第2話 召喚勇者達の混乱
「ね? 大丈夫でしょう?」
青年神官が苦笑しつつ俺を見た。
「はは・・凄いですね。司祭様でしょうか?」
「ええ、当神殿の名物ですよ。レイン司祭様の一喝・・・駄々をこねて泣いている子供も、呼吸困難になって気絶しますからね」
「・・説法もあれで?」
「まさか、あんな声を聴かされたら、お年寄りが黄泉路へ旅立ってしまいます」
面白い神官だった。二十歳前後に見えるエルフの好青年・・物腰の柔らかい口調だが、ふとした動きに油断のならない厳しさを感じさせる。
「・・泣き声が聞こえ始めましたね」
俺は扉の向こうへ耳を澄ませた。
啜り泣きが聞こえてくる。興奮が一段落して、激した感情が涙になったのだろう。
(可哀相にな・・)
貴方達は死ぬ運命だったので召喚されました・・・とか聴かされて納得できるわけがない。
そうかといって、何もしないで生きられるような世界ではない。現実的には、何かをやってお金を稼ぐか、自給自足をやって食っていかなければ飢えて死んでしまう。
若い女の子など、このまま放り出されたら、魔物の餌となるか、山賊などの餌食となるか。運が良ければ、色街で春を売って食いつなげるだろうが・・それも二十歳くらいまでだ。身寄りが無いとは、そういうことなのだ。
「希望があれば、王国の騎士団か、こちらの衛士達による訓練を受けることができます。期間は3ヶ月ですが・・寄宿舎に部屋が用意され、食事が無償で提供されます」
俺の懸念を察したように、神官が説明してくれた。
つくづく、俺の時とは天地の差だ。
至れり尽くせりとは言わないが、3ヶ月あれば生きて行くための勘所のようなものがつかめる。気持ちもある程度は整理がつけられるだろう。
その後は、まあ各自の裁量しだいか。
「ただ、ここまで大人数だとは思いませんでした。寮を借り上げないといけないかもしれませんね」
青年神官が困ったような顔で呟いている。
そうこうしている内に、どうやら一応の話し合いが終わったらしく、大扉が開かれて司祭様を先頭に、ぞろぞろと異界人らしい少年少女が姿を現した。
(十代・・上が十五・・六歳かな?)
最年少者で十二、三歳だろう。少年達は見るからに上質そうな黒い長ズボンに、やけに白い生地で作られた半袖のシャツ。少女達は、同じような白いシャツだが、淫売かと見紛うほどに丈の短い縦縞の柄が入ったスカートをはいて太股を衆目に晒していた。シャツの襟元に赤い紐を結んでいる少女も居たが、大半は着けていないようだ。適齢期の娘が、あんな格好をしていたら、たちまち評判になって淫売宿から引く手あまたになるだろう。ある意味、就職口の不安は無いということか・・。
異界人は、3人どころか、69人も居た。
(俺・・こいつらと同じところから来たのか? とても、そんな感じはしないけど・・)
表情をざっと見た感じ、不安に強張らせている者が大半だったが、ごく少人数の少年達は、やけにやるきを漲らせて興奮している様子だった。
鑑定の魔導具の前に立って小指に傷を入れて血を数滴受け皿に垂らし、鑑定にかけていく。
「身体の能力を数値にして表す道具ですが・・数値はあくまで参考程度。これから後の行動でどうにでも変化しますからね。あれの真の価値は記録です」
「記録?」
「身体の能力などが表示されるので鑑定道具として扱われておりますが、私達は血で個人を識別する魔導具だと考えています」
各地にある神殿、冒険者協会などには、この本殿で記録された情報を照会するための魔導具が備え付けられているらしい。
神殿の鑑定具に血を記録させることで、別の土地に行った際など、本殿で登録されている人物だということが判るだけで、身元保証の代わりになるのだという。
「早く知りたかったです。それ・・」
俺はがっくりと項垂れた。
俺は、その身元保証人が居ないって事で、本当に大変な思いをしたんだ。山狩りまでされて山中を逃げ回った経験がある。あの時は、完全に魔物か盗賊か・・という扱いで、矢は射かけられたし、魔法はぶっ放されたし、罠は仕掛けられ、勢子役の冒険者に追い立てられて・・・実に、悲惨な想い出だ。
69人の異界人達は互いに顔を見知っているらしく、少人数ずつに別れて姦しく喋りながら順番を待っていた。
「・・っしゃぁーーー!」
声変わりが終わってないだろう少年達が、何やら甲高い歓声をあげて拳を突き上げている。
「なんでしょう?」
俺は神官に訊いてみた。
「おそらく、加護が・・・ああ、加護というのは、異界から渡って来る時に授けられた神々からの贈り物です。色々な種別が存在するのですが、良い加護だと感じて喜んでいるのでしょう」
「なるほど・・加護ですか」
「転生者であるなら、貴方も授かっている可能性がありますよ?」
神官が俺を見て微笑する。
「そうなんですかねぇ・・?」
「異世界人だけでなく、ここで生まれ育った人間でも授かるものですから、それほど珍しいものではありません」
「そうですよね。あのボルゲンさんも加護持ちだって話でしたし・・」
「千人に一人くらいの確立のようですよ?」
「・・・ボルゲンさんって凄いんですね」
「ええ、凄い方です。うちの司祭様と罵り合いができるほどですから」
「・・・なるほど、それは凄い」
俺は素直に納得した。あの筋肉ダルマなら、やるだろう。普通に絵が思い浮かぶ。
「さて、あちらは終わったようです。最後になりましたが、貴方もどうぞ?」
「はい。お手間をとらせて申し訳ありません」
俺は鑑定具の左右に立つ神官達に頭をさげつつ、案内されるままに右手の小指に傷をつけて出された受け皿に血を滴らせた。
「こちらの魔法陣上に両手を置いてください。何らかの文字が貴方の視界に映るはずです」
「はい」
俺は言われるままに、両手を石版上に彫られた魔法陣に置いてみた。
****
固有名:シン
性 別:男性
種 族:花妖精種
生命力:9
魔法力:2
筋 力:5
持久力:7
回復力:8
加 護:耐久防壁
習得技能:飢餓耐性7
:打撃耐性7
:蹴撃耐性7
:拳撃耐性7
:刺突耐性8
:斬撃耐性7
:投石耐性8
:冷熱耐性8
:爆音耐性7
:汚辱耐性8
:威圧耐性9
:疫病耐性7
:感冒耐性8
:寄生耐性8
:不眠耐性7
:睡眠耐性7
:恐怖耐性9
:魅了耐性9
:支配耐性9
:心傷耐性8
:幻覚耐性8
:呪怨耐性7
:死霊耐性7
:屍鬼耐性8
:悪臭耐性9
:窒息耐性7
:毒霧耐性7
:毒食耐性7
固有魔技:反撃*Ⅰ(00,427/99,999)
****
「ええと・・?」
俺はいきなりの情報に動揺したまま、鑑定具の横に立つ神官を縋るように見た。
「どうかされました?」
「この・・項目については説明を受けられますか?」
「できますが、貴方の個人的な情報を教えて頂くことになります。それは、あまり良いことではありませんよ?」
「そうなのですか?」
「能力を伏せておくのは、特に冒険者のような方々の間では通例のようなものです。弱点を晒すことにも繋がりますからね」
言われてみればその通りだが・・。
「・・ああ、なるほど。あれ?・・すると、今、俺が見ているものは?」
「ご安心ください。貴方にしか見えていません」
神官が笑顔で教えてくれた。
鑑定具は対象者の脳裏に情報を与えるだけで、周囲には何も見えないらしい。
「そうなのですね・・あの人達は口に出して騒いでいましたけど」
「きちんと理解して、何も仰らずに黙っている方もいましたよ?」
「そうか・・そうですね」
俺は頷いた。
確かに、はしゃいでいる少年達を横目に、静かに黙ったまま何やら思案している少年や少女達も見かけた。ひたすら狼狽えている俺なんかより、よほど頭の血のめぐりが良さそうだ。
「一つだけ・・・習得技能というのは、生まれついてのものですか?」
「いいえ、そのほとんどは経験した内容によって身体の内に芽生えるものです」
経験してきた事がすぐに技能として顕現するわけでは無く、繰り返し何度も何度も経験したり、心身によほど強い印象を受けるような事態に陥ったり・・・つまり、そういう濃い経験をした証のようなものらしい。
「経験が実って技能として形作られると、次からは同様の経験を重ねることによって、その分野においての練度があがっていきます」
「・・なるほど」
俺は、泣きそうだった。
そう、耐性に顕れている通りの体験をしたのだ。主に冒険者協会の支部長と冒険者達によって・・。
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