早くもワンダーが言いたかったことが理解できた気がした。
私はそれを確認すると、他のみんなをシアタールームに残して一番に抜け出し、旧個室に向かった。この部屋はみんなで散々捜査をしたはずだけれど、やっぱり、何かあるとしたらそこしかないと思ったから。
そうやって、旧個室に辿り着く。
最初に感じるのは、やはり濃厚な血の匂いだった。
――狼花さん。
私は心の中で死者の剣を強く握る。
そのとき、ふと違和感に気づいた。
狼花さんが着ている私服に、さっきまではなかったはずの、不自然な穴があいている。
幅五センチあるかどうかくらいの、直線状のほつれのような穴。
これ――刺殺痕?
「……っ」
私は狼花さんの服の下を確認して、それに気が付いた。
狼花さんの遺体に、不自然な傷がついていた。形は、服の穴と一致する。
グロテスクなそれは、間違いなく、刃物での刺し傷だった。
「これ、誰が――」
私の魔法で、狼花さんの傷は全て治ったはずだ。
それなのにどうして、まだ傷跡が残っている?
それに、証拠がないと教えられたのもおかしい。こんな傷が残っていたとしたら、重要な証拠になるはずだ。
「私の魔法で、治せない傷……?」
もしそうだとしたら、傷跡が残っている理由は説明がつく。
証拠を隠された理由について納得のいく説明は、やっぱり捻りだすことができないけれど。
でも――やっぱり、狼花さんが誰かに傷つけられたとなると、私は心穏やかではいられなかった。
「……[外傷治癒]」
ダメ元で、狼花さんに魔法をかける。
こんな傷をつけられた狼花さんのことが、見ていられなくて。
どうせ、条件を満たさずに不発する。心のどこかで、そんな諦めを抱いていた。
――その予想に反して、魔法が発動できる手応えがあった。
「……えっ?」
私は慌てて魔法を制御して、暴発させないように構築する。
無事に魔法は発動し、狼花さんの遺体の傷が癒えていく。
――それと同時に、枯渇したばかりの魔力を再び使い、私の意識も危うくなる。
――謎を謎にしたまま、私の意識が再び落ちる。
◇◆◇◆◇
「おーい、カナタン、そろそろ起きてもらえる? ピンチが危ないから((+_+))」
体が揺すられる。そうして、意識が覚醒に向かう。
身を起こす。私は――シアタールームの椅子で横にされていたようだった。
周りを見ると、ワンダーを含め、全員が集まっている。
これは……。
「あの、もう【真相】の解答まで三十分くらいしかないんだよね。もうそろちゃんと【犯人】看破しないとヤバいからさー。カナタン、名探偵でしょ? なんとかしてよーっ(>_<)」
「――えっ!?」
驚き、飛び跳ねる。
【真相】の解答まで、三十分?
「――ああ。空鞠 彼方、起きたんだね」
身を起こすと、そこに声を掛けられた。
接理ちゃんからだった。朝の挨拶だってロクにしない接理ちゃんにしては珍しい――と思うけれど、同時に、違和感に気づく。
接理ちゃんを取り巻く空気が、どうにもおかしい。
摩由美ちゃんや佳奈ちゃんが、接理ちゃんのことを睨んでいる。
香狐さんは接理ちゃんに冷ややかな目を向けている。
夢来ちゃんは、決然とした瞳で接理ちゃんを見つめていた。
――状況が理解できない。
「彼方ちゃん……?」
夢来ちゃんが、意識の覚醒した私に目を向けた。
そして、優しい笑顔を作る。
「……大丈夫だよ。もう、終わるところだから」
「――えっ?」
わけがわからない。一体、何がどうなっているのだろう。
「ちょっとムック、いくらカナタンが純粋無垢で何でも信じちゃうからって、嘘教えないでくれる? 一分一秒も惜しいのに、そんなことしてる場合じゃないんだけど?(〟-_・)?」
「……棺無月さんこそ、嘘をつくのはやめてください。これ以上、彼方ちゃんを、苦しめないでください」
空澄ちゃんと夢来ちゃんが視線を交わし、二人の間で火花が散る。
「……はぁ、ちょうどよかったよ、空鞠 彼方」
そこへ、接理ちゃんが再び、私に声を掛けてくる。
「申し訳ないけれど、君も棺無月 空澄を黙らせるのに協力してくれないかな?」
「え? 協力って……」
「ああ、そうか。君は気絶していたから、今の状況が理解できないんだね。それなら、教えてあげよう」
接理ちゃんは、至極落ち着いた表情で――。
――告白した。
「僕がこの事件の【犯人】だよ」
「……ぇ」
一瞬、頭が真っ白になる。
どういう、こと?
「今はそれを桃井 夢来に指摘されたところだね。棺無月 空澄は、桃井 夢来が探偵役を務めることが不服らしい。それで、君を起こしたところだ」
「そうじゃないって。単純に、理屈に全然納得できないから反発してるだけだよ。――第一、そうやって素直に自分の罪を告白するのって、全然【犯人】っぽくないよ?(o゜ー゜o)?」
「そうかな? 全てを悟って諦めた【犯人】は、夕日の彩る断崖絶壁の縁で自白するというのがお決まりの展開じゃないかな? 尤も、ここに日の光は入ってこないし、断崖絶壁もないけれどね」
接理ちゃんは苦笑する。
別人のようなその振る舞い方に、私は茫然とする。
考えてみれば、私は接理ちゃんとほとんど関わりがなかった。監視のときに一緒になっていたくらいで、他に接点はない。
だから私は、接理ちゃんの不愛想な部分しか見ていない。しかし――これが、本来の接理ちゃんなのだろうか。
殺人の罪を犯し、それを後悔するでもなく、余裕のある態度で淡々と語る。
彼女の本性は、そんな冷淡なものだったのだろうか。
「――彼方ちゃん、惑わされないで」
「夢来ちゃん……?」
「【犯人】は、この人しかあり得ないはずだよ」
いつになく強い、夢来ちゃんの瞳。
――それが、この三日間、私と離れていた成果なのだと実感する。
覚悟を固め、何かを守り抜くと決意した人の輝きを、そこに見出す。
その姿に、微かな戸惑いを覚える私に、接理ちゃんが語る。
「そうだよ。【犯人】は僕だ。だから協力してほしい。君も、桃井 夢来と一緒に、棺無月 空澄を納得させてくれないかい? その方が、無駄な希望を持たないで済む」
「…………」
何が何だか、わからない。
けれど――もう、舞台が大詰めを迎えようとしていることだけは理解した。
私は今、手元にあるだけの材料で戦わなければならない。
議論の流れを把握していない私は、本当に接理ちゃんが【犯人】なのかどうかもわからない。
けれど、二つだけ確かなことがある。
この事件の【犯人】が、狼花さんを殺したこと。
そして、狼花さんの死者の剣を、私が握っているということ。
――空澄ちゃんが、ダークヒロインを名乗った理由が少しだけわかった気がした。
死を起因として力を発揮する魔法少女は、正道を名乗れないだろう。
けれど――この胸に宿る炎は、本物だ。
かつての惨劇の現場で起こった、心霊殺人。
本当に幽霊によるものか、それとも、この中の魔法少女によるものか。
多くの謎が、未解決のまま残されている。
それでも、私は死者の剣を握って、その謎を切り裂く。
――魔法少女として、狼花さんの死に報いるために。
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